3-7
「ここが…ギムレット王国の王都か」
随分と南下したとはいえ、この辺りまでの海側は帝国が支配しているので、この国は必然的に内陸部に位置することがわかる。
そしてミシェットガルト王国からかなり南下したはずだが、気候は依然穏やかであり、リーリャから学んだほど暑くなることもなかった。
現在が初夏だからだろうか?
暑くはないが、建物の形には多少の変化が見られた。
その最たる変化が、屋根にある。
どの建物の屋根にも煉瓦を薄く伸ばした軽そうな石材が使われている。
その色には統一性がなく、赤から青と其々の個性を主張していた。
そして建物の殆どが煉瓦で造られていた。
街を覆う壁も煉瓦という徹底振り。
「「ありがとうございました!」」
襲われていた男達と襲っていた女達を街の入り口に立つ衛兵だか門兵へと引き渡した。
身元を明かしたお陰か特に手続きもなく、俺はすぐに解放された。
聞けばこの礼を述べてきた男達はDランクの若手で、女達はCランクの中堅だとか。
何でも『私達が次のランクへ上がる秘訣を教えてあげる』と騙されて連れて行かれたんだとか。
どうでもいいし……本当にどうでも良い。
だが、俺にも半ば無理矢理された経験がある。
気持ちも分かるので放って置けなかったのも事実。
そして……
「そんな中、放って置いた奴らを探すか…」
最早仲間でも何でもない。
ガルもこれからはペット枠だ。
アンジェリカは…辞書枠兼料理番としよう。
「先ずは…ギルドに行くとしよう」
宿を取っても無駄になるかもしれないからな。
俺を置き去りにした奴らを探す為、先ずは冒険者ギルドへ向かうことに。
と、決めた矢先……
「おいっ!聞いたか!?すげー美女がヤバい従魔を連れててさっ!」
「聞いた聞いた!みんな集まってるってよ!俺らもいこーぜ!」
前方を都会人である王都民らしくもなくせっせと駆けていく男達。
その話し声は誰の耳にも届くほどの声量だった。
「見つけた…のか?いや…ここは知らないふりをして、宿でも探そうか…」
何が俺はトラブルを引き寄せる、だ。
引き寄せているのはお前達だろうに。
「はあ…仕方ない。行くだけ行ってみるか」
大きなトラブルに巻き込まれていたら見て見ぬ振りをしよう。
そう仕返しを考え、男達が駆けて行った方向へ足を向けた。
「やっぱりここか」
予想通りというべきか、冒険者ギルドで仲間を発見した。
ギルドの入り口から少し離れた場所で建物の日陰を利用して涼んでいるのは神獣ガルグムント。
そのガルの周りを野次馬達が囲んでいるが、そんなことはお構いなしと昼寝をしている。
「アンジェリカは中にいるのだろうな」
ギルドの入り口にも人集りがある。
恐らく冒険者ではない無関係な人達なのだろう。
「通してくれ」
「うおっ…兄さん、デカいな…」
「こわっ…冒険者だよな?人殺しじゃないよな?」
入り口から入ろうにも人集りが邪魔をする。
仕方なく声をかけると、驚かれたりビビらせたり。
人殺しが『はい、そうです』なんて答えないだろうに……まあ、無視だ。無視。
「見えないが…恐らく、アレだろうな」
王都のギルドということもあり比較的大きな建物だが、それでも入り口から全容を見渡すことができる程度の広さ。
それでもアンジェリカを目視で確認は出来ないが、部屋の隅に人集りが出来ているので、魔力探知をしなくともあの中にいることは間違いないだろう。
「こんにちは。依頼ですか?受注ですか?」
大男である俺が一度声を掛ければ、一あの人集りは一瞬の内に蟻の子を散らすように解散するだろう。
だが、もう暫く放っておく。
中には俺を恐れずに突っかかってくる面倒臭い輩も多いからだ。
そうなると、アンジェリカに言われてしまう。
『やっぱり、トラブルを生んだわね』と。
「買い取りを頼みたい」
そう告げると、カウンターへ革袋ごと魔石を置いた。
「確認します」
「後、これも頼む」
次いでとばかりにギルドマスターから預かっていた手紙を添えるように置いた。
袋から取り出した魔石を、まるで宝石でも取り扱うかのように丁寧にカウンターへ並べる職員の女。
見た目は同年代で、美人というよりは愛嬌のある顔立ちをしている。
やはりどこの受付も若い女ばかりなんだなと、頭の中で感想を漏らす。
「高位の魔石ばかりですね!凄いです!名のある冒険者の方ですよね!?」
「…さあ?それよりも、あの人集りは?」
八大列強だとバレると、反応は真っ二つに分かれる。
一つは最初の街であるギャリック伯爵領で巻き起こされた熱烈なもの。
もう一つは、それとは真反対に腫れ物扱いされるというもの。
体感だと、歓迎されるのが半分より下といった感じ。
勿論、ギルドマスターや領主といった人達にはどこへ行っても歓迎されてきたが。
腫れ物扱いするのはそれ以外の一般の人々。
彼等からすれば、八大列強は獰猛な獣と同じ。いや、時と場合によっては、それよりもタチが悪い。
俺が殺した八大列強の一人であるエイギルなどがいい例だ。
アイツのように私利私欲に走る八大列強もいるからだ。
そうじゃなくても、強者とは粗暴なイメージなのだろう。
大きな力には抗えないのだ。
それを利用するほどの地位や財力も無ければ尚のこと。
ここはどうなのだろう?少しだけ気になったのだ。
「実は…八大列強の方がいるのですよ」
何故か小声で伝えられた。
普通の声でも人に囲まれているアンジェリカには聞こえないぞ?
