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サラダを分けてイイ女、前髪を分けてイイ男

「おはようございます、栞さん」

「んー…」

目を開けると、天使がふよふよと私の目前で浮いていた。せっかくの睡眠を邪魔されたので、軽くしばこうとしたらいなされてしまった。

「何」

「昨日のアプリは追加していただけました?」

「やってない、明日やろうと思って寝た」

「明日やろうはバカ野郎なんですよ、今日は17時からイベントです」

「うーん…」

「無料で美味しいご飯が食べれるんですよ」

「え?」

「全員参加のイベントでお金がかかる事はありません、我々は楽しませて貰う側ですから」

「凄いね、太っ腹…」

「ところで今何時だと思います?」

「んー、9時」

「15時です」

「寝すぎた」

「寝すぎたのレベルではありません…。また、16時半になったらお迎えに来ますからね!アパートの駐車場で待っててください!アプリの登録も忘れずに!」

天使はフワッと消えていった。

寝溜めしておかないと、社会人の体はもたない、二度寝しそうになる前に体を布団から起こした。

「栞」

「うわぁっ!?」

振り返るとソファにふんぞり返っているシェムがいた、こいつ人の部屋で…。

「ちょっとアンタも天使もなんなの?玄関から入ってきてよ!」

「分かった」

音も立てずに消えたあと、インターホンが鳴った後、カメラを見ると、シェムだった。常識があるのかないのか分からない。仕方なく部屋に入れてやる事にした。

「天使相手に人間の常識を求めるのも苦だぞ」

「待って、靴脱いで!」

「あ、あぁ…」

シェ厶が玄関でモタモタと靴を脱いだので仕方なく部屋に上がらせた。

「んで、何しに来たの?」

「合コンって知ってるか?」

「ナメてんの?」

「行った事は無いだろ」

「友達が誘ってくれた事はあったけど、行く意味が分からなかったから行ってない

「お前…そういうとこだぞ

「どういうとこよ」

「俺が合コンの全てを教えてやる」

「フジファブリッ○か」


私達はソファに座り、熱い訓練をした。

「いいか、さはなんだ、さは」

「さ、さすが〜!」

「しは?」

「し…知らなかったー!」

「すは?」

「す…す、す、すごい?」

「せは?」

「せ…センスいい!」

「そは?」

「…そ!?そ!?そ…え?そ!?そから始まる言葉なんかある!?」

「はぁ…お前に理詰めはダメだな。とりあえず今日は素のままかかってみろ。」

「分かった…あ、服決めないと」

押し入れに突っ込んだ3段ボックスから何かオシャレ着が無いか探してみた、結果、無難にカーディガンとジーンズ。

カーディガンにハズレは無いよとリエちゃんが言っていたのを思い出した。あっ、そうだ、リエちゃんにもこの事を話さないと。

「ダメだ」

「え?」

「プレイヤー以外にこの話をするのは禁止されている。」

「…ねぇ、あんたらこの前から私にメンタリズムみたいな事してない?」

シェムは静かに消えた、なんだあいつ。

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アパートのボロ階段を降りる。いつ壊れるか分からない緊張感は毎朝私の目を覚ましてくれるから、仕事の日どうしても目が覚めなければ階段を昇り降りすることもある。

