04: 実技授業(side アーサー)☆☆♢
以前、ウィングがラナ・ウィンターに関する噂を嬉しそうに話していたことがある。
「アーサー。ラナ・ウィンターを知ってるか?彼女光魔法を覚えたらしい。それも広範囲の光魔法の使い手だと教授が話していた。彼女は紛れもなく天才だよ。」
ふと隣を見ると風に銀髪をなびかせながら、ラナ・ウィンターは酷く思案している様子だった。
「先輩、作戦はどうしますか?」
ラナ・ウィンターはこちらを真っすぐに見据え、淡々と質問した。
訓練開始までの20分間、各チームには実技場での下準備の時間が与えられる。その間、罠をどんな罠を張るかという意味の質問だろう。
「作戦も何もないんじゃないか?」
アーサーの質問の意図が良く分からなかったらしく、ウィンターは頭に「?」を浮かべていた。アーサーは続ける。
「君は遠距離光魔法が得意なんだろ?俺は近接戦闘が得意だ。役割分担。それが全てだ」
少し驚いた表情を見せると、ウィンターはまた下を向き何やら考えている素振りを見せた。顔を上げると少し困った顔ではにかんだ。
「私、実は光魔法はそれほど得意じゃないんです。魔力消費が激しい魔法なのであまり使わなくて…。」
そんなことがあるだろうか?
光魔法は使えるだけで5年に一人の逸材と言われる。
光速が故に魔術発動までの時間は短く、どんな状況でも先手を取れる。
見たところ彼女の魔力量は十分だし、光魔法が使えるのであればまず光魔法を最優先で鍛えるのが常だろう。
ラナ・ウィンターはアーサーを見つめて、少し困ったようにはにかむと、「あぁ、でも作戦はさっきので大丈夫です。それで行きましょう。」と言った。
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なんやかんや言いつつも、実践でウィンターが使う魔法と言えば光魔法ばかりだった。
ただ、光魔法が得意ではないというのは本当のようで、あまり緻密な制御を必要としない広範囲の光魔法ばかり使用していた。
それでも、他の五大魔法「土、炎、水、雷」の魔法はどれも満遍なく使用できるようで、状況に応じて使い分けるという器用な立ち回りをしていた。
開始から30分が経過したが、今のところアーサーの出番はなく、敵対するチームすべてをラナ・ウィンター一人で退けていた。
「少し休みましょう」
疲れた様子のウィンターが提案する。彼女の提案で、二人は木の上に上った。木の上からは周りの戦況が見渡しやすく、危険を察知しやすい。二人は180度ずつ前後に分け、辺りを警戒した。
「そう言えば、アーサー先輩は得意魔法は何なんですか?」
何処から取り出したのか、果物を口に頬張りながらラナ・ウィンターが質問した。頬一杯に詰める様子は子リスみたいだ。
「見た時のお楽しみっていうのはどうだろう。それよりも、俺の魔法を知らなくてペアを組んだのか?」
ゴホッとラナが急き込んだ。
「……。いえ、具体的な魔法は知らないですけど、知り合いの先輩がアーサー先輩はイー先輩をフルボッコに出来る実力者だと豪語していたので…。」
「イー先輩って、イー・ハワード…?ハワードさんは別に接近戦がそれほど得意な訳でもないし、君が気に掛ける様な大物でもないだろう?」
その質問にウィンターは黙り込んでしまった。
もしかすると、彼女なりの事情があるのかもしれない。掘り下げるべきか少し思案したが、ウィンターの口がへの字に曲がっているのを見てやめることにした。
ラナが話題を切り替える。
「それより、私のこと『君』って呼ぶのやめてもらえませんか?その言い方あまり好きになれません。」
ウィンターが仏頂面でアーサーを一瞥した。そこなのかと思いながらも、「じゃあ…、ラナで…?」とラナ・ウィンターのに振り返るとウィンターは驚いた顔でこちらを見据えていた。
目が合うと、直ぐ俯いて「それで大丈夫です…。」と消え入りそうな声で言う。意外な反応にアーサーの頬がふわりとほころんだ。
「年上からラナって呼ばれたりしないのか?」
短く切り揃えられた横の髪を上に掻き分けてやると、リンゴみたいに真っ赤に染まったラナの耳が露わになった。耳に手が触れる感触に、ラナは慌てて距離をとり顔を隠すようにしながら腕をぶんぶん横に振った。
「そ、そんなことないです!2個上の先輩も、1個上の先輩も同級生だって...。私のことラナって呼びますし!…た、ただ、あまり異性の先輩から…ラナって呼ばれることが…少なくて…。」
最後の方に至っては酷く消え入りそうな声だった。ずっと涼しい顔をしていたラナの表情が途端に茹でダコみたいになる光景にアーサーは思わず噴き出した。
「ごめんごめん。少し揶揄っただけ。そうなのか、じゃあ遠慮なくラナと呼…。」
アーサーが言い終わらない内に、突然体がふわりと宙に浮いた。
浮遊魔術?状況を整理しようと辺りを観察する。
自分が浮いているというよりは木が折れたようだった。
重力がアーサーの体を地面へ引き寄せる。
瞬時にアーサーは姿勢を立て直し、ラナを抱き寄せた。
ラナの衝撃を和らげるよう抱え直し、受け身を取る。
落下時の衝撃が全身を貫いた。しかし、頑丈なアーサーの体は無傷だ。腕に力を入れ、起き上がる。
近くの木の上から低い男の声がした。
「なんだ、ウィンター。随分楽しそうじゃないかぁ。俺も混ぜてくれよ。」
ウィンターという言葉に、ラナの方を振り返ると、ラナの表情が緊張で強張っていた。
「イー先輩…。」
ラナが小さく呟いた。