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「兄ちゃん…アンタ、一体何者なんだ…?」
ハミルトンの部屋を後にした俺は、現在複数の依頼の真っ只中にいた。
その依頼の一つに『街の外壁補修の手伝い』というものがあった。現在はそれが終わったところ。
「何者か?ただのEランク冒険者だが?」
「ただのEランクって…」
まだ何か言いたそうな現場監督を無視し、俺は次の依頼へと急ぎ向かっていく。
ハミルトンの話は簡単だった。
今のままでは宝の持ち腐れになるから、さっさとランクを上げてくれという話。
故に、ハミルトンが選んだ依頼を熟しているのだ。
それも複数。
まず始めに行ったのは、先程終えた街壁補修の依頼だ。
細かい仕事内容は単純作業の荷運び。
運ぶ物は煉瓦の山であり、運ぶ場所は高さ10mくらいの外壁の上。
その総量は数トンにも及んだ。
それを十分ほどで終わらせたら、先程の言葉を伝えられたわけだ。
次に向かうは……
「魔物百体の魔石か」
冒険者は誰がいつなろうともFランクスタート。
俺は指名依頼という、Fランク冒険者が通常ではあり得ない依頼を受けたことにより、既に一つランクが上がっていた。
上がっていたというのも、知ったのが先程だったからだ。
話は戻り、ランクを上げるために必要なのは、ギルドへの貢献度。さらに、ランクに見合った依頼を受けたかどうか。
後者を満たす為に、先程の依頼を受けさせられたということ。
次は前者を満たす依頼。
しかし、それは依頼ですらない。
依頼とは、どこかのだれかが冒険者ギルドへと持ち込んだ仕事を指す。
では、依頼ではない依頼とは何か?
それは、ギルドが常時買取を行っている素材の納品。
ある意味で、ギルドが冒険者に出している依頼とも呼べるかもしれない。
ギルドが常時出しているその買取リスト。その中で単純な物は魔石といえるだろう。
素材であれば、それを集めるのに少なくない知識と買取リストを覚えておく必要はあるが、魔石であればその必要もない。
如何なる魔石であれ、ギルドは買い取ってくれるのだ。
さらにEランクでは納品する魔石がどれであれ、貢献度が溜まっていく。
つまり、選ぶ必要性もないのだ。
必要なのは手間と時間だけ。
だからハミルトンは何ら心配することなく『なるべく早く達成してくれ』なんて、酷いことが言えたのだ。
「必要なのは、百個の魔石。とりあえず、魔力探知の鍛錬を始めますか」
依頼だが、依頼でもない。なぜなら俺が何かを受けたわけではないからだ。
それらは人呼んで『常設依頼』とも呼ばれている。
そして俺が街に来た理由の一つ。
『強くなり、いつか最強となる』という無謀なもの。
その無謀へ近づく為には、当たり前だが鍛錬が必要になる。
冒険者は誰かに指図されない。故に、自発的に鍛えなくてはならない。
どうせ依頼を熟すのであれば、そのついでに鍛錬も兼ねよう。
恐らく若き日のジジイも同じようなことをしたはず。
俺はジジイの若き日を想像し、結局想像は及ばないまでも依頼をこなしていった。
強くなる。
その想いを胸に秘めて。
「おはようござ……」
朝の冒険者ギルド。
受付に見知った顔を見つけたので近寄ると、愛想のいい朝の挨拶が…聞こえてこなかった。
「カイコさん…まさか…その袋の中身は…」
「知っていたか」
早朝のギルドは依頼を受けるための冒険者で溢れかえっている。
故に、俺の様に荷物を抱えている者は珍しい。
さらにアイラはハミルトンとの話を知っているのだろう。
俺が持つ袋の中身が何なのか、検討がついている様子だった。
「108つ、魔石が入っている。納品させてくれ」
「っ!!昨日の…今日ですよ?…カイコさんに限って嘘はないのでしょうが…」
「嘘をつく意味がない。ほら。頼む」
はあ…
何故か溜息を吐かれた。
「ギルドマスター室まで、ご同行願います」
納品が済んだようで、アイラに呼ばれたら何故かいつもの台詞が返ってきた。
まあ、そうなる気が薄々していたから問題はないが。
「早くとは言ったが…」
ハミルトンにも同じ表情をされた。
受付に若い女性が多い意味がわかる気がする。
おっさんのこの顔は殴りたくなるからだ。
「そっちが言ったんだろう?」
「そうだが……予想を見誤ったかもしれん…」
ボソボソと呟くな。嗄れ声は聞き取りにくいんだ。
ハミルトンと談笑していると、扉がノックされ、先程出ていったアイラが戻ってきた。
「こちらが新しい冒険者証となります。結局、Eランクのものは間に合いませんでしたね……」
「そういえば、何故Eランクの冒険者証は貰えなかったんだ?」
そう。俺は今までFランクの冒険者証を使ってきた。自分が知らぬ間にランクアップしていたということもあるが、ものの十五分で新しい冒険者証が作れるのなら、何故渡されていなかったのか?
