2-5
「何だ、思っていたよりも簡単に入れたな」
ギルドマスターからの指名依頼を受けた後、俺は依頼者の元へと向かっていた。
破格の報酬だったので話を半分程しか聞いていないが、今まで問題なかったのだから今回も大丈夫だろうと思う。
「こちらでお待ちください」
「わかった」
案内の者は一礼の後、静かに退室していった。
それを見届けると室内にある一脚の椅子へと腰を下ろす。
「うん。落ち着かんな」
室内は見事な調度品ばかり。ここで異質なのは俺の方だろう。
普段から異質ではないことを祈るばかりである。
「目的地はすぐにわかったが、着いてからが長いな」
お気づきの通り、目的地は城である。
城に着いてからは付き添いのギルド職員が手続きなどをしてくれたので俺は待つだけで済んだ。
しかし、その待ち時間が長かったのだ。
「城内は廊下にも騎士が大勢いたが、部屋の入り口と出口にも其々二人ずつもいるのだな」
入り口と出口はもちろん同じ扉。その扉を挟んで騎士が立っているのだ。
この部屋には扉が二枚あり、其々に二人ずつ立っているので、俺を除き計四人が室内にいるという訳だ。
「本当に微動だにしないな…生きてるとは思うが…」
室内の騎士は真っ直ぐ前を向いて立っている。
その姿はまるで彫像のようで、気配もごく僅かしか漏らしていない。
「良かった…騎士を目指さなくて…」
これだけじっくりと見られていても微動だにしてはならないのだろう。
俺には無理だ。
出来るだろうが、毎日は流石に嫌気が差す。
俺の性分的にも冒険者が合っているようだ。この辺りはジジイに感謝だな。
「殿下、ご入室」
扉の向こうに新たな魔力の反応が増えると、直ぐに室内の騎士が声を上げた。
良かった。やはり生きていたのだな。
ガチャ
扉が開かれると、その向こうには複数の騎士を連れた少年の姿があった。
「お主がカイコ・サオトメか?」
その少年は俺へ走り寄ると、嬉しそうに名前を確認してくる。
「そうだ。そういうお前は?」
この場合、殿下と呼ばれた少年を守る為、騎士は離れないように着いてくるはずだが、護衛の騎士は扉の前から微動だにしなかった。
相手が八大列強であれば、無意味。
それをしっかり理解しての行動なのだろうな。
そうでないのならただの職務怠慢でしかない。
しかしそれは考えづらい。
見てみろよ。部屋に騎士は増えたが、誰も微動だにしないんだぜ?
怠慢騎士の筈がなかろうというもの。
「あ…これは失礼。私はミシェットガルト王国第二王子、スバルフスキー・ド・ミシェットガルト。
八大列強に会えたこと、光栄に思う」
「スバルだな。ところで、依頼主の姿が見えないようだが?」
「ス、スバル…その様に初めて呼ばれた…」
長いんだよ。
それよりもはよ。
「お、王は多忙故、済まぬ。依頼内容は知っているな?」
「戦いを見せろ…だったか?」
確か依頼者は国王だった筈。依頼料さえちゃんと払うなら誰でも構わんが。
「ん?少し違う。戦いを教えて欲しいというものだ」
「全然違ったな…わかった。それで?誰に?」
この部屋の中に強者は存在しない。
スバルの護衛はそこそこ強いが、一人でユミフィとアマンダを相手には出来ないだろう。その程度の気配と魔力反応だ。
つまり、この部屋には八大列強に態々教えを乞う程の逸材はいないという話。
「私だ」
「お前…?いや、無理だろう?そもそも護衛される側に強さは必要ないはずだが?」
強さは必要ないが、体力は必要。
何かあればその足で逃げなくてはならないし、王族は暇などころか忙しいみたいだからな。
「その通り。だが、私には必要なのだ」
「わかった」
「そこを何とか……え?」
必要なら仕方ない。
俺も金が必要だからな。美味い飯を腹一杯食う為に。
「い、良いの?」
「言葉遣いが素になっているぞ?」
「はっ!?」
八大列強は基本的に弟子を取らない。
理由は単純で、殆どの八大列強は己の強さにしか興味がないというものが一つ。
もう一つは、一人弟子を取ると『自分もっ!』という声があがり面倒臭いから。
これについては問題ないと思う。
相手が王族だからだ。
一般人であれば選びようもないが、大陸を見渡しても王族には限りがあるからな。
大丈夫だ…よな?
