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出張!成増・ファム・ファタ〜ルSP3

念願の早起きを達成し、昼過ぎた頃。

部屋でAppleの叡智をいじり適当に時間を潰していると、放送がかかった。

「皆さん大変です、今すぐ広間へお集まりください!」

「何事!?」

私は急いで広間へ走った。

「なになになになに!?」

勢いよく広間の襖を開けると、もう皆揃っていた。

そして私の視線の先には…

「い、遺体ッー!?」

「成増・ファム・ファタ〜ル、血みどろ旅館編の始まりです!」

部屋に天使の声が大袈裟に響いた。

— — — — — — — — — — — — —

近寄って遺体を確認した、偽物だ。おじさんが目を開けて寝っ転がってるだけだ。

血色がいいし、周りの血溜まりも明らかな偽物。

遺体役の下には畳を汚さないようにブルーシートまで引いてる。イベントだと言われて納得だ。

でも胸のど真ん中に包丁が刺さってて痛そう。

「今回は皆さんに探偵になって頂きます、この殺人事件をいち早く解決した方にインセンティブが入ります。」

「もうトキメキもクソもねぇな」

「栞さん、油断しないでくださいね。普段のルールは継続したままですから。5分後に事件の概要とルールを詳しく説明します、それまでは質問タイムとしましょうか。」

ヤズ瑛さんが大きく長めのため息を吐いた。

「俺こういうの苦手なんだよなぁ、頭使う系」

でしょうね。

「日曜ドラマ忘却探偵、物忘れは激しいが天才的な閃で事件を解決する…これ、絶対面白いだろ」

河野さんは人差し指を立てて、我が物顔で語った。

「いや閃いた衝撃で忘れるから無理だわ。つか河野、お前もこういうのは苦手だろ、頭硬ぇからな」

「大丈夫だ、三日三晩考えたらいやでも分かる」

「制限時間は夕方17時までになってます」

「終わった」

河野さんが終わった。

「栞ちゃんはこういうの得意?」

「私はそんなに…、海太君は?」

「んー、実はオレも得意じゃない。」

「そうだよね」

「そうだよね?」

「…あの…」

珍しく藤原さんが手を挙げた。

「はい、どうされました?藤原さん」

「…これは昨日の肝試しみたいにコンビを組んでもいいんですか…?」

「はい、大丈夫です。ただ、インセンティブは分割になります。」

「…栞さん…」

遠くにいたはずの藤原さんがいつの間にか真横にいた。

将棋の桂馬みたいな距離の詰め方で、思わず笑ってしまいそうになった。

「はい?」

「…僕と…」

「はい」

「…フーッ…組みませんか…」

珍しいお誘いだ、藤原さんは凄く物知りそうだから、導いてもらう事にしよう。

「私でよければぜひ!」

「…良かった…ありがとうございます…」

藤原さんはメガネをクイッとあげた。

— — — — — — — — — — — — — —

「事件の概要を説明します」

どこから持ってきたのか畳には似合わないホワイトボードが出てきた。

天使がペンを持って一生懸命何かを書こうとしているが、なにぶん字が汚ぇしおせぇ。

察したシェムが自分に変われと言いたげに天使の肩あたりをつんつんと叩いた。

天使ははにかみながらシェムにペンを渡した。

「支配人殺人事件…そのままね」

「この旅館の支配人であるAさんは、何者かによって殺害されてしまいました。」

私は遺体役の人の顔を見た、めっちゃ瞬きしてる。

「瞬きしてるよ?」

「栞さん、シッ…。容疑者と見られるのはこの4人です」

ゾロゾロと4人入ってきた、雇ったのかなわざわざ…。

「まず左から、ここの女将をしてらっしゃるBさん。次、料理長のCさん、次、番頭のDさん。そして、清掃担当のEさん。この方が、第1発見者です。死亡推定時刻は4時間前の11時です。ではこれから、ルールを説明します。一人一人に聞き込みを行って情報を集めてください。部屋や廊下に落ちている物が証拠になるかもしれませんのでくまなく探してみてください。ちなみにですが、他の人の足を引っ張っても…okです。」

