表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

つつけ重箱の隅

河野さんが宣言通り引っ越してきてから、場違いな高級車が殺風景だった駐車場を彩った。

あそこだけ別世界。小さな港区だ。ベランダから見て思った。

光合成も飽きたので部屋へ戻ると、天使がいた。普通に不法侵入だ、こいつよくよく考えてみればこの前から気づいたら私の部屋にいる、人間なら許されない、3年以下の懲役だ。

「おはようございます、早速ですが…」

「不法侵入だよ。いくらそういう力みたいなのがあってもね、人の部屋には勝手に入らない!これが良心であり、モラルなの。分かる?」

「あ、はい…、すみません…」

「ノックからやり直しな!」

「あ、はい…」

天使はふよふよ…と消えた。ちょっと言い過ぎたかな。私のほんの少しの良心が痛む。

コンコンと2回ノックの音が聞こえた、

扉を開けると、案の定天使がいた。

「こんにちは…」

「そう。今度からはそれで来てね、あとノックは3回だよ」

「はい…」

私は反省した不届き者を部屋に招き入れた。

「んで?要件は?」

「あれからどうです?進展はありました?」

「特に何も…まず会う事無いしね」

「ですよね。皆さんがどれだけ頑張ろうと、イベント以外では会う事が出来ませんからね。」

そういややっとこさ入れたアプリにそんな文言があったのを今思い出した。

「なんでわざわざそんなルールにしたの?」

「いかんせん変わり者揃いですからね、ゲームもそれに合わせないと。私もインセンティブの為に気合いが入ってます、これまでとは違う成増・ファム・ファタールを目指すんです…!」

「あっそ、なんでもいいや〜」

「さぁ今夜もありますよ。イベントが!」

「今夜って、何時から?マジの夜?」

「17時からです、準備しててくださいね、待ち合わせ場所は駐車場です」

「りょ…」


夕方になり、準備を始めようとインターホンが鳴った。出るとそこにはシェムがいた。常識が備わってきたらしい。

「入っていいよ」

「お邪魔する。」

「どうしたの急に」

「お前、3つの首って知ってるか」

シェ厶は入ってソファ座るなりそんな事を聞いてきた。

「んー、まず乳首」

「…違う。」

「んー…手首、乳首」

「順番の問題じゃない。手首まで出たらあとは分かるだろう。首に、手首に足の首だ。」

「それリエちゃんから聞いた事ある、そこ出すと異様にモテるって」

「そうだ、香水とやらもそこにかけるといいんだぞ。」

「乳首にかけたらどうなるの?」

「知らん。1人でやってろ。」

「冗談に決まってんじゃん。今から着替えるから!出てって!」

「分かった。下で待ってる」



私は小綺麗な格好をして駐車場に降り立った。おろしたてのワンピースの胸元はv字にご開帳、上に白いカーディガンを羽織り、足元はサンダルで適度に露出させた。そしてリエちゃんが何年か前の誕生日にくれた香水を言われた場所に一振ずつ、本当に大事な時にしかつけないけど、本当に大事な時なんてなかなか来ないし、使ってないのにどんどん量が減っていっている…。

しかしそんな貧困層が出せるめいいっぱいの輝きを高級車は軽く越してくる。1発蹴りを入れてやりたい。我慢ができない、足が出ちゃう。ボーダーラインを超えてしまいそうだ、さっき天使に人の道を説いたばかりなのに…。

