ミスった補填
理由は分からないが、僕は「補填」という言葉を聞くと、帆布製でくすんだ緑色の突き出し屋根が強風ではためいている場面がまっさきにイメージされる。おそらく、小学校の先生たちが運動会のテントに一生懸命ガムテープを張り付けていたあの記憶が今でも残っているためだろう。
そういえば僕は昔から強風を怖がりすぎている節がある。家族で過ごしたキャンプでバーベキューセットや折り畳みイスや色んなものが風に倒されて、その日の夜、僕だけはテントではなく車の中で寝たっけ。ただ車中にいても風は窓にぶつかってうるさいし、あのときのキャンプが僕の風恐怖症をひどくしたのは間違いがない。あれ以降の僕はちょっとの風であっても、紅白帽を両手で押さえて念入りに守るような、退屈な子供になってしまった。恐怖症とはあらゆる予測、被害妄想が引き起こすのだ。
この前、バイト先に新しい女の子が入ってきた。僕は一目みて、この人は着ているものを全て脱いだら裸なんだろうという、至極当たり前の事実がつよい直感として胸に残り、バイトの帰り道に多分これが一目ぼれなのだろうと気付いた。僕にとって一目ぼれとは、当たり前のことを強烈に意識させられてしまう感情だった。単に性的な目を向けただけとは違う、芯を食う手前くらいの感触はあるような気がしていた。
数日後、僕はシフトが重なったのを機に、まず週末の予定を聞いてみようとした。だが僕は本当にこういうことに不慣れで、嘘みたいに直感だけが先走り、
「あの、それって全部脱いだら裸なんですかね。」
と口にしたあと、あまりに嘘過ぎて「うそ」と足早に驚いてしまった。
当然相手は何も言えずこっちを見つめるだけになってしまうが、案外すぐに彼女は沈黙を破った。
「えっと、何か言いたいことミスった?」
ほんの少しの間だけ、僕と彼女はこのような空中戦を繰り広げたのだった。これに対し静かに着地するように、「ミスりました、すみません」と易々お詫びを入れた僕もどうかと思うが、その後数ターンですでに彼氏と同棲していることが判明し、こんなひどいやり取りしかできなくても普通に悔しかった。
大失態のバイトが終わり、帰るときは自然と歩行を緩めていた。そのおかげか、ある一軒のタバコ屋が目に入った。歩道に面した、小窓から声をかけて買うような古いタバコ屋で、そこには雨の日でも客が困らないよう、くすんだ緑色の突き出し屋根がかかっていた。補填のイメージとは違って強風など吹いていないが、もぐり込んだ柔らかい風が帆布を下から膨れさせている。僕にとって補填と一目ぼれは紙一重として強風にはためいていた。