「どうせすぐにランクアップするだろうと、敢えて作らせなかったのだ」
お前のせいかよ……
「これで晴れてDランクとなったな。次からはランクアップ試験が必要だから、どれだけ急いでも来月まではランクアップ出来ん。故に発行させたのだ。無駄にならんからな」
経費削減を俺でするなっ!
まあ、別にいいか。困ることではない上に、実際に困らなかったしな。
「アイラ。下がりなさい」
「はい。カイコさん。今晩は楽しみにしていて下さいね。では、失礼します」
「ああ。またな」
ギルドマスターの命により、アイラが退室していく。
「今晩…?カイコ。お前が凄腕なのはわかっていたが…女性にも凄腕だったとはな…だが、可愛い部下だ。遊びでは許さんぞ?」
「何の話なのかはなんとなく理解できる。が、全部勘違いだ」
その後、めちゃくちゃ言い訳をした。
いや、本当の話だから、いいわけでもないがな。
あの後、言い訳からの流れでジジイの遺した本の話題となり、ハミルトンが異様な執着心を見せてきた。
勿論、故人の日記のような手記を他人に見せるわけもなく、元々個人的な恥ずかしさもあり見せる気もさらさらなかったので話はそこで終わった。
そして、今。
「二人暮らしだったのか?」
アイラの家へと夕飯をいただきに上がっていた。
家は街では普通の一軒家で、まさか二人暮らしだとは思ってもいなかった。
ジジイの本にも、『一人暮らしの女性宅へ招かれた時』とかいう、訳のわからない解説はあったが、二人暮らしの女性宅はジジイも俺も想定外だった。
「はい。父と母はこの家を遺し、亡くなりました。ですが、それは割と近年の出来事だったので、生活には困らなかったことが幸いです。私は働いていますしね」
「お姉ちゃんと両親のお陰で、私は学生が出来ています。お姉ちゃんには感謝してもしきれません」
「そうか。ま、俺は赤子の時に捨てられたから両親がいなかったし、二人と似たようなもんだな。こっちは姉や妹ではなく、年寄りとの二人暮らしだったが」
何だ?何故、哀れなモノを見るかのような視線を向けてくるのだ?
よくわからんが、二人が仲の良い姉妹だということはわかった。
姉想いな妹と、そんな妹の為に働ける姉。
両方とも勘違いの多いところが玉に瑕ではあるが。
「どうですか?」
「うん。美味い」
「よかったぁ。たくさん作ったので、遠慮せずおかわりして下さいね!」
四人掛けのテーブル。
その上には所狭しと料理が並べられている。
料理の種類は様々で、スープ、魚料理、肉料理が二種類に、サラダ、パンも二種類ありお好みでチーズまであった。
「お姉ちゃん、冒険者さんってやっぱりよく食べるね!」
「確かに冒険者の方々は大食漢の方が多いですが…カイコさんはその中でも特別です」
「そうなんだ。でも、よく食べる男の人が食卓にいると、作り甲斐もあるよね」
妹のレイラが普段は料理を担当していると聞いた。
今日の料理もその殆どを一人で作ったのだとか。
にしても、仲が良い。
俺なら会話よりも飯を優先する。現に今、会話には参加していない。
特に、これほど美味い飯であれば尚更だ。
「おかわり」
故に、これが食事の最中に発した唯一の言葉となった。
「ええっ!?八大列強のお孫さん!?お姉ちゃん、それホントっ!?」
美味い飯を満腹まで食べた俺は、ついつい口が滑ってしまう。
まぁ、この飯の礼だ。意図していなかったが。
「カイコさん…伝えても良かったのですか?」
例により、アイラは知っていた。
しかし、口が硬いのか、職務に忠実なのか。レイラにも教える気はなかったようだ。
「良くはないが…二人が真面目だということは知っているつもりだ。そんな二人なら黙っていてくれるだろう?」
俺がジジイの孫であることは変わらない事実だ。
それに秘密でもない。単に喧伝することでもないと考えている上に、込み入ったことを話す相手がいないだけのこと。
「勿論です。守秘義務は必ず履行されなければなりません」
「わ、私も話しませんっ!」
「それなら問題ないな」
ついつい口が滑ってしまったが、これは良いことなのかもしれない。
秘密とは、自身を苦しめる枷にもなる。
話せる相手がいるということは、少なからず有難いことなのだろう。
予期せぬ幸運…もとい、怪我の功名に対し、これまでの出会いに感謝する夜となった。
数日後、あんな騒ぎになるとは……今のこの三人に、予期することなど叶わないのであった。




