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本日五話投稿5/5
現在、俺は宿の自室に引き篭もっている。
金欠だったくせに、働かなくて金は大丈夫なのかって?
心配すんな、金は腐るほどある。
見てみろよ。ベッドの上の金塊を、よ。
「なんじゃこりゃ…」
朝まで寝ていたベッドには、住人である俺を差し置いて、金貨の山が横になっていた。
これはギルドから持ち帰った袋の中身である。
「銭貨と金貨を間違え……は、ないな。ハミルトンの部屋でも確かめたし」
ハミルトンはジジイを知っていた。
正確にはハミルトンが一方的に知っていただけで、ジジイとの面識はないと。
昔話に花が咲くかと思いきや、確認は確認で終わった。確認の中身を掻い摘んで説明するならば、俺がジジイの孫だと伝えただけだ。
その時に暇だったから報酬が入っている革袋を隙間から覗くと、中はキンキラリン。
驚いた俺は間違いではないかとハミルトンに聞くも、間違いでも何でもなくそれは正当な報酬だと言われた。
その時、俺は思った。
『冒険者ギルドに生涯を捧ぐ』と。
誰だ。無給、薄給だと騒いでいた奴は。
「一体、幾らあるのか…今後のためにも把握しておかないとな」
人の世では金が必要不可欠。
いつになるか分からないが、洞窟には顔を出すつもりではある。
だが、基本は人の世で生活していくのだ。
いつか家を買うかもしれないし、奇跡が起こればジジイすら成し得なかった婚姻を誰かと結ぶかもしれない。
全ては理想であり想定。
しかし、それに備えていなければ何も成し得ないのも事実。
俺は一心不乱となり、金貨の枚数を数えた。
これは俺が過去に学んできた知識だが、この国の名前は『ミシェットガルト王国』。
そしてこの国がある地域は『ガルベット大陸』。
大陸には大小様々な国家があり、その殆どが君主制である。
総人口など調べる術もないが、3000万や5000万と言われている。
ちなみに俺が住んでいた洞窟近辺は、この辺りでは魔の山脈と呼ばれているらしい。
話が逸れたが、どの国の貨幣も大陸中で使えるようだ。
金の含有量などにより金貨一枚あたりの価値は変動するものの、この国の金貨は大陸でみても平均的な金の含有量らしいので、国外に持ち出しても同じ価値として使える。
凡そ、銅貨二枚でパンが一切れ買える。
まともな食事を店で食べるならば銅貨十枚になる。
宿は一泊、個室で銅貨三十枚から五十枚が相場。大部屋の雑魚寝であればもう少し安い。
この宿は一泊二食付きで銀貨一枚に銅貨五枚。銅貨だけであれば五十五枚。良心的な値段だと言えるだろう。
金貨一枚の価値は、銀貨十枚分。
つまり、銅貨五百枚分。
その金貨が……
「二百枚…」
俺がこの旅に持参した金は、金貨一枚に銀貨五枚。
それらの殆どは、宿の前払いに消えている。
俺が勉強した書物は少し古いが、それでも貨幣の価値は今と変わっていない。
それには、街に住む一般家庭の年収が金貨八枚とあった。
そこから税を引かれ、使えるのは凡そ金貨六枚。
冒険者ギルドは国に属さない組織であり、大陸の殆どの国々にある。
そこに属している冒険者は、国にではなくギルドに対して税を納めている。その税は報酬から天引きされているので新たに払うことはないと、最初の講習で受付の女から聞いていた。
恐らくギルド自体が冒険者に代わり、国々に税を納めてくれているのだろう。
「つまり、この金は全て俺のモノ」
何が言いたかったのかというと、そういう話。
「食べ放題……食べ放題だっ!」
歓喜に震えるとはこのことか。
俺はこの世の全てに感謝したのであった。
「え…金貨六十八枚?」
金はある内に使えとは、ジジイ(本)の言葉だ。
持っていても重たいだけで、無くても困るが多くても邪魔だと。
分かりやすくいうと、自己投資しろってことだ。
冒険者は全て自己責任。
武器防具の手入れも自分でしなくてはならない。
俺も剣を磨いたり、革に油を塗ったりなどは出来るが、所詮その程度。
本格的に傷む前にその道のプロに修繕してもらわないと、いざという時に困るのだ。
故に金がある現在こうして武器屋へと顔を出し、剣と革鎧を修繕に出す為に見積もって貰った結果、その費用は金貨六十八枚だと言われた。
「ああ。何かは知っているが、初めて見る素材だ。それに、長いことちゃんと整備していなかっただろう?