駐車場に向かうと、そこには既に4人がいた。

「お待ちしておりましたよ、栞さん」

「あれ?なぁゲームってもう始まってるんだっけ?」

「始まってますよ…ヤズ瑛さん、栞さんの前ですから、しっかりしてください…」

天使が全盛期を諭した。

「じゃあもう色々言っても…良いって事?」

「う、海太さん。それはそうなんですけど、あまりご本人の前で聞かない方がいいかと…」

「帰りたい…」

「藤原さん、隅っこで震えないでください…」

まるで幼稚園の先生みたいだ、天使も大変だなぁ。

「栞ちゃん、その服可愛いね」

「ありがとうございます…」

港区で腐る程吐いてきたんだろうなそのセリフ、そう考えただけでトキメキもクソもない。店員のいらっしゃいませと大差ない。

「似合ってるよ、凄く」

そう言いながら近ずいてきた、何故。

私は1歩後ずさった、

「あの、近いです…」

「いや全然近くないよ!」

笑う姿がなんだか薄っぺらい、心の底から笑ってないだろ。

「今日は親睦会です、さぁ皆さん車に乗って乗って」

駐車場には田舎の面倒見のいいお父さんが乗ってそうな車があった。

運転はシェムがするらしい、最近の天使は便利だ。

港区漁師のレディファーストにより、一番に乗ることになった、順々に乗り込むと、天使の説明が始まった。それと同時に車が動き出した。

「今日はお互いの事を知ってもらう親睦会です。肩の力を抜いて、仲良くやりましょう!」

ポンっと音を立てて天使は消えた。

「運転めっちゃ上手いっすね」

助手席に座った全盛期が声をかけるも、シェムにガン無視されていた。なんだか可哀想だ。

「あっ安心出来る運転ですよね。私免許無いから、憧れます…」

「俺も無いよ!標識覚えられないからさ!細かいルールとかもあるし」

前から元気そうに言われたが、返答に困る。

「ヤズは1個覚えたら3個忘れるからさ」

港区漁師が空気を読んでくれた。

流石と言わざるを得ない、遊べる男は読書家だ。

「ずっと思ってたんですけど、2人の関係って…」

「あぁ、腐れ縁だよ。同じ幼稚園でさ。」

「幼稚園からの仲って凄いですね」

「えっ幼稚園だっけ?」

「あいつの言うことはアテにしないでね、ちょっと、ね、うん、頭が悪いんだ」

「あ、あはは…す、すごい…」

シェ厶が凄い勢いでこちらを見た。

すごいは今のタイミングではなかったらしい…。

「ねえねえ」

後ろから不審者の声がした、

「オレとも話そーよ、河野さんばっかズルい」

「良いですよ」

「パチンコって好き?」

「え?」

「パチンコってやった事ある?」

「いや…」

「やった事ないの?マジで気持ちいいんだよ、今度連れて行ってあげようか、オレのお気に入りのとこ。台パンする奴しかいないけど、結構穴場でさ」

「ギャ、ギャンブルはちょっと…」

「大丈夫、楽しいよ〜」

「海太君って、大学生だっけ」

港区が言った。

「はい、2回留年してますけどね」

「そっかぁ…体力あるね」

まぁ、苦し紛れにしては良い解答だと思う。

それにしても、藤原拓男は何にも喋らない、黙りコケてずっと下を向いている。

ゲスな事を考えてしまうが、こいつからは私と同じく、恋愛初心者の香りがしてくるから簡単に稼げそうだ。

「あの…藤原さんはお仕事何されてるんですか?」

「…it関係です…」

きた、さしすせその出番だ!

「さ。さすが〜!」

かるたみたいになった。

「…さすが?」

今まで下を向いていた藤原拓男の顔がこちらを向いたが、すぐに下に戻ってしまった。響いた…のだろうか…。

その後はこれといった会話もなく、5分程で目的地に到着した。

車を降りると、港区が耳打ちをしてきた。

「栞ちゃん」

「はい…」

「さっき、あれ使ったでしょ、モテる女のさしすせそ、みたいなやつ」

「えっ…あぁ…まぁ」

「そっか、でもさすが〜はちょっと悪手だと思うなぁ」

「握手…?」

「悪手。分かりやすく言うと、失敗って事だよ」

「おい河野!お前がっつき過ぎだって!」

「がっついてナンボだろ」

「はいはいはい皆さ〜ん!」

アドバイスを飲み込もうとしていたら、どこからともなく天使が現れた。

「ここでの飲食代はタダです、2時間食べ飲み放題です。お好きにお過ごしください。ですが、これもゲームのイベントだと言うことをお忘れなきように…場所はこのビルの4階です。」