「へぇ。珍しいもんな」
「珍しいなんてものではありませんよ!?いえ…すみません……
王都に現れたのは十年振りでしょうか?それくらい元々珍しい上に、息を呑むほどの美女です。
そしてそれを全く感じさせない気さくで素敵な方ですので、人集りが出来るのも仕方ないことかと」
私も仕事じゃなければ……
なんて、心の声まで漏れていた。
「そうか。良いやつなんだろうな。外面は」
「っ!!?な、なんてことを……」
仲間を見捨てて先を行くような女だぞ?
俺には言う権利がある!
「それより、手紙を」
「あ、はい。・・・え?」
手紙を確認した受付の女は、急に静かになり立ち上がった。
「当ギルドのギルドマスター宛ですね?今確認してきますので、お掛けになってお待ち下さい」
「頼んだ」
流石に勝手に開けはしなかったか。
こんな面白い対応だったが、仕事は出来るのだな。
ギルドは一部が混雑しているお陰で他は空いていた。俺は空いている席へと座り、その時を待つのであった。
えぇーーっ!?
「か……黒髪の方、お待たせしました」
声をかけられたのでカウンターへと向かう。
途中、上の階から悲鳴が聞こえたが、聞かなかったことにしてやろう。
何せ、今は直立姿勢で緊張から震えてさえいるのだから。
「よく、名前を言わないでいてくれた。助かった」
「と、当然です。名乗られなかった時点で察するべきでした」
いや、それは無理だろう……
「これが登録証だ。後で取りに来るから換金を頼むな」
「は、はい!任されましたです!あ…案内…」
「大丈夫だ。どうせ、二階の突き当たりだろう?」
激しく頷いている受付に手を挙げることで応え、俺は勝手知ったる階段を登っていく。
コンコンッ
「手紙を持ってきた者だ」
初めて来るのにそんな気がしない場所。
眼前の扉をノックすると、入室の許可が降りた。
「…彼女は?」
「ギルドはどこも同じような造りだからな。案内は不要と断った」
「そうか……座ってくれ」
出迎えたのは壮年の偉丈夫。
顔には大きな傷があり背丈も俺より少し低い程度、その立ち居振る舞いは現役のベテラン冒険者と比べても遜色のないものだった。
「俺はここ王都の組合長をしているアーノルドだ。
八大列強で間違いないな?」
「そうだ。蚕 早乙女という」
俺を…いや、八大列強を前にして堂々とした男だ。
これだけで好感が持てる。
「Aランクになりたいらしいな?」
「ああ。それだけじゃ無理か?」
一応、他の街のギルドマスターからも推薦状を受け取っているが、アンジェリカの分がないからこの国最初の街のギルドマスターの推薦状しか提出していない。
「いや、問題ない。この国に多大な貢献をしてくれたようだからな」
「ああ、あの竜か」
「その竜でも、俺達にとっては死活問題になるほどの脅威だ。
感謝する」
こちらに見下す意図はなかったが、そう受け取る場合もあるよな。
一々訂正する気もないが。
「その想いは受け取っておこう。それで?どうすれば良い?」
感謝では腹一杯になれないからな。
実利も欲しいところ。だから、ここへ来たのだ。
「本来であれば、試験を行う」
「試験?」
「ああ。野外での泊まり込みが三日に、それを合格すれば対人戦の試験もある」
都合四日か。割と長いな。
「だが、お前達は別だ。強さは神によって保証されているからな。ギルドへ貢献さえしてくれれば、八大列強は昇級する仕組みとなっているのだ」
「それは有難い」
強くなる為に、無駄な時間は一瞬たりとも必要ないからな。
「よって、『龍を討てし者』の両名を、今よりAランクとする」
「は?」
聞き覚えの無い言葉。
いや、どこかで聞いたことがあるような……
こうして、俺は…いや。俺達はAランク冒険者となった。