幕間 消えた悪魔達
「な、なんだ!?あの天使は何者なのだ!?」
突如として帝都へと現れた一人の天使。
その侵入を帝軍は許してしまうが、それは織り込み済みだった。
いや、言い過ぎか。
強者にはなんの意味も持たない程度の認識だった。
だが、現れた天使は悪魔達の予想を上回る実力を誇っていた。
「魔力値95,000だったはず…それすら驚愕に値するのに…今は…」
悪魔が手に持つ魔力計が揺れる。
訪れた危機に対し、手の震えが止まらないのだ。
「115,000……」
魔力計の針は驚愕の数値を示していた。
「拙い…!閣下が…殺されてしまう…」
遠目に見える戦いは一方的なもの。
蚕がナギッシュの上に馬乗りになり、振り翳している拳の弾幕によって、大地が小刻みに揺れているのがここまで伝わってくる。
「閣下…」
悪魔がそう呟いた瞬間、辺り一面を眩い光が包み込んだ。
「こ、これは…」
襲い来る突風とそれに混じる砂。
つい反射で背けてしまった視線を、瞼の上に手を翳すことにより何とか元に戻した。
「自爆魔法陣……」
紡がれたのは物騒な言葉。
辺りは砂煙が立ち込めて何も見えないまま。
「…はっ!この魔力は!拙い!消えかけている!」
この悪魔も文官の一人ではあるが、魔力操作に関しては悪魔の中でも優れていた。
故に気付けた。まだナギッシュが生きていることに。
「い、いま、今しかないんだ…う、動け、動けえっ!」
目の前には、自身が逆立ちしたところで到底敵わない天使がいる。
だが、事態は一刻を争う。
この機会を逃せば次はないと、その優秀な頭脳ではしっかりと理解していた。
が、理解したとて本能に逆らえないのは天使も悪魔も同じ。
「な、何事だ!?閣下が侵入者を倒したのかっ!?」
激しい閃光と激しい揺れ。
普通の戦いではあり得ない現象に、同僚の悪魔が慌てて駆け寄ってきた。
「よく来たっ!これより閣下を救出した後、直ちにここから離脱する!」
「なっ!?何を…」
「グズグズするな!手を貸せっ!」
普段冗談の一つも交わさない間柄。
故に事態の深刻さが直ぐさま伝わったことにより、天使側にとっての誤算が生まれる。
こうして、二人は相打ちとなるものの、決着は着かず。
この戦いでは、大駒の二人が戦闘不能となる結末を迎えたのであった。
「こ、こは?」
目を覚ましたナギッシュは誰にでもなく口を開いた。
「閣下。ここは自然の洞穴になります。この様な場所しか用意出来ず、申し訳ありません」
「・・・そうか。そうだったな。負けたのだな…私は」
ナギッシュは意識を失う前の記憶を取り戻した様子。
「生き残ってしまったか…」
どうやら例の爆発は、致死の予定だったらしい。
「我々だけでは何も出来ません。閣下の命あってこそ、陛下の願いも叶うというもの。よくぞあそこから持ち直してくれました」
「俺の身体はどうなっている?そもそも、どれだけ寝ていた?」
「閣下は一月、眠りになられていました。状態は…十二箇所の骨折、及び全身の熱傷。臓器にも多数の損傷が見られました。…そして、右足の欠損になります…」
伝えられた症状は大怪我もいいところ。
生きているのが不思議だと、治療にあたった悪魔が漏らしていたくらいである。
「ふむ……全快までは?」
「治療と並行して閣下の皮膚を培養していますが、まだ足首辺りまでしか造れておりません。
欠損部位の結合にはまだ三ヶ月以上時間が必要になります。
その他の治療に関しましては、その時までに完治させられる予定です」
「こんな時に……手間をかけるな」
天使界よりも格段に血生臭い悪魔界では、医療が発展している。
医療といってもその殆どが魔法なり魔導具なりを頼ったものではあるが。
ナギッシュは自身の体たらくを部下達へ詫びる。
「一からの出直しとなってしまったが、次はより慎重に事を進めるぞ」
急がば回れ。
言葉の通りではあるが、この判断を下せる辺り、まだまだ冷静で諦めるつもりはない様子。
「私が治療に専念している間は手隙の者達で情報を収集し、次の下地を作るのだ」
「はっ」
詫びはしたが、上下関係はハッキリしている。
如何に頭が良かろうとも、それが地位に直結しないのも悪魔の特徴。
下からの情報や策は耳にすれど、決めるのは上の者。
独断は時として愚かな選択をしがちだが、逆もまた然り。
特に決断の早さは天使達とは雲泥の差である。
「見くびっていた訳ではない。油断もなかった。
単純な力負け。
しかし、次も同じ結果になると思うなよ?」
天使が団結のスペシャリストとするならば、悪魔は争いのスペシャリスト。
故に、二度はないと心の内で闘志を燃やす。
この闘志がどの様な結末を齎すのか。
蚕の運命や如何に。