そう言うとまた消えていった。

「とりあえず入りましょ!」

ビルの中に入ると、不審者がエレベーターのボタンを押した。親指だけで。ガツンと強めに。

「変わった押し方ですね」

ポロッと私が言うと、

「これね、目押しの癖。職業病みたいなもん。ほら、レディファレディファ」

開くボタンを押したまま私を入れてくれた。レディファは恐らくレディファーストの略だろう。

「ありがとうございます」

すると、不審者も中に入り、また特徴的なフォームで閉めるボタンを押した。

「そんじゃ〜!」

不審者は唖然とする3人に勢いよく手を振った。

「え?ちょ」

私の制止も間に合わず、そのままエレベーターのドアは閉まり、上昇を始めた。

「4階に着くまで少し話そ、オレの事は海太って呼んで。タメ口でいいよ」

「じゃあ、海太君で。あのさ、大学を2年留年したって事は、24歳になるのかな」

「そう、あれ、もしかして同い年?」

「私も24」

「奇遇じゃん」

チンッと音と共に4階へついた。

「あーらら、着いちゃった」

「遅かったなー」

「あれ?皆さんなんで?」

私がそう言うと、全盛期の後ろからポケットに手を入れた藤原拓男とサラッとした表情の港区が現れた。いや、よく見たら、顔が疲れている。

「あったからさ、階段。ふーっ…良い運動だったよ」

「河野さん、おでこに汗かいてますよ」

「…栞ちゃん、そう言うのは言わないのが」

「さぁ奥の方へ!掘りごたつ席をお取りしています」

港区がさっと私の前に来て、スマートに扉を開けてくれた。中に入ると、長い机1つの掘りごたつ席。窓から見える残業によって出来た夜景が綺麗だ。

「これ、どう座る?」

全盛期がとぼけた声で言った、

「とりあえず、俺と栞ちゃんが隣同士で」

「河野キメェぞ。あ、良い事思いついた。」

「何ですか?」

私が聞くと、全盛期はキラキラした目で

「栞ちゃんがこっちで、俺達4人はこっち!」

と言った。

「つまり、私1人でこっち側、男性4人が…そっち側…」

「そうそう」

「いやそんな圧迫面接みたいな並び嫌ですよ…」

「そう?じゃあ俺が隣行くよ」

「それは、三者面談みたいで嫌です…」

「はは、栞ちゃんって面白いね」

「ここは平等に、椅子取りゲームってどうすか?」

「それいいね」

「あれ?2人ともちょっと仲良くなった?」

「ヤズ、さっきエレベーターの中で2人きりだったんだぞ。」

「あー…」

「オレ、まだ何もしてませんからね」

「…結局どうするんですか…」

藤原拓男が喋った!

「椅子取りゲームは?」

私が言うと、爆弾魔はため息を零して

「…曲を止めるのは…」

と言った。

「あ、忘れてた」


結局、4人は向かい合わせに座り、私はお誕生日席に座る事になった。

「ヤズ瑛さん、身長どんだけあるんすか、隣に来たら圧迫感が…」

「190はあると思うよ、あんま覚えてないけど」

「何したらそんなに大きくなるんすか?」

「んー…、やっぱ決め手は、酒かな」

オダギリジョーと不審者の会話をこっそり盗み聞きしていた私は思わず吹き出してしまった。そんなわけないだろ。

「あ、笑った。でもマジだよ。酒飲むと身長伸びるの」

「何歳から飲んでるんですか」

全盛期は黙りこんでしまった。

「あれ、あれ?」

私が目の前で手を振っても反応しない…。

死んだの?

「パチンコで身長が伸びればいいのに…」

「男は身長よりも、自信だよ」

港区が自慢のセンター分けを撫でながら言った。

「お前自分に自信あんの?」

「ないとおかしいだろ、ねー!栞ちゃん」

「え?あはは…」

うっすい2mmくらいの愛想笑いしか出ないな。

大人になって覚えたこの技もそろそろ錆が生えそうだ、これから答えに困った時は目を据わらせて無言を貫こうかな。

藤原拓男がメニューをずっと見ている、ここは気を利かせた方が良いのだろうか。

「あの…何か注文しますか?私も喉乾いちゃって」

藤原拓男は一言も発さずメニューを見たままだ、よく見ると、メニューを握る手は震えを帯びており、爪が白くなっていた。

「た、体調悪いんですか?」

思わず心配になり声をかけた、

「いや…こういうの、初めてなんで…」

「居酒屋初めて?」

私が聞くと、港区が答えた。

「なわけないじゃん、女の子とこういう場所に来るのが初めてなんでしょ?ね、藤原君」

「はぁ…まぁ…」

「私もあんまこういう場所慣れてないんです、仲間ですね」

そう言うと、藤原拓男の目が少しきらんと輝いた気がした、おっとこれは、もしや、ときめいている…?追い打ちをかけるべきか?引くべきか?

