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成増パラダイス

ジメジメとした暑さが生活に支障をきたすようになって来た。

寒さは家中の布を寄せ集めればなんとか凌ぐことができるけど、暑さはそうもいかない。だから私みたいな猫背の負債者は極寒の地で暮らすのがお似合いなんだと思う。

クーラーはまだつけたくない。

唸りながらソファの上で夏の始まりの暑さに耐えていると、インターホンが鳴った。

「はーい」

出ると、そこにはいつもと違う格好をしたシェムがいた。

「…どなた?」

「シェムだ、入るぞ」

半袖のスーツにリムレスのメガネ、まぁ似合ってないとは言わないけど、いつもの重苦しいGACK○みたいなシェ厶はどこに行ってしまったんだろう。

ガツガツとリビングに入ってきたシェムの後を付いて行った。

彼はネクタイを緩めながら

「まだそんな格好か」

とボヤいた。

「なんかあんの?」

「通知を入れろ。今日は成増の特別編だ。」

「ごめん、クセで通知音消してた」

するとシェ厶はどこからともなく指し棒を取り出し、私の頭頂部をペン!と叩いた。

「いた!」

「今日は俺の事を先生と呼べ、分かったな」

「…え、なんか変なビデオとか見た?」

「変ではないが。」

「どうしたの急に…先生と呼べなんて」

「時に栞、青春とはいいものだな」

突然話を変えてきた、怪しい、怪しすぎる。

「…アダルトビデオ見たでしょ、まーた変なとこから学んできて」

「土手で追いかけっこ、部活後のアイツに渡すスポーツドリンク、2日遅れの交換日記…素敵だな、青春は。」

どうやら邪なことを考えていたのは私だけだったようだ。

「ルール説明は現地についてからだ。とっとと身支度をしろ」

「はーい」

ソファから立ち上がってテーブルの上にある化粧ポーチに手を伸ばした、ポーチと言えるほど中に色々入ってはいないけど。あぁもうこの下地、絞っても出てこないな…。

「栞」

「ん?」

「アダルトビデオってなんだ」

「…」

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2人分の体重をのっけた階段がギシギシと音を立てる、駐車場に着き、辺りを見回してみるが誰もいない。

「まだ来てないんじゃん」

「ふふ…栞、目を閉じろ」

「何笑ってんの」

私は言われた通りに目を閉じた。

「成増・ファム・ファタ〜ルはもう誰にも止められない…」

「だから何よ」

体がグゥっと引っ張られ、視界が白くなる。

またこれだ、体に良くないやつ。

「…よしいいぞ、目を開けろ」

恐る恐る目を開くと、私は知らない学校の校門前にいた。

「栞、似合ってるぞ」

「えっ…?」

なんと、口コミを読み込みながら厳選に厳選を重ねてポチッた無難な私服が、私立高校のお嬢様のような制服に変わっている、一体何が起きているのやら…。

「どういう事?」

「説明はおいおい、な。兎に角今は教室に向かうぞ」

「ま、待ってよ〜」

状況が飲み込めないまま私はとりあえずシェムについて行った。


「なんなのこれ…」

辺りには人っ子1人いない、シェ厶と私だけの足音が響く。

するとそこに、タッタッタッという何者かの足音が聞こえて来た。

「ん?…わぁ!」

体に衝撃が走り、尻もちを着きそうになった所を大きな手に支えられた。

「ごめんね、大丈夫?」

足音の正体は食パンを口にくわえた海太君だった。

「どしたのその格好…」

「いいっしょ、平成っぽくて」

少し長い髪の毛を片方だけ編み込みにまとめていて、緩く着崩した制服はまさに最近SNSでよく見かけるThe平成男子。

「栞ちゃんスゲェ似合ってるよー、可愛いじゃん」

「ありがとう…てかなんで食パン食べてんの」

「食パン食ってぶつかんのがトキメキの定番じゃん。」

「ぶつかるだけじゃダメじゃない?」

「じゃあキスでもしとく?」

「バカ!」

「マジになんなって、お先に〜」

そう言うと海太君は去っていった。

「なんだったの…」

「先を急ぐぞ」

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靴箱で用意されていた上履きに履き替え、廊下を歩いていると、グイッと腕を何者かに引っ張られ、背中にトンっと冷たい温度を感じた。