つまり、証拠品を偽造して騙してもいい訳だ。

チラッと河野さんを見ると、ニヤついていた。あいつもう何か思いついてるな。

「では、よーい…スタート!」

始まった途端、河野さんは部屋を飛び出した。

ずるい奴だ、子供にはああいう大人にならないような教育を受けさせないと。

「栞さん、まず聞き込みから始めましょうか」

藤原さんが流暢に喋ってる…。

「は、はい」

私達はまずハンカチで涙を拭っている女将の元へ向かった。役者って凄いなぁ。

「死亡推定時刻の時は、何をされてましたか?」

探偵みたいな聞き方だ、藤原さんはこの世界にすんなり馴染んでしまっている。

「私はひと仕事終えていたので、近くの部屋で休憩していました。でも、Aさんと誰かが争っている声を聞いて起きてしまったんです。」

悲しげに語る女将に少し同情しそうになる、ただのイベントなのに。

「その時、様子を見に行きましたか?」

「いいえ、お恥ずかしながら疲れの方が勝ってしまい、そのまま寝てしまいました…」

私もこの支配人殺人事件の世界にのめり込んでしまいそうだ。

「分かりました、ありがとうございます。じゃ、次の方行きましょう」

「はい」

また同じように藤原さんが声をかけて、話を聞いた。

「俺は犯人じゃないよォ。支配人が死んでる時は、あんたらの昼飯作ってたんだから」

この役者、料理人に対しての解像度が凝り固まってるな。頭にねじり鉢巻までしてるし。

「死亡推定時刻の時は、料理を手伝ってました。…俺は、支配人とは色々ありましたよ、でも、殺すほど憎んじゃいません、今では良い仕事仲間ですから」

番頭Dが怪しいな、何も聞いてないのに支配人とのいざこざを話してきた。…怪しい。

「私は死亡推定時刻の時は他の部屋の清掃をしていました。」

清掃担当Eは身をかがめて、私達に近づいてきた。

「ここだけの話ね、あの包丁見て私ビックリしちゃった、だってあれ、料理長が普段使ってる包丁なのよ…」

なるほど、Eは噂話好きなおばさん役でもあるのか。

「情報、ありがとうございます。ちなみに、2人のいざこざってのは…」

「あの2人はね、女将を巡って争ってたの。三角関係ってやつよ。結局、女将は支配人を選んだわ、結婚して3年になるの。女将が支配人に賄いを作ったり、忙しい時もなんとか2人の時間を作って…彼女も可哀想だわ、まだ新婚さんなのよ?私が新婚の時なんかはね」