「お、かわいーじゃん」

持ち主が来てしまった、挙動が不審になる、蹴ろうとした事バレてないかな。

「…なんか照れてる?かわいー」

髪を撫でるという私の精一杯のごまかしをポジティブな方向へ受け取ってくれたようだ。

「がっつくな」

ヤズ瑛さんが河野さんの肩を軽く小突いた、そうだ、そのまま前髪の比率を崩してしまえ。

「栞ちゃーんおひさ」

手をはらりと振りながら海太君がやってきた。

「海太君。お久しぶり」

「上から見えたんだけどさっきあの車蹴ろうとしてたっしょ〜」

「あっ…あぁ、あはは」

「あれ?図星?冗談で言ったんだけど…」

「いや…あ、藤原さんは?」

「ここに…」

「居るなら居るって言ってくださいよ〜」

誤魔化す為に明るく振る舞った。いつなんどき誰が見ているか分からない、恐ろしい監視社会だ。

「全員揃いましたね!」

天使の溌剌とした声が響いた、

「早速車に乗り込んでください、さあさあ」

全員が乗り込み車は出発した、一体どこに向かっているのだろう。

「この前の方ですよね?お久しぶりです」

ヤズ瑛さんは相変わらず無視されていた。シェムも酷い奴だ。軽い挨拶ぐらい良いだろうに。

╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴

「俺は絶対豆よりも鈍器」

「鈍器投げれる力あんの?ガリじゃん河野」

「鬼追い払うのに豆って、弱いっすよね、オレなら玉ねぎ」

「それは、食べ物のジャンルに縛られすぎ…」

「じゃあ藤原さんだったらどうします?」

「…包丁とか…当たったら痛いと思う」

「殺傷力エグいやんけ!」

私が車内で出した「もし節分の日に鬼に投げれる物を自由に決められたら何を投げるか」という即席の話題に4人が食いついてしまった、知らない駐車場に着いてもその話で持ちきりで何故か話題提供者の私は置いてけぼりだ。誰か私にも何を投げたいか聞いて欲しい。

「しょーもない話題はその辺にして!イベントの説明を始めます。」

「しょーもないとか言うなよ!」

「そういや、栞ちゃんなら何投げるの?」

気を使ってくれたのかヤズ瑛さんが私にも話題を振ってくれた。聞いてくれとは思っていたものの、答えを用意してなかったので一瞬で熟考した。

「…ミサイルですかね」

「確実だもんねぇ」

「本日のイベントは…バスケで〜す!」

「…は?」

「栞さん?どうされました?」

私は思わず天使の隣にいたシェムを睨んだ。どういう事?3つの首出せって言うからこの前見たいなイベントだと思ってたのに、ガッツリスポーツなんて聞いていない。

「…女性のお洒落は利便性よりも華美性だと聞いた」

私の視線に気づいたのが、シェムが虫の居所が悪そうに答えた。

「ンなわけあるか!バスケやるならやるって言え!それでまた服は変わるんだよ!」

「す、すまん」

私は舌打ちをして、天使の案内に従いバスケットゴールがある公園へ移動した。

「このゴールに1人ずつ5回連続でボールをゴールに入れることが出来たらここから出られます。逃げようたって無駄ですよ、あのラインを超えればまたここに戻されますからね。」

