02: 金髪の獅子王子(side 風龍)☆☆☆☆♢♢
風龍視点の話です。闘技会での話なので風龍の名は未だ冠していませんが、ここではあえて「風龍」と呼びます。
今年の烈炎闘技会は例年よりもかなり大きな規模らしい。
隣で準備運動を続けている筋肉質な中年男性が意気揚々と語っている。
「今年の闘技会。何といっても目玉は『百冠の虎』だろう!その名の通り、奴はあらゆる闘技会の優勝を総なめにしてる。なんでも今年の優勝で遂に101冠目の冠だとか。」
知らないローブ姿の中年女性が意見する。
「いいえ、今年は例年とは違い、魔術師の出場者も過去最高だと聞きました。なんでもあの魔術の名門校の卒業生も多数参加されるとか。」
ああ、どうでもいいなと思いながら手持ちの身長大の杖を綺麗に磨く。
風龍がこの闘技会に参加した理由はたった一つ。魔術の名門校エスカラントに入学すること。
唯一、自身の望む魔法が得られるかもしれない場所。
誰が相手だとしても、この闘技会に勝つことだけが風龍に与えられた使命だ。
壮大な銅鑼の音が闘技会の開会を告げる。
重たい鉄格子が開き、観覧席の熱気が一気に流れ込んだ。
地鳴りのような歓声の中風龍は入場門をくぐる。
辺りを見回せば、試合場の端が分からない程参加者がごった返している。
その中でも剣士らしき人が大半を占め、所々にローブを被った魔術師が見受けられる。人混みをくぐり抜け風龍はリングの端に場所を陣取った。
重厚な銀羅が三回鳴り試合開始を告げる。
出場者が一斉に雄たけびを上げ、耳から侵入する音が脳みそを揺らした。
ただそれだけで、風龍は体調が悪くなりそうだったが、脚を踏ん張り足元に見えない魔術式を展開する。
陣の中心に立つ風龍は匂いと存在感が減り、張り詰めた空気の周りの人々は風龍には気づかない。
その隙に風龍は身の丈に合わない長い杖をゆっくり振り詠唱を開始した。慎重に、大きな風の陣を会場全体に展開する。
風陣が術式最強の一角として名を馳せる所以は、視認できない点にある。
例えどれだけ早い攻撃も、どれだけ強い攻撃も陣が分かってしまえば幾分対処が出来る。
故に陣そのものが視認できない風陣は対処が難しい。とりわけ意表を突いた風陣の威力は計り知れない。
誰に邪魔されることも無く、風龍は着々と風の陣を形成する。
一撃必殺の爆炎魔術を会場全体に何重にも張り巡らせる。
風は風龍の命令通り着々と術式を形成する。
場内の建物で反射された風が不気味な音を立て始めた。次第に観覧席から歓声が消える。
左後方上。ピカッと一瞬何かが光った。それが合図であるかのように、風龍は振り上げた杖を振り下ろす。
――爆炎魔術。防御魔術展開。
耳をつんざくような爆音が会場全体を支配した。
粉塵が舞い散り、視界を悪くする。すぐさま暴風魔術を展開する。舞い上がる風が粉塵を押し上げ、瞬時に視界が良くなる。
立っている者はいなかった。自分を覗いて…。実況が、勝者を告げる。
「しょ、勝者!アーサー!!」
観客がワーッと歓声を上げた。勝者を祝福する声が波のように観覧席に広がる。風龍は努めて静かな所作で左後方、王席の方角に向き直り跪く。客席で誰かが大声を上げた。
「風龍の魔女だ!」
次いで、王の威厳に満ちた声が振り下ろされる。
「天晴な演出であった。其方には史書に名を遺す偉大な魔女、『風龍』の名を与える。其方の望みはなんであるか。この52代国王獅子王が王家ナザーシアの名において褒賞を遣わす。表を挙げよ!!」
風龍は立ち上がり、フードを取った。王席を見上げれば、一人の少年と目が合った。金髪・金瞳。幼い顔立ちの中に強さを秘めた王子。
――あぁ、アーサー王太子殿下…。貴方が嫌いです。
風龍は、静かな眼差しで、会場全体に広がる声で自身の望みを伝えた。
「5年後、第105代、名門エスカラントの入学試験に3割の平民枠を所望致します。それから、エスカラント生の中央図書館への無償入館の許可を。」