「なんで他の男とほっつき歩いてんだよ」

頭の横に手が置かれた、いわゆる壁ドンだ。

「自慢のセンター分けはどうしたんですか、河野さん」

「…あれ、キュンキュンしない?ときめかない?」

「はい。こんなのただの恐喝ですよ」

私は河野さん手の下からくぐり抜けた。

「まだこんなんじゃ終わんないから、楽しみにしててね」

「結構です」

早歩きをしてこの場からとんずらしようとしたら、後ろから

「おもしれー女ァ!」

と聞こえてきた。

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教室に入ると、左肩に手を置かれた、シェムかと思って振り向くと、そこにはメガネをかけたヤズ瑛さんがいた。海太君とは対照的にぴっしりと制服を着ている。

「栞あまのさん、5分の遅刻ですよ」

「ヒィ!変な敬語やめてください!」

「ヒィって…」

「どうしちゃったんですか、なんか今日皆おかしい…」

「どうせぼ、お、俺は…いや、なんか違う」

教室の後ろの隅っこで体育座りをしている藤原さんがいた。

「あ、良かった〜藤原さんはいつも通りだ」

「い、いつも通り…ですか…」

あとから海太君と河野さんが教室に入って来た。5つしかない席に各々座ると、過疎地域の中学校みたいでなんか笑える。

シェ厶が教卓に立つと、天使がボンッと音を立てて現れた。天使はジャージを着て体育教師のような格好をしている。

「皆さん、今日は成増・ファム・ファタ〜ル特別編成増パラダイスを開催いたします!」

シェ厶がごそごそとクラッカーをポケットから取り出し、パァン!と小気味よい音を鳴らした。

中に入っていたテープや紙片が天使にべったり着いてしまい、シェ厶がそれをいそいそと取りながら説明が始まった。

「今回は甲側である4人にキャラ属性がつくというスペシャルなルールになっています、栞さんの為に一人一人説明しますね。まず、ヤズ瑛さんは真面目インテリ系!」

ヤズ瑛さんは得意げにメガネをクイッとあげた、本人と真反対のキャラだ。

「次、河野さんは俺様ドS男系!」

あんま大差ないな。

「次、海太さんは平成チャラ男系!」

海太君の方をチラッと見ると、一生懸命リプト○を飲んでいる。

「そして最後、藤原さんは捻くれクール系!」

捻くれは河野さんの専売特許だけど、藤原さんは上手くやれるのだろうか。

「以上、甲側の4人はこれからゲーム終了までキャラ属性を守った行動をしてもらいます、属性から外れればペナルティとして1万円ごと引かれていきます。そして、乙側である栞さんはときめかなければ1時間に1万円ずつ、反対にときめいてしまえば、いつも通りの額が引かれていきます。」

早速このゲームの攻略法が分かった、終了時間まで誰にも会わなければいいんだ、ラッキー!

「こちら側でイベントを用意しておりますので、誰にも会わずにゲーム終了というのはありません。」

「だからメンタリズムしないで!」

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「最初は…体育か」

シェ厶に案内されて体育館にやって来た、ステージの方を見ると演台がある事に気がついた。あそこの下に入れば誰にも見つからずに済むかもしれない…。

「じゃあ俺は一旦外れる」

「うん、じゃあねバイバイ」

ナイスタイミング、シェムが体育館から出ていったことを確認して私は演台に小走りで向かった。まだ誰も来ていない内に隠れなければ…。

「よし…」

演台の下に縮こまって体育座りをして、少ししたらザワザワと男達の声が聞こえてきた。

息を飲んでじっーとしていると、広い体育館に皆の話し声が響いた。

「あれ?栞ちゃんは?」

最初に私の不在に気づいたのは以外にもヤズ瑛さんだった。

「着替えに時間かかってんじゃね、一応女の子だし」

一応ってなんだ…。

「じゃあ栞ちゃん来るまでバスケやっときましょうよ」

海太君が言うと、それいいねとヤズ瑛さんが言って、足音が響いた。ボールを何度かバウンドさせる音と、河野さんがボールを嫌がる声が聞こえてくる。

…数分近く経った、もう誰も私の話をしていない、各々好き勝手に過ごしている、私が来ない事に誰も違和感を感じないのか、特にヤズ瑛さんはもう私のことなんか忘れてそうだ。

