罪人
事前報告無しでとりあえず21時に駐車場に来いと天使から呼ばれた。
金曜の21時はもう寝る時間なんだよ。
軽く身なりを整えて、ボロい階段を降りると大袈裟にギシギシと音を立てられて腹が立った。
下へ着くともう既に面子は揃っていた。
今夜はまた何処に行くのだろうか。だけど、駐車場にお馴染みの面倒見のいいお父さんが乗っていそうな車がない、あるのは面倒見が悪いお父さんが乗っていそうな高級車だけだ。
「さぁ皆さんお揃いですね、それでは今回のゲームを説明致します」
フワフワと浮かぶ天使の隣に腕を組み、ぶっきらぼうな顔をして立つシェムがいた。
「皆さんは、かぐや姫というお話をご存知ですか?」
「舐めんな」
私は思わず突っ込んだ。
「私はついこの前、こんなに切なく美しいお話があるのかと感銘を受けると同時に、何かに似ていると思いました…。そう、成増・ファム・ファタ〜ルです」
「一緒にすんな!」
あの気高い物語とこんな下世話なゲームを一緒にしてはいけない、文学史が汚れる。
「かぐや姫も5人の王子様から求愛されました、まさに栞さんのようです」
「いやこの場合求めてるのは愛じゃなくて金だから…」
「ゴホン!…うえっ」
天使がわざとらしく咳をして嗚咽した。
「気を取り直して…。今回のゲームは題して、4人の王子様の求愛ラブミッションin成増!」
長い上に語呂も悪くて中身が入ってこない、AV
のタイトルを見習った方がいい。
「今回は1人2時間ずつのデートで栞さんを胸キュンキュンとさせて1番楽しませた方が優勝です!」
「2時間か、余裕だな…」
河野さんがセンター分けをかきあげた。
「2時間あればそのガッチガチのセンター分けも崩せますよ」
「そんな事言っちゃって栞ちゃん…当日は俺にメロメ」
「ごめんな栞ちゃん、後で通報しておくから」
「忘れないでくださいね…」
天使の説明も終わり、皆と一緒に部屋に戻ろうとしたら
「栞。」
と呼び止められた。
「何?」
「両手を前に出せ」
「うん」
シェムが指パッチンをするとどこからともなく花束が現れ、私の手元にストンと落ちてきた。
「おぉ、何これ!?」
「デートが1回終わる度にバラで渡せ。5本ずつくらいならキリよく無くなる。そして、最後、お前が選んだ1人がそれで花束を作る。」
「…無駄にロマンチックなんだね。って事は、これもって当日はデートしなきゃいけないの?」
「そうだ。だが安心しろ。特殊な加工をしているから、虫もこないし、ちょっとやそっとの事じゃ折れない。」
簡単に言えば造花って事ね。
「領海侵犯、じゃ、おやすみ」
私はシェムに背中を向けて、ボロボロの階段を登った。
月明かりに後ろ髪を引かれて、後ろを向くと、少し上の方に月があった。
この階段がもう少し長ければ、私は月に戻っていくかぐや姫みたいに見えるのかな。
そんな事を考えていたら、階段が自意識過剰だと言いたげにきしりと音を立てたので、足早に登りきった。
— — — — — — — — — — — — —
一応はデートなので身なりを整える、何があってもいいようにカジュアルで、それでいてカジュアル過ぎずを目標としてコーデを組んだ。
全身鏡は無いので、洗面所の鏡でなんとか一生懸命確認した。
まぁ及第点だろう。
最初はマナーとしてイヤイヤやっていた化粧も随分上手くなった。
忘れずに花束を持ち、大きめのショルダーバックに突っ込んだ。靴を履いて、髪を軽く整えて外に出た。しかしそんな私の微かな努力を吹き飛ばすように春風が吹いて、腹ただしい。階段を降りると、ヤズ瑛さんがいた。
白シャツに濃いめのジーンズ、爽やかだ、清涼飲料水そのものだ。
「おはよー1人目は俺だよ」
「おはようございます」
「栞ちゃんってさぁ、土手好きでしょ?」
「はい!」
「土手に散歩行こっか」
「やったー!歩き回るのって楽しいですからね」
「ハムスターみたいだね」
