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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
最強の足元
116/117

3-11

 






 鬱蒼と木々が生い茂る森を抜けると、森の切れ目から現れたのは雄大な山々だった。


「わかるか?」

「ちょっと待って」


 あまりにも傾斜が少なくて気付かなかったが、森はなだらかな登りになっていたようで、気付けばここもそれなりに標高の高い場所のようだ。


 街では薄着でも動けば薄ら汗をかく程度の気温だったのに、この辺りの日陰には雪がまだ解けないまま冬の名残りを見せていた。


 そんな切り開かれた景色を前にして、アンジェリカへ確認を取った。


「右の山ね」

「…おお。本当だ」


 確認したのは龍の棲家。

 いくら龍が巨体だとはいえ、大自然を前にすれば人と同じくちっぽけな存在でしかない。

 未だ目視では見つけられないが、魔力操作に定評のあるアンジェリカの前では何人たりとも隠れ続けることは叶わないのだ。


 そして、方角さえわかれば俺の拙い魔力探知であっても、その巨大な魔力を捉えることが出来た。


「奇襲は無理そうよ?どうするの?」

「正面から叩く。なに、問題ないさ。俺達ならな」

「もしかして、激励のつもり?それなら必要ないわ」


 祖父の仇であり、知られている中では最強の魔物が相手だ。

 無駄に気負っていたり臆しているのではないかと心配したが、その瞳には力強い闘志が宿っている。


「それは何より。行くぞ」

「ええ。切欠は任せなさい」


 確認の後、俺とガルに乗ったアンジェリカは消えるように移動した。












 俺達より圧倒的に強いはずの師匠が、同族とはいえ格下の龍に梃子摺っていたのには理由がある。

 それは相性の問題。


 龍は強いことで有名だが、その巨体でも幻と言われるほど目撃例がないことでも有名だ。

 理由は単純で、絶対数の少なさに起因している。


 その数を極端に減らさないようにする為に、龍は独自の進化を遂げているのだ。


 その進化とは。


 極端に縄張り意識と仲間意識の高い龍同士は、度々同族で殺し合いをしてしまう。

 龍の敵は龍と言われる程度には、外敵も天敵もいないが、それは同族以外に限った話。


 龍は龍の手で絶滅しかけた歴史があった。


 そこで進化したのは、同族の攻撃に対しての耐性。


 簡単にいうと、決着はついても、致死には中々至らない。


 体力の化け物である龍のこと。

 そうなると、同族同士での戦いは極端に長引いた。

 それで師匠との合流に時間がかかったのだ。







「窪み…古い火口か?」


 龍の魔力反応を捉えた方角にある山の頂上へ辿り着くと、そこから先に見えるこの山よりもやや低い山の中にその魔力が感じられた。

 普通であれば、洞窟などに隠れていると考えるところだが、相手は馬鹿でかい龍だ。

 洞窟程度ではその身を隠すことなど不可能であり、何処に潜んでいるのかは想像に難くなかった。


「アンジェリカ達は…わからんな」


 魔力操作によりある程度魔力を隠すことが可能。

 俺も普段は余程探られない限りは気付かれないようにしているが、それでも気づける者は気づける程度でしかない。


 俺よりも魔力や魔法に精通しているアンジェリカのその技能は俺よりも上手(うわて)

 ガルは…ガルだからな。


 よって、二人が何処にいるのかはもうわからない。


 それでも事態は動いている。


「頼れる相棒達だ。俺の攻撃に合わせてくれると信じよう」


 龍のところまではこのペースだと四半刻程度。

 もう一度気合いを入れ直し、俺は山降りへと移行した。










 龍のいる山へ入り凡そ八号目付近まで来ている。

 気配は高まる一方で、向こうの準備が万端であるのは疑いようもない。


「遂に、ぶつかるな」


 思い出すのは圧倒的な存在感。

 彼者の前では人など矮小な存在に過ぎず、俺も例に漏れず一蹴された。


「あの時はジジイを助けることで無我夢中だった」


 少しでも力になりたい。

 追いかけ続けた背中と並び立ってみたい。

 死ぬなら、一緒に……


 その時はそればかりが思考を支配していて、他は考えられなかった。

 考えると、冷静になると、圧倒的な存在感を示す(バケモノ)に呑まれてしまうからだ。


 だが、現在(いま)は……


「あの世から見ていてくれ。俺は刺し違えることなく、奴を倒して見せる」


 ジジイ(アンタ)の弟子は、強くなったぞ。


 そう誇れる未来を信じ、仲間を信じて、改めて頂を目指す。





 グルルルルッ


「出迎えがあると思ったが、大人しく待っていたか」


 龍は縄張り意識が強い。

 故に、異物は即座に排除される。

 だから排除の為に出てくるものだと考えていたが、予想に反して見下ろす火口から動かないままだった。


 相当に古い火口らしく、火口内は堆積物か何かで半ば埋まりかけており、さらには草木がそこそこに生い茂っていた。


 その火口の中央には、とぐろを巻いて鎌首を此方へと向けて唸っている茶色の龍がいた。


「ジジイの形見でもある俺の外套は黒龍製。アンジェリカとカレンがお揃いの外套を欲していてな、俺的にお揃いは恥ずかしいから色違いくらいが丁度いいんだ。悪いが二人の我儘の為に死んでくれ」


