出張!成増・ファム・ファタ〜ルSP
メガ割が伴っている華金は最高だ!
コンビニで買ってきたビールを飲みながらネットショッピングをする。
メガ割は声高々と宣伝してる割に安くならないので、カゴに入れるだけ入れて、買った気分になって満足。
これが貧困ライフハック。
厳しい日本社会を生き抜く技だ。
「メガとか言うならもっと安くしろよ…」
思わず、ひとり、ごつ。
「全くその通りだな」
後ろから低い声が聞こえた、心霊現象か!?と思い振り向くと、シェムがいた。
「いつからいるの?!音出せよ音!ボンッて!」
「あれは気分だ」
「はぁ…で、何?」
「迎えに来た。時間と法律を守れ」」
「法律は守ってるよ、てか何も来てないし」
画面をスクロールして、色んな服を見ていると、私の手からAppl○の叡智が消えた。
「ちょっと、返してよ」
「お前、アプリとったか?」
「あーあれ?とったよ」
「とるだけじゃダメだ、ちゃんと見ろ。通知が3日前に来てるはずだ。」
「えー」
突き返されたAppl○の叡智の画面には
”出張!成増・ファム・ファタ〜ルスペシャル!”
とあった。
「どういう事?」
「旅館に行くぞ。」
「え?やったー!」
「遊びじゃないぞ、これは金がかかったれっきとしたゲームだ、とっとと準備しろ」
「準備しないと!」
私はクローゼットを御伽噺のお姫様のように勢い良く開けた、そして気づいた。
「…シェム」
「なんだ」
「私、大人になってから旅行行った事ないの。だから…大きいバッグ持ってなくて」
「…」
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下へ行くと、もう皆いつものあの車に乗り込んでいた。
「お待たせしました、すみません」
「栞ちゃんおひさ〜」
助手席からヤズ瑛さんの声が聞こえた、
「お久しぶりです」
「あれ、荷物そんだけ?」
隣に座っている海太君が私のショルダーバックを見て言った。
「ううん、シェムがトランクにのっけてくれたの」
「はーやっさしい〜」
「女の子は荷物多いから大変だよね」
河野さんが前髪を撫でながら言った、相変わらずだ。
私はあの後、シェムが天使に連絡をしてくれて無事キャリーケースを手に入れる事が出来た。
まさに僥倖ってやつだ、なにもかも。
修学旅行以来旅行には行っていないから、正直ワクワクする、それと同時に奨学金にイライラする。
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程なくして車は目的地についた、旅館なんて言うからもっと遠い観光地に、電車にでも乗り換えて行くのかと思っていた。
車を降りると、少し古い旅館が私達の前に佇んでいた。夜も更けているから雰囲気が出て、少し怖い。
「なんか、出そうだなここ…」
「やめてくださいよ…」
ヤズ瑛さんは大きい体を小さくして怯えている。
「なんだよヤズ、ビビってんのか」
「んなわけ…。河野、おま足の震えやばいぞ!大丈夫か!」
「港区揺すりだよ」
「口が裂けても貧乏とは言いたくないんですね」
河野さんの変な意地には辟易する。
車から降りてきたシェムに導かれ中に入った。
何の変哲もない旅館だ、SDGSに気を使いすぎて館内が真っ暗だが。歩くとぎしぎしと床が音をたてる、床が抜けそうで恐ろしい。
広間に入ると、天使が現れて、明日の説明が始まった。
「なるべく今日は早く寝てください、明日は早いので。」
それが終わると、各々の部屋の鍵と館内着を渡された。
貸切で、しかも一人一人部屋があるなんて、待遇がいい。それに温泉もあるらしい。
浮き足立てて、さっそく自分の部屋へ向かった。館内着に着替え、荷解きをして畳の上に寝っ転がった。
電気は紐付きの蛍光灯、旅館によくある謎のスペースはなくて、狭い布団となんのお茶っ葉が入ってるのか分からない急須とちゃぶ台。
天井を見ると、木のシワが顔に見えて怖い、人間は厄介な目を持っている。
そうだ、館内を探索しよう。温泉の場所も確認しなくては。
思い立ったら即行動。
私は立ち上がって狭い6畳の部屋から飛び出した。
のはいいものの…この旅館は相当SDGSや地球温暖化に気を使っているのか廊下に灯りが全く無い、携帯のライトを使いながら慎重に歩を進めた。
特に何も無いまま、廊下が続く、曲がり角があったので、とりあえず曲がってみた。
前を照らすと、無限に続いてそうな廊下が広がるばかりだった。
一瞬怖気付いたが、好奇心が勝り、歩を進める事にした。
少し進むと、猛烈な光を見つけた。自販機だ。
あぁ、お金持ってくればよかった…。
眩い光に目を細めながらラインナップを確認した。
見た事ない名前のジュースばかりだ。
お金を持ってきてなくてよかった、おそらくお金があれば買っていたかも…。
自販機を諦めて、歩を進めた、人の話し声が聞こえる。
「シェム、最近視聴率が横ばいです。」
天使とシェムの部屋だ、なんだか修学旅行みたいで楽しい。
そういや、勉強合宿の時にリエちゃんと夜中部屋を抜け出して、星を見に行った事があったな。
しこたま怒られたのがトラウマで、私達はしばらく夜空を見れなかった。
「かなり回数を重ねたからな、いわゆるマンネリだろうな。」
「最高視聴率を叩き出した回を覚えていますか?」
「あぁ、遊園地デートだろ。」
「えぇ。まだあの頃は成増にもお金をかけられてましたから…今ではこんな低予算の地味な深夜番組に変わってしまいましたが…」
ええー、私も遊園地が良かった、こんな半分お化け屋敷みたいな旅館嫌だ!