「私は見てるだけでいいんだよね…?」

「いえ、プレイヤーですよ。」

「私お洒落してきたんだよ…?」

「栞ちゃん、大丈夫だよ。俺と一緒にルールの穴を探そうよ」

「河野さん…なんでもうズルしようとしてるんですか」

「ゴールにボール入れればいいんです、簡単ですよ。じゃあ健闘を祈ります。一応監視役にシェムも置いてますから、何かあれば彼に。あ、栞さんは靴履き替えてくださいね」

そう言って靴を残して天使は消えた、1発ぶん殴ってやりたいのに。

「参加は確定なんだ…」

イベントとか言うからこの前の居酒屋みたいに、自分ではわざわざ行かないようなちょっといい所に行けると思っていた。

せっかくワンピースに合うような靴を魑魅魍魎するシューズボックスから探してきたというのに…。

ピタ、と肩になにか当たった。何事かと顔を上げればシェムが紺色の靴下と明らかに運動用の靴を持って立っていた。

「もうシェムの事は二度と信じないから」

「悪かった」

「悪いで済むなら警察はいらないんだよ」

靴と靴下を奪い取り、仕方なく準備を終えた。  

ダムダムとボールを地面に叩きつける音が聞こえる、音の主はヤズ瑛さんだった。

彼は少し遠くから軽やかにシュートを決め、ピン!とどこからか音がした。

「…これが5回鳴れば、いいんでしょうね…」

「とりあえず一旦全員やってみよっか」

「ヤズ瑛さん凄い…バスケしてたんですか?」

「いや、体育の時ぐらいしかした事無いよ、この身長だからよく勘違いされるけどね。栞ちゃんはなんか部活やってた?」

「私は帰宅部でずっとバイトしてました、スポーツとは縁がないんです」

「あ、じゃあ河野と」

「ヤズ!言うなそれ!」

「ほれ」

ヤズ瑛さんが叩きつけていたボールを河野さんに投げた。

「やめろやめろやめろ!」

河野さんは取りたいのか避けたいのか分からない動きをした、滑稽だ。全身で窓拭きしてる人みたい。そんな人いないか。

「あいつ運動できないの気にしてるんだよ」

「だからさっきもルールの穴を見つけようって…」

「あ、マジ?卑怯だな〜」

ラインを超えたボールは一瞬消えたかと思えば、ゴールポストの下にまた出てきていた。人知を超えた力ってこういう事を言うんだろうな。

「じゃあ次は俺がやりますよ」

海太君が華麗にダンクシュートを決めた、あれでパチンカスじゃなきゃな…。

「はい次藤原さん」

海太君から藤原さんにボールが渡った、少し長い髪の毛がゆらりと揺れた、それは抵抗の意志に見えた。

「ヤダヤダじゃなくて、1人ずつ入れないとずっとここっすよ」

藤原さんはため息をついてボールをゴールポストに向かって投げた。藤原さんも身長は高い方だから少し期待していたが、ボールは不可思議な曲線を作って下に落ちた。

つまり、運動音痴は私含め3人…。

「あれ?河野さんは?」

ヤズ瑛さんの視線を辿ると、端っこの方で私達に背中を向けて胡座をかいている河野さんがいた。

「そんなテンプレな不貞腐れ方しないでくださいよ」

私が笑いながら駆け寄ると、顔を逸らして、手をはらりと降った。なんだコイツ。

諦めてボールを手に取り、勢いよくゴールポストに投げつけた。

「おら!」

しかし、バーンと弾かれた、腹が立つ。

「大袈裟に揺れやがって…」

「藤原君と栞ちゃん、コツ教えるからこっちおいで」

「はい」

「いい?ボールの持ち方はこう、んで、あとは流れで…」

「ちょっと待ってください、その流れとやらを知りたいんですよ」

「えー、言葉に出来ないんだよね、海太君!説明できる?」

「いや…感覚でやってるんで厳しいっすね」

スポーツが出来る者と出来ない者には大きな隔てりがある、私はそれを再確認した。

「とりあえず、1回やってもらっていいですか」

「了解」

ヤズ瑛さんはまたいとも簡単にボールをあの狭い穴の中に通した。

「んー、分からん」

「…まぐれを狙い続けるしかないのかな」

藤原さんがぼそっと呟いた。

「相当時間かかりませんか?」

「…5人全員がノンストップで投げ続ければ、どうにかなるかもしれません…」

「じゃあまずあの人をどうにかしないと」

河野さんはまだ私達に背中を向けて胡座をかいている、埒が明かない。私はボールを手に取って、河野さんの正面に回った。

「ボールは友達ですよ」

「はぁ…古いな」

「港区ではバスケしないんですか?」

「する訳ないよ」

「河野さんって、意外とねちっこいんですね」

「…ん?」

「あっいや、たかがスポーツ出来ないぐらいの事をそんなに気にしてるなんて、なんか意外だなって」

「それを短くまとめたのが、ねちっこい?」

「まぁそんな感じです」

ねちっこいが効いたのか、河野さんは立ち上がって私からボールを強引に奪い取った。

そして、ゴールに向かって一直線にシュート!したつもりが、不可思議な曲線を作ってボールは地面へ。

「今の入る流れでしたよね」

「やっぱルールの穴を探さないとダメだな」

「開きなおりましたね。それでいいんですよ。」


