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なります?ファム・ファタ〜ル

さっきまで人がいた空気独特の暖かさが物寂しく、紛らわす為にお得意のボイパをしてみたが、これじゃただのヤバい奴だ、土手にいた奴と大差ない。

でも、首を横に動かしながら、歩く。

こうやって奇を衒うのが1番孤独を追い払える。

「ブンブンカッブッブ…」

「ボイパ中に、ごめんなさいね」

私の目の前で、兎が喋ってる…ついに幻覚まで見るようになったのか、ここまで来たらもう末期だ。

目を擦ってみたけど、相変わらず兎はいる。

小さな羽、手にはステッキ。白いタオルを腰に巻いていて、テルマエ・ロマ〇感が出てしまっている。

なんともちぐはぐなコーデだ。

「初めまして。貴方を迎えに来ました。」

「私、死ぬの?」

「ちがくて…ゴホン。言い方が悪かったですね、貴方をゲームに招待しに来たんです」

「なにこれ、トイザ〇スの新作?」

「私はおもちゃではありません、天使です。今は兎の姿を借りています」

「はぁ、病院行こ…」

「待って待って」

とりあえず病院へ行く体力を得る為にソファに寝っ転がろうとした私を、ぬいぐるみが制止して来た、ちょん、っとほっぺたを触ってみると明らかにぬいぐるみの質感だった。

「いだっ」

「あ、ごめんね」

「ソファに座ってもいいから、私の話を聞いてくださいな」

「童話の喋り方だ」

お言葉に甘えてソファに座ると、ぬいぐるみはステッキを振った。

「ソレッソレ〜」

「適当な呪文だなぁ」

「…ヨシ。これで、貴方は今日からプレイヤーです」

「は!?せ、説明もなしに…」

「今からしますよ、安心してください」

「同意も無しに…」

「ソレ〜ソレ」

またぬいぐるみがステッキを振ると、キャスター付きのホワイトボードが出てきた。

「床傷つけないでね、敷金ってのがあるからね、世の中には」

「ソーレッ」

またステッキを降ると、今度はペンが出てきた。

まとめて出せよとは思ったが口にしなかった。

なんでも正直過ぎる所が栞ちゃんのいいとこでもあり、それを打ち消してしまう程の悪いとこでもあるよ、とリエちゃんから言われたのを土壇場で思い出した。

ぬいぐるみは小さな手で一生懸命文字を書き始めた、こうして見たらなんか可愛いかも。

「んしょ、んしょ…はいできた!」

そこにはきったねぇ字で「奨学金一括完済フェア」と書かれていた。

「奨学金一括完済フェア…?」

「はい、このゲームに参加していただけたら、賞金満額5000万プレゼントします」

「なんで奨学金があること知ってんの?」

「事前調査に入らせていただきましたよ。」

「プライバシーポリシー!」

「プライバシーだけでいいんですよ」

もしかして私、動くぬいぐるみからカモられそうになってる?

「では説明させていただきますね。我々天使は毎年暇を持て余した我が同胞達を楽しませるため、ラブゲームを行っています」

「異次元の少子化対策ってこれのことか」

「端的に言うと我々は人間のヤキモキする姿を見たいだけなんです、それだけの為ならお金なんて惜しくないんです。そもそも我々は天使ですからお金なんて必要ないですし。」

「はぁ…」

「えーい!」

天使はステッキを振った、

「首をご覧下さい」

「あんま見えるもんじゃないけどね」

首を手で触れて確認すると、チョーカーのようなものがあった。

「こちらはプレイヤーとなった証です、これが心拍数を図ります。心拍数が規定の数を超えたら、1円ずつ賞金が下がっていきます。そして、逆に御相手の男性の心拍数が規定の数を超えたら1円ずつ貴方の賞金が上がっていきます。」