待つのも退屈になり、演台から顔を覗かせようとしたその瞬間、

「…栞さん、こんなとこにいたんですか…」

「うおっ」

振り向くと、藤原さんがいた。

「ここがよく分かりましたね」

「…多分、皆気づいてますよ。栞さんが飽きて、自分から出てくるの待ってるんです…」

「あ、てか、逃げなきゃ…!」

「待って」

藤原さんから腕を掴まれた、グイッと引っ張られたらそれ以上動けなくなって、下にへたりこんだ。

「…ちょっとだけ、独り占めさせて、くだ、さい…」

「いいですけど、高いですよ」

「…いくらでも払います…」

「じゃあ早いとこ私にときめいてくださいよ!」

私が冗談めかして言うと、

「…もう既に。」

「え?」

「制服姿可愛いし、体操着姿もあどけなくて…しかも髪サラサラで良い匂いするしThe女の子って感じですっごく…」

「えっ、キモ〜イ!」

海太君が藤原さんの後ろから顔をのぞかせてきた。

「いたんだ」

「う、海太君…!あの、これは…」

「2人とも〜藤原さん駆け抜けしてました!しかも栞ちゃんにめっちゃキモいこと言ってて〜」

「それはセクハラです!」

そう言ってヤズ瑛さんがステージまで走ってくるのが見えた。

「藤原さん、抜け駆けはよくないっすよ!」

「へ…あ、…あはは…」

海太君が笑いながら藤原さんと肩を組んだ、藤原さんの情けない笑い声は体育館に響くことも無かった。


皆で中当てをする事になり、ジャンケンで負けた河野さんと海太君がコートの外に行った。このまま1時間、何事も無く終わるといい、ただ遊んでやり過ごして、賞金を守るんだ。私はほっぺを軽く叩いてやる気を出した。

河野さんが自信なさげに投げたボールを藤原さんがオロオロと避けた。

「あっクソ」

「こ、河野さん…同族嫌悪ですか…」

次は海太君がボールを取り、ヤズ瑛さんを狙った。

新幹線のような速さで駆けたボールを難なく交わし、勿論それをキャッチすることが出来ない河野さんは、とぼとぼとボールを取りに走った。

「栞ちゃんは俺が守る、り、守るます」

ヤズ瑛さんがメガネをクイッと持ち上げた、それしか引き出しが無いのかな。

そんなヤズ瑛さんに気を取られ、よそ見をしていた隙に河野さんのボールが私の足にあたった。

「はい栞ちゃんアウ」

「栞ちゃん、大丈夫?」

さっきまで確かに体育館を踏み締めていた私の足が宙に浮かんでいた、どういうことかと頭を整理していると至近距離にヤズ瑛さんの顔があり、思わず押しのけてしまった。これはいわゆる、お姫様抱っこ。