 早乙女流の技の一つに『対戦相手を煽る』というものがある。

 この効果は言わずと知れたもので、力量が近ければ近いほど効果的だ。


 この技で重要なのは、半々くらいで事実と嘘を織り交ぜること。


 今回はお揃いが欲しいといっていた事実と、目的が違う嘘を混ぜた。


 勿論、龍にこの技が効くとは思えないが、やらないよりはマシといった気持ち。

 というよりも癖かな。

 どんな技も、習得したと言えるのは癖になった段階だと考えている。


 そう。

 この茶龍のように。


「凄まじい魔力だ。副次的に生み出された突風だけでも、只人には脅威となり得るだろう」


 茶龍に威嚇の意図はないだろう。

 その時間はとうの昔に過ぎているからだ。


 それでもここへやって来た相手。

 それ即ち、馬鹿か阿呆。


 まさか倒されるなどとは微塵にも思っていない。だからこそ、こうして魔力を唸らせて馬鹿にしているともいえる。


『お前が挑むのは遥か上の存在』だと。

『餌と捕食者』でしかないと、圧倒的な魔力を見せつけている。


「そうだな。数年前の俺だとその通りだ」


 闘気を練る。


「だが、それは大きな思い違いだ」


 今となっては一瞬にして全力を出せるが、それでもゆっくりと闘気を練っていく。


「魔力量の差を埋めて見せよう」


 そして、高まる闘気を一気に放出して見せた。


 グギャオッ!


「わかるか?俺も捕食者側なんだよ。残念ながらな」


 不可視のはずの闘気が闘気(バトルオーラ)となり身体に纏わりつく。

 単純にして武の境地。基本にして奥義と呼べるこれは、早乙女流そのものであり、基礎であり奥義。


 アークベルトはおろか、師匠ですら再現不可とまで言われた闘気術の極意。


 得体の知れぬ魔力の動きに対して、龍は警戒を露わにした。


「先ずは、小手調べだ。行くぞっ!」


 火口最上部から火口内へ向けて全力で駆けていく。

 普段全力で駆ける時は周りを気にするが、今はその必要もない。

 故に、本来の最大速。


 瞬発力や機動性は到底敵わないが、最高速はガルと良い勝負をしているのではないかと、危険な状況下でありながらも無駄な思考を楽しんでいた。


 それもすぐに終わる。


「受けてみよ。これがハエの一撃だ」


 龍を人に置き換えた場合、俺の大きさなどハエ以下かもしれん。

 そんなハエの一撃は全てを穿つ。


 龍の鎌首が俺の残像を追いかけている刹那、とぐろを巻いている胴体部へと渾身の一撃をお見舞いする。


「でぇやぁっ!」


 龍の顎門を悠々と躱し、勢いを殺すことなく胴体部へと飛び込む。

 慣性に従い近づく巨大な胴体。

 一瞬の出来事ではあるが、闘気の迅速で精密な操作は早乙女流の真骨頂でもある。


 全身に回していた闘気の殆どを、たった一撃を繰り出す為だけに回す。


 拳が龍に直撃した弾みで身体が宙を舞う。

 直後……


 パァンッ


 乾いた音が遅れて聞こえて来た。


「なんだ。思っていた程ではなさそうだな」


 弾かれた身体は空をクルクルと回った。

 それを身体を捻り空気を蹴り上げることで安定させる。

 その行動により齎された安定は、現実の世界をまざまざと見せつけてくれた。


 拳がぶつかった場所だろう。数枚の鱗が吹き飛び、骨が見える程に龍の身体が抉られていた。


「質量の差なのだろうな。他の部分に大きな影響はなさそうだ。よっと」


 迫り来る地面を前に、観察と考察を続ける。


 これ程の巨体を相手にすることは今後少ないだろうが、質量差で起こる現象を覚えていて損はないだろう。


「粘ればこのまま殺れそうだが……それをすると怒られるからな」


 人一人分くらいの肉片を飛ばしたが、龍に焦りは見られない。

 それでも絶え間なく攻撃し続ければどうなるかは明白だ。


「治ったようだな。さて。仕切り直しといこうか」


 龍の再生能力は規格外。先程の攻撃が無かったことにされる。


 それでも、俺に負ける気は一切しなかった。

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