すぐ近くの土手に着いて座った、青空の下でゲートボール勢が今日も元気にプレイしている。
「俺も歳とったらアレやるようになるのかな…」
「なりますよ、自然と」
「逆に抗ってキックボクシングとか始めようかな」
「全身複雑骨折しますよ…」
「あ、そうだ、土手と言えばこれだと思って持ってきたんだよ」
そう言って持っていたナップサックから、フリスビーを取りだした。
「…あの、ヤズ瑛さん私、犬じゃなくて」
「知ってるよ〜!さぁ、投げて!」
お前が犬かよ。
ヤズ瑛さんは階段を降りてもう下に行ってしまっている、まぁイイ。取りに行く側じゃないだけマシだ。
私も安定した階段を遠慮なく降りて、フリスビーを目いっぱい力強く投げた。
「おーいいじゃんいいじゃん!」
ヤズ瑛さんがダッシュでフリスビーを取りに行った、地面に着く前に高身長を活かして綺麗にフリスビーを取った。そして、嬉嬉とした顔で戻ってきた。
「はい!」
「よし、行きますよ…」
私は投げるフリを2.3回した、おぉ、おぉ、と私の動きに連動するヤズ瑛さんは本当にゴールデンレトリバーみたいで面白い。
「ほら行け!」
「フェイントォォ!」
右に投げるフリをして左に投げたら、綺麗に引っかかってくれた。なんだか面白い。キラキラとした笑顔で戻ってきた、フリスビーを口にくわえないか心配だ。
「はぁ、はぁ、めっちゃ楽しい!」
32歳って、こんなだっけ?まぁいいや。
「ヤズ瑛さん、私も犬側やりたいです」
私は下にショルダーバックを置いた。丈夫だと分かっていても、何故か花には気を使ってしまう。
「いいよ!俺栞ちゃんの飼い主ね!」
「ちょ、勘違いされますから」
ヤズ瑛さんがフリスビーを投げた、手加減してくれているのだろう、フワッと浮かぶそれを目掛けて私は走った。
久々の運動で上手く足が動かない、年がら年中寝ているからだ。それもそのはず、奨学金があったらろくに遊びにも行けない。
でもお金をかけずに楽しむ方法なんて、幾らでもあるんだな、小さい頃はそんな事分かりきっていたのに、大人になったら忘れてしまった。
地面に落ちてからフリスビーを取ってしまい、ヘナヘナになりながら走ってヤズ瑛さんの元に戻った。
「ヤズ瑛さ〜ん」
彼の目の前まで走り、フリスビーを渡そうとしたら
つまずいてしまった、地面がだんだん近くなってくる。
あぁ、運動しておけば良かった、奨学金のある無しに関わらずランニングくらいならできたはず…。
「大丈夫?」
覚悟を決めていたが、私を受け止めたのはヤズ瑛さんの腕だった。
「あ、あ、すみ、ませ、ん…」
半ば抱きしめられているような形になってしまった、顔が赤くなるのが分かる、こんなことなら地面に受け止められて顔が茶色くなる方がマシだった。
「あぁ、ごめんね」
突然支えをなくして、揺れる足腰になんとか力を込めて立った。
「ちょっと疲れたから散歩しよっか」
「はい」
私とヤズ瑛さんは土手にあるベンチに座った。
「栞ちゃんはデート初めて?」
「…お恥ずかしながら」
「全然恥ずかしくないよ、俺も初デートはハタチの時だよ。」
「え?意外ですね、小学生の時からブンブン言わせてそうですけど」
「お、俺の事どう思ってんの…?」
「貴方達…」
お婆さんの声がしたので前を見ると、いかにも怪しげなお婆さんが立っていた。
「この世の真実を知りたくない…?」
「…栞ちゃん、行こっか」
「知りたいです」
「え?」
お婆さんは私達の間に割り込んで座ってきた、3人で座ったらベンチは正直ギチギチだが、私はそんな事よりも好奇心の方が勝ってしまった。
「それでね、私はアメリカの諜報機関に日雇いで…」
「はい、はい…」
どうやらこのお婆さんによると、アメリカの大統領はホワイトハウスの地下にあるロボット生産工場で作られていて冷凍保存された偉人の脳みそを入れて政治を回してるんだとか…、あと有事の際は首相官邸がロボットになって操縦席にその時の総理大臣が乗るって…。