「つまり、私は相手の男にドキドキしちゃダメだけど、私がドキドキさせるのはいいのね」

「はい。ちなみにスタートは2500万です」

「半分からスタートするのね」

どっちにしろ、両手の指じゃ数え切れない額だ。

「このゲームは成増・ファム・ファタ〜ルですからね。賞金も魅力的な額じゃないと…」

「まずファムなんたらって、何?」

「ファム・ファタールとは、男性を破滅に導く運命の女性の事です」

「めっちゃ悪い奴じゃん。…じゃあお帰りください」

私は浮いてる天使を引っ掴んでベランダへ向かった。

「えええええノリ気だったじゃないですかあああ」

「悪いけどね、そんなものに参加する気は無いよ。」

古びたベランダのドアはなかなか開かない、クソ、欠陥住宅め。

「どうしてですか!?真剣に話も聞いてくれたのに…」

「負けないギャンブラーが何故勝ち続けるか、知ってる?」

「知らないです…」

「そもそも負ける戦いはしないから、だよ」

やっと開いたベランダに天使を投げ込もとすると

「待て」

後ろから低い男の声が聞こえた、戸締りはしっかりしたはず、ゆっくり振り返ると、そこには全盛期のGACKTのような男が立っていた。

「だ、誰!?」

こういう時はすかさず通報だ、いかのおすしって習った。

「それは避難訓練ですよ!」

騒ぐ天使を離して、ソファの上にあるスマホを取りに行こうとしたら、私の身体は宙に浮いた。

「こいつか、次のファム・ファタ〜ルは」

「そう。でもプレイヤーになる気は無いみたい」

「おかしな人間だ、あんなに上手い話は無いぞ」

「あ、あの…降ろしてください…」

人生初のお姫様抱っこが何故、今。

「悪かったな。だが通報なんかしても無駄だ。」

「いいから降ろして…」

降ろしては貰えたものの、腰が抜けて立てない。

「…シェム。この方がファム・ファタ〜ルを拒否する理由が今分かりましたよ」

「ほう…その心は?」

「恋愛経験が無いんです。つまり、処女です。」

「やめろ!!!」

「男慣れしていないから、どうやって関わったらいいか分からない、そもそも恋愛が何か分からない…」

「やめろやめろ!」

「つまり、成増・ファム・ファタ〜ルは彼女にとって必ず負ける戦い…」

天使がそう言いきった瞬間に私は顔に熱が集まるのを全身で感じとった。

「シェム、たまにはこういうのも一興でしょう。」

「そうだな、毎度毎度同じではマンネリ化してしまう」

「私はそんな変なハレンチなゲーム絶対やらないから!」

「首のそれ、外せませんからね。」

「は!?ちょっと!」

「おい女。」

「んだてめぇー!!」

「勝てば奨学金とやらを払ってもお釣りが来るレベルの報奨金だ。」

「…マジ?」

「特別に、俺が指南してやる」

「シェム、いいんですか?面倒事は嫌いなはずなのに」

「面白ければなんでも良い。さぁ女、どうする」

私の頭はマッハで動き、心臓のBPMは180をとうに越えた。

奨学金を払ってもお釣りが来るレベルのお金なんて、きっともう二度と手にする事は出来ない…、一世一代のチャンスであることに間違いはない、と思う。

「や、やります…」

大金に目が眩んだ。私って人間は、きっとある日突然口座に4630万振り込まれたら、誤送金だと分かっていても使ってしまう…そんな愚かな人間なんだろう。

「キター!やります・ファム・ファタ〜ル!」

天使は大声で喜びどこからともなくクラッカーを取り出して打ち上げた。