私と河野さんと藤原さんは運動神経が無い代わりに頭を必死に回転させた。

「ヤズと海太君が投げたボールに一瞬でも触れたら、それで判定通ったりとか…ないかな」

「やってみる価値はあると思いますよ」

高身長の藤原さんがジャンプをして、ヤズ瑛さんの投げたボールに一瞬触れた、ボールは無事ゴールに入り、音が鳴った。

「もしかしたら、ヤズのカウントになってる可能性もあるよな。もう1回やってくれ」

「おう」

今度は音がならなかった、という事は、さっきのゴールはヤズ瑛さんが入れたという判定になっているんだ。

「無駄に…厳しい、ですね…」

私の頭の中に閃が走った。

「そうだ、いい事思いついた。ヤズ瑛さんを踏み台にしましょう!」

「なんかすごい事言ってない?大丈夫?俺?」

「踏み台って言ったら聞こえ悪いですね、脚立みたいな」

「脚立も中々だけどね。栞ちゃんぐらいなら何とか耐えられるけど、流石に藤原さんは俺と身長も変わらないからなぁ」

「僕も、恐れ多いです…」

「うーむ、とりあえず私だけでも点が入れば、後は2人なんで」

「そうだね、1回試しにやってみようか」

ヤズ瑛さんがゴールの下で四つん這いになった、大の大人が四つん這いになってる姿は面白い。正直男の人の上に乗るなんて緊張するけど、ここから出られないよりマシだ。

「じゃあ、乗りますよ、重たいとか言わないでくださいね!」

「大丈夫大丈夫」

靴を脱いでヤズ瑛さんの上に乗った、背中が広くて乗り概がある。

「河野さん、ボールください!」

私は河野さんからボールを貰って、ゴールポストに投げた!これが外れるわけが無い、そう思った矢先、綺麗に外した。

「あれ?もしかしてダメだった系?」

私の下でヤズ瑛さんが言った。

「はい…」

「その距離で?」



「いやー何も思いつかない」

私はヤズ瑛さんの一言にイラッときたので、四つん這いになる彼の上に居座り続けた。緊張なんかもう無い。あるのはイラつきだけだ。

「栞ちゃん、ほんとにごめんだから、降りて…」

「ほんとにごめんだからって、面白い日本語」

私の下でヤズ瑛さんがプルプル震えている、いい椅子だ。

「もうその距離でなんて言わないよ絶対」

「槇○か」

私は仕方なくどいてあげた、そしてヤズ瑛さんがあー!と言って四つん這いから解放された。

「ヤズ、お前っていつも一言多いよな」


考える事を少し諦めて粘膜ローラー代わりにボールを使って脚やせを試みていた。

時間はただ過ぎてくばっかで、重箱の隅ももうつつき尽くした。

「河野さん、なんか案あります?」

「思いつかないよそんなに」

「ですよね、重箱の隅も4つしかありませんから」

「上手いこと言うじゃん」

海太君とヤズ瑛さんは1on1で遊んでいる、藤原さんはどこか遠くを一心に見つめている。

「ところで、さっきはなんであんなに不貞腐れてたんですか?」

「別に不貞腐れた訳じゃないけどさ…やっぱこの見た目と性格してたら勝手に期待されるんだよね。ほら、俺、イケメンじゃん?」

「うーん、あはは」

「運動神経も抜群のはず!って、それ思い出してた」

河野さんは胡座を解いて、真っ直ぐに足を伸ばした。それを見て私も立ってるのが馬鹿らしくなり、家でTVを見る時のポーズをとって話を聞く事にした。

「人間って勝手だよなー。…でも俺、栞ちゃんには幻滅されたくないな」

「あ、今狙ったでしょ。見え見えですよ、いいから早く練習してゴールの一つや二つ出来るようになりましょうよ」

「練習して出来るようになるもんか?」

「それはやらないと分かりませんよ」

「せっかく今のイベントの時にしか会えないんだから、もっと違うことがしたいよね」

「例えば?」

「んー、そうだな」

「おーい、栞ちゃーん!」

少し遠くからヤズ瑛さんが私を呼んでいる、

「見てよ!出来たよ!」

「何がですか?」

立ち上がって見てみると、そこには藤原さん中心に扇をしている3人の姿があった。

「何やってるんですか…藤原さん半泣きだから」


途方に暮れて地面に横たわった、もうとっくの昔にワンピースの事などどうでも良くなった。私の隣にいる河野さんは5秒おきに溜息をついている、かなりうるさい。

「運動神経ある奴って羨ましいな、栞ちゃんもそう思わない?」

「私も勝手にそっち側に入れないでくださいよ」

「実際、無いでしょ」

「まぁ…けど、大人になったら殆ど使いませんからね。それよりも大事な物はいくらでもありますし」

「…そっか、でも、運動神経いい方がさ、カッコイイじゃん」

「…それは一理ありますけど!」

「ほらー!」

「ほらーじゃない!」

「一理あるんじゃん。…昔っからさぁ、俺の事好きになってくれた子は、しばらくしたらみーんなヤズの事好きになっちゃうんだよ」

「えー?薄情ですね」

「結局、運動が出来て身長高いのがカッコイイって事なんだよ。しかもあいつ、陽って感じでさ〜、いるだけで周りを明るくしちゃうんだよ。そりゃモテるよな。しかも、あいつバスケなんか対してやった事ないんだよなのにアレだよ」