話が長くなりそうだ、時間は限られている、ここは私の出番。

「ありがとうございましたー」

藤原さんの腕を引っ張って広間から出た。

「栞さん、ありがとうございます」

「いいえ、藤原さんなら多分聞いちゃうだろうなと思って。さ、どうします?」

「Eさんからはかなり情報を引き出せましたね…そうだ、誰かに聞かれると悪いから、どこか部屋に入りましょう、そこで情報をまとめます」



私達は広間から少し離れた部屋へ入った。

「よし。誰もいない、押し入れにヤズ瑛さんは…いませんね」

私は念入りに部屋を確認した、また押し入れにヤズ瑛さんがいて情報を盗まれたら溜まったもんじゃない。

「今のとこ怪しいのは誰だと思います?」

藤原さんに聞いてみた。

「まだなんとも言えませんね、雰囲気的にはDな気がしますけど…それは簡単すぎというか…」

「三角関係で争った相手ですもんね」

「もうちょっとひね捻りしてくるんじゃないかなと思います、メタいけど…」

「ん?メタ?メタル?金属っぽい?」

「あ、いや…」




「これだけじゃなんとも言えないので、証拠を探しに行きましょうか…」

藤原さんの言う通りだ。私達は広間を出た。

「廊下にも証拠は落ちてるかも…ん?」

地面になにか紙が落ちてる。

拾って裏を見ると、昨日の夕飯のカロリーや原材料などが細かく記されていた。

「あ、これ昨日の夕飯の献立だ、料理長の字かな」

「…僕が持っておきます、何かヒントになりそうですから」

見る限り、偽装した証拠品では無さそうだ。色々細かく書いているし。

…うわ割と高いなカロリー。貧乏性が悪さして結構食べちゃったのに。

「ん、また何か落ちてる」

紙を拾うと、ヒント1:下を見よと書かれていた。言われた通り下を向くと、

「ここにも…」

次はヒント2:この紙を拾えと書かれていた。

「なんか紙多くない?」

またしても落ちていた紙を拾うと、次の角で曲がれと書かれていた。

前を見ると、確かに角がある。

何かの引っ掛けだとは思いつつも、言われた通りに曲がってみた。

「捕まえた!」

「うお!!」

私の両肩を突然角から現れた海太君が握っていた。

しかしこの状況はまずい、かなり、まずい。

驚いたせいでドキドキしているのか、それとも異性に両肩を握られているせいなのか全く分からない!