「世の中知らない事だらけだ…」
「そうでしょう…」
「…栞ちゃん、そろそろ」
「まだいっぱい教えてあげたい事があるわ…貴方には才能が、あるもの…」
「ホントですか?」
「栞ちゃん…!」
私はヤズ瑛さんに何故かお姫様抱っこをされた。
「ごめんね、もう時間ないから…!」
そうされたら、私はもう何も言えなくなってしまった。
「はー…走った走った」
ヤズ瑛さんは私を下ろした、着いた先は河川敷だった。
「ヤズ瑛さんはこの世の真実が気にならないんですか!?」
「そんな事よりもデートだよデート、もう時間も無くなりそうだし…俺この世の真実なんかより、栞ちゃんの」
お姫様抱っこがやけに恥ずかしくて、下を見ていると、犬のフンを見つけた。これだ。
「あ、犬のうんこだ。そうだ、犬のうんこ集めてミステリーサークル作りませんか?」
ピッピー!とどこからか笛の音がなった。
「時間切れだ」
いつのまにかシェムが立っていた。
「あれは妨害工作?」
ヤズ瑛さんが頭を掻きながら言った。
「俺達は無関係だ。あれはほんとに知らないおばさんだ」
「はぁ…」
ヤズ瑛さんが頭を抱えて2分の1スケールになった。
「少し休憩に行くぞ、花を渡せ」
「はい、どーぞ」
私がバラを渡すとヤズ瑛さんはありがとね、と言って微笑んだ、2分の1スケールのまま。
すると、シェムが私の手を取った、当たりが光に包まれてグワっと何かが歪んだあと、私は自宅のソファに座っていた。シェムもまるで自分の家のように寛いでいる。
少しの沈黙が場を包んだ、そう言えばバック持ってたっけ。
「シェム、花束…」
「ここにある」
「あぁ良かった、ちょっと!もっと大事そうに持ってよ」
シェムが花束が入ったショルダーバックのストラップではなく、袋の部分をガッツリ掴んでいる。それでは花束が潰れてしまう。
「丈夫だからな、大丈夫だ」
「んーでも、花って丁寧に扱いたくならない?」
「お前達人間の感情の機敏はよく分からない」
「そっか」
「あのもう1匹の天使いるだろ?」
「あぁ、あのうさぎね」
「あいつは成増に関わりすぎて、人の心が少し分かるようになってきたらしい、この前もかぐや姫に感動しただなんだ言って押しかけてきたんだ」
「かぐや姫ってそんないい話だっけ…」
「…なぜかぐや姫が月へ帰ったか、知っているか」
「知らない、あんまり覚えてないし…」
「かぐや姫は罪人だったという説があるんだ」
「え!?罪状は?」
「何の罪を犯したのか明確に書かれていないが、所謂流刑というやつだな。それで地球まで来たんだ」
「じゃあ元々は宇宙人なんだ…。てか、かぐや姫って凄いよね、刑期中に求婚されるって。めっちゃモテるじゃん。でも、ジジババに散々世話なった癖に割りとすんなり帰るよね、あれがモテる女の余裕ってやつかな?」
「お前はもっと真っ直ぐな心で暮らした方がいいな。すんなり帰ったわけじゃなく、記憶を消されたんだ。」
「記憶を?」
「あぁ、婆さん達と過ごした記憶をな」
「えー最悪!」
「…そろそろ時間だ。次の相手のとこに行く。手を貸せ。」
もうちょっとかぐや姫の話を聞きたかった、名残惜しいが私はシェムに手を差し出した、すると、また目眩に襲われ、目を開くと、そこには手を上げる海太君がいた。
「やっほー、栞ちゃん」
辺りを見渡すと、既にシェムは居なかった。道路を行き交う車やビル、あの殺風景な世界の外側。
「まさかパチンコに行くの?」
「女の子とデートでパチンコは行かないよ」
露骨に女扱いされたことで体に緊張が走ったので、
少しお腹に力を込めたらぐぅ、と音が鳴ってしまった、聞こえてないことを祈って二の句を考えよう…。
「てか、お腹空いたからさ、早く行こーぜ」
助かった、私は胸を撫で下ろした。いつの間にか肩に掛けられていたショルダーバックのストラップを握って、海太君についていった。
「いい感じのお店だね…」