「上手いね」

港区が頬杖をついて呟いた、腹立つなこいつ。

こいつにはドキドキと言うかイライラだ。その分けてる前髪のバランスを崩してやりたい。


ドリンクを頼み、早々に乾杯を済ませた。

「ねぇ、俺の事は下の名前で呼んでいいよ」

「ありがとうございます、河野さん」

「恥ずかしがってんの?可愛いね」

「だ、誰か…」

思わず助けを求めてしまった。

「がっついても良い事ねぇぞ。あ、俺の事も気軽に下の名前で呼んでくれていいからね。ヤズ瑛って」

意識を取り戻したらしい、良かった。

「ありがとうございます、私も全然下の名前で呼んでもらって大丈夫です」

「…ごめんね、下の名前なんだっけ」

「あまのです…。」

場が気まずくなってしまった…。こいつのせいだ、ずっと意識無くしとけば良かったのに。

「ご注文のサラダです」

扉が開かれて、サラダが机の上に置かれた。こういう時は、取り分けないといけないって、リエちゃんが言ってた気がする。

店員が去った後、私はトングと取り皿を握り気合を入れた。

「私、取り分けます…!」

「いいよいいよ、座ってな?」

ヤズ瑛さんが、止めてきた、やめてくれ、私は取り分けないと、取り分けないといけないの。

「できます、やれますから、やらせてください」

「そこまで言うなら…」




「分配ミスったぐらいでそんなに落ち込むなよ!」

「ヤズ瑛さん、そんなに笑わないでください…」

「あ、オレ少ないの貰います。サラダ苦手なんで。栞ちゃんは?」

「私は少ないのを。罰として…」

「サラダって…」

藤原拓男がその硬い口を開いた、

「サラダって…好き嫌い別れますから…、多い皿と少ない皿、両方あっていいと思いますよ…」

「ありがとうございます…!」

確かに彼の言う通りだ、私にしてはナイスなミスだったのかもしれない。これからはどんな飲み会に行ってもそうしよう、ついでにお茶とかもそうしよう。

「あ、藤原さんの事は、なんてお呼びしたらいいですか?」

「そのまま…藤原で…」

「分かりました!」

「ところでさ、栞ちゃんは、下の名前があまのなんだよね?」

河野さんがセンター分けを撫でながら話し始めた、比率崩すぞ。

「はい、栞あまのです。」

「ふーん、じゃ、俺あまちゃんって呼んでいい?」

「悪口に近いじゃないですか、嫌ですよ」

「のんちゃんは?」

「原型ないから嫌です」

「ワガママだなぁ、さては末っ子かな?」

「前髪の比率崩しますよ」

「ごめんって」

あれ、私、この男の口車に上手く載せられてる…?

