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悪魔の落とし子  作者: ふたりぼっち
最強の足元
109/113

3-4

 






「お兄ちゃん!待ってよー!」


 通りを駆ける十になるかどうかの兄妹。

 その妹の方が焦りから歩行を乱し、ふいに転びそうになる。


「きゃっ!?」


 ばっ


「大丈夫?」

「ありがとう!お姉ちゃん!うわぁ!綺麗な髪だねっ!」


 それをアンジェリカが咄嗟に受け止めたことで事なきを得る。

 子供は転ぶものだと思っているので俺に助けるつもりはなかったが、アンジェリカらしい行動と言える。


「ありがとう。でも、ここは馬車もお馬さんも通るから、走る時は周りをしっかり確認してからね?」

「うん!わかった!じゃあね!」

「…本当にわかったのかしら?」


 駆けてゆく子供を見送りながらアンジェリカが呟く。


「痛い思いをしなきゃ、わからんだろうな」

「そうね。ここは石畳もないから大怪我もしないだろうし…でも、子供に泣かれるのは苦手なのよね…」

「放っておけばいい。大した怪我じゃないのならな」


 昏倒していたら流石に見過ごせないが。

 痛かろうが、自分の足で再び立ち上がることを子供の内に覚えなくては、誰かに依存する癖がついてしまう。


 俺はそう育てられてきた。


「貴方みたいに世界の人々は頑丈に出来ていないの。それより…やっと着いたわね。小さな町だけれど」

「そうだな。アンジーの飯も美味いが、俺のもう一つの『わかってるから。何度も言わなくて宜しい』…おう」


 俺のアイデンティティが……


「とりあえず、宿だな」

「そうね。持たせておいてなんだけど…それ、重くないの?」

「これか?」


 そう言いながら、アンジェリカが三人は入れそうな大袋を掲げてみせる。


 この町にガルを入れることは出来なかった。

 町の外にある厩舎へガルを預けたので、こうして荷物を持たなければならないのだ。


「問題ない。戦うにも、転びそうな子供を助けるのも難しいがな」

「そ。ならお願いね」


 そう言わず、半分ほど待ってくれてもいいんだぞ?

 内心で愚痴りながらも先を行くアンジェリカへと着いていく。


「ここかしら?」

「だろうな。この町だ。ここくらいしかないのだろう」


 町の入り口に立つ衛兵に教えてもらった宿。

 恐らくは町に一つしかなく、選ぶことも出来ない。


「野宿よりはマシ…よね?」

「屋根があるだけマシだろう」


 そうは言うものの、少し不安だ。

 何せ半壊とまではいかないものの、所々修繕不可能な程に壊れているのだから。


「ここしかないんだから行くしかないわね…」


 アンジェリカは悲壮な決意を胸に、宿の扉を開いた。


 ギィィィ…


 扉が取れないだろうかと不安になるも、それは杞憂に終わる。


「す、すみません。部屋は空いていますか?」

「なんじゃ…客か?」


 うおっ…

 カウンターに布切れのゴミが置いてあるかと思えば、それに包まっていた老婆が顔を出して応える。


 ボロいだけじゃなく、心臓にも悪い宿だな……


「客です…空いてますか?」

「嬢さんにはここが繁盛しているように見えるのかい?

 ガラ空きだよ。どの部屋がいいんだい?」


 ヤバい自覚はあるんだな。


「どんな部屋があるんですか?」

「ボロ、オンボロ、ギリギリ屋根がある、部屋の扉がない、だね。値段の順だよ」

「…一番綺麗な部屋で」


 商売する気あるのか?


「金貨一枚だよ」


 は?


 金貨とは大金。どの国でもそれ一枚あれば、豪華な宿に泊まれる貨幣だ。


「では、これで」


 アンジェリカ、本気か?


「…冗談も通じないんじゃ、横のお兄さんも苦労するね。ま、別嬪ってだけで生きてはいけるだろうがね。コイツはお釣りだよ。釣り銭が無くなっちまったよ」

「わかるか?婆さん、俺の苦労が」

「けっ。惚気はとうの昔に聞き飽きたよ。

 コイツが鍵さね。鍵もオンボロだから気休め程度に考えときな。お兄さんみたいな大男を襲う気概のある奴なんて、めっきり見なくなったがね」


 惚気?どこがだ?


 それにしても、この婆さんは不思議な人だ。

 文句を言っているのか、いないのか。

 何処か寂しそうな気配がそう感じさせているのかもしれないな。





「なんなのよ?あのお婆さんは」


 部屋は割と普通だった。

 ベッドが二つに、テーブルと椅子まである。

 驚いておいてなんだが、これが普通だ。

 しかし、この宿の見た目からすれば当たりも良いところ。

 荷物を手入れの行き届いた古いが綺麗な床へ降ろすと、シワ一つない少し硬めのベッドへと腰をかけた。


「アンジーも爺さんと暮らしていたのならわかると思うが、年寄りの戯れだろ?

 気にしたら負けだ」

「私のお祖父様は違うわよっ!あんなのと一緒にしないで!」

「あんなのって…」


 そこまで怒ることか?