「わ、うわー!!」

「ぐわわわわ」

「栞ちゃん、ヤズの顔が!スポンジみたいになってるから!」

「俺は栞ちゃんをぐわわわ、保健室に、運ぶます」

「足にあたっただけなんで大丈夫です!おろしてください!早く!」

心臓が有り得ないスピードで動いている。

「心臓が、心臓が痛い!止まっちゃう!おろしてください!」

「じゃあ尚更保健室行かなきゃ!」

「おろして〜!」

「このままダンクしちゃおっかな!」

「ヤズ瑛さんそれはヤバいっすよ!」


ヘトヘトになりながら教室へ戻ると、廊下の途中でシェムから肩を軽く叩かれた。

「おつかれ」

「…いつの間にそんなこと言えるようになったの」

「ヤズ瑛のアプローチは良かったが、キャラ属性に沿ったものではない。よって、無効だ。」

「あーやめてよ、お姫様抱っこでときめいたなんか、バカみたいで…」

「いいじゃないか、女の子は皆お姫様なんだろう?」

「違う、借金背負って猫背のお姫様なんかどこにいんのよ」

「ここにいるだろ」

シェ厶は私を指さした。お姫様って柄でもないけど、言われたら言われたで、なんか少し嬉しい。

「人に指を指してはいけません!」

ヤズ瑛さんがシェ厶の隣でなんか言ってる。

「うお、いつの間に…」

珍しくシェムもビビってる。

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「1時間目体育ってマジの学校なら結構ハードだよな」

隣の席にいた海太君が話しかけて来た。

「だよね、キツいわ」

「大丈夫?保健室連れて行ってやろうか?お姫様抱っこで」

「…怒るよ!」

横から笑い声が聞こえた、藤原さんだった。

「珍しいっすね、藤原さんが笑ってるの」

「あぁ…いや…なんか凄く…栞さんが可愛くて…」

「私のことからかってます!?」

「あああごめんなさい…キモかったですよね…」

「藤原さん、簡単に謝っちゃダメじゃん」

「すみませんすみません…」

今日は調子が狂う、ほんとに誰とも顔を合わせない方が良さそうだ。

「よし、お前ら席を向かい合わせにしてくれ」

シェ厶の言う通りに席を動かした、これから何が始まるのだろうか。

「早速だが、今からお前らにグループワークをしてもらう。ここで得た情報をこれからに役立てろ。トークテーマはデートで行きたい場所について。時間は5分間だ。」

シェムが指パッチンをすると、タイマーが動き始めた。

給食の時のように席をくっ付けたので、今私の隣にはヤズ瑛さんがいる、前には海太君、その横に藤原さん、そして、お誕生日席に河野さんの順。

「デートで行きたい場所、か…」

ヤズ瑛さんが呟いた。

「オレ、やっぱパチンコ。譲れないっすね」

「え、で、デートだよ…?」

「藤原さん、分かってないっすね。デートって言うのはお互いの理解を深める為にあるんすよ、まずは自分を知ってもらわないと」

「でも…理解を深める前に…嫌われるんじゃ…」

「…まぁまぁまぁそんな事も、ありましたけど」

「あったんじゃん。初デートでパチンコはないよ、私でも分かる。」

「じゃあ栞ちゃんはどこに行きたい?」

クリエイターズヘアを翻しながら、ヤズ瑛さんは私の方を向いてきた。

「…カフェ!」

クイズのように答えてしまった。別にデートで行きたい場所なんて特に無いけど、大人には思ってもないことを言わないといけない瞬間がある。

成増が始まって、もうだいぶ時間が経った。

何も準備無しで挑むにはこの戦場はキツすぎるとやっと気づいた私はシェムに頼りすぎないように毎日暇があれば、SNSを駆使して一般的な恋愛についての情報を収集し、Aiを利用して会話の予行練習までしている。少しは百戦錬磨に近づけたつもりではある。全ては、己の十字架を降ろして猫背を正すため!最先端を使いこなした私は今までとは違う!

そう、まさに、今、その成果を発揮する時!

「カフェは雰囲気がいいから話しやすいし、お互いの事をじっくり知ることが出来ます。」

「あー、成程ね、それだとBARも良くない?」

ヤズ瑛さんが食いついてきた。

「BARは夜から会うことになってしまうので本気で恋人を作りたいなら不向きです」

「昼からやってるとこもあるよ、俺のとことか」

勘でお酒を作る店員がいる店は昼からやってるのか。

「…そうなんですか?」

そんなこと、Aiは教えてくれなかった。

「カフェ&BARみたいな形態をしてるとこもあるしね、今度一緒に行こうよ」

「うっ…」

Aiはお誘いなどしてこなかった!