「は、離せー!」

焦って振り払うと、海太君は戦いて後ずさった。

「しょ、奨学金が…」

「焦りすぎだろ…てか、オレも藤原さんと組みたかったなー」

「あ?!藤原さんは私の相棒です〜!」

「ズリィ!」

「1人で頑張れば?こんな変なずるしないで」

私は悪戯に使われた紙をまとめて海太君に押し付けた。

「河野さんよりかマシだろ」

「まぁね、あの人は何しかけてくるか分かんないから」

いつの間にか胸のドキドキも落ち着いていたので、

私は藤原さんの腕を引っ張って歩き始めた。

角を曲がると、また紙が落ちている。資源を大事にしろよ。

「清掃中の為、立ち入り禁止って書いてます。」

細いペンで走り書きしたような字だ。

「有力な証拠ですね、それも貰っておきます。」

何か手がかりはないか辺りを気にしながら廊下を歩いていると、受付に到着した。

「なんかあるかなー」

カウンターをじっくり見ていると、支配人、女将、料理長、番頭、清掃員の皆がうつった集合写真があった。

少しセピアがかっていて、古そうだ。小さな写真立てを持ち上げると、埃を被っていた、芸が細かい。

「あ、見てくださいこれ。番頭が支配人の足踏んでますよ」

「仲悪かったんですね…あ、これ…おかしい…」

「ん?ほんとだ、女将が死装束になってますね、着慣れてるはずなのに」

「…でも、法被に書いてる旅館の名前は反転してませんね。…栞さん、もう1回広間に行きませんか?」

「はい」

「ふーん、そうなんだぁ」

私の手から写真立てが無くなった。

後ろを見るとヤズ瑛さんが写真立てを持って立っていた。

「いい事聞いたよ」

「それ使うんで返してください!」

「やーだ」

ヤズ瑛さんはそう言うと小走りで部屋のある方へ駆けて行った。

「藤原さん、私懲らしめてきますね!」

「あ、はい…」


「ヤズ瑛さーん、何処ですか?!」

廊下を歩きながら声をかけて探し回った、全然見つからない、あんなに図体でかい癖に何処に隠れてやがるんだ。

「ヤズ瑛さん…はぁ…」

ため息を零すと、腕を掴まれた。

振り向くと、この前のシェ厶に口を塞がれたあのスペースにヤズ瑛さんが隠れていた。

「もう!返してくださいよ!」

「いいよ」

グイッと腕を引っ張られて、気付けば私はあのせまっこいスペースの中に。

ヤズ瑛さんの巨体が邪魔をして逃げるにも逃げられない。

それに、頭の横には大きな手が置かれてあって、これは、つまり…。

「壁ドン…?」

「うん。」

「な、なぜ…」

「なんでだろ?」

優しく微笑む目の向こうには光がない。

「あ、あのどいて下さい…」

「やだ!」

段々とヤズ瑛さんの顔が近づいてくる、うわぁ、オダギリジョ○そっくりだ…なんて考えている余裕も無く、思わず顔を背けて目をつぶった。

「成敗!」

「痛ってぇ!」

ヤズ瑛さんが頭を抑えて後ろを向いた、その隙に私は写真立てを奪い、狭いスペースから出た。

「栞ちゃん、大丈夫?」

助けてくれたのは、なんと河野さんだった。

「河野さん、ありがとうございます!」

「んだよ、邪魔すんなよ河野。」

「海太の野郎に紙取られて暇だったんだよ」

「…もしかして、アレ河野さんが?」

「そうだよ、掻き回してやろうと思って、紙持って歩いてたらアイツが後ろからばーって取っていってさぁ!」

「お前マジで卑怯だな」

「ヤズに言われたくねーよ、さ、栞ちゃん、逃げて逃げて!」

「河野さん、この御恩は少しの間忘れません!」

そう言って廊下を走りだしたら、後ろから覚えててー!と聞こえてきた。


カウンターの所にいた藤原さんと合流し、広間へ戻ると天使とシェムが隅っこで雑談をしていた、盗み聞きしたかったが、我慢我慢。

容疑者の4人は椅子に座っていたのでもう少し何か情報を引き出せたらと思い、私は早速Dに話しかけることにした。

この中の誰かが嘘をついてる可能性があるが、清掃担当のDはなんとなく嘘をつかないような気がする。

「あの、少しお聞きしたい事があるんですけど」

「なんでもどうぞ」

「死亡推定時刻の時、誰かが争っている声を聞きましたか?」

「んー、そんな声聞いた覚えは無いねぇ、私も耳が遠いもんだから、分からないけど。」

「そうですか…ありがとうございます」

何の成果も得られませんでした。

次は番頭だ。ちらっと見ると、

「お、俺をうたがってるんですか?」

と焦って向こうから話しかけてきた。怪しさMAX限界突破だ。

「見てください、これを」

私は番頭にあの写真を見せつけた。

「どうして支配人の足を踏んでいるんですか?」

「あぁ、これは…もう昔の事ですから、覚えてませんよ。たまたまかもしれませんね」

「ふーん…」

「それに、さっきもお話した通り死亡推定時刻の時は皆さんのお昼を作ってました、ここに証人がいます」

「そうだなぁ、でも、こう言っちゃなんだけど、死亡推定時刻くらい誤魔化せるだろォ」

「ちょっと、料理長!」

「はは、すまんすまん。誰もあんたの事なんか疑ってないよ」

やっぱり怪しいな…。なんか2人丸ごと怪しいな…。

藤原さんは遺体を見つめた後、手を合わせ、科捜研のように動き出した。生きてるんだけどね。

「…ん?」

藤原さんは遺体の腕の袖をまくりあげた。

そこには、指の跡のようなものがあった。

そして、ズボンの裾をたくしあげた、するとまた指の跡があった。

「…犯人は1人じゃなくて、2人…?協力してどこからか遺体を持ってきた…?」

「つまり、犯行現場は広間じゃないって事ですか?でも、だったら、この血溜まりは…?」


私達は廊下に出て、部屋を探してまた入った。もちろん押し入れにヤズ瑛さんがいないかも確認した。念入りに。

「犯人が2人だとしたら、番頭と料理長な気がするんですよね。包丁は料理長の物だし、2人で示し合わせて殺したんじゃないでしょうか?」

「…本当に犯人は2人いたんでしょうか…僕、何かが引っかかってて…」

「うーん…なんか煮詰まってきたんで1回リフレッシュしましょ。そういや、昨日の夕食美味しかったですよね」

「…僕、フグ初めて、…フグ?フグ…、毒、テトロドトキシン…」

「ん?テトラポット?」

「栞さん、遺体に揉めた跡ってありました?」

「いや、服もそんなに乱れてなかったし…」

「…謎が解けました」

「え!?早すぎません!?いや早くていい!広間に行きましょう行きましょう」

「ま、待ってください…今から僕が話す内容を栞さんに言って欲しくて…」

「いいですけど、何故?」

「…僕あがり症なんです…」

「分かりました。私が古畑任三○になればいいんですね?」

「…そこまでは求めてません」



— — — — — — — — — — — — — — —

私達は急ぎ足で広間へ向い、勢いよく襖を開けた。

「ダイイングメッセージにわざわざ漢字使わないでしょ、血がどんだけあっても足りないっすよ」

海太君と河野さんとヤズ瑛さんが何やらおかしな事をやっている。

「ヤズ、言われてるぞ」

「だって俺ダイイングメッセージなんか書いた事無いもん」

「大体そうだろ」

「何してるんですか?」

「ダイイングメッセージを誰が一番上手く書けるか競ってたんだよ、けど意外と難しくてさー、河野なんかローマ字使いだすし」

「犯人の名前そのまま書いたら消されるだろ!」

「だからってローマ字で書くかよ、死に前は母国語だろ!」

こいつらと組まなくて良かった!

