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蹴りたい高級車

土日休めてリモートワーク可なんて、割と良い会社だよね。手取りが15万でも文句言えないよね。

春にしては冷たい風に煽られて、ため息のひとつでも零したくなる。

青いだけの空が腹ただしい。今気づいたけど、空って雲が無かったら地味なんだな。

あぁ、今日もベランダから見える高級車がウザイ。わざと音を立ててベランダのドアを閉めて、ソファ勢いよく寝転んだ。

あの車、そろそろタイヤに穴でも空けてやろうかな。

「栞さーん、また何かよからぬ事を考えてますね」

ソファで寝転ぶ私の上に天使が現れた。

「来やがったな」

「ええ、今日もイベントがありますよぉ。なんせイベントが無いと皆さんは会う事すら出来ませんからね。まるで、おりぼしとひこひめのよう…」

「逆逆逆。織姫と彦星。」

「私はこの世界の物語に大して疎いんです…、勉強しておきますね」

「志高くていーじゃん」

「オススメはありますか?」

「浦島太郎だね」

「なんですか?それは」

「浦島太郎って言う男が、カメを助けてジジイになる話だよ」

「何がどうなってそうなるんですか?」

「昔話も色々あるけど、あれは飛び抜けてイカれてるね」

「あ、そんな事より!」

「きっかけお前じゃん」

「今日のイベントはBBQですよ!」

「まともなイベント!」

私はソファを飛び起きた。BBQなんて、した事がない。ビールのcmぐらいでしか見た事がない。

私からしたら、BBQはUMAと同じだ、未確認生物ならぬ、未確認行動だ。

「13時に駐車場にお願いしますね」

「りょ」


体温調節が出来る赤白のロンTにオーバーオールを着た、BBQするのに動きやすくて我ながら良いファッションだと思う。

この前しっかり反省したのかシェムが来ることは無かった。

ボロい階段を慎重に降りて駐車場へついた。少し待っていると、

「栞ちゃ〜ん、おひさ」

手をさらりと振りながら河野さんがやって来た。

相変わらず腹が立つ出で立ちだ。

青シャツに黒のジーパン、少し厚いサングラス、調べなくても分かる高そうな腕時計。時間を見るだけなのに一体いくらかけてんだよ。

「河野さん、お久しぶりです」

「この前の事なんだけどさ」

サングラスから少し目を覗かせた、なんだなんだ、領域でも展開するのか?

「はい?」

「…栞ちゃん、ぶっちゃけ俺の事もう好きでしょ?」



「栞ちゃん、久しぶり」

次はヤズ瑛さんが来た。彼は長身だからギシギシと、階段が音を立てている。そんな耐え忍ぶ階段の努力などお構い無しに降りて来た。

「ヤズ瑛さん、お久しぶりです」

「ん?…なんか河野、形変わった?」

ヤズ瑛さんは河野さんを一瞥して言った。やはり幼なじみの絆は厚い。こんな少しの変化に気づくなんて。

「手持ち扇風機で前髪崩された…」

火起こし用に持ってきた扇風機がまさかの活躍だった、集中的に風を当てれば、ムカつくセンター分けはアホ毛の林に大変身。

「またなんか言ったんだろ。てか、今日の栞ちゃん、アレに似てるね…」

「え?なんですか?」

「アレ、なんだっけ…ここまで来てるんだねどね…」

「広瀬す○ですか?姉の方ですか?それとも浜辺美○ですか?」

よくよく見てみると、ヤズ瑛さんは自分の膝を指さしていた。

「あんま来てないじゃないですか」

「あ、思い出した」

「なんですか?」

「楳図かず○」


「栞ちゃん、ひさ…ん?」

私はありったけの憎しみ込めて、また手持ち扇風機でヤズ瑛さんの明らかにオダギリジョーを意識したヘアスタイルの分け目を変えた。全盛期のふかわりょうのようにしてやった。

