05: 光魔法の使い手(side ラナ)☆☆☆☆♢
ふわりと体が浮遊する感覚の後、全身に酷い衝撃がほとばしった。
ぐるぐると視界が混濁する。少しして、ラナはアーサーに抱きかかえられていることに気づいた。
どうやらアーサーが受け身を取ったおかげで大事には至ってい無い。
耳がじんじんする。上から男の低い声が聞こえた。
「な×だ、ウィンター。××楽しそうじゃない×ぁ。俺も混××くれよ。」
まだ頭が回復していないのかラナの耳は全てを聞き取ることが出来ない。揺れる視界の中で辺りを見回し、一人の男の姿を捉えた。
「イー先輩…。」
男の姿を捉えた時、緊張で全身が強張った。
ラナが最も苦手とする相手だ。
頑丈な体のアーサーは落下の衝撃にも動じずぴんぴんしている。
ラナの体は思うように動かないというのに。それでもラナは両足を叱責し何とか立ち上がる。
「先輩…、私がお、とりになって、誘導します。」
ラナの言葉に、アーサーが静かに言葉を被せた。
「いや、俺に任せていい。連戦の疲労もあるだろう。こっちは心配するな。負ける気がしない。」
「ラナは向こうで防御魔法張って待機していろ。」とアーサーは言った。
有難い提案ではあるが、何処に敵が潜んでいるか分からない今の状況で、勝ち目がどのくらいあるのか判断が難しかった。
いくらイー先輩をフルボッコにしたと言われるアーサーでもだ。相手の出方が分からない。
男の低い喋り声がラナの思考を更に鈍らせた。
「お、誰かと思えばアーサーじゃねぇか。この前の対人戦はありがとよ。お手柔らかに頼むぜ。」
咄嗟にラナはイーの前に立ちふさがり、魔術式を展開する。
広範囲の射撃魔法だ。イーはふわりと体を浮かせると、降り注ぐ弾丸の嵐を軽々とよける。身を翻し、こちらに突進してきた。
――ぶつかる!!
反射的に目を閉じ、衝撃に備えた。けれど、予想とは裏腹にラナの体は平然としていた。
ラナはゆっくり瞼を開く。目の前ではアーサーがイーを投げ飛ばしていた。
「ラナ!!お前は隠れて援護を頼む!もう一人もどこかに潜んでいるはずだ」
瞬時に状況を理解し、人目除けの術式を展開する。草むらに隠れ、二人の戦闘を観察する。アーサーは常人離れした運動神経でイーを圧倒していた。
「アーサー先輩!イー先輩の得意魔法は飛行と追尾魔術です!もう一人の術者の得意魔術は地形変化かもしれません!」
ラナは力の限り叫んだ。
この地形変化が厄介だ。
先ほどからアーサーの下を土魔法の術式がちらちら現れては地形を変化させ、アーサーの動きを阻害している。
ラナはすぐさま落雷魔術と追尾魔術の術式を展開する。隠れ潜む術者めがけて…。
詠唱をし、落雷を。
背中から全身に衝撃が走る。
再び意識が混濁した。
固い腕がラナの腹を強打し、担ぎ上げた。
強い風が吹き、アーサーが遠ざかる。
いや、ラナ自身が遠ざかっていた。
景色が流れ、殺風景な岩石地帯にぶっきらぼうに下ろされた。
「なぁ、ウィンター。俺除けにアーサーをパートナーに選ぶとは中々考えたじゃないか。」
聞き覚えのある低い声にラナは顔をひきつらせた。
そんなはずはない。だって先程までこの人はアーサー先輩と対峙していたのだから。それでも視界に映る男の顔は紛れもないイー・ハワードの物である。
「そんなに俺が怖いかよ。まぁ俺ぁ、お前のこと好きだがよ。」
――どうして…。
ラナの頭は混乱する。ラナの心中を察したのかイーが続ける。
「あぁ、あっちの俺か?お前がアーサーをペアにするのを見て、俺も考えたのよ(笑)。どうやってお前と引きはがすかってなぁ。だから変装魔法を使えるやつをペアにしたのさ。いい案だろぉ?」
にっぱりと不気味に笑うイーにラナは警戒心を強めた。
軋む体を無理やり起き上がらせ、詠唱を始める。
イーが目の前から消えた。
途端、衝撃が今度は腹を突いた。
内臓が圧迫される感覚に、吐き気が喉の奥からせりあがる。
ラナの体は吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。顔が痛みで歪む。
「いいねぇ。その顔、好きだぜ。お前の綺麗な顔が歪む瞬間。たまらねぇわ。なぁウィンター。」
下衆が、とらしくない感想を抱きながら、ラナは唇を噛んだ。
――あの魔法ならこいつを一発で仕留められるのに。私の得意魔法…。
そういう思いが頭をよぎるもウィンター伯と交わした約束がラナを押し留めた。
ふわりとイーの体が宙に浮く。反射でラナは幾数もの雷神を展開し、防御魔術を張る。けれど、魔術発動よりも早くラナの体はイーに押さえつけられた。
全身が傷んだ。口に大きな手を突っ込まれ、詠唱を阻害される。
「お。あっちも終わったみてぇだなぁ。」
遠くを見つめながらイーが呟いた。ラナは悔しさに顔を歪める。
「アーサー到着まであと5分ってところかぁ。なぁウィンター、お前の一番嫌なこと、教えてくれよ。」
声にならない怒りがラナの口から漏れ出る。その様子にイーは恍惚とした表情を浮かべた。
「なぁウィンター。こういうのはどうよ。あと5分、お前が俺の嗜虐に耐えられたらお前の勝ち。俺の杖をやるし、もう今後お前に関わることも無い。その代わり、お前が耐えられなければお前の負けだ。一生俺のもんだ。なぁ、どうよ?」
体は言うことを聞かず、動かすたびにズキズキと痛む。理不尽な提案にラナはフーフーと唸ることしか出来ない。
「あぁ。オーケーってことね。」
イーが嬉しそうに凶悪な笑みを浮かべた。ラナは力の限り杖を振り上げようとしたが、片手で腕を掴まれ簡単に抑えられる。
「んん…?文句があるみたいだなぁ。それなら何か言ってみろよ。んん??なぁウィ…」
イーの体が吹き飛んだ。ラナは状況が理解できない。すぐさま腕を引かれラナは上半身を起こした。イーの代わりにそこに立つアーサーが目に映る。
「悪いな、ラナ。こんなに切羽詰まってるとは知らなかった。手加減などせずもっと早く使うべきだった。」
ラナは何のことかさっぱり分からずきょとんとした顔でアーサーを見上げる。向こうからアーサーの名を呼ぶ怒号の様なイーの叫びが聞こえた。
「ア゛ーーーサァ゛ーー。てめぇ移動魔術なんて使えたのか!!」
イーを尻目にアーサーは不敵に嗤う。
「ああ...、俺ですか?魔法使えないなんて一言も言ってないでしょう。俺の得意魔法、その体にしかと刻み込んでやるんで下さい。」
アーサーが踵を返す。パチンと指を鳴らせば閃光と共に無数の術式がイーの周りに展開された。アーサーの詠唱に重なり、イーの叫び声が地面を揺らす。
「光魔法…。」
消え入りそうなラナの声にアーサーが振り返る。
「うん。俺の得意魔法。」
補足。
ラナは常に『人除けの魔術』を発動しています。前のエピソードでラナの影が薄かった理由はこれです。
ただ、イー・ハワードは『追尾魔術』でラナの位置を把握できるので、あまり効果はありません。