「天才肌なのかもしれませんね、でもそれを代償にびっくりするほど記憶力悪いじゃないですか」

「それもそれで、漫画のキャラみたいでカッコいいよね」

「河野さんって、ヤズ瑛さんの事大好き過ぎません?」

何故か黙った河野さんは放置。

海太君がヤズ瑛さんを抜いてダンクシュートを決めている所が見えた。

私は悪いと思いながらも、少しは励ましになれば、なんて良心を覗かせて、河野さんの耳元で

「それに、いくら運動神経が良くても、勘で仕事しちゃ意味ないですよ」と囁いた。河野さんはシッ!と悪そうに笑った。

「…今、変な音がしませんでした?」

2人の1on1を見ていた藤原さんが言った、

「変な音?なんだろ」

私は小走りでゴールポストに近ずいてみた。天使が用意したであろうゴールポストはなんだか古臭い。錆が至る所にあり、年季が入っている。

「栞ちゃん!」

河野さんが私を呼ぶ声がした、それと同時に体が何かに包まれ、勢いよく地面に叩きつけられた。しかし、不思議と痛くはない。

「あ〜…いってぇ…」

何故か私の下に河野さんがいた、

「無事か」

上を見ると、ゴールポストを抑えているシェムがいた。

「な、何?どういう事?」

「栞ちゃん、大丈夫?オレのダンクでゴール壊れたっぽい。ごめんね。河野さんも大丈夫っすか?」

「…腰が」

「あっすみません、どきますどきます…」

悶絶している河野さんの上からすぐに退いた。

私の体は少し強ばっている、ヤズ瑛さんの時はそんなに緊張しなかったのに。

自分とは違う体の厚みに包まれた感触を思い出してしまい、頭を左右に降った。

「栞ちゃん、怪我ない?」

「わ、私は大丈夫です、河野さんこそ大丈夫ですか」

「俺は全然大丈夫だよ」

痩せ我慢にしか見えない、こめかみには汗が滲んでいる。

「河野さん、ありがとうございました。」

ヤズ瑛さんの手を借りてなんとか起き上がれた河野さんは頭をかきながら、でもこんな助け方ダサいよね、と呟いた。

「そんな事無いですよ。…かっこよかった」

「…マジ?」

「…大マジ」

「うわ、良い雰囲気になってきた、ヤズ瑛さんぶち壊してくださいよ」

海太君が頭を掻きながら言った。

「じゃあオナラでもしようかな」

「…汚い…」

「あ、やば、閃いた…!」

唐突に、私の頭の中に衝撃が走った、閃いた衝撃で忘れないように今すぐ行動にうつさなきゃいけない。

「皆、聞いてください!」

「何?俺の魅力発表会でもやるの?」

「河野さんは黙って!」



「栞ちゃん、これホントにいける?」

ヤズ瑛さんが不安げに聞いてきた。

「大丈夫です、これは確実にいけます」

「じゃ、やるよ?」

ヤズ瑛さんがゴールに向かってボールを投げた、約束されたように網をくぐりぬけ地面へ。すかさず海太君も同じようにしてミッションクリア。

「よし、じゃあお願いします!」

私が声をかけると、ヤズ瑛さんと海太君が協力しながらゴールポストを横たわらせた、私は目の前に来た網の中にボールを突っ込んだ!判定は、どうだ。

「…ピン!」

「来たァァァァ!!」

続けて藤原さんが、そして最後に不服そうな顔をしながら河野さんが。無事全員が1回ずつゴールを決めた。

「ほら〜出来たじゃないですか〜!」

河野さんは腕を組み、何かを考えている。

「…なんかダサいけど、いっか、ゴールはゴールだ」

「固定観念にしばられちゃダメですね」

私はバスケ部がよくやるあれがやりたくて、河野さんに向かってグーを差し出した、

「ズルした癖に爽やかだな」

そう言って、河野さんはパーを出した。

「いや、ちがくて…」

ポン!と音を立てて天使が現れた、

「ズルですよ〜!!」

「ズルじゃないよ、音は鳴ったもん」

「私は5人が1回ずつシュートを決めると言ったんですよ、ポストを横たわらせたらシュートじゃないでしょうも!」

「違うよ、アンタはゴールに1人ずつ5回連続でボールを入れる事が出来たら…って言ったんだよ。横たわらせても、ゴールにボール入れた事に違いは無いからね!」

「隅つついてんな〜」

海太君が感心している。こんな事で感心はされたくなかったかもしれない。

「まぁいいです…。車に乗って帰りましょう」

╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴ ╴

ポロアパートにやっとついた、スマホで時計を見ると時間はやはり進んでいなかった、不思議な力だ。

シェムにお礼を言って車から降りた。すると、先に降りていた河野さんのヘアスタイルに無意識に目がいってしまった。

前髪の比率が変わっている、慣れない運動をしたり、私を庇った事で汗をかいたのだろう。ぺたん、と力なく下に落ちていて、顔がやけに幼く見える。

「河野さん」

「ん?」

「さっきは、ホントにありがとうございました」

「気にすんなよ。俺も栞ちゃんのおかげで出られたから。こちらこそありがと」

「…そっちの方がカッコよく見えます」

「え?」

「じゃあ、皆さんおやすみなさい」

私は足早にその場を去った。何がー?ねぇ何と比べてー?と叫ぶ河野さんを尻目に。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