「なんか違うんだよな2人とも、アハ体験みたい」

駐車場に降りてきた海太君が戸惑っている。

「栞ちゃんごめんってば、楳図かず○が禁句なんて分からんくてさ」

「あの講座やってくださいよ」

「どの講座だよ…」

分け目を戻そうと手を右往左往させている、滑稽だ。

「どんだけ頑張ったって、今日一日中ふか○ですよ」

「河野さんは何をやらかしたんすか?」

「俺は何もやってないよ、栞ちゃんの可愛い照れ隠しのせいでこうなった」

「タイヤに穴ぶち空けますよ」

「許して…」

「さぁ皆さんお揃いですね!」

天使がポンッと音を立てて現れた。

「藤原さん来てないよ」

私が言うと天使は杖で移動用の車を指さした。

「皆さんがわちゃわちゃしてる間に乗りました」


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「もう楳図かず○なんて言わないよ絶対」

助手席に乗ったヤズ瑛さんがしつこく謝って来た、槇原敬○か。

大の大人がこんなにも申し家なさそうにしているとさすがに可哀想に思えてくる。

「…お肉焼いてくれるなら許してあげますよ」

「焼くよ!焼く焼く!めっちゃ焼く!」

放火魔みたいなテンションだ…。

「ならいいですよ」

「BBQできるってラッキーだよな、しかもタダで」

「こんな機会そうそうないからね、大事にしなくちゃ」

海太君と話していると、河野さんが

「でもタダ程怖い物は無いよ」

と、いつもとは違い落ち着いた声で言った。

「港区で何か見たんですか?」

私は恐る恐る聞いてみた。

「致死量のトイプードル…キャー!」

ふざけた答えに溜息しか出なかった。


のどかな緑が広がる広めの公園に降ろされた、既に焼く場所の準備がされており、テーブルの上には飲み物や紙コップ、紙皿や割り箸などが置かれていた。

「めっちゃサービスいいじゃん」

私が言うとまた音を立てて天使が現れた。

「実はまだ準備が終わってないんです、すぐに終わらせますから、皆さん30秒間だけ目をつぶってもらっていいですか?」

大人しく言うことを聞く事にした。

「…よし、準備終わりました。目を開けていいですよ。」

「あちらをご覧下さい」

目を開き、指定された方向を見ると、黒い布を被せられたなにか大きな物があった。

「なんだあれ…ん?ヤズと海太君がいない!」

ばっ、と黒い布が引かれた。なんとそこには…

「んー!んん!!」

椅子に座らされて、口をガムテープで塞がれ、腕を後ろで縛られたヤズ瑛さんと海太君がいた。

「ウワッー!!!」

キャー!なんて声は出なかった、大の大人が身動き取れない状態にされているのがこんなにも恐ろしく見えるなんて…。

「お、落ち着いてください!」

「落ち着けるかッー!!」

私が叫ぶと、何処からかシェムがやって来て、ボールを渡してきた。

「何?何事?」

「ただのBBQをやる訳がないでしょう、今日のBBQは題して!ストラックアウトで当てたものしか食べられませんBBQ〜!」

「…そのままじゃん、もっと捻りなよ」

「あ、はい…」


落ち着いて天使から説明を受けた。

「そっか、この前のバスケで2人とも運動神経良いのがバレちゃったんだ」

「そうです、一応略歴は見させて貰いましたが、まさかあそこまで出来るとは思わなかったので」

「32年間生きてきた中で1番キツい光景だよ…」

「32歳なんですね」

「そうだよ、26ぐらいに見えるでしょ」

今の今まで散々友人の変わり果てた姿にショックを受けていた癖に振り返って自信満々に前髪を撫でやがった。何度撫でたって前髪は戻らないぞ。

「いやもっといってるかと思いました」

「栞ちゃん…」

「あちらをご覧下さい」

指定された方を見ると、また黒い布に覆われた何かがあった。その隣に立つシェムが勢いよく布を剥がした。

隠されていたのはストラックアウトの的だった。恐る恐る近寄った、後ろを振り向いてみると、河野さんも藤原さんも動こうとしていない、腰抜け共め。

的になにか書かれている。

「…ごはん、タピオカ…、わたあめ…?キャベツ、肉!、パンケーキ…、ウィンナー、クレープ…、ミルクティー」

「一生懸命考えました!」

天使が胸を張って言った。一生懸命考えて、コレ?

