3-5
元々の用事でもあったギルドでの換金は終わり、その日の夜を宿で迎えていた。
「宿の婆さんがあの地竜の影響で息子夫婦を亡くしていたとはな」
「そうね…」
この町は陸の孤島。
地竜が出現した影響で、この町に通じる街道の全てに通行規制がされた。
勿論、命が惜しく無いのであれば勝手に通って良いものの、護衛などをつけての通行は余分な人死にを避ける為に禁止されている。
よって、この町は孤立無援の状況だった。
そんな町で長らく辛抱していた息子夫婦だったが、これ以上は子供達を養えないと町を出ていった。
しかし、不運にも魔物に襲われ、帰らぬ人に。
長らく人が通らなかったことにより、普段現れない街道にまで魔物が出てきたのだ。
それは竜ではない。ごく普通の魔物。
偶々通り掛かった冒険者パーティがその亡骸から遺品を持ち帰り判明した、と。
「ま。これでこの町も以前の活気を取り戻すだろう」
以前を知らんからわからんがな。
「そうね…」
また上の空……一体、どうしたと言うんだ?
「アンジェリカ…」
「きゃあっ!?な、なによっ!?」
「いや、驚くなよ…普通に声を掛けただけだぞ?」
いきなり現れたならまだしも、俺はずっと隣にいる。
それも別々の近くとも離れたベッドに腰をかけての距離。
「お、驚いていないわ?」
何故疑問符がつくんだ……
「ふう…」
怖い。何の深呼吸なのだろうか……
「…良いわよ。覚悟は出来ているわ」
「ん?何の?」
待て。この流れ、以前にもなかったか?
「お、女の子に言わせないでよっ!あ、貴方はもうしたから良いけど、わ、わま、わたち、私は…初めてなのよっ!どう!?
どうせバカにしているんでしょっ!?」
「落ち着け。何が言いたいのか何となくわかったが、俺達は何もしない。いいか?口に出して言ってみろ。
『俺達は何もせず、ただ寝るだけ』だと」
「え……リーリャお姉ちゃんとは…したのに…?」
コイツ…
ちなみに野営では交代で見張りをしていたし、王都の宿は別々の部屋だった。恐らく王都ではまだ覚悟とやらが出来ていなかったのだろう。
しなくていいが。
「したんじゃない。させられたんだ」
そこには大きな違いがある。
性行為そのものは騒ぐことではない。
それこそ平民であれば話のタネであり、貞操観念も相応でしかない。
王侯貴族くらいになると、侍女達の噂話の格好のネタになるくらいで、後継者問題に関わる女性が相手じゃなければ問題にもならないようなレベルだ。
勿論、犯罪やそれに近い無理矢理な行為は別だが。だから無理矢理に近く、誰とでも寝ると思われている奴隷だけ忌み嫌われているのだ。
「アンジェリカ。それは遊びですることじゃない。自分を大切にして、然るべき時に然るべき相手と…『馬鹿っ!』…」
そう叫んで、布団を被り寝てしまった。
もしかして、カレンとアンジェリカは俺を節操なしの性獣とでも勘違いしているのかもしれない。
「…ま、いいか」
別に否定はしない。
したところで藪蛇な未来しか来ないことは火を見るよりも明らか。
俺も布団を被り、微睡の世界へと旅立った。
「…昨日のことは忘れて」
昨日のアンジェリカは機嫌が悪かったわけではなく、夜のことを考えて頭が一杯になっていただけのようだ。
「あの後、俺も考えてみたんだ」
「え…うそ…」
恥ずかしいことかどうかは置いといて、言わせたのは俺だ。
その理由を考えていたのだが、一つこれだという答えに辿り着いていた。
だから、忘れるのはこの話が終わった後でいい。
「ん?どうした?」
「な、なんでも!それより!聞かせて!昨日考えていたこと!」
思っていた反応と違うが、まあ良い。
俺が迷惑を掛けていたのだから。
「アンジェリカは、俺が性行為をしたいのでは?と思ったんだよな?」
俺の話はスムーズに始まり、そして終わる。
結論から述べよう。
何故か、殴られてしまった。
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遂にこの日が来たわ……
緊張のあまり、今日は他のことが全く頭に入ってこなかった。
それはギルドも例外ではなく、途中から全部蚕任せにしてしまった。
この辺りは反省点ね……
私はいついかなる時も深窓の令嬢でいなくちゃ。
「アンジェリカ」
「きゃっ!?な、なによ!?」
ビックリした…エッチな事を考えているのがバレたのかと思ったじゃない……
でも、大きな声を出したことにより、覚悟が決まった。
怪我の功名とはこのことね。
「良いわよ。覚悟は出来ているわ」
蚕は男の子…いいえ。もう、立派な大人。
私はまだ子供のままだから、ここからは身を任すだけ。
「リーリャお姉ちゃんとはしたのに…」
私じゃダメってこと…?