「対戦相手はどうしますか?貴方が選べますよ、上限は4人です」

「もうテキトーに、ここら辺の人でいいよ…」

「わっかりました〜!」

私は頭をがっくしと落とした、そしたら天使は音を立てて消えた。

「あいつも納期に追われてるんだよ」

「まずアンタ誰なの」

「シェムだ。」

「あ、そう…シェム…」

「女、名前は?」

「栞あまの…」

「そうか、よろしく頼む。」

窓から見える夕日が悲しいくらいに綺麗だ。私には沈む夕日を美しく思える感性があるのに、お金には逆らえない。どうしてなんだろう。


ほんの数分で奴は戻って来た。

「ただいま!相手が決まりました!」

ポンっと目の前に現れた奴は、ソファの上で腕を組んで座る私を見て、

「目が据わってますね…」

と言った。当たり前だ。

「…据わらざるを、得ない」

「若いのに借金を背負っていたら、嫌でも目が据わるだろうな。」

シェムが私を嘲笑した。あぁやっぱあんな話に乗らなければよかった、情けない、自分が情けない。

「大丈夫、栞さんは変わり種で、視聴者は面白がってくれると思いますよ」

「面白がるって…」

「さぁ、これから対戦相手になる皆さんと対面しましょう!」

「え?どうやって?」

思わず組んだ腕を崩した、今スッピンなんだけど…、

「待って、1時間は待って」

「向こうは準備出来てますよ?」

「私の場合は武装だからそんなに早く出来ないの!数分で準備終わらせる武士に城が守れる!?」

「わ、分かりました…」

「あーどうしよどうしよ」

大焦りでクローゼットを開けた、

「…ごめん、3日くらい待ってもらっていい?」

「はい?」

「いや、男ウケ?とか分かんないから、一旦雑誌とか見て…」

「もうそんな時間は無いです、さぁ、行きますよ!」

目の前が真っ白になった、私はどうなってしまうの?上下スウェットのまま、どうなってしまうの?

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「はっ」

目が覚めると、土手にいた。

「土手がお好きなんですよね」

後ろから天使の声がした、

「栞さんがリラックスできる場所をご用意しました。あちらをご覧下さい」

天使の言う通りの方向を見ると、そこには…

「あ、朝の…」

「…なんか見た事あるな」

全盛期のオダギリジョー!ネタキリジョーじゃない、元気そうだ。

「ん?知り合い?」

港区漁師!

「さっきもここで会いませんでした?」

不審者!

「…」

リエちゃんの演武を見た爆弾魔。

「…今からメンバーチェンジって出来る?」

私は立ち上がって、出来るだけ小声で天使に囁いた。

「無理です」

「そこを、なんとか」

「無理です」

「私忘れてたんだって…」

「貴方が手短に済ますからそうなるんですよ。さぁ、皆さん!自己紹介から始めましょう!」

ゾロゾロと私の方へ近寄ってくる面々、あぁ、帰りたい。

急に自信がなくなってきた…。

シェムはどこ?何か指南してよ。何でもいいから。男ウケの良い自己紹介なんて知らないの、服脱げばいい?

でも、全盛期のオダギリジョーなら私に1秒くらいはときめいてくれそうな気がする…ちょっとアホそうな顔してるし…。

「じゃあ俺から…自己紹介いい?」

「どうぞどうぞ」

「…」

全盛期は押し黙ってしまった、どうして何も言わないの?

「あれ?ヤズ瑛さん?」

天使が声をかけた、

「え?」

「自己紹介…」

「あっ、俺からか」

嘘でしょ?