「うわー、お手つきっしょ」

私達のやり取りを見て海太君がポロッとこぼした。


「次のテーマは初恋について、だ」

タイマーがカウントを始めた瞬間、私は息が詰まるのを感じた。初恋もまだなのにこんなゲームに賞金目当てで参加した事がそもそも間違いだったのかもしれない。

「栞ちゃんが困りそうなテーマ」

海太君が頬杖をつきながら言った、バカにしやがって。

「…大丈夫、私はSNSで入手した情報をもとに話にを展開させるから。気にしないで。」

「逆にきまじー」

「初恋…初恋と言えば、河野の初恋は散々だったよな」

「…俺?」

河野さんがぽやーっとしている、センター分けを奪われたらこんな風になってしまうのか、まるで濡れたアンパンマ○だ。さっきまでの威勢は何処に行ってしまったんだ、港区か。

「ほら、中学の時にめっちゃ好きだった子、いたじゃん。」

そう言えば、あの変な合宿の時にチラッと聞いたことがある。その女の子は結局ヤズ瑛さんに近づくために河野さんを利用するという高度なテクニックを使っていた言うオチだった気がする、成増にいればものの2日で奨学金を返済できてそうな逸材だ。

「あー…ほのかな」

「結局その子は別の人が好きだったんだっけ」

「…まぁな」

ヤズ瑛さんは覚えてないのか?記憶力が悪すぎるのも罪だ。

「ありがちっすよね、オレも初めて好きになった子は彼氏持ちだったんすよ」

「…それは結局…どうなったんですか…?」

「あとちょっとで奪えそうだったんすけどね、オレの存在が2人をこう、燃え上がらせちゃったみたいで、オレ、チャッカマン的なアレになっちゃったんすよ」

「そんなことってあるんだ」

「まぁ栞ちゃんには分かんないかもしんないけど」

「ナメんなバカ海太。私にもある。」

「は、初恋…経験済、なんですか…?」

「これは、和歌山県在住の20代女性のエピソードなんですけど…」

「他の人のエピソード話そうとしてんの?」

河野さんの顔がドン引いている、失敗したか。

「でも、そんなとこも可愛いな」

「…どうしてだろう、河野さんには1mmも心が動かないんです」

「ちょ」

「あっ、そういや、キャラ属性の存在忘れてた」

海太君が急いでリプトンを飲んだ。

「あれ俺何キャラだっけ…マドモアゼル!…なんか違うな…」

「ヤズ瑛さん、鏡見たらいっぱつっすよ」

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休憩時間に入ると、私は黙って窓を見たまんまの河野さんがどうしても気になっていそいそと河野さんの机の元へ赴いてしまった。

