07: ラナの使命(side ラナ、アーサー)☆♢
ラナにはここに入学するにあたり、ウィンター伯から仰せつかったことが幾つかある。
その一つが本校で婚約者を見つけることだった。
婚約者としての唯一の条件は入り婿に来てくれることだった。
ラナにとって最大の難関であるこの言いつけは、常にラナの頭を悩ました。そんな最中、ラナはアーサーという好物件を見つけたのだ。
爵位はそれほど高くなく(少なくともラナに聞き覚えのある貴族位の家紋ではなく)、人格も申し分なくい。魔術・身体能力が優れており、何より、ラナの中でアーサーという人物の好感度は著しく高かった。
それもあって、ラナは深く熟考せずに言葉を発してしまった。
「婚約してください」と。しかしアーサーの血の気が引くのを見て、ラナは瞬時に自分の過ちを認めた。
「ち、違うんです!ごめんなさい…。えと、そうじゃなくて!冗談というか…!いえ、冗談では無いんですけど、ウィンター伯から仰せつかっていて…。何というか…。」
ラナは必死に弁明をしようとしたが、周りがコソコソ噂しだす様子に大変居た堪れなくなった。一方のアーサーはというと、
――今そういう話の流れだったか…?
というのが本音であった。
元々王族の末端に名を連ねるアーサーは、末端とは言えど、王家の者である。婚約の申し出は数多く経験した。故に婚約の申し出をされることより、話の内容が見えないことに困惑を覚えた。
あの、とラナが上目遣いでアーサーの袖を引いた。
「すみません、何と言うか。焦ってしまって…時期尚早でした…。気にしないでください。」
――時期尚早ということは、追々またあるということだろうか…。
アーサーがじっと見つめていると、ラナは一瞬で茹でダコになり、顔を隠し、その場に蹲ってしまった。
どうするべきか困り果てていると、一人の少女がラナに駆け寄り、自分の上着でラナをくるんだ。
ずるずると引きずりながら、食べ物を頬張ったまま「この子、こういうこと慣れてないんです!すみませんでしたぁ!」と元気にあいさつすると、ラナを引きずってどこかに行ってしまった。
一人残されたアーサーに知らない同級生に
「可愛い子じゃないか、大切にしてやれよ…。」
慰めなのか励ましなのか分からない言葉を掛けられた。アーサーは思った。誰だお前。
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大変なのは翌日以降のことである。
異性の入る隙を悉く与えなかった、「鉄壁の魔女」こと1回生主席、ラナ・ウィンターが2回生のモブ、アーサー・ライアに婚約を申し込んだと学年中の噂であった。
行くとこ行くとこ、知らない同級生に「おう、アーサー!婚約するんだって?」とか「僕たちの姫に手を出したのか!」とか、何癖を付けられ落ち着く暇がない。
あのウィングでさえも、「ラナ・ウィンターに手を出したら許さないからな」という始末。
更に悪いことに、週末になるとラナはアーサーに「(光)魔法を教えてください」といってアーサーを校外に連れ出した。これでは噂が沈静化されるどころか油に火を注ぐ一方である。
当人であるラナは噂になっていることを知ってか知らずか、けろっといつもの涼やかな態度でアーサーに接していた。
先日のあれが何だったのかとアーサーは問いたかった。
一度事情を説明し、「暫く2回生のクラスに顔を出すのは止めないか?」と提案したのだが、「嫌です。」と一刀両断された。
そんなある日、ラナがふらっとアーサーの教室に顔を出した。
同級生一同がこちらを凝視する。「噂の姫が現れたぞ」とでも言いたげだ。アーサーは視線を鬱陶しく感じつつもラナの方に足を運んだ。
ラナは真っすぐアーサーを見つめ声を掛けた。
「アーサー先輩、今週末お時間ありますか?街に下りるんですけど、一緒にいかがでしょうか。」
アーサーは少し悩んだが、噂のこともあり、一度断りを入れようとした。しかし、周りからの視線が大変痛い。ピリピリと背中に殺気を感じる。仕方なく、アーサーは自然な流れで返答する。あわよくば「予定が合わない」と断るために。
「日にちはいつだ?」
ラナはじっとアーサーを見つめニコリと微笑んだ。
「勿論、先輩のご都合のあう日時で大丈夫です。」
アーサーは退路を塞がれた。