「栞ちゃんってさ、率直に聞くけど、どんな人がタイプなん?」

海太君が嫌そうな顔をしてサラダを食べながら言った。

「タイプとか…分からなくて」

「え?栞ちゃんもしかして、…あんまそういう経験ない?」

ヤズ瑛さんが気を使ったように小声で言ってきた、嬉しいがあまり効果は無い。

「そんな感じ、ですね…」

「じゃあ俺のリードに任せてよ」

「黙れ河野。なのに急にこんなゲームに巻き込まれて、大変だね」

巻き込まれたというか、巻き込まれに行ったのですが。

「ははは、でも、楽しそうだったし、私も挑戦してみたいんです。」

「ゴホッ、恋って楽しいよ」

海太君の顔はまだ歪んでいる、無理して食べなくてもいいのに。

「そうなの?」

「うん、パチンコの方が楽しいけど。ゴホッゴホッ」

「ちょ、無理して食べなくていいんじゃない?」

「いや、食べるよ、栞ちゃんがよそってくれたからさ」

「え?」

ばくん!と、心臓が音を立てた。

やばい、-1円だ。ときめくって、こういう事か。命懸けだ。何度もときめいてしまったら、死んでしまうかもしれない。

「おーい、栞ちゃん?」

ヤズ瑛さんの大きな手が私の前を行き来した。

「はっ、あ、あはは」

「あ、もしかして、ときめいた?ちょろいぞ〜」

「河野さんは黙ってください」

「なんで…」

「あれ?これルールなんだっけ、俺もう忘れたわ、ヤベェ」

「お前、負けるぞマジで」

意外とワイワイと飲み会は進んでいる、海太君と藤原さんも年齢が近いのか少し会話が弾んでいるように見える。

ヤズ瑛さんと河野さん達は何か言い争っている。私は置いてけぼりだ。

今日はあともう何円か稼がないと、プラマイゼロになってしまう。せっかく藤原さんがときめいてくれたかもしれないのに。

「お前とはもういい。ねぇ、栞ちゃん。手ェ出して」

「はい…」

近くに寄って来た河野さんに大人しく手を差し出した。

「手相見てあげる」

「…手相?」

「そう。手を見て運勢を占うって言う…」

「私、手相信じないんですよね。おかしくないですか?手の皺で全て決まるの。仮に決まるとしても手の皺で決まるの、腹立ちません?」

「栞ちゃんってなんか…」

「はい」

「変わってるね…」

「よく言われます。」

「手貸して、ほらここ」

サラッと手を握られる、父親を彷彿とさせる大きな手だ。

「変わり者線」

「絶対嘘!」

「うん、嘘」

「お前まだその手法使ってんの?手相見るつって合法的に触るのやめろよ」

「…ヤズ」

「んだよ。栞ちゃん、こいつキモイ時マジでキモイから、なんかあったら言ってね」

「あ、ありがとうございます…」

「オレの手相も見てくださいよ〜」

「男の手相を見る趣味は無いよ」

「ケチ〜。じゃオレが栞ちゃんの見てあげる」

「海太君も分かるの?」

「うん、これな、この線は」

「うんうん」

「おは千」

「なにそれ?」

「朝イチから打ち始めても、なかなか当たらない時の事」

トキメキを返して欲しい、ついさっきまでの私が可哀想だ。

いつの間にか全員私の周りに来ていて、囲まれてしまった。忘れてはいけない、これは勝負だ。この状態は将棋なら詰み。

全員落として、5000万、いや、それ以上得るんだ!

さっきのシェムによる熱烈指導が頭をよぎった。

「いいか、栞。TENG○の包装を教えてやる」

「伝家の宝刀でしょ。ドン○の店員じゃないんだから」

「まず必ず酒は頼め、度が低く甘いものだ。それは女らしさの塊だ。」

「そう…」

「それを飲んで、目をトロンと、まるで飴を溶かしたような瞳にするんだ。そしたら、男の膝に手を置いて、酔っちゃった〜と一言。」

「な、何それハレンチな。」

「正直男なんか触っただけで好きになる、これはマジだ。俺は散々成増の男共を見てきたが奴らは超がつくほど単純だ、体に従いすぎる、簡単に心臓は飛び跳ねる、そして後から心がやってくる。」