「期間や報酬について話し合いたいが。良いか?」
「も、勿論!王から全て一任されている」
「それは頼もしい限りだ」
話し合いの中でわかったこと。
王子は14歳と俺の一つ下。
王子が学ぶことにより、必然的に護衛の騎士も見学することができる。
それにより騎士の能力にも変化を期待しているとの話。
王子が弟子入りしたい理由は聞いていない。そもそも興味がないし、話したいのならその内自分から話すだろう。
「報酬は一日金貨百枚」
これには驚いたが、理由はしっかりとしていた。
仕事を受けている間、俺がここにいるから。
それだけで城の安全は担保され、さらには王都の安全も確保される為だ。
衛兵や騎士に休暇を与えることも出来る。
こうした様々な利点があり、正当な報酬になるみたいだ。
「期間は…カイコの出来うる限りお願いしたい」
「分かった。期間は未定。報酬が日払いであれば引き受けよう」
「頼む。いてっ!?」
引き受けた時点で、俺とスバルには師弟関係が発生する。
俺とジジイは師弟の前に家族だからいいんだ。
よって、スバルには拳骨が落ちた。
「お願いします、だろう?」
「お、お願いします、師匠」
「お、おう」
待て待て。急にしおらしくなるな!
嬉しそうに見つめるんじゃない!
「引き受けたが、今日はもう数刻で日も落ちる。今日の報酬は必要ないから明日の朝から稽古を始めよう」
「わかりましたっ!師匠っ!」
「お、おう…」
拙い…師弟関係ははやまったかもしれん。
金髪を靡かせ、恐らくは高級な衣装を見に纏う少年。
理由はわからないが、何故だかイケナイことをしている気分になってしまった。
「結局、宿代はいつも通り無駄になる…か」
目覚めたのは、天蓋付きのフカフカなベッドの上。
天蓋が何の為に付いているのかはわからないが、何となくよく眠れたと思う。
「おはようございます。お水をお持ちします」
「…頼む」
宿代が無駄になったことからも分かるように、ここは宿ではない。
あの後すぐに帰ろうとしたらスバルに泊まっていけと言われ、飯を食べたところ当たり前に宿よりも美味しかったので嬉々として泊まることに決めた。
泊まることが決まり城勤の女に部屋へ案内され中に入ると、そのまま着替えまで手伝うと言われたが丁重にお断りした。
仕事だからと中々引き下がらなかったが、俺も引き下がれない。
着替えなど、当たり前だが物心ついた時には自分でしていた。故に誰かに手伝われるなどあり得ないのだ。
そんなやり取りを制することは出来たが、他は全敗だった。
どういった内容かというと。
寝室から出ていかない。朝まで交代で番をする。
城内で一人きりにはなれない、などだ。
着替えと清拭だけは一人で許された。
そこだけは死守出来たのだ。
今も見知らぬ女が俺が目覚めたことに気付き、寝起きの水の用意をしてくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
「……」
水を受け取り、礼を伝えると女が固まってしまった。
「…どうした?」
「申し訳ありません。礼を言われたことがなかったので…失礼しました」
なんだそれは……
自他共に認める口の悪い俺でも、挨拶と礼はキチンと伝えるぞ?
「そうか…それが普通なのか…」
「はい…ですがっ!嬉しかったです!」
「そうか。なら良い」
はいっ!
女の元気な返事を聞き、水がなくなったグラスを返す。
夜案内してくれた女よりもこの女の方が10は若そうだ。俺と同じかそれ以下か。
城勤は安全だが、決して楽ではなさそうだ。
ここにきて、冒険者で良かったと度々感じているのであった。
登場人物紹介
スバルフスキー・ド・ミシェットガルト(158/45第二王子、金髪、14歳)
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
城に泊まっただけで一話……
ちなみに、王子は王子で、実は王女でした!なんて展開は決してありません。あしからず。