「ゴホン、事件の謎が解けました、全員ここに集めてください!」

私はミステリーモノの見よう見まねで、天使に声をかけた。

「皆さん揃ってますよ」

そうだった。気を取り直して。

「まず、死亡推定時刻に間違いはありません。でも、包丁を使った刺殺が原因で、支配人は亡くなったんじゃないんです!」

「えー?あんなに血が出てたのに?」

アホそうな声でヤズ瑛さんが言った、

「えぇ。支配人は…フグの毒により亡くなったのです!フグの毒と言えば、テトロドトキシン。効果が出るまで最短でも1時間はかかる。犯人はそれを利用して、私達を欺こうとした…!」

これで崖があれば完璧なのに。

犯人を追い詰めたい、自供させたい、いい感じのBGMを流したい。

「待って、訳わかんなくなった、死亡推定時刻の時、支配人は料理してたんだっけ」

「ヤズ瑛さん、支配人は被害者ですよ」

天使が言った。

「あ、そっか」

「死亡推定時刻の時、料理長と番頭は料理をしていましたから、包丁は持ち出せないはずです。ですがここに刺さっている。つまり、時系列的には、フグの毒を使って殺したあと、包丁で刺したんです、この時もう支配人に息は無かったのに!なんて卑劣な犯行!」

「でもさー、死亡推定時刻から昼過ぎまで誰からも遺体が見つからないなんてことある?」

「河野さん、愚問ですね、愚かな問いと書いて愚問です。」

私は遺体に近寄り、手首に残った手の跡を晒した。

「これ、最初は2人がかりで運ぼうとしたんじゃないかと思ってたんですけど、実は違ったんです。これは、重たいけどどうにか運ぼうとしで出来た手の跡だったんです、だけど無理だった。」

「そんなの、決めつけだろ」

「んッんー…海太君。君も愚かだ。」

私はあの紙を取り出して、印籠の如く見せつけた。

「清掃中、立ち入り禁止と書かれたこの紙は広間の近くの廊下に落ちてました。これは遺体を誰かが見つけるのを防ぐための物だったのです。」

「じゃ、犯人は結局…?」

ヤズ瑛さんは理解できているのか分からないけど、興味深そうに腕を組んで聞いてきた。

「犯人は…女将!貴方のやった事は、マルっとピカっとサクッとお見通しだ!」

「えっ…私?そんなの馬鹿げてます!」

わざとらしく女将が椅子から立ち上がった。

「清掃担当の方から聞きました、貴方と支配人はまだアツアツの新婚さんで、賄いを作ってあげてたそうじゃないですか」

「えぇ…。」

女将が少し動揺を見せた、役者ってやっぱり大変だ。

「今日の賄いには何を出したんですか?」

「ご飯とお味噌汁と、昨日の残りのフグです…」

「毒の処理をせずに出したでしょう。支配人を殺す為に。」

私はサスペンスドラマで見たあいつのように着々と女将の足場を崩していく。

「そんな言いがかりはやめてください!」

「まさか自分の奥さんが、それも長年旅館で働いてる女将が毒の処理をしないまま賄いに出すなんて思いもせずに、貴方を疑わずそのまま食べたんでしょうね…。清掃中立ち入り禁止と書いたのも貴方です!非力な貴方では一般男性の体を1人で運ぶ事が出来なかった、だから時間稼ぎの為にあんな紙を偽造したんだ!」

「違います、広間の準備をしていたら、花瓶を割ってしまって…」

「もう言い訳はやめましょう、証拠はまだあるんです」

私は受付にあったあの写真を突きつけた。

「女将、見てくださいコレ。死装束になってますよ」

「あ…」

「貴方、左右の区別をつけるのが苦手なんじゃないですか?だから慣れた着物でもこんな初歩的なミスを犯してしまった。そして、極めつけはこの遺体!包丁は心臓ではなく、ど真ん中に刺さってるんです!」