全部バラさなきゃならないし、足りない部材は追加するしかないからな。これくらいの値段になる」
「値段を疑ってはいない。ただ、思いの外高かったからな。少し驚いただけだ。それで頼む」
「あいよ。五日くらいは見てくれ」
良かった…臨時収入があって。
どのみち、いつかは修理に出さないといけなかったのだ。
金がある今しないと、いつになるかわからんからな。
「それも仕事の内なのか?」
剣と鎧を整備に出し、することもないので宿に戻ると呼び出しが掛かった。
俺を呼び出す者など一箇所しかなく、現在はいつものギルドマスター室にいた。
「そう、なるな。何、悪いことではない。貴族と懇意にしておけば、割りの良い依頼を受けられることもある。それにウチとしては困るが、冒険者を引退した後の再就職先としても申し分ない」
なるほど……そういうものか。
確かに前回の依頼のように割りの良い仕事をくれるかもしれないと聞けば、断りづらいな。
「わかった。どうすれば良いんだ?」
「良かった…伯爵から直々に『是非に』と頼まれていたのだ。
何。伯爵家から迎えの馬車が宿まで来てくれる。他所行きの格好であれば、失礼にならんよ」
「そうか…」
他所行き?
今着ている服が唯一にして一張羅なのだが?
…仕方ない。宿代を追加で支払ってもまだ金はある。今日のことでもないし、これから服を買いに行くか。
「この辺りに服を売っている店はないか?恥ずかしい話、服がこれしかないんだ」
「旅の冒険者であればそんなものだ。私の礼服を貸してあげられれば良かったが、どうみてもサイズが合わんな。
わかった。案内を出そう」
「場所がわかればいいが…まぁ、お呼ばれに合う服もわからんし、それで頼む」
買い物程度に案内だと?
まあ、ギルドが冒険者に対して手厚いことは既に十分理解している。
ここは甘えることにしよう。
「無論同意の上だが、カイコが気に入ればその後も付き合わせてかまわんぞ」
「ん?そうか」
付き合わせる?何に?
まあ、聞きたいことは山ほどあるからいいか。
よく分からんまま暫く待つと、準備が出来たようでギルドの裏手へと向かうことに。
「案内役はアンタだったのか」
職員用の裏口から出ると、ドアのすぐ横にはいつもの受付の女がいた。
いつもの受付なのだが、その服装はギルドの制服ではなかった。
いつもは後ろで纏めている茶髪を下ろし、少し雰囲気が違って見える。服装もピチッとした制服とは違い、ゆるっとした?ふわっとした?感じの服だった。
まあ俺の場合、外見よりも魔力の質で人を記憶しているから、間違えるか間違えないかでいうと関係はないが。
この技術も、ジジイから叩き込まれたものだ。
常日頃から生き物に対して魔力探知を使用することにより、その精度が上がるんだとか。
お陰で同じ魔物でも動物でも、魔力という個体差で区別することが出来るようになった。
外見も強さも幅が広い人間など、一度会ったことがあれば目を瞑っていても誰がいるのかわかる。
「はい。私では不服でしたでしょうか?」
「不服ではないが…」
なんて呼べばいいんだ?今更名前を知らないとは言えない。
確か説明の時に自己紹介をしていたと思うが……あの時は説明を理解することに必死だったからなぁ。
確か…ギルドでは……
「アイラ。先にあがるわね」
そんな事を考えていると、俺が出てきたドアからギルド職員の別の女が出てきた。
そうだ!アイラだ!
「はい。先輩。お疲れ様です」
「ふふ。頑張って。カイコさん。失礼しますね」
「?あ、ああ」
頑張るとは、案内のことなのだろう。
労うほどに面倒な仕事なのだろうか?
アイラの先輩職員はスタスタと歩いていった。
残された俺は、名前をちゃんと覚えているぞといった雰囲気を出すことに。
「アイラだったな。よろしく頼む」
「はい。フォーマルな服をお探しとのこと。案内いたしますね」
「ああ」
案内ということもあり、アイラが先を進む。
もし、隣に並んで歩くことになれば、ジジイ(本)を頼ることとなっただろう。
道すがら色々と聞けた。
聞けたが、聞きたい話ではなかった。
アイラは18歳で、長女。
妹がいて、妹は俺と同い年で学生というものらしいこと。
ギルドには二年勤めていて、ようやく慣れた頃だということ。
何か落ち度があればすぐに教えて欲しいといったところ。
本当にどうでもいい話だった。
「着きました。伯爵家へ来訪の装いと聞いています。お店の方にお伝えして、いくつか見繕ってもらおうかと思うのですが、如何でしょう?」
「それで頼む」
道中の会話からは考えられないほどに、頼りになる。
この女が優秀なのは間違いなさそうだ。ナイス、ハミルトン。
心の中でひっそりとハミルトンを褒めていた俺だが、この後アイラからの印象が地に落ちるとは、露ほども思っていなかったのだった。
登場人物紹介
ギャリック伯爵(175/65伯爵、金髪、40歳)
キャサリン・ギャリック(165/55伯爵夫人、金髪、38歳)
アイラ(162/50受付嬢、茶髪、18歳)
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恐らくまた五話程ですが、次話は纏めて来週末に予定しています。
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ちなみに現在のタイトルは仮のものです。
ネタバレが含まれるので本来のタイトルへは五十話くらいに変更予定です。