「なんでBBQか原宿かの二択なの?」

「頑張ってくださいね〜!それでは」

「栞ちゃーん、なんて書いてる?」

遠くから河野の野郎が人任せにして来たので、私は真ん中あたりのわたあめの文字を指さした。

「見えませーん!」

「視力検査か!」


「いいか、ボールを投げる位置はここだ。ボールは3つあるから仲良く使えよ」

芝生の上に引かれた白線をシェムは指さした。的までの位置を目視で確認し、無理だと悟った。

ボールはテニスボール、こんなに小さいボールが的に当たるわけがない。

「河野さん、藤原さん、集まってください…」

またルールの穴を探すんだ、まともにストラックアウトなんてしてたらいつまでも飯にはありつけない。

「ちょっと待った。…栞あまの。お前何か企んでるな」

改めて聞いてみると、私の名前って日系アメリカ人みたいだな。

「な、なにも…でも作戦会議は必須でしょ?」

「ルールの穴なんか探すなよ?」

見破られてる…やはりこいつにも、あの天使と同様にメンタリズムの力が…。

「栞ちゃん。たかがストラックアウトだから。テキトーでも大量に投げてりゃいつか当たるよ」

「投げれる回数は1人3回までだ」

「無理だった」

河野さんが乾いた笑いを零した、時間も時間だし、かなりお腹がすいている、一刻も早く何か口に入れたい…。タピオカでもいいから…。

「…誰が1番最初に投げますか…」

久しぶりに藤原さんが喋った、

「ここはジャンケンで決めましょう」

結果は藤原さん、私、河野さんの順番になった。

「…僕が、トップバッター?」

私はテーブルの上に置いておいたボールを取り、藤原さんに託した。

「私お腹すきました!頑張ってください!」

「えっ…えぇえ〜…」

藤原さんが位置についた、的との距離はおそらく3m、割と優しめな設定だ。天使の譲歩と少しの情けが見える見える。

勢いよく振りかぶって…投げた!が、ボールは真っ直ぐ下へ落ちていった。あんな軌道を描くことってあるんだ。

「ドンマイドンマイ!」

河野さんが藤原さんを慰めた、私もあと2回ありますから!と言った。

そして2回目、勢いよく振りかぶって、投げた!ら、ボールは的の直前で失速しこれまた地面へ。

「ああもう嫌だ…」

藤原さんが頭を抱えてしまった。

「藤原さん、大丈夫ですよ。タピオカとかクレープ食べずに済みました。」

「…栞さんは前向きなんですね…」

「そう考えた方が楽じゃないですか、前向きと言うよりか、楽な方へ楽な方へ、って感じです」

藤原さんは頷いて、ボールを取りに戻って、また投げた。

「お!当たりました!…タピオカに」

的は9個、投げれる数は残り6回しかないのに、タピオカ。

私は数年前にリエちゃんからそろそろ感情を理性でコーティングしようねと言われたので、あからさまな反応はしない。藤原さんが可哀想だ。

「…タピオカなら、ミルクティー当てたいなあ〜!」

「タピオカ!?藤原さん、ヤバいよ!」

河野…テメェ。

「す、すみません…」

「まぁ俺が肉くらい食わせてやるからさ」

河野さんがトントンと肩を叩いた、あれは戦力外通告だ。

とぼとぼと歩いて、テーブルに戻ってきた藤原さんが小さく見える。

何か励ましの言葉でもかけた方がいいかな。

私は小走りでテーブルの方へ向うと、視界にボールに入れられた大量のタピオカが入ってきた。

それを藤原さんは物憂げな顔で見つめている。

何もかける言葉が出てこない。

「んー!んー!」

少し遠くからくぐもった叫び超えが聞こえた、ヤズ瑛さんと海太君だ。

「…何か言いたい事でもありそうですね…」

「私行ってきます」

タピオカから逃げ出したい一心で2人のもとへ向かった。

もしかしたら、アドバイスの1つでもくれるかもしれない。

私はヤズ瑛さんと海太君の口のテープを勢いよく剥がした、ノリが残ったら可哀想だし。

「いたっ」

「うっ」

「どうしました?何かアドバイスくれるんですか?」

「いや、煙草吸いたいんだよね」

「オレ背中痒い!」

「あ、分かりました」

