01: 風龍の魔女(side アーサー)☆☆☆☆♢♢
初投稿です。好きなものを書きたいままに書いてみました。
四年に一度この國の誰もが楽しみにする行事。烈炎闘技会。
年齢、性別、身分を超えて国民誰もが参加出来る。
優勝者には爵位にも似た称号と共に国王から褒賞が与えられる。
生死、方法は問わず。この技会には唯一の決まりがあるのみだ。
ー 最後まで立っていたものが勝者である ー
ルールがルールであるだけに死者が出ることも多い。けれど、この人生を掛けた一世一代の大勝負こそが見る者を魅了する。
盛大な銅鑼の音と共に今年の参加者がパラパラと入場した。
ガタイの良い中年、初参加らしい初々しい身なりの青年。中には鍛え上げられた肉体美の女性参加者までいた。
――死んでしまっては何も意味が無いだろうに…。
特等席で杖を片手に暇を持て余していたアーサーは、見慣れた光景に短い嘆息を漏らした。
近隣の席ではやれ今年の目玉参加者がどうとか、女騎士がどうだとか兄たちの騒ぐ声が聞こえる。
兄妹曰く今年の参加者数は過去一らしく、これまで勝者に名を連ねて来た有望株も多数参加する。歴代稀に見る大会だという。
父王の期待も高く、今年の優勝者にはぜひ近衛騎士団への推薦をとか言っていた。
けれど、末席に名を連ねるアーサーは正直それほど興味が無かった。
こんな退屈な物を見るくらいなら帰って読書をするなり、魔術の勉強をするなり、剣の稽古をするなりした方がましだ。
およそ数万の参加者の入場が終わると、開演を告げる銀羅が三回鳴った。
同時に30人ほどが行き来できる入場口が鉄格子で閉鎖される。
地響きのような歓声に、参加者の雄たけびが呼応する。
あまりの五月蠅さにアーサーは耳を塞いだ。こんな時でも威厳を損ねてはならない父上や長男は堂々たるたたずまいで会場を見下ろしていた。
――帰りたいなぁ。
目の前に広がる血生臭い光景がアーサーはあまり好きではない。
せめて魔術師でも参加していればもう少しスマートな勝ち方をするのだろうか。いや、この闘技場の広さと参加者の人数、丸数日にも及ぶ戦闘を考えれば、魔術師など持って一時間という所だろう。
現に珍しく名のある魔術師も今年は数名参加していると聞くが、今のところ目立った活躍はしていない。
ぼーっと闘技場全体を見つめていると、会場の隅に立つローブ姿の小柄な少年(?)が目の端に映った。
――魔術師…?
少年(?)は明らかに魔術師らしい背丈以上もある杖を片手にただただ立ち竦んでいた。
周囲の参加者は気づいていないのか、或いは気づいていて後回しにしているのか少年(?)に見向きもしない。
不思議なのは少年(?)は突っ立ったまま微動だにせず、魔術式すら展開していない。あれでどうやって生き残るというのだろう。目の良いアーサーは彼の口がわずかに動いているのを確認した。
術式を展開しているのは間違いない。
「…ねぇ、兄さま。何か聞くえるぅ…?」
齢9つの末の妹が舌足らずな口調でアーサーの袖を引っ張った。
「?」
アーサーは耳を澄ましたが、聞こえるのは会場の賑わいばかりで変わった音は聞こえない。
「…人の声だぁ…くわいよぅ…」
妹が泣きそうになりながら、アーサーの膝によじ登った。よしよしとなだめてやりながらアーサーは一層周りの音に耳を澄ました。
「………?」
僅かだが、確かに虚ろで弱弱しい声が聞こえる。けれど、音が小さい故か、支離滅裂故か発話内容は全く分からない。
そう言えば、こういう声を以前どこかで聞いた気がする。どこだっただろう…。
観客も次第に気づき始めたのか、「何の声…?」、「こわっ」という観客の声がちらほら聞こえた。
耳を澄ます観客が増え、次第に歓声は小さくなる。同時にこの不気味な声がはっきりと聞こえるようになってくる。それでも言葉の内容は分からないままだ。
ふと、隣国を視察した際の光景が頭をよぎる。あれは古い文明の建造物。案内人の言葉が脳裏に響く。
『…この不気味な声。とても恐ろしいでしょう?でもこれ、実は風の音なんです。風が廃屋に反射してこういう音が出るんですよ。』
瞬時にアーサーの思考が現実に引き戻された。音が次第に大きくなり、ざわざわと毛が逆立つ恐怖がアーサーを支配する。
――まずいっ
そう思った瞬間にアーサーは左手の魔方陣を展開する。短い詠唱の後、アーサーを含めた王席の床がピカッと光る。刹那0.001秒以下の間に淡い翠玉色の魔術式が床に展開された。
「アーサー!!何を!?」
父王の叱責がアーサーの耳に届くかといううちに静まり返った闘技場全体に爆音が響いた。
爆風が会場全体にとどろき、耳をつんざく観客の悲鳴が辺りを支配した。
瞬時に展開したアーサーの防御魔法のおかげで王席にはこれと言ったダメージは無かった。けれど、粉塵が視界を遮り、状況を錯乱させる。
下の弟妹はパニックで悲鳴を上げる。およそ1秒の内に第二波が客席を襲い、粉塵を舞い上げた。視界が一瞬のうちに開けた。観客が息を飲み、人々はただ一点を見つめた。
しんと静まり返った技会には一人、小柄なローブの人物が微動だにせず立っていた。はっと我に返った運営人が5回金鑼の音を鳴らした。
「しょ、勝者、……、アーサー!!」
盛大な歓声が瞬時に巻き起こった。自分の名を語る勝者が王席に振り向き跪いく。フードの下にきらりと光る碧眼の瞳をアーサーの黄金の瞳が捉えた。追って、どくどくという濁流がアーサーの体中の血管を刺激した。
「風陣…。」
史上稀にみる天才を前にアーサーの興奮は冷めやらない。
「風龍の魔女だ!!」
観客席のどこかから発せられた一言にわっと歓声が沸き起こる。それを抑圧する様に父王の低い声音が会場に響き渡る。
「天晴な演出であった。其方には史書に名を遺す偉大な魔女、『風龍』の名を与える。其方の望みはなんであるか。この52代国王獅子王が王家の名において褒賞を遣わす。表を挙げよ!!」
勝者はすっと綺麗な所作で立ち上がりフードを取った。そこには、肩で切り揃えた薄い茶髪に翠玉色の瞳の少女が佇んでいた。静まり返った会場に涼やかな少女の声が木霊する。
「5年後、第105代、名門エスカラントの入学試験に3割の平民枠を所望致します。それから、エスカラント生の中央図書館への無償入館の許可を。」
その内容に誰もが固唾を呑んだ。再び王の威厳が会場を包み込む。
「あい分かった。風龍殿、貴殿の望みしかと聞き受けた。第105代、エスカラント校への平民枠の導入と、今年度生、中央図書館への入館を約束する!!」
かくして、第105代エスカラント校への『風龍』の称号を持つ魔女の入学騒動が幕を開ける。茶髪、翠玉色の瞳の魔女。その正体が誰であるのか。5年後の入学時期まで巷の話題から消えることは無かった。