 珍しく苛立っているな……


「あんなのは…言いすぎたわ……」

「落ち込むくらいなら言うなよ…」


 これはアレか。噂に聞く……


「月のモノか?」


 既に半壊している宿が、危うく全壊し掛けたのであった。











「そう。それで流通が滞っているのね」


 訪れたのは冒険者ギルド。

 アンジェリカにいつの間にかランクが追いつかれていたことには驚いたが、このお人好しには既に慣れつつある。


 ギルドで冒険者証を提示すると、やはりいつも通り組合長室へと通される。

 そこで聞かされたのはここが廃れた町となった原因。


 辛そうにそれを語る老年のギルドマスターへ、アンジェリカが優しく相槌を打っているところだ。


 この流れは読めるが、その必要はなさそうだ。


「そこで…お二人に依頼が…」

(ドラゴン)を討伐して欲しいのよね?」

「はい…しかし、領主も金策に奔走している始末…ギルドとしてもこの町に尽くすところまで尽くすつもりですが…無い袖も振れず……

 八大列強への依頼料には足りないことも分かった上で、どうか受けて欲しい……

 Aランク相応の額は約束します。後は儂の…財産を処分し、それでどうにか…」


 このギルドマスターが何処の生まれかは知らない。

 が、長年この町にいるのだろう。

 住めば都というのは、何も慣れだけの話では無いのかもしれない。

 愛着が湧き、そこを好きになれるかどうか。

 それがこの言葉の本質なのかもしれないな。


 ギルドマスターはまさにそんな感じなのだろう。


「ギルドマスター。実は…『待て』…何よ。邪魔しないでくれる?」


 真実を馬鹿正直に伝えようとするアンジェリカ。

 それを止めたのは勿論俺だ。


「そういうな。ここは俺に任せてくれ。良いだろう?」

「?何を任せるのよ…別に良いけど…」


 相変わらず押しに弱くて助かる。


「爺さん」

「じ、爺さん?」


 何を驚いている?俺は事実を述べたまでだぞ。


「依頼は受けるが、金は要らない」


 この言葉にギルドマスターは呆気に取られ、何故かアンジェリカが得意満面な表情で頷いていた。


「あ、ありがとう『早とちりするな』」

「「え?」」


 何故、アンジェリカも驚く?

 お前はこっち側だろうに……


「報酬は貰う」

「ちょ、ちょっと!?」


 俺の言葉にアンジェリカの方が食ってかかる。


 だから…お前は味方じゃないのか?


「アンジェリカ。聞け」

「何よ!弱者を助けないなんて、八大列強が聞いて呆れるわっ!」


 コイツは……

 八大列強は聖人でも聖職者でも、ましてや統治者でもないんだぞ?


「俺達は確かに八大列強だ。だが、冒険者でもある」

「だ、だからなによ?それくらい知っているわよ」


 アンジェリカはピンと来ていないが、ギルドマスターは流石にわかったようだ。いや、わかっているが正しいな。


「冒険者は奉仕活動ではない」

「し、しってるわよ…」


 声が次第に萎んでいく。

 何となく気付いたか?


「俺達が無報酬で受けると、他に示しがつかなくなる。わかるか?」

「……他の依頼者まで無報酬で依頼を受けさせようとしてくるってこと?」

「そうだ。正確には、『八大列強様が無報酬なのに、それよりも弱いお前達に何で報酬が発生するんだ?』となる。

 確実にな」


 このギルドにも町にも金がないことなんて、誰にでもわかる事実。

 ギルド含めボロボロの家屋、町を守る為の外壁にすら手入れが行き届いていない。


 それなのに、八大列強へ依頼が通った。

 この不思議はすぐに解決する。

 そうか、無報酬だからか。と。


「だから、俺達が何も受け取らない選択は悪手となる。

 良いのか?今が良くても、いずれこの町の冒険者ギルドが破綻するぞ?」

「だ…め。任せる…」

「よし」


 アンジェリカは押しに弱く、聞き分けが良い。

 というか、いつか悪い奴に騙されるぞ?

 語彙力の乏しい俺にすら言いくるめられていては、今後が心配ではある。

 ま、今は目の前の心配事を片付けよう。


「ということだ」

「はい。…それで?何を…」


 アンジェリカの反応を見て、ギルドマスターは少し気が抜けている。

『この優しさに甘えられるだけ甘えよう』

 そう漏れ聞こえてきそうなほどに。


「俺達のAランクを約束して欲しい」

「Aランク……しかし……」


 俺達がAランクになるには、まだまだ実績が足りない。

 そして、この小さく弱い町のギルドマスターにはその権限がないのだろう。


 金はあるし、無くなればまた稼げる。


 他の物で予算なくこの爺さんが用意出来そうなものに心当たりがなく、ランクなど別にどうでも良かったが、この報酬を提案した。


「わかり、ました。どうにかしてみせましょう」

「決まりだな」


 話は九割終わった。残すところ、ただ伝えるのみ。


「あぁ。それと」

「はい、何かわからないことでも?」

「いや、その地竜だが…実はもう倒している」


 は?


 その言葉を最後に、ギルドマスターは黙りこくってしまうのであった。

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