入ったのは少しランクの高い個室のお店だった、かなりカジュアルな格好で来てしまったけど、ドレスコードがある程でもない。だけど、奨学金に追われる身の私にこんな食事ができる機会は滅多に巡ってこないだろう。
「全部経費で降りるって言うから、良いとこ選んじゃった」
メニューをめくってみた、見える数字全てが高い。
「好き勝手食おうぜ、今しかないから」
悪そうな顔をする海太君に私は頷いた。
「美味しい!」
よく分からないどこの国の言葉かも知らないカタカナの羅列から語呂の良さそうなのを選んでみた、何が来るかドキドキしたけど、期待以上の味だった。
「オレのも1口いる?」
「いいの?」
「どーぞ。でもオレも栞ちゃんの1口ちょーだい」
「勿論」
「ほら口開けて」
「…え?」
これは、アーン…?アーン…
「ほらほら」
恐る恐る口を開けた。しかし、口元まで来たスプーンを翻して、海太君が自分で食べてしまった。
「あ!」
「嘘嘘」
2度目はしっかり食べさせてくれたが、いや、これは、所謂、関節キスになってしまうんじゃなかろうか。
「何、なんか意識してる?」
「し、してないよ!」
「ほらオレにも食べさせて」
「まって、スプーン変えるから」
カトラリーケースから替えのスプーンを取ろうとしたら、手で止められた。
「それがいい」
「そ、それがいいって」
「いいから早く、ん」
私は震えながら海太君の口に突っ込んだ。
そういえばなんかの映画で真実の口に怯えながら手を入れるシーンあったな、あれと似てるな、なんてとにかく思考をズラしてこれ以上心臓が高鳴るのを阻止した。
「うま!」
海太君は何も気にしていない、彼も中々の百戦錬磨なのだろう。
食事を終えると、海太君がそっちに言っていいかと聞いてきた。別に断る理由もないので、いいよと言うと、椅子ごと隣に回ってきた。
横顔しか見えないが、いつになく真剣な顔をしている。
パチンコさえしていなければ、留年さえしていなければカッコイイのに…。
「栞ちゃんさ…」
「う、うん…」
「成増が終わったら」
「うん…」
「オレと一緒にパチンコ行こ」
「…やっぱそれなんだね」
「オレ借金があるからさ」
「じゃあパチンコじゃダメでしょ…」
この後、パチンコに使う金を借金で調達して、勝ったお金で借金を返して、余った分でまたパチンコをするとイイというカスのマネーロンダリング(マネーロンダリング自体カスだけど)の話をされ、トキメキは何処へ。右から左へ聞き流していたら、あ、時間だと海太君が言った。
「なんだもう終わりかぁ」
「良かった…」
花束から花を取りだして海太君に渡し、店を出ると藤原さんが立っていた。
「…お願いします…」
両膝に手を添えて、顔だけこっちを見て腰を曲げる姿は何かに似てると思ったら工事現場の看板だ。
「お願いしますね」
「と、とりあえず僕についてきてもらって…いいですか…」
「はい!」
着いた先はゲームセンターだった。
「シェムさんから…お金預かってるんで、気にせず…遊んでください…どれからやりますか」
「私…UFOキャッチャーやりたい!」
「行きましょうか…」
奨学金に追われる身としては、UFOキャッチャーのようにほとんどギャンブルに近いゲームをする事はできない、やめ時が分からないからだ。
「あのぬいぐるみがいいです!」
私は藤原さんの腕を引っ張って、UFOキャッチャーの前に来た。こんなゲームするの、高校生ぶりだ。
「…普段UFOキャッチャーとかするんですか」
「やってないですねぇ最近は。高校生の時以来です。バイトの給料出たら、家に少し入れて、後はゲーセンに使ってました。今はそんな余裕もないけど」
「…僕も高校生の時よくやってました…楽しい、ですよね、ムキになっちゃうけど」
「めっちゃ分かります」
藤原さんが可愛らしいポーチから100円を取りだして入れた。
「取れない!?」
「…取れませんね」
なかなかこのぬいぐるみが取れない、横に逸れたり、出口まで来たかと思えば遠くへ行ったり…。