「河野さん、どうしたんですか?」

「…んー」

「心ここに在らず、港区にありって感じですね」

「栞ちゃん、いいよそいつほたっといて」

「でも、河野さんが静かなのってなんか気味が悪くて」

「き、気味が悪いって…」

「あ、やっとこっち向いた」

「別になんも無いよ、ほんとに」

「うっそだ、センター分け奪われたから落ち込んでる」

「そんなんじゃないよ…」

「じゃあどうしちゃったんですか?」

「…なんもない」

「うーん…」

私は何気なく、黒板を見た。

「…あ」

頭に閃が走ったので、チョークを手に取り、黒板に綺麗な円を描こうと試みたが使い古した髪ゴムのような円が出来上がってしまった。

「栞さん…どうしたんですか…?」

「…藤原さんって、円描くの上手そうですよね!描いてください。2個。1個はこんくらいの大きさで…もう1個はほんとちっちゃく」

「はい…」

藤原さんが描いた円は私のものとは比べ物にならないほど綺麗だった。

「流石!図面に慣れてるんですね」

藤原さんは部屋で何か危険なものを作っていそうなイメージがまだ私の中で抜けていない。

「そ、そうでもないですよ…はは…」

私は小さな円の中に100と書いた。

「…よし!これが、えっと、ブル?」

「栞ちゃんこれ、もしかしてダーツ?」

ヤズ瑛さんが食いついた。

「そうです、チョークを投げる、チョークダーツ!」

「でもこれ、100点以外ないの?」

「はい、無いです」

「…新しいなぁ!」

「ちょ、オレやってみていい?」

私は海太君にチョークを渡した。

海太君は慣れた手つきでチョークを投げたが、意外に軽いチョークは変な方向に飛んでしまった。

「うわ結構むずいな」

「しばらく遊べるよ、私もやってみよっと。河野さんもやりますよね?」

「いや俺は…」

「どうせ港区でダーツばっかやってんだろ?腕前見せろよ」

ヤズ瑛さんの挑発にのり、河野さんはチョークを手に取った。

「お、やっぱうめぇな」

「港区のブル王だからな」

河野さんは5回中、2回ブル、残り3回は惜しくも外れたけど、それでも小さな円の近くに当たっていたからかなりの正確性だ。

私はと言うと…

「あー、全然当たらない…」

チョークが折れたり、変な方向に曲がったりで難しい。1回もブルに当てることが出来ない。

「お前ら面白い事をしているな。予定変更だ。このゲームで優勝した者に追加インセンティブをやろう。」

シェムの鶴の一声で俄然やる気が出た。

「うおーマジか!」

海太君が飲んでいたリプトンを机の上に置いて、袖を捲りあげた。

「お金のこととなると本気出すよね」

「栞ちゃんに言われたかねーよ、ネクタイハチマキにして1番本気出してんじゃん」

「バレたか」

「ちょっと腕上がったな、ブル王」

「プロ並みにやってっからな」

河野さんも少しは元気が出たみたいで良かった。


藤原さん、ヤズ瑛さん、海太君の3人はダーツをしている、かなり盛り上がっているようで、お金の力ってやっぱり凄いなぁと思った。

私は点数の悪さから席に戻って項垂れていると、隣に河野さんがやって来て、屈んだ。

「栞ちゃん」

「はい?」

「…ありがとね」

「別に。河野さんが1人で拗ねてるから…」

「拗ねてなんかないよ、ただ、…学生時代を思い出しただけ」

ヤズ瑛さんへのコンプレックスが、この学校と言う場所のせいでガンガン刺激されているんだろう。

「河野さんって、ヤズ瑛さんの事どう思ってるんですか?」

「めっちゃ良い奴だと思ってるよ、なのに俺は…」

「あっ、出た出た」

「…小学生の頃ね、運動会の時にかけっこで俺がコケちゃったことがあったんだ。」

「想像できます」

「そん時にあいつ、俺と組違う癖に手握って一緒にゴールしてくれたんだよ…なんかそういうの思い出しちゃってさ」

「多分ヤズ瑛さんは忘れてるんだろうな」

私が言うと、河野さんはどうかな、と言って笑った。

「私も思い出話いいですか?」

「いいよ」

「クリエイティブなんですよ私。こう見えて」

「…ま確かにクリエイティブだよね、最初の方とかサラダの分け方凄かったもん」

「それはただ単に下手なだけ…。うちんち、お金無くってゲームとか買えなかったんです。そのせいで友達と話し合わなくてハブられて、暇な時は自分1人でどうにかするしかなかったんですよね」