女としては見てくれないの…?
身体を大切に、自分を大切にって……
それって、家族が言う台詞じゃないっ!
体のいい断り文句よね……
折角勇気を出したのに……
デートの時は綺麗だって言わせた。
やっぱり…カレンが良いのね……もしかしたらアイラさんかも……
ううん。誰でも同じ。
私じゃないなら……
「昨日のことは忘れて…」
私達の目的は、更なる進化。
色恋なんて忘れて、目標に邁進してやるわ。
その前に…恥ずかしいから蚕にも忘れてもらわなきゃだけど。
だけど、思いもよらなかった言葉が返ってきた。
「俺も考えたんだ」
えっ!?あの蚕が!?私達の為に!?
「うそ…」
嬉しい……
「ん?なんだ?」
「な、何でも?」
危なかったぁ…嬉しさのあまり、口に出してしまいそうだったわ……
ちゃんと聞かなきゃ。
誠意には誠意で。
「アンジェリカは、俺が性行為をしたいのではと思ったんだよな?」
はえ?
え?
確かにその話だけど……え?その前提は?
言いづらそうに喋る蚕の話を纏めると……
蚕が性的な意味で溜まっていると私は思った。
このままでは旅に支障が出る為、私は一肌脱ぐことに。物理的にも。
でも、それは勘違いだと。
いえ、正確には全部違うのだけれど……
蚕は性行為に対して我慢できないわけではない。
寧ろ、その欲は少ないと言った。
だから私が無理をする必要もなく、全てはお互いにすれ違いの勘違いだと。
そう話を纏めた。
この男は、何度私の想いを踏みにじれば気が済むのだろうか?
昨夜、アレを伝えるのにどれ程の勇気を要したと思うのか?
デートに誘ったり、腕を組んだり、嫉妬を見せたり……この男はこれまで、私の何を見てきたのか?
そう考えた時には既に、私の右拳は蚕の脳天へと振り下ろされていた。
……蚕が勘違いするのはこういうところだって、私自身気付いてるよ。
でも、人はそう変われないの。
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「Aランクの推薦状です」
ギルドマスターから渡されたのは、物理的にも魔法的にも封蝋がされた一通の手紙だった。
「これは地方のギルドマスターが一度だけ使える推薦状になります。
本来であれば、厳選に厳選を重ねた結果を見て決めるものですが、貴方方は八大列強。その強さに疑いはありません。
そして、今回の件を踏まえて、為人にも疑いはないので、儂に後悔はありません」
「そ、そうか」
試しに頼んでみたら意外にも通ったので幸運くらいに思っていたが、想定以上に重たいものを渡されてしまう。精神的に。
「その国の首都でしか使えませんし、ここではAランクの冒険者証の発行もされません。
ですので…お手数ですが、王都までお願いします」
「それくらいは構わない。場所を教えてくれ」
これで遂にAランクか……
いや、依頼なんて殆ど受けていないから感慨もクソもないが。
冒険者ギルドを出たその足で町も出て、ガルと合流する。
「次の目的地も半ば強制的に決まったな」
「そうね。でも、ここからは街道を使うから、苦労は半減よ」
そう。王都まではしっかり整備された道を進む。
道無き道では迷ってしまうからな。
アンジェリカとのなんやかんやはとりあえず落ち着きます。
抜け駆けしないというカレンとの約束を忘れたわけではなく、抑えきれない青い衝動と何も進展しない焦りからこの様な行動に出てしまいました。
後はアンジェリカが今の関係をどう受け入れるのかですが、そこは単純な蚕と違って年頃の女性。
受け入れたふりをして、実は虎視眈々となんて裏話もあるのかもしれませんが、今のところその辺りの描写を書く予定はありません。
『落ち着いた』ということで、この後のアンジェリカの反応や行動パターンに変化があるやもしれません。
無ければ無いで作者的には楽で良いのですが、外面だけでも少し斜に構えた形で書いていけたらという願望程度の考えはあります。
長くなりましたが、補足になります。