「だー!イライラしてきた!」
「…ちょっとやらせてください」
藤原さんが私に変わってレバーを握った。長い前髪から集中している目が見える。私もぬいぐるみが取れるかドキドキしてきた、これって間違えてトキメキにカウントされないかな、大丈夫かな。
「…おお、キタッー!!!」
ゲーセンだと言うことを忘れて喜んだ、藤原さんの巧みな技術によりなんと2回でぬいぐるみは私の元へやってきた、思わず藤原さんとハイタッチをしてしまった。
「喜んでくれて嬉しいです…」
「おにーちゃん」
少し下から声がした、6歳くらいの男の子が藤原さんをうるうるとした目で見つめている。
「ど、どうしました…」
目線を合わせる為に藤原さんがかかんだ。
「ぬいぐるみ、とれないの…」
「おおおおいけいけいけいけ!!」
男の子のぬいぐるみを取る為、藤原さんがレバーを握った、私は応援係。
人のを見るだけでもかなり楽しいし、アツくなってしまう。
「ここのアームがなぁ…」
藤原さんがボソボソ言いながらも一生懸命だ、知らない子どもの為にここまで出来るなんて、優しい人だと思う。
「…取れた!藤原さんすごい!」
3回ほどでぬいぐるみが取れた。男の子に渡すと、ありがとうと微笑み、別のゲームがある場所へ消えていった。
「…あ、時間…栞さん、すみません…」
「私、楽しかったです、ありがとうございました!」
「…ついついほんとすみません…」
「そんな謝らないで、本当に楽しかったんですよ…それに」
「…はい?」
「藤原さんって、優しいんですね。」
私は花を藤原さんに渡した。
「…そんな事は…ないですよ。あ、外まで送ります」
2人で外に出ると、見覚えのある高級車が路肩に止められていた。
朗らかとしていた気持ちが一気に冷めた。
「それじゃ…僕はこれで…」
「はい、ありがとうございました」
すると、高級車から河野さんが降りてきた。だと思ったよ。
「Hey〜そこのGirl」
「…」
「ドライブしよ?」
小首をピサの斜塔のように傾げた、そのまま折れてしまえ。
「結構です」
とは言ったものの、高級車の中身は気になるので仕方なく乗ることにした。
「安全運転でお願いしますね」
「勿論。横にお姫様が乗ってるからね」
高級車の中ってこんな感じなのか…、なんか色々、あるな…ロボットアニメみたいだ。
「甘い匂いが…」
「それムスクだよ、港区の香り」
「港区って磯臭いかと思ってました」
「栞ちゃん…港区は漁師町じゃないんだよ。」
車が動き出した、静かな出だしだ。軽トラとは違う。
「そういや、さっきヤズとちょっと会ってさ。珍しく落ち込んでたよ。あいつなんかやらかした?」
「ヤズ瑛さんがやらかしたというか、私が真実を知ろうとしたのが悪かったのかもしれません」
「え…え?」
「あ、前見て前」
「あと犬のうんこでミステリーサークル作るとか言っちゃったし」
「ん?」
「前見てください」
「栞ちゃんって」
しばらくして、少し広い道に出た。
「年上と年下だったらどっちが好み?」
「んー、考えた事ないですね。正直話が合うならどっちでも」
「同年代は?」
「年齢近くても合わない人は合わないんで」
「俺栞ちゃんのそういうとこ好きだよ」
「…急になんですか」
「照れてる?」
「いえ。」
私はキッパリ否定して窓を見た。東京の町は複雑なのに、よく運転出来るな。河野さんは変なヒトだけど、やっぱり頭はいいんだろう。
「つれないなぁ」
余裕そうにハンドルを回す姿がうっとおしい。
「ね、今手握ったら怒る?」
「怒りはしませんけど、署に駆け込みます」
「冗談だよ、照れちゃって可愛いね」
穴があったら隠れたいと言うよりかは、穴があったら入れたい、こいつを。
「あ、そうだ、心理テストやる?面白いのあるよ」
「いいですね」
「じゃあ…あなたは魔法を使って自分の足を速くしました、100mを何秒で走った?」
「うーん、2秒とか…?」
