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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
山籠りの老師に拾われた子、人里に現る
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1-7

 





 アイラ姉妹の誤解を解いて一夜が明けた。

 妹のレイラは悪い奴どころか、姉曰く優し過ぎて心配なくらいの女らしい。

 なんでも、困っている人がいたら自分が困っていても見過ごせない性格なのだとか。


 そんなレイラは素直な性格からか思い込みも激しく、友人から聞かされた想像(イメージ)上の俺をなかなか拭うことが出来ず、誤解を解くのは姉以上に苦労したのだ。

 その姉がいなければ、説得が不可能だったくらいには。


「遠慮するといったのだがな…」


 誤解が解けると素直なレイラは激しく落ち込んだ。

 どうにかアイラと共に慰めるも、納得してくれることはなく、それならとお詫びに夕食へ招待されたのだ。


「夕食は宿の飯があるのだが…」


 誘われた夕食に出費がないとはいえ、また支払い済みの夕食が無駄になってしまう。

 愛想の良いあの女将さんも、夕食代だけの返金には流石に応じてくれないだろうしな。


 そもそも合計の金額で支払っているから、夕食代がいくらかなんて知りようもないが。


「はあ。仕方ないか」


 昨日はアイラと。今日は貴族家で。一日空き明後日はアイラ宅。


 ほぼ三日連続となる無駄金(欠食)にため息が零れる。


「ま。金はまた稼げば良い」


 切り替えの早さはジジイ譲り。

 俺は支度の為、届いているであろう服を受付まで受け取りに向かった。













「サオトメ様でございますな?」


 宿の者に呼ばれたので宿先へ出てみると、豪華な馬車の前にいる一人の老人から声を掛けられた。

 老人はスーツと呼ばれる黒い服を着こなし、その見た目年齢からは考えられないほどに綺麗なお辞儀をして見せた。


「ああ」

「伯爵家執事のバロンと申します。どうぞ」

「邪魔する」


 自己紹介と共に、流れる動作で馬車の扉を開く。

 ここで遠慮したり断っても無駄なことはわかっているので、俺は大人しく馬車の中へと案内されることに。


 外は黒塗りで中々の装飾がなされていたが、内は至ってシンプルだった。

 転倒などに備え怪我をしないように、シンプルな造りなのかもしれない。


 そんなことよりも…

 馬車(これ)は本当に大丈夫なんだよな?


 そんな俺の不安を敏感にも感じ取ったのか、進行方向を向いて座る俺の対面へと腰を下ろしたバロンが口を開く。


「馬車は初めてですかな?」

「あ、ああ。これは動くんだよな?」

「左様です。外の装飾に伯爵家の家紋が入っていることからも、その安全性はお墨付きですのでご安心を」


 それがどの程度のお墨付きなのかすらわからんのだが?