「…少し外の空気を浴びてくる」
やばい、出てくる。盗み聞きがバレるのはなんか嫌だ。
音を立てないように歩いて徐々に部屋から離れた、近くに隠れられる場所は…。
廊下の途中に謎のスペースがある、元は公衆電話でも置いてたんだろう。
私は息を殺してそこに隠れた。
足音が聞こえる、シェムのだろう。
てか瞬間移動使えるんだからそれで外まで行けよ。
足音が段々近づいてくる、暗いし、私が完全に気配を消していればバレないだろう。
体重が乗った足音が近づいてくる。それと同時に心音も高まる、ドンドンドンドンと、音を立てている、この音でバレそう。
私は恐怖から目をつぶった。
足音は遠くなり、完全に聞こえなくなった。よし、今の内に出て来た道を戻ろう!
強く1歩を踏み出すと、硬い何かにぶつかった。
「え…」
「栞、寝ろと言ったはずだ」
「う」
叫ぼうとしたら口を抑え込まれた、心臓がぎゃんぎゃん言って、冷や汗が出る、ビックリした、あぁビックリした。
「バカ、寝てる奴もいる」
「むぐぐぐく」
「あぁすまん」
「もう!やめてよ!」
「こっちのセリフだ、盗み聞きしただろ」
「私も遊園地がよかった!」
「無理だ、予算が無い。諦めろ」
「えー!」
また口を塞がれた。
「大きな声を出すな!部屋に戻れ」
「んぐ、分かった…」
「…ん?なんだその目は」
「あの…、ビックリしたせいで、方向感覚わかんなくなっちゃって…自分の部屋が…どこなのか…」
「はぁ…送ってやるから、ついたら寝ろよ」
「はい…あ、ついでに温泉の位置も…」
「はぁ…」
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次の日の朝、言われた通りに早く起きて食堂で温かいご飯をいただき、二度寝をした。最高だった。
でも昼前に放送がかかって呼び出されて、仕方なーく部屋を出て、旅館の広間に集まった。
「皆さんお揃いですか?それでは説明します」
私達5人は良い歳して何をやらされるんだろうか。
「かくれんぼって、ご存知ですか?」
「舐めんなッ」
私は思わず突っ込んだ。
「かくれんぼ〜?やるの?俺もう32だよ」
ヤズ瑛さんが呆れたように笑った。
「32の癖に勘で仕事するなよ」
河野さんが言った、ご最もだ。
ヤズ瑛さんの笑顔が引きつっている。
「ここの旅館は部屋数もあります、どこに隠れても大丈夫です、ただし、自分の部屋とこの旅館の外には隠れないようにお願いしますね。」
「鬼は?誰がやんの?シェム?」
「俺はもうすぐ600歳だからやらない」
「木じゃん」
天使って長生きなんだなぁ。
「鬼はこちらで決めますから。さぁ、あみだくじをしましょう、結果はこの部屋を出てから見てくださいね、それと、誰にも結果は言わないようにしてください。赤い線が出た方は鬼です。」
シェムの手の中にわりばしで作られたくじが握られていた、私は恐る恐る引いてすぐ部屋を出た。
見つからなかったらインセンティブ!
見つけたらインセンティブ!