私はシェムに頼んでガムテープを貰い、2人の顔にぐるぐるに巻きつけた、これでしばらくは大人しくなるだろう。

さっきはあんなに怖く見えたのに、必要に駆られれば自分もこんなあっさり加害者側に回れるんだと、自分の順応性の高さに少しばかり驚いた。


戻ってきたらストラックアウトの前で河野さんがうーんと唸っていた、

「どうしたんですか?」

「いや…ぜんっぜん当たらないから仕掛けでもあんのかと」

「種も仕掛けもない、ついでにお前の運動神経もない、ただそれだけだ」

シェムのジャブがあまりにも重たい。

「ちなみにあと何回残ってるんですか?」

河野さんは黙った。

「おーい、何回ですか?」

真剣にストラックアウトの的を眺める河野さんの顔の前で手を振ってみるが無反応だ、まさか…

「全部投げたんですか?」

「…はい」

「1個も当たらなかった?」

「部分的にそう」

「アキ○ーターで誤魔化してもダメですよ。あと3回で私がごはんと肉当てないといけないのか…」

「ルールの穴を…」

「今回ばかりは無理ですよ、前あんな事やっちゃったから監視の目も厳しそうだし。諦めてタピオカ食べてくださいよ」

河野さんはとぼとぼテーブルまで戻った、哀愁がそこら中に蔓延している。

テーブルへ目をやると、相変わらず藤原さんは物憂げな顔でタピオカを見つめていた。

私は的の前に転がっていたボールを手に取り、位置について思い切り投げた。たった3mしかないというのにボールは届かない。

ボールは申し訳なさそうに地面に引き寄せられた。

「はぁ…」

本来の目的を訳の分からないゲームのせいで忘れてしまいそうだ、ばかすか稼いで早く奨学金を返して姿勢を良くしたいのに。

「これじゃいつまで経ってもまともな食事にはありつけんな」

シェムが言った。

「私が餓死したらシェムのせいだよ」

「人間は1日食べなかったぐらいでは死なないはずだ」

「死ぬ!心が!」

すると、さっきまでテーブルにいたはずの河野さんがいつの間にか2人の所に近づいていた。

私と目が合うと、シー!シー!と人差し指を使って私を口封じしてきた。

なるほど、彼のやりたい事は分かった。

「…シェム、アドバイスちょうだいよ」

私はシェムの監視を逸らす為に小芝居を打つことにした。

運がいい事にストラックアウトの的はヤズ瑛さん達が縛られている椅子の向かいにある。

その間に原宿テーブルがあり、藤原さんが切なげにタピオカを眺めている。

シェムが後ろさえ見なければ、この作戦は成功する。

「アドバイスか。いいだろう、くれてやる。」

「私投げるの苦手でさぁ」

地面に転がるボールを取るついでに河野さんの方をチラッと見た。

ガムテープを取るのに苦戦している、ヤバい、私のせいだ。

しかし頑張ってもらうしかない。どうやら藤原さんも勘がいいようで何かに気づいたようだ。

彼も足音を立てないように2人の元へ向かった。

ここは私の力量が試される、シェムに疑われる事があってはならない、幸い彼は私達がゲームを諦めたと思っているようで完全に安心しきっている。

「いいか、ここで腕を捻るんだ」

「こう?」

「あぁ、っと、ほんとに投げるなよ。ゲームの意味が無い」

シェムが私の手を握って止めた。

「…バレちゃった?」

早く早く、後ろ向いちゃう。

「そういえばあの2人はまだタピオカを見てい」

後ろを向く流れだ。

「私を見て」

「…なんだ、お前何か小賢しい事を」

「凄く緊張してるの、分かる?…シェムだけが頼りなの。BBQも初めてだし、ストラックアウトなんてやった事ないし、それに、男の人とこんなに近くで喋った事無くて…」

「おいそういうセリフは俺じゃなくて」

「オラァ!」

ヤズ瑛さんの声が横からした、何故かちゃんとルールを守り、線がある位置からボールを投げた。

「だと思ったぞ」

シェムが手を伸ばすと、ボールは動きを止めた。

天使ってこんなこともできるんだ、あぁ、終わりだ、監視がもっと厳しくなる…。

ズルできなくなっちゃう!このままじゃタピオカだけ眺めて一日が終わる!