 何故か勝ち誇った笑みを浮かべるバロンへと続く言葉が浮かんでこず、俺は不安を噛み殺してその時を待った。








「想像していたよりも、大したことはなかったな」


 山には馬車などなかった。馬車どころか車輪すらもお目にかかったことがない。

 それを知っていたのは書物の中だけ。


 街へついてから何度か馬車を見かけてはいたが、自分が乗ることになるとは思ってもおらず、いざ乗る時になって不安が押し寄せてきたのだ。


 よく考えれば、俺よりも力の弱い馬が行える程度のこと。

 何も心配する必要などなかったのだ。


 流れる景色はゆったりとしており、不安が解消される頃には貴族家へと着いていた。


「何か言いましたかな?」

「…いや、豪華な屋敷だと」


 今は一人ではないのだ。落ち着いて独り言も出来ない。

 屋敷の中へと先導する形で案内するバロンは、その年にしては良い耳を持っているようだ。

 ジジイ程ではないがな。


「お館様は趣味のよろしい方ですからな」

「それはなにより」


 豪華といったが、金ピカという風ではない。

 なんと言えば良いのか…センスが良いというか、広すぎる屋敷に対して、丁度いい塩梅で調度品が置かれていた。


 素人でもそう感じたのだ。

 目の肥えた貴人であれば、更に奥深く考察するのだろう。


 また勝ち誇った顔をして、バロンは軽快に歩んでいく。

 どうやら、俺の知っている年寄りは皆元気らしい。











「よくぞ来てくれた。ギャリック伯爵家一同、カイコ・サオトメを心より歓迎する」


 案内された部屋は大きな食堂だった。

 大きな二枚扉をバロンが開くと、中は既に準備が整っていた。

 その中には見知った顔が二つ。伯爵夫妻だ。

 皆を代表して、伯爵が歓迎の言葉を口にした。


「心よりの歓迎、感謝する。田舎者故、無作法を許してほしい」


 冒険者は自己責任。

 読んだ本とアイラからの説明通りであれば、この対応で問題はないはず。


「これは感謝の宴。主賓に対してそのようなものを求めるほど、伯爵家は無粋でも狭量でもないよ」

「そう言ってくれると助かる」


 言葉通り、伯爵本人は態度も言葉遣いも崩してくれた。これで俺がリラックス出来るだろうと、合わせてくれたのだろう。


「カイコ殿。先日は取り乱し失礼を。そして娘の命を救っていただき、心より感謝致しておりますわ」


 続いて声を掛けてきたのは伯爵夫人。確かキャサリンだったか。

 以前見た時は二人とも憔悴していたが、今は血色も良く、何よりも表情に活力が見て取れた。


「俺は依頼を受けただけだ。その感謝は薬師と医師に伝えてやってくれ」


 そう。俺は金の為に依頼を受けただけ。

 預かり知らぬ事で感謝される気はさらさらない。


「勿論、薬師にも医師にも感謝は伝えましてよ。ですが、それとこれとは別。親として、また母として、子が救われたことに感謝を示さない者はいませんわ」

「そうか。では、その気持ちは受け取っておく」

「ふふ。はい」


 感じ取れる魔力は微弱。身のこなしも気品は漂うものの、武芸者のそれではない。

 それなのに、迫力があった。

 理由は単純。

 気持ちの強さ、その一点だ。


 そこまで感謝されるのであれば、受け取らない方が面倒になる。

 何故か笑われたが。




 その後、二人の息子を紹介されたが、俺の記憶には残らなかった。

 その理由はただ一つ。


「美味い…」


 言葉を失くすとはこのことか。

 初めて宿の飯を食った時も衝撃的だったが、ここの食事も同じくらいの衝撃を俺に与えてくれた。


 伯爵夫妻と会話をしていた時から、部屋に充満していた香りに心が揺さぶられていた。俺より年下の自己紹介など上の空になっても致し方ないだろう?


 その揺さぶりは、食事を始めた瞬間に確信へと変わった。


 美味い。美味いんだ。


 宿や飯屋で食べた食事でも色々な味や香りが楽しめた。

 しかしそれは、『本物』の前では酷く薄れてしまうだろう。

 なんだ?口に含んだ瞬間、口一杯に広がる芳醇なこの香りは?刺激は?

 刺激は恐らく香辛料と呼ばれるモノなのだろうが、それも一種類ではない。

 素人の俺が気付くくらいだ。

 この料理一つに、恐らく数十種類の香辛料やそれに準ずる何か特別なモノが使われているのだろう。


 衝撃を超えて、俺は感動していた。


 食べ物に、たった一度の食事に、たった一皿の為に、ここまで手間暇を掛けられるものかと。


 手間暇だけではない。金も掛かっているのは間違いのない事実。


 ジジイが死んだ時も、零れなかった涙。

 不覚にも感動のあまり、俺は泣きそうだった。


 ジジイ…済まん。


 いや、ジジイが死んだ時に泣けなかったのは、ジジイの所為でもある。

 幼少期、泣き虫だった俺を矯正したのはジジイ本人。


『男が泣いていいのは、母の死か子が死んだ時だけじゃ』


 そう言い聞かせられながら育ってきたのだ。

 つまりは、泣かないことが供養となるのだ。


『俺は強いから、安心して逝け』と。


 そんな俺が感動のあまり、涙を零しそうになる。

 震える手を腕力で誤魔化し続け、何とか食事を終えることが出来た。









「娘に会ってほしい?」


 食後のティータイム。

 貴族の中では当たり前らしいが、庶民代表である俺には慣れない時間。

 出された茶は食事と変わらず大変美味かったが。


 そんな新たな慣習に触れていると、伯爵が姿勢を正して伝えてきた。


「ああ。どうだろう?」

「どうだろうも何も…病気なのだろう?」


 伯爵家に娘は一人だと聞かされた。つまり、病気の娘に会えという話。


「先程話した通り病状は落ち着いていて、今や完全に治ったと言える。感染るものでもないが……」

「いや、感染るかどうかは気にしていない。食事会にも参加できないほどなら、安静にしていた方が良いと思ったまでだ」


 本人からも直接感謝を伝えさせたいという話はわかるが、病人に無理を通すのは違う気がする。


「それは大丈夫だ。今日も君が来ると娘に伝えたら、朝から興奮しっぱなしでね……あまりにも興奮するものだから、薬師に鎮静剤を処方させたくらいなのだよ。だから、この食事会は無理矢理欠席にさせたんだ。君をちゃんと歓待したかったからね」

「………」

「カイコ殿。娘は英雄に憧れていますわ。八大列強であるケンシン・サオトメとカイコ殿が同姓だから親戚か知り合いかもしれないと、一人ではしゃいでいるのです」


 そういうことか。


 しかし……ジジイは一体…

 本当に八大列強だったのだろうか?


 同姓同名という線も拭えないが、早乙女という姓は珍しいものらしいし。

 もう一つ違う可能性があるのならば、ジジイが偽名という線だ。


 次にギルドマスターのハミルトンに会った時にでも、ハミルトンの知る八大列強の早乙女拳信について聞いておかないとな。

 そこでハッキリするかもしれないし。


 そんなことを考えているといつの間にか茶器は片付けられてティータイムは終わり、伯爵家長女が待つ部屋へとみんなして向かうのであった。

蚕は薄々気付き始めました。

それは自分が強い!ということではなく……

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