どっちにしろ、本気で挑むべきだ。
誰にも見られないように少し離れた場所で確認しよう。
少し歩くと、この前シェムに見つかったあの窪みがあった。
私はそこに入り、そっと割り箸を確認した。
何もついてない、つまり私は隠れる側。見つかったら終わり…。
ブブッと携帯が音を鳴らした、通知だ、入れてなかったのに。
まさかシェムの野郎が勝手に…。
画面にはあと5分でゲームを開始すると書かれている、逃げないと。
私は窪みから出て慎重に歩を進めた、外以外は何処にでも隠れていいならゲームが終わる1時間後まで絶対にバレないような場所に身を寄せてじっと耐え忍ぶのが得策だろう。
焦って初動をミスったかも、もうすぐ始まるのに良い隠れ場所が無い…。せめて部屋があるフロアから離れていれば良かった。
背に腹はかえられない。
私は諦めて1番近くの部屋に入った、誰も使っていない。ここなら大丈夫。
ざっと部屋を見ても隠れられる場所は一つだけ。押し入れだ。
よしここで1時間潰すぞ…。布団の裏にでも隠れれば1回くらい開けられたって大丈夫なはず。
「あ」
「えっ」
押し入れを開けると、そこには布団ではなく、体育座りをして小さく縮まったヤズ瑛さんがいた。
「…何してるんですか?」
「隠れてるんだよ!」
ブブっと音が鳴った、ゲームが始まったみたいだ。
「栞ちゃん、始まったから、中入って!」
私は仕方なく入る事にした。
「ヤズ瑛さん…あとでジュース奢るから出て行ってくれませんか?」
「やだよ!インセンティブ懸かってるからね俺も!」
「そこをなんとか」
ドタドタと走る音が聞こえる、
「しっ」
私は口元を抑えて黙りこんだ、少しして音は止み、静かな数秒が訪れた。
「…よし、行ったな」
「ヤズ瑛さん声大きいですよ」
「ごめんごめん」
ゲームが始まって、既に10分が経過した。
「栞ちゃん」
小声で名前を呼ばれ前を向くと、携帯の画面に
「暇だね」
と書かれていた、金がかかっているというのに呑気な奴だ。私はヤズ瑛さんの携帯に
「呑気ですね」
と打った。
「他に隠れる場所ないから勢いで隠れたけど、まさか栞ちゃんが来るとはなー」
「私もです」
「皆どこに隠れたんだろうね」
「皆押し入れかもしれませんね」
小さく笑う声が聞こえた、
「俺、なんとなく河野が隠れた場所分かるよ」
「何処ですか?」
「あいつはずる賢いとこあるから、意表を突こうと思ってわざとスタート地点から近い押し入れに隠れたりするんじゃないかな、灯台もと暗し、みたいな」
「想像できます」
「でしょ?」
「河野さんって、昔からあんな感じなんですか?」
「あんなって?」
「ナルシスト」
「そうでもないよ、中2の時からおかしくなったんだよ」
じゃああのナルシストで甘そうな口説き文句をべろべろと垂らすのは長めの厨二病なのか?
「それまではどんな感じだったんですか?」
「真面目で物静か、控えめで、大人しかったね」
「今とは真反対ですね」
「あいつもだいぶ変わったよ、気にしすぎなとことか、思い込み激しいのは変わってないけど。」
「それは昔からなんですね」
「そうだよ、付き合い長いのにまだ俺の事よく分かってないしね」
「そうなんですか?意外ですね」
「あいつの話はいいや!栞ちゃんの事をもっと知りたいな」
「私ですか?普通の女ですよ、なんの面白みも無い」
「そんな事ないよ、今まで出会ってきた女性の中でトップクラスに面白いよ」
「それ褒めてます?」
「褒めてる!」
「ヤズ瑛さんも私が出会ってきた男性の中で1番オダギリジョーに似てます」
「ホント?嬉しいな。栞ちゃん、オダギリジョー好きなの?」
「あんまり、どちらかと言うと、ムロツヨ○が好きです」
「え?ムロ?」
その反応はムロツヨ○に失礼だろ。あの人は根っから面白過ぎるせいで元の顔のカッコ良さが目立ってないだけなのに。
「言われてみれば、あの人よく見るとカッコイイよね」
「よく見なくてもカッコイイです!」
「栞ちゃんって、どんな人がカッコイイと思うの?」
私は少し悩んだ、
「見た目よりもまず、面白さ、ですかね。面白い人には総じて余裕がありますから、それがカッコ良さに繋がるんです!」
「そっか、俺ももっと頑張るよ」
こいつ、この期に及んで金を稼ごうとしているな、あからさま過ぎてときめかない。