同じく家の都合でゲームを買って貰えなかったリエちゃんが現れるまで、私の友達は常に頭にいた。

「うん」

「だからこんな変な想像力がついちゃって」

「全然変なんかじゃないよ」

「河野さん…」

「むしろ、素敵だと思う」

河野さんの少し茶色い瞳が真っ直ぐに私を捉えてる、でも言わなきゃ…。

「あの…」

「…ん?」

「頭触る癖治した方がいいですよ、チョークの粉で○太郎みたいになってます」

「マジかよ」

「ちょっとアレ言ってくださいよ、おい○太郎って」

「それ親父の方な…」

河野さんは頭をクシャクシャとかいて左右に振った。

「落としてあげますよ」

手の裏で頭を撫でると、少しずつ粉は落ちていったが肩に乗っかる白い粉がフケみたいだ、どっちの方が良かったんだろう。○太郎か、フケか。

「ダメだ、全然落ちない、一生このままです」

「マジかよ…」


優勝は2位の河野さんに圧倒的な差をつけてヤズ瑛さん。

結果を受けて河野さんは更に落ち込んでしまった。

「そんなおちん○揉まないでくださいよ」

「海太君…励ましになってませんよ…」

「さあお前ら次は家庭科だ。移動するぞ」

廊下に出て、階段を降り、少し歩くと家庭科室についた。言われた通りの席に座り、エプロンを付けて待機していると、同じくエプロンを付けた天使が現れた。

「今から皆さんには力を合わせて成増・ファム・ファタ〜ルケーキを作って貰います!」

シェムが指パッチンをすると、私達の目の前に材料が現れた。

「生クリーム、卵、砂糖、薄力粉、バター、イチゴ、グミ、…グミ?金平糖…金平糖?チョコペン…」

思わず2度見してしまった。

「…原宿みたいなケーキになりますね…」

「彩ってくれ、お前達の好きなようにな」

シェムが指パッチンをしながら言った、すると調理器具がズラっとキッチンの上に並んだ。

「調理器具っていっぱい並んでたら、拷問器具に見えてきませんか?」

隣にいた藤原さんなら同意してくれると思って言ったら

「…僕も…たった今そう思いました…」

って微笑んだ。これは大人の気遣いをさせてしまったかな。

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「栞ちゃんって普段料理するの?」

ヤズ瑛さんが髪を結びながら聞いてきた、ここは大人の回答をしなければならない。

なぜだか知らないけど、世の男達と言うのは女が子宮の中で料理を学んで産まれてくると思っているので、ここで料理ができないと答えたら好感度はマイナスになる恐れがある。

「…はい、自炊してますよ」

まぁ嘘はついてない、米だって自分で炊くし、野菜炒めくらいなら2年前に1度作ったことがあるし。

「ほんと?」

ずいっとヤズ瑛さんの顔が目の前に来た。

「…ほんとです!」

「あの顔は嘘ついてる顔っすね」

「バカ海太、適当言うな!」

「まぁオレはしてないけど」

「別に栞ちゃんが料理できても、できなくてもどっちでもいいんだよ。栞ちゃんのこともっと知りたいだけだからさ」

「ぐ…」

柔らかい笑みに少しやられそうになったが、唇を噛んでなんとか堪えた。

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協力しあえと言うシェムの言葉の元、私達はレシピ本を見ながら料理をしている、が…。

「え?卵白と卵黄を分けるって、そんなんもう科学の域ですよね」

「こうやって…やったら…簡単に分けれます」

藤原さんが教えてくれたり、

「包丁使う時って猫の手でしたっけ?あれ猫って手あります?」

「うん、あ、俺一緒にやろうか」

ヤズ瑛さんが一緒に包丁を持っていちごを切ってくれたり、

「オーブンって…なんかボタン多くない?!」

「これとこれっしょ」

「料理しないって言ってたじゃん!」

「オーブンオンリーの料理はよくするから」

「嘘つき!」

「それは栞ちゃんの方っしょ」

海太君にデコをつつかれたり…。

焼き上がるのを待ってる間にいちごが1つ減っていたので、裁判をしたり…。

「多分犯人は河野さんっすよ、なんか怪しいし」

「おい海太。人を疑う前に自分だろ。お前なんか口元赤いぞ」

「海太君、死刑!」

「静粛に!静粛に!」

ヤズ瑛さんが鍋とお玉をぶつけて音を出してたら

「お前が1番うるせぇよ」

河野さんに怒られてたり…。

焼きあがったスポンジを出した時は、モワッとした熱気と共に幸せを感じた。

「あー…楽しい」

一通りの飾り付けを終えてポロッと零したら、藤原さんが良かった、と笑った。

「私、ケーキとか作ったことないんで楽しいです、家庭科の時間はいつも見てるばっかだったし」

「意外、ですね…」

「率先して動いてたら、邪魔って言われちゃって、それがトラウマなんです」

「それは…酷いですね…」

「まあ、あの時は卵全部だめにしちゃった私が悪いんですよ」

「…出来た!どうよこれ」

ヤズ瑛さんは持っていたチョコペンで成増と書いていた、ケーキのど真ん中に。

「なんか、提供みたいっすね」

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完成した成増・ファム・ファタ〜ルケーキはかなり原宿感を宿しているが美味しそうではある。