シェムは私の肩に手を置いて講釈を垂れ始めた。

「栞あまの、お前はツメが甘いな。大体突然上目遣いで甘えだすのもおかしいし、それに」

「ゴー!」

シェムが喋っている間に海太君がボールを投げた。

「なっ」

見事に肉にヒットし、私達は歓喜の声をあげた。


「最初っからああしとけば良かったわ」

2人は積極的に肉を焼いてくれている。

木の下で黄昏ているシェムにも肉を分けに行くと、俺はいいなんて生意気言うので無理やり口に突っ込んでみたら大人しく食べ始めた。

テーブルに戻ると、ボン!と音がして天使が現れた、不服そうな顔をしている。

「なぁに、なんか文句あんの?」

私が聞くと天使はうー、と唸った。

「あのシェムを欺くとは。中々のヤリ手ですね…」

「いやめっちゃチョロかったよ」

天使は木の下にいるシェムの方へ飛んでいき、ガミガミとお説教を始めた。

「シェム!たかが人間相手にムキにならないで!」

たかが、なんてつけるな聞こえてるぞ。

「すまん…」

「すまんで済めば地獄はいらないんですよ」

ごめんで済めば警察はいらないの天使バージョンだ。妙に迫力がある。

「あー、肉うめぇ」

海太君が噛み締めるように言った。

「んね。肉なんて久しぶり」

「栞ちゃん肉食わないの?」

「うん、あんまり、最近は鳥のそぼろくらい」

「ダイエットかー」

「いや、高いから。他の肉は」

「…不景気だな、今度焼肉奢るよ」

「マジ?!」

「パチンコに勝てばな」

「…」

私が黙り込むと隣にすっと河野さんがやって来て

「港区には金粉が乗った肉があるよ…」

と囁いてきた。

「今度連れて行ってあげ」

「えっ不味そう…あ、ごめんなさい」

「栞ちゃんは金粉に興味無いんすよ」

「金にはありますけどね」

天使はまたこちらに戻ってきた。

「これだけじゃつまらないので、またゲームを追加します」

と。もう肉食うだけで終わらせてくれ。

トキメキなんかより今は肉なんだよ。

噛めば口の中でとろける肉、タレと混ざりあって、ひとしきり旨味を楽しんだら飲み込んで…

「次の的は栞さんです」

「ゴホッゴホッ」

どういう事?思わずむせてしまった。

「モラル的に大丈夫なの?」

思わず私が聞くと、

「モラルなんて気にしてたら面白いものは作れませんよ」

と天使が微笑んだ。


「的ってそういう事ね」

私はさっきまでヤズ瑛さん達が縛られていた椅子に座らされた。そしてよく分からない謎の機械を右手に持たされた。

ルールは簡単、私がときめくようなセリフや言動をすれば、機械が反応して乙側に甲側からの金が入る。つまりはダイレクトな金銭争いだ。

「1人2回までのチャンスですよ、さあ、最初にどなたから行きますか?」

「じゃあ俺から」

ヤズ瑛さんが手を挙げた、この人こういう時早いんだよな。自己紹介の時でもそうだった。

「…」

つかの間の静寂が当たりを包み込んだ、

「ん?ヤズ瑛さん?」

「…ああ俺か!あれ?何言うんだっけ」

「ヤズ、悪い事言わないから、これ終わったら病院行けよ」

「ヤズ瑛さん、栞さんが胸きゅんするような一言を言うんですよ…」

「あーそうだったそうだった」

「ごめん、俺先行くわ」

河野さんが手を当げてトップバッターは変わった、そっちの方が良いと思う。

「では…よーい、アクション!」

「栞ちゃん」

何を言われるんだろうか、別の意味でドキドキする。

「俺の年収は1000万超えてるよ…」

「ないわ」

「嘘じゃないよ…」

そういう意味じゃないし。

完全に金だけで動く女だと思われている、心外だ。こんな一言じゃ胸きゅんどころか胸糞ぎゅんだ。

まぁ金の為にこんなゲームに参加したんだから、そう思われて当然か。

私達は所詮同じ穴の狢とやらだ。どれだけ甘い言葉を吐かれようとその事実は揺るがない。

「…機械反応無し。では次ヤズ瑛さん」

ヤズ瑛さんは私の目の前に来て、大きな体を縮こませた、2つの真剣な瞳が私を捉えているのが分かる、体に緊張が走った。

「よーい、アクション!」

「…」

ヤズ瑛さんはしばらく私を見つめてきた、それが作戦か…?

