03: ラナ・ウィンター(side アーサー)☆☆☆☆♢
今年、第105期エスカラト生の入学式を終え、およそ3か月が経った今、校内の専らの話題の中心は『風龍の魔女』は誰かということである。
今年の入学式の主席挨拶は『風龍の魔女』が務めるだろうと誰もが信じて疑わなかった。
しかし、今年の主席挨拶を努めたのはラナ・ウィンターという人物で、辺境伯の血筋という確たる身分の持ち主だった。
加えて、容姿は5年前に見せた茶髪ボブに碧眼の持ち主ではなく、美しい銀髪を三つ編みで一つに束ねた翠眼の持ち主であった。予想外の主席の挨拶に学生たちは直ぐに風龍は身分を隠して入学したのだと噂した。
目立つことを避け、風龍ではなく一平民生として入学したというのが大方の予想である。そうすれば、変に人に気を煩わせることも無い。
しかし、そもそも入学していないのではないかというのがアーサーの持論である。
だいたい『風龍』という称号自体貴族位に匹敵するもので、わざわざエスカラントに入学しなくとも引く手数多だ。彼女が望んだ中央図書館の入館もその称号さえあれば自由に出入りできるし、彼女が望めば研究機関への配属も可能だろう。
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実技場に差し込む朝の陽気な日差しの中、アーサー・ライアこと本名アーサー・ジ・ナザーシアは天気とは対照的な鬱蒼とした溜息を洩らした。
「あまり、そう退屈そうな顔をするなよ。そんなんじゃぁ、今日来る後輩たちにも陰湿な空気が移るぞ」
アーサーの親友ウィングが砕けた口調で揶揄う。
今日は何といっても上級生が夢にまで見た学年間の実技訓練の日だった。
最高学年3回生(特待生)60名、2回生(特待生)30名、1回生(特待生)50名の計140名で行われる実技訓練は、学年問わず2人1組のチームを組んで各生徒が所有する杖を奪い合うというものだ。
こういう訓練では、大抵実力者から先に引き抜かれていくというのが常なのだが、今回は少し状況が違う。何せ「風龍の魔女」が1年生に紛れているかもしれないからだ。
従って、今回ばかりは1回生の平民から順に引き抜かれるという少し異様な光景が広がる。
親友のウィングはどうやらお目当ての学生がいるらしく直ぐに立ち去ってしまった。どうしようかとしばし状況を観察していると等身大の大きな杖を抱えた一人の少女がこちらに近づいてきた。
「アーサー先輩。私とタッグを組んでもらえませんか?」
銀髪を三つ編みで後ろに束ねた翠眼の少女。
その特徴的な顔立ちは名札を見なくてもラナ・ウィンターであると一発で分かる。
正面からだと三つ編みというよりショートヘアだな、などくだらない感想に首をひねっていると、聞こえていないと勘ぐったのか今度はもう少し大きな声で繰り返した。
「私とタッグを組んでもらえませんか?」
「意外だな…」
と正直に答える。「主席の君なら引く手数多でしょ?」と少し意地悪っぽく笑って見せる。ラナ・ウィンターは少し困った顔で俯くと暫くしてまた顔を上げ、アーサーの眼をしっかり見据えた。
「アーサー先輩は近接戦なら誰にも負けないと思ったからです。魔術師の不得手は近接戦闘です。先輩ならそこを補強できるだけじゃなく、戦術の幅を広げられると思いました。」
なるほどとアーサーは納得した。
しかし、魔術師が6割強を占めるエスカラントの実技訓練で近距離戦闘の補強まで考えるとは、遠距離戦なら誰にも負けないという自負の表れか、或いは怖いもの知らずか。
上級生相手、それも「風龍」が紛れているかもしれないこの状況でこれだけの自信があるとは面白い娘かもしれない。アーサーは少しラナという少女に興味が湧いて快諾してやることにした。
「少し興味本位の質問なんだけど、ここに来る途中君に声を掛ける人見かけなかった。君の見た目だと人目を引くし、1回生の主席を誰も誘わないとは考えにくいんだけど?」
不意を突かれた質問にラナ・ウィンターは一瞬驚いた表情を見せた。けれど直ぐに妖艶にほほ笑むと
「私、昔から少し影が薄いみたいです。」
と言った。