「えっと、遠橋ヤズ瑛です、バーテンダーやってます。宜しく!」

「は、はい拍手〜」

天使がから元気で盛り上げる、そういや小学生の時にこういう新任の先生いたな、と思いながらまばらに拍手をした。

「じゃあそのまま順番に行きましょっか」

「河野汐留。なんか、たまたま巻き込まれちゃったんだけど、やるからにはマジでやるから。ヨロシクね。」

こいつ、目ェバッキバキじゃん。

「須藤海太です、朝はごめんね、よろしく。」

正常と異常を行き来しているのかな、今はまともだ。

「藤原拓男です…」

「え?」

声が小さくて思わず聞き返してしまった、

「藤原…拓男です…」

「栞さんもドンと!ドンとどうぞ!」

「…栞あまのです、こんな格好ですみません…。普段はもうちょっと可愛いです、よろしくお願いします」

「あ〜ボケた!面白い!拍手!」

全くウケなかったけどね。

ほら、全盛期なんて、遠くを見てる。

港区にいたっては目ェバッキバキで地面見てるしね。

不審者は分かりやすく目を泳がせてるし、爆弾魔はポケットに手を入れちゃってる。スイッチ押す気でしょ。もう無理だよ。

「ね〜今度スロット行こうよ!」

「スロットも良いけどさ、俺とアボカド食べに行かない?美味しいアボカド食べれるとこ知ってるんだ。」

「河野がっつくな。ね、お酒好き?あとあれ好き?あれ、あのー、なんだっけ…」

「か、囲まれた…同時に喋らないで…」

手汗が吹き出す中、少し遠くで突っ立っていたシェムの元へ走り

「ねぇ、全て無かったことになんない?」と聞いたら、

「やり直しが効かないのが人生らしいな」

ぐうの音もでない正論だ。

「変な奴ばっかじゃん!あんなのムリ!絶対ムリ」

「まず最初のアドバイスだ。」

「え?」

「やる前からムリと決めつけるな」

シェムは私を180度回転させて、トンっと背中を押した。戻れと言う事だろう。

仕方なく私はとぼとぼ天使達の元へ戻った。

「皆さん落ち着いて!栞さん怖がってますから…。今日の所はここまで!また明日の動きはこの後メールでお知らせしますね!イベント情報を確認できるアプリもありますから」

天使はそう言ってプリントを配り始めた。

「皆様の運命はいったん私が握らせて頂きます、ですのでアプリに記載されている日は予定が入ってようがなかろうが関係無いので。御安心ください」

サラッと怖い事言うな。

「ふーん、イベントかぁ…」

港区漁師がこちらに向かって歩いてきた、あまり目を合わせたくなくて、下を向く。

そしたら嫌でも尖った靴が目に入る。

「近づかないでください、私先端恐怖症なんです、ちょうど今患ったんです…」

「恥ずかしがってんだ、可愛いね…。」

口からひぃ、と情けない声が出た。

「俺ならイベントなんてお膳立てされなくても、君ぐらい余裕だよ」

近くで見ると、港区漁師の顔はかなり整っている。でも、だからこそ覚えづらいし、見えづらい。

しかもなんて言っていいのか分からない、びっくりする程響かない。

「あっ、じゃあ、はいあの頑張ってください」

無難だけどこれでいいだろう。

「河野!ズルいぞ!」

全盛期が私と港区の間に入ってくれたお陰で助かった。

「ごめんね、こいつ悪い奴じゃないんだけど、ちょっと頭イカれてんだ」

「イカれてんのはお前だよヤズ」

コンビニでの様子とさっきの様子を鑑みると、確かにそうかもしれない…。

「あぁそうだ、これから皆さんの事は甲と乙で呼ばせていただきます。女性側が、甲。男性側が乙です」

「契約書みたいな呼び方だね…」

私はため息をついた、これから私は栞あまのではなく、甲か…。

「最初は凸と凹の予定だったんですけどね」

凹の方じゃなくて良かった、甲の方が幾分かマシだ。

「生々しいよ…」

「では乙の皆さんをお部屋までお戻しします。」

天使がそう言うと、4人はすんっと消えてしまった、なんかこの力怖いな。

「栞さん、心拍数についての認識を擦り合わせましょう」

天使は両の手を擦り合わせた。

「甲の心拍数が規定数を超えると、減った1円は、乙に追加されます。逆も然りです。現時点での値段はお互いに確認できません。」

「待って!難しい事は理解できないの!」

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また目の前が白く光って、気づけば自分の部屋にいた。

「あれ…」

全部夢だったのかも、寝て起きたら、天使とか見えなくなるかも、そんな事を考えていると

「夢じゃないですよ」

と、天使が私の耳元で囁いた。

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