思わず身構える。この人、見た目だけは本当に良い、壊滅的な頭の悪ささえなければ、水で薄めたオダギリジョ○だ。

芸能界にいたら一世を風靡していたかもしれない。

「…あれ、何言おうとしたか忘れちゃった」

前言撤回。

「病院に行ってください…」

天使が頭を抱えて呆れている。

「ヤズ、お前俺以下だよ」

「あれ?藤原さんは?」

さっきまで海太君の後ろで震えていた藤原さんがいない、

「…テーブルの下です」

天使がため息混じりに言った。

「ゲームに参加する気は無いようですね。このままだと彼抜きで2週目に行きますが。まぁ、良しとしましょう」

私は席を立ち上がって藤原さんの元へ向かった、体調でも悪いのかもしれない。

「藤原さん?体調悪いんですか?」

「ヒッ、あっ、いや…」

「ゲームに参加しないんですか?」

「…」

何も言わずに黙り込んでしまった、とりあえず体調不良では無さそうで安心した。

「待ってますからね」

そう一言置いていくと、藤原さんはこくりと頷いた。

椅子に座ると、海太君が片腕を回しながら近づいてきた。

やる気に満ちているようだ。それもそのはず、彼はパチンカスだから手に入れた金は全てパチンコにbetしたいんだ。

パチンカスのパチンコにかける情熱で将来的に発電できるようになるとリエちゃんも言っていた。

「準備はいいですね、それでは、よーい、アクション!」

海太君は私の前に、誓いを立てる騎士のように膝を立てて座り、

「シンフォギアアアアアアアアア!!!」と叫んだ。

「帰れー!!!」

叫ばれたら叫び返してしまう、それが私の習性だ。ちなみにこの前も駅前で知らないおっさんと怒鳴りあったばっかり。


結局藤原さんは来なかった、2週目もヤズ瑛さんはセリフを忘れ、河野さんは自分のつけている時計を指さし一言、40万とだけ。

海太君は今度はよく分からない曲を歌っていた。

多分パチンコで流れる曲だと思う、ほんと体の頭から足まで全部パチンコで出来ているんだな。私はパチンコなんてしないから分かるわけが無いのに。

「藤原さんは…棄権でいいですかね」

「ちょ…ちょっと待ってください!」

藤原さんが戻ってきた、逆に今までどこに行っていたんだと言うくらい髪や服が乱れている。

「やらせてください…」

「丁度いいタイミングです、さぁ、どうぞ。」

藤原さんは震えながら私の前に立った、背中になにか隠しているようだ。彼は座り込み大きく息をついた。一体何が始まるんだ。

「よーい、アクション!」

そして彼は何も言わず、雑誌を後ろから取りだした。手が震えている、緊張しているのだろうか。

「し、栞さん…」

「はい…」

すると、雑誌をぎこちなく開いて逆方向に半分に折った。あの形は、

「あ、ハート。」

「ピピピピピ!」

「機械反応アリ!藤原さんおめでとうございます!」