「ヤズ瑛さんはどんな人が好みなんですか?」
「俺は栞ちゃんみたいに面白い子がいいかな」
「そういうのいいんで笑」
「本気だよ」
「笑笑笑笑」
「照れ隠し?」
「照れ隠シーサイドホテル。って言うか全然探しに来ませんね」
「穴場だったのかもね、俺は栞ちゃんと2人になれてラッキーだよ」
「私は1人が良かったです、ヤズ瑛さん大きいから圧が凄くて」
「これでも小さくなってる方だよ」
それから私達は携帯を渡しあって他愛もない話を続けた、気づけばもう50分。あと少しでゲームは終わる、私達の勝ちだ。
「あともうちょっとですね」
「そうだね、栞ちゃんと隠れられて楽しかったよ」
「こちらこそどうも」
「俺らイベントの時にしか会えないじゃん?だから、連絡先だけ交換したいんだけどいいかな」
「LIN○でいいですか?私ゲームやってるから招待送りたくて」
「いいよ笑笑」
交換して、早速アイコンを見ると、大の字になっている男の画像だった。
「アイコンなんですか?」
「これね、なんにもないとこでコケた河野」
「どんだけ好きなんですか」
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携帯がブブッと鳴って、ゲームの終わりを教えてくれた。
「勝った勝った!」
そう言いながら押し入れから出ると、天使がふよふよと浮いていた。
「おー、お疲れ、私勝ったよ」
「栞さん…」
ヤズ瑛さんも至る所をぶつけながら狭い押し入れから出てきた。
「栞ちゃんはさ、もうちょっと人を疑うこと覚えた方がいいよ」
「え?」
「おめでとうございます、ヤズ瑛さん」
「え?何?誕生日?」
「いやー、途中まで忘れてたわ完全に」
「まさか…鬼…?」
信じられないという気持ちで、ヤズ瑛さんを指さした。
「うん、鬼」
「鬼ッー!!!?」
私は大声で叫んだ、さっきまで仲睦まじく話していた人がまさか鬼だったなんて…
当たり前のように隠れていたからなんの違和感も抱かなかった…。
せめて割り箸くらい見ておくんだった…。
「まさに栞ちゃんはあれだね、飛んで火に入るあれのあれだね。」
「そこまで来たらわかるでしょうよ…あーマジで悔シーサイドホテル…」
「ははは、それハマったの?」
「ウルセッー!!」
「うおっ…」
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広間へ戻ると、疲れ果てた形相の3人がいた。
「なんでそんな疲れた顔してるんですか?特に河野さん」
「だって誰も探しに来ないんだよ…、押し入れ狭かったー」
ヤズ瑛さんすごい…当たってる。
「お前が隠れたの、スタート地点から1番近い部屋の押し入れだろ」
「なんで分かるんだよ、キショいぞお前」
「灯台もと暗シーサイドホテル」
「…なんだよそれ」
「藤原さんは?」
「僕は…受付の…下に」
「あーその手もあったか…、海太君は?」
「オレは、リネン室で爆睡」
「結局鬼は誰?」
河野さんが言った、するとヤズ瑛さんがニヤニヤしながら
「俺」
と答えた、蹴りたくなる。
「そういやなんで2人で戻ってきたんすか?」
「ナイショ」
「ヤズ、お前栞ちゃんに変なことしてないよな?」
「してねーよ。自分が鬼って事忘れて、押し入れに隠れてたら、栞ちゃんがたまたま来たからさ。ね?」
「はい…」
「俺は楽しかったよ、また一緒に隠れようね」
どういう誘いだよ。
「結構です!」
「あら、振られちゃった」
モテ男特有の笑い方をやめろ!
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「シェム、どう思う?」
「どう思うって何が」
ゲームを終えてから皆が部屋に戻ったあと、私は広間に残り、愚痴を吐く為シェムを捕まえた。畳の上でじたばた、じたばたしていると、シェムも真似して来た。なんだコイツ、遊びじゃないんだぞ。
「鬼なら鬼って言えよ!あー悔しい!」
「なぁこの動きはなんだ、どこに効くんだ」
「悔しい!!悔シーサイドホテル!」
私は全身の力を抜いて、畳に身を任せた。
天井が見えなくなり、シェムの顔で私の視界の8割が埋められた。
「ど、どうしたの」
「上手くやれよ」
励ましかも分からない言葉の後、おでこに熱い痛みが走った。
「デコピンすんな!」