「はっや!」
「魔法使ったのに6秒とかだともったいないですよ。で、これで何が分かるんですか?」
「なんだと思う〜?」
「教えてくださいよ!」
「ドライブが終わったらね、じゃあ次、あなたは繁華街で信号待ちをしています。歩道の先で待っている人の数は何人いますか?」
「んー…1人」
「ほうほうほうほう…」
「やめてくださいのそのハトみたいな相槌」
「じゃあ次、貴方はトンネルを歩いています。トンネルの先に人がいました。その人は誰?」
私は頭にトンネルを歩いている自分を想像した、でもトンネルを歩く機会なんてそうそうないし、そもそもトンネルは車かバスで通るもんだし…答えづらいな。暗い中を1人で歩いて、前を見たら…。
「…あれ、河野さん。」
「ん?どうした?」
「これ、煽られてません…?」
考えるついでにサイドミラーを見ていて気づいたが、やけに後ろの車が近いし運転手の顔が怖い。
「えマジ?」
「なんか近い気が…」
私はなんとなく左を見た。
「河野さん、横からも煽られてます!」
「運転しづらいなとは思ったけど!」
車校に通ってない私でも分かるレベルで車体が近い!どうしてこんなに煽られているんだ。
「JA○呼ぶ!?」
「呼んだとて!逃げましょーよ!」
「ムリ!周り結構車いるから!だからバイクの方が良いんだよ!もー!」
「私中指とか立てましょうか!?」
「更に煽られるよ!」
下で待機していた中指を河野さんに抑えられた。
「あぁ…前からも煽られてんな、進むの遅いし」
「そんな煽り方あるんですね」
「さぁどうするかなこれ」
「河野さん!左撒けました!」
「俺のドライビング・テクが光るね」
「なんですかそれ」
「ドライビングテクニックの事だよ」
「あ、はい」
大方撒いたようだけど、1台だけ執拗に離れない。東京の街を知り尽くした河野さん相手に中々やると思う、私なら曲がり角を曲がったら見失う、こんなごちゃごちゃした道…。
「1台だけ、ずっと着いてきますね」
後ろを見て運転手を確認すると、如何にもな強面顔。
河野さんは人目の少ない路肩に車を停めた。
「大丈夫、栞ちゃん事は俺が守るから」
私の頭をポンと撫でてきたので振り払った。
すると、河野さんは覚悟を決めたように息を飲んだ。
「ま、まさか、真っ向から向かっていく気ですか?!運動神経悪いのに」
「栞ちゃん」
河野さんが私の唇に人差し指をあてた、なんかさっきからこの人、行動が図々しいな…。
「運動神経悪いのには…余計だよ」
運転席側の窓をコンコンと叩かれた、見るとあの強面だった。
河野さんは、シートベルトを外した。強面は河野さんが降車するのを見越してドアから離れた。
「河野さん、待っ」
「ok、LET'S GO!!」
「え!?」
鼻から降りて話し合う気など無かったであろう河野さんは勢いよくアクセルを踏んだ。
「やっぱそうですよね」
「あんなのとマトモに話せねーよ」
河野さんはシートベルトを付け直して加速した。
「窓開けていい?」
「どうぞ」
「爽快な気分!ふはははは!!」
「…」
まぁ河野さんらしくていっか。
「栞ちゃん、なんかごめんね、せっかくのデートだったのに」
「ワイルドスピー○みたいで楽しかったですよ」
私は少し落ち込んでいる河野さんに花を渡した。さっきまでの元気はどこ行った。これで花束は分解され、全て4人の元へ渡った。
「お待ちしておりました」
階段の方を見ると、談笑している3人がいた。
「皆さんいたんですね」
私が声をかけると、各々階段を降りてきた。
「さぁ…見事栞さんのハートを射止めた王子様は誰なのか…!」
「天使、ちょっと待って!」
「はい?どうされました?」
「…最後に1人選ぶの忘れてた」
「では駐車場の隅で考えてきてください、時間は3分です」
私は駐車場の隅へ小走りで向かった。
そうだ、何故か煽ってくる車とのカーレースが思ったより楽しくて、完全に忘れていた…。
「栞、まだ決まらないのか」