「栞ちゃんってそんなのでいいんだ」

「河野さん…そんなのって。金持ちアピールよか何倍もマシですよ。」

「藤原さん凄いね、その雑誌はどっから?」

ヤズ瑛さんが息を荒くしている藤原さんに聞いた、

「…このままじゃダメだと思って、シェムさんの所にアドバイスを貰いに行ったんです、そしたら、雑誌をこう…1つに折り曲げて持ってるとこ見て…そこから閃きました…」

「はー、賢いねぇ」

「ありがとうございます…」

うん、結構グッときたし、きゅんとした。

なんか可愛いというか?いじらしいというか?

「栞さん、ぽわっとしてる場合じゃないですよ。乙側に入る金は甲側から来てますからね」

「つまりそれって…私の金?藤原さん、私の金取ったって事?」

「いや…それには語弊が…」

「返せー!!」

雑誌折り曲げてハート作られただけでキュンと来た自分に腹が立つ。

藤原さんを好きなだけ追いかけ回してやる。

「ごめんなさぃ〜!」


芝生を駆け回ると、草がもたついて足が取られるのか異様に疲れた。

2人でゼイゼイ言ってると、イキがいいなと言ってシェムが近づいてきた。

「おっと」

歩き出そうとしたら、上手く右の足が出らず、意図せずシェムにより掛かってしまった。

「あ、ごめん」

「構わん。」

シェムの向こうにクタクタになって体育座りをしている藤原さんがいた。

「ねぇ、シェム」

「なんだ」

「疲れた時のドキドキと、ときめいた時のドキドキって、こう…似てるから、いい感じに作用してさ…」

「いや、無理だぞ、全く違うからな」

「はぁ…」

少しの希望を込めて言ってみたが、疲れさせるだけではダメみたいだった。


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「今回のMVPは藤原さんだね」

駐車場に着いたら明日は仕事だ大学だと他の3人は早々に帰って行った。時間は進まなくても体の疲労は変わらない。

2人だけになった駐車場でヤズ瑛さんが私に寄ってきた。

「まー…そうですね。私は納得いかないんですけど…」

なんか、近くない?大きいからそう見えてるだけ?遠近法?

「栞ちゃん」

少し上から声が聞こえた。

「はい?」

「俺がホントにセリフ忘れたと思ってる?」

「えぇ?まぁそりゃ、ヤズ瑛さんですもん」

「あれ嘘だよ。」

「え、なんでそんなわざわざ」

「ゲームの内容が一方的過ぎてフェアじゃないかなーと思ってさ。」

えぇ…何それ…。私の事気遣ってくれたって事…?

「次はマジでやるよ、じゃあね栞ちゃん、また来週」

1人残された駐車場で、私の心臓は激しく高鳴ってしまった。

高級車に対して思わず足が出そうな程。


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