「心がやってくる前に先に体に訴えるのね」

よし。

ここは伝家の宝刀「酔っちゃった〜」をやるしかない。

私は頼んだ酒を一気に飲もう、とした。

「あーちょっと待った」

そしたらそれをヤズ瑛さんに止められた。

「それ、飲みやすいけど結構度数強いから気をつけてね」

「え?そうなんですか。知らなかった…」

私は静かにコップを置いた、それを見たヤズ瑛さんがゆっくり飲みなと言ってくれた。

「美味しくてごくごくいっちゃうお客さんほんと多いんだよ、でもそれ結構危ない事だから。特に男いるとね。覚えておいて」

…なんだか、アホっぽいと思ってたヤズ瑛さんがかっこよく見えてきた。

「似非バーテンがよぉ」

突如、河野さんが悪態をついた。

「あ?」

「お前レシピ覚えれなくて勘で酒作ってるだろ」

「それ言うなって!」

一か八かで仕事するバーテンダーなんて見た事ない…。さっきのカッコイイヤズ瑛さんは幻想だったんだ。

「焦ってんなお前。それはそうとさ、栞ちゃん」

「はい」

「こん中で誰が1番タイプ?カッコイイ?」

答えづらい質問来た。あまりにも難問すぎて名探偵も舌を巻く。

正直見た目で言えば皆整ってはいる方なので好みもクソもない、ここは笑いに走るべき?でも滑ったらどうせまた同じ事聞かれて堂々巡りだし…。

「もちろん、俺だよね?」

河野さんは自分を指さした、ああ、そういうタイプね。

「え、あ、いやまぁ…」

「まぁーこのメンツなら余裕で俺だよなぁ」

河野さんはセンター分けを後ろに軽く撫で付けた、垂れてきた髪の毛が腹立つ。

オールバックのままテッカテカのポマードでもつけて一生その状態で生活させたい。

「何?見すぎだよ栞ちゃん。俺レベルのイケメンって珍しい?」

「ある意味…」

— — — — — — — — — — — — —

飲み会は大盛況の内に終わりを告げた。

外に出ると、またあの車が待っていた。

乗り込むと、即出発。またヤズ瑛さんが、シェムに運転上手いっすねと話しかけていた。流石に学べよ。

しばらくしてポロアパートに着いた、なんだか気苦労で眠たくなってきた。ナルシストのせいだ。

「どうも!」

ポンっと音がして、天使が現れた。

「ところで皆さん、時間を確認できる物は持っていますか?」

皆一様にスマホを取りだした、現代人だなぁ。

「あれ?時間進んでなくね?」

海太君のスマホはボロボロだ、画面がバキバキとかのレベルではなく、誇張抜きでボロボロだ…。

「ほんと?」

「だってオレら17時には集まってたし…」

「てか、海太君、スマホ…どうしたの?」

「あ、これ?当たりすぎてー、隣で打ってたおっさんから投げられてこうなった」

「…」

「集団イベントの際はこのように時間が進みません!イベントに時間を取られることはないので好きにお過ごしください、それでは皆さんお疲れ様でした〜」

また音を立てて消えていった。いちいち出たり消えたり、ほんと大忙しな天使だ。

「お前さ、なんか白いモン食った?頭につくほど変な食い方した?」

「え?…あ」

ヤズ瑛さんが河野さんに神妙な面持ちで言った、私も気になって、彼を見た。

頭に白い点々がポツポツと、顔にも。

「うわー!!!鳥の糞!いつの間に!」

「…」

海太君は叫んだ後手を叩いて爆笑、それにつられてヤズ瑛さんも笑っている、藤原さんも小刻みに肩を震わせていて、この場で悲しい顔をしているのは河野さんだけになった。勿論私も大爆笑。

「ここら辺の鳥って節操ないっすからね、マジで!」

「これは恥ずいぞ河野、お前さっき自分が言ってたこと思い出してみろよ!」

「河野さん、やばい、これめっちゃ面白い!」

私が言うと、河野さんは

「栞ちゃんが笑顔なら、いいや」

と無理やりはにかんでいた、その顔がまた面白く、私は暫く笑い続けた。

ほとぼりも冷め、ヤズ瑛さんの一言で解散し、階段を昇っていると後ろから

「栞ちゃん」

と下にいた河野さんから声をかけられた。

「はい?」

「俺、週末だけここに住むから」

「え?…糞だらけになったのに?」

言われてみれば、港区男子がこんなぼろ屋に住むわけが無い。

「い、いいんだよそれは。糞も滴る良い男ってね。んじゃ、またね。」

「糞も滴る良い男ってなんですか!?」

私が笑うと

「そうやって自然にしてる方が可愛いよ」

と言った。

すると私の部屋の隣のドアが開き、

「がっつくな!」

ヤズ瑛さんが叫んでまた中へ戻っていった。やっぱここ、壁薄いんだ。

手をひらりとひるがえして去っていく姿にも若干イライラする。けど、大量の糞を思い出して笑いも込み上げてくる。

私は少し笑いながら大人しく部屋へ戻った。



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