横にシェムが現れた。
「決まんないよ、皆結構楽しかったし…」
「そうか。じゃあアドバイスを1つやる」
「なになに?」
「誰といる時の自分が1番リラックスできたか、今回はそれを基準にしてみるといい。」
「リラックス…か…あ、じゃあ…」
「心は決まったようですね。それでは、3人の王子様は目をつぶってください。栞さん、王子様に選んだ方の腕を取って、上にあげてください」
「うん」
私は目をつぶっている3人の前に立った。
「…王子様は、この人!」
「…俺!?」
私が選んだのは河野さんだった。
「な、なんで俺?…デートも煽られたせいでめちゃくちゃだったのに…」
「でも、時間忘れる程楽しかったし、リラックス出来ました。」
「うわー!煽られて良かったー!」
「いやそれはちょっと…」
「じゃ、じゃあさ…」
河野さんが私に近づいて、耳元で
「ヤズより、俺の方が良かった?」
「いえ。煽られてなかったらヤズ瑛さんを選んでました」
河野さんは黙ってしまった。
「では皆さんが栞さんから貰った花を集めます」
天使が選ばれなかった2人から花を貰い、後ろを向いて何かを始めた。
「よいしょ、よいしょ…では河野さん、先程の花を私にください」
何故かまた落ち込んでいる河野さんが花を天使に差し出した。すると、また後ろを向いて何かを始めた。気になって覗こうとした時、
「できました!」
最初とは少し違った花束を天使が持っていた。
天使はそれを河野さんに渡し、それを見たシェムが指パッチンをした。
「あれ?花の様子が…」
「進化中か」
河野さんは落ち込んでいるというのにヤズ瑛さんへのツッコミのタイミングだけは逃さない。
花束からモクモクとドライアイスのような煙を出したあと、さっきまであった色とりどりの花たちが、そのまま札束に変わっていた。
「えー!?」
私は思わず大声を上げた!
「王子様に選ばれた河野さんには特別インセンティブです!」
「ちょっと待って!」
「ど、どうされました栞さん…」
「あの花束、私が最初に持ってたね」
「はい…」
「…じゃあ、あの花束私のもんじゃない?」
「何を無茶苦茶な。栞さん、しっかりしてください!」
私は理性が抑えられず、花束だったものを握った。
「…千円が、千円がいっぱいある!!」
「落ち着いてください栞さん!」
「千円が、千ー!!」
「栞ちゃん!落ち着いて!たかが千円だよ!」
とは言いつつもしっかり札束から手を離さない河野さんに嫌気がさす。
「たかがならくれー!!」
「アホか」
私はシェムに頭を小突かれた。
「はっ…」
なんとか正気に戻った私は、河野さんに謝った。
「すみません…千円見ると、理性が」
「そりゃ…すごい大変な、体質?だね」
河野さんの身の危険を案じたのか、札束は天使によって回収され姿を消していた。
天使が解散を告げた後、河野さんは成増が終わったら何処にでも連れて行ってあげるからと言ってくれた、さっきあんな目にあったのに、なんだかんだ優しい人だ。
ヤズ瑛さんも、またフリスビー投げてよと喋れるようになった犬みたいな事を言って戻って行った。
藤原さんは軽く会釈だけして戻った。引かれたかな…。
最後に残った海太君は私をじっと見つめて、
「栞ちゃんにギャンブルの才能は無いね…。ギャンブルってのは、金より勝利を優先する者が、常に勝ち続けるもんなんだよ」
と言って戻った。なんだったんだ…。
「いやしかし、一理あるな」
シェムが去っていく海太君の背中を見て言った。
「ないでしょ。」
「三理ぐらいあるぞ。気の利いた一言でも負けた男に言えばいいのに、ましてや札束を持つ河野に飛びつくなんて…。折角のチャンスを無下にしたな。」
「あ、そうか。トキメキは換算されてるから…」
「な?三理あるだろ。もっとここを使え」
シェムは私のおでこを指でつついた。
「精進します…」
部屋に戻ると、どっと疲れが。
ソファに身を任せて一息ついた。