「それが何よ!」

「貴方はトドメを刺す為、心臓を狙おうとした。でも、土壇場で心臓が左右どちらにあるのか分からなくなったんでしょう。だから、真ん中に包丁ぶっ刺してごまかしたんだ!」

「つまりまとめると…どういう事!?」

ヤズ瑛さんが頭を抱えて言った、深刻そうなので仕方なくホワイトボードを使って時系列を整理する事にした。

「まず、10時頃。女将が支配人に賄いを食べさせる…そして、11時。毒が回った頃、女将は広間に支配人を呼び出した、そのまま支配人は死亡。女将はなんとか遺体を動かそうとするも、失敗。手の跡が残る。時間稼ぎの為に清掃中の紙を貼る。そして、12時前。料理長の包丁を盗み出し、心臓がどっちにあるのかを忘れて、ど真ん中に突き刺した!あたかも、刺殺が原因であるかのように見せ掛けるため!」

「名推理だね、でもどうせ考えたの藤原さんでしょ?」

私は海太君を睨みつけた。

「…ただ、分からないのは動機です。どうして新婚ホヤホヤの2人がこんな事になってしまったのか…最後は女将の口から聞きたいです。」

女将は全て諦めたように頷いた。

「…見事な推理です。全て合ってます。…でも、彼が悪いんですよ。2ヶ月前に彼の浮気が判明して、しかもその相手が妊娠してたなんて…、私どうしても許せなくて…」

「そうですか…。これ、脚本書いたの誰なの?」

「俺だ」

「シェム?重たすぎるよ…」

シェムが部屋の端っこからずんずんと喋りながら歩み寄ってきた。

「2時間モノのサスペンスを見て勉強したんだ、さぁこの後は女将、涙の自供。番頭の後悔。旅館の行く先の3本立てだ、支配人と女将を同時に無くし、路頭に迷った旅館が残りのメンバーで立て直されていくこれが感動的な流れで」

「もういい!」

— — — — — — — — — — — — — — —

「栞さん、藤原さん、おめでとうございます!」

さっきまでいた役者も血溜まりも綺麗さっぱりなくなった広間に、クラッカーのゴミが散らかった。

「全部藤原さんのお陰だけどね…」

「いえ、栞さんが…いてくれたから…」

「え?なんて?」

「いや、なんでもないんです…なんでも…」

「栞、ちょっとこっちに」

シェムに言われるがまま部屋の隅へ向かった。

「なんかあったか?」

「別に何も?」

「なにもってお前…ミステリーにラブコメは付き物だろ。同時進行でちょっといい感じになっていく2人を見るのが楽しいんだろ。」

「そんな事ないよ、何見たらそう思うの」

「相○」

「どんな見方してんの、あの2人いい感じにはなってないじゃん」

「普通に謎を解くだけで終わるなよ、ガッカリだ、お前には。」

「じゃあもっと燃え上がりそうなイベント用意してよ!脚本も生々しいし隙が多いし、こんなのでなんか起きる訳ないじゃん」

「俺頼みになるなもっと自分でどうにかしろ!」

「だから!」

「…栞さん」

突然声をかけられ、びっくりして少し後ずさりすると、藤原さんの体にぶつかってしまった。

「…インセンティブ意外に豪華賞品くれるそうですよ…行きましょう」

「あ、ありがとうございます」

私はシェムに向かって舌を出して、天使の元へ向かった。

「豪華賞品って、これ?」

天使から手渡された袋の中には「血みどろ旅館編」と書かれたタオルが入っていた。

「優勝者にしか渡されない特別なタオルだ。余った経費で作った。」

「不謹慎すぎるでしょ」

「…僕は嬉しいです」

「そうですね、ほとんど藤原さんの功績ですし」

「…いや、そうじゃなくて、このタオルがです…」

「え、このタオル貰って嬉しいんですか!?」

「…おそろいなんで、栞さんと」

藤原さんが恥ずかしそうにメガネをくいっと上げた。

「あっ」

いや、高鳴るな胸!

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