「凄い美味しい、シェムは食べないの?」

隣にいたシェ厶に声をかけると、

「俺はいい。」

と仏頂面で言った。

「こんなに美味しいのに」

海太君の方に目をやると、天使にあーんとケーキを食べさせていた。天使の目はとろけてしまっている。

「栞ちゃん、口開けてみ」

ヤズ瑛さんが席を立って、私の方に来た。

「はい…」

言われた通りに口を開けると、フォークに刺されたいちごが入ってきた、一口噛むとみずみずしい果汁が甘味を伴って弾けた。

「美味しい〜!ありがとうございます」

「それは良かった」

「ヤズ、お前いちご好きじゃなかったっけ」

「え?いいんですか?」

「好きだよ、だからあげたんじゃん」

ぽやっと顔が暖かくなるのを感じる、人の優しさにダイレクトで触れてしまった。

そんな私の前で河野さんは、けっ!とばつが悪そうな顔をしていた。

「栞ちゃん俺のいちごもあげるよ、中にあるやつもあげる!」

「ありがとうございます、でも中のは大丈夫です」



ケーキを食べ終えて、ワイワイ喋りながら片付けをしていると、海太君が私の肩を叩いた。

「ちょいこっち来て」

ぐいっと腕を引かれ、家庭科室の後ろの方に連れていかれた。

なに?と聞くと海太君は私の耳元で

「いいの?そんな隙だらけで」

と囁いた。訳が分からず、え?と零すと、

「オレ達友達でも仲間でもないんだよ、敵同士じゃん」

ケーキ作りが楽しくて、本来の目的をすっかり忘れていた。

それはそうだけど…と言おうとした瞬間、海太君の私を見る目がいつもと違うことに気づいた。

凄く静かで、有無を言わせないオーラに圧倒されてしまった。

「ま、たまにはいいと思うけどな、殺伐としたのも似合わねぇし」

「そ、そうだよ、何言ってんの…」

私の腰に海太君の腕が回った。このままだと彼のスペースに飲み込まれてしまう、でも体は蛇に睨まれたみたいに動かない。

「戸惑ってンの?可愛いー…」

「…海太君…?」

気づけば真後ろに藤原さんが立っていた。

「うおおビビった」

救われた、良かった、ナイスタイミング!

「…何やってるんですか…?」

「何って…そりゃ」

「栞さん、戻りましょう…」

「は、はい!」

藤原さんは私の肩に置かれた海太君の手を払ったかと思えば、私の手を握って、少し強引に元の場所まで連れ戻した。

「…あの人けっこー、やる時やるよな」

海太君のそんなボヤキが後ろから聞こえてきた。

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教室に戻り席に着くと、教卓に天使が現れた。

「皆さん!お疲れ様でした!」

天使がクルッと回ると、体育教師の格好から、いつものテルマエ・ロマ○のような格好に戻った。

「普段とは異なる皆さんを見ることができました、ご協力に感謝します」

天使は珍しくお礼の言葉を言い、頭を下げた。ペコペコと合わせて動くうさ耳が可愛らしい。

「ですが、…お遊びはここまでだ。」

私は自分の耳を疑った。

「成増・ファム・ファタ〜ルは決して、馴れ合いのお友達作りの場ではありません。お互いの心を試行錯誤しながら徹底的に揺らし合う、それが本来の目的のはずです。しかし最近の皆さんはただの仲良しクラブに成り果ててしまいました…。」

天使の静かな声に圧倒されていると、横にいたシェ厶が指を鳴らした。

すると、教室のドアが開かれ、黒ずくめの服を着た人達が複数人入ってきた。

「これから皆さんにはこの校内で、鬼ごっこをしてもらいます。題して、成増・鬼ごっこ。ルールは簡単。逃げ回ってください。捕まれば、-100万。捕まらなければ、1時間ごとに+100万。その間にも普段のルールは適応されます。キャラ属性はもう関係ありません、そのままでぶつかり合ってください。

5人揃って校門から出られたら、ゲームは終了です。」

「ってことは、5人揃わないとゲームは終わんねぇのか…」

海太君が呟いた。私はまだ正直頭が追いついていない、展開が急すぎる。

「そうです、そのルールを上手く活用する事ができれば捕まっても挽回のチャンスがあるでしょう。

一緒に逃げるロマンスもあれば、一緒に捕まるロマンスもありますよ。面白いものが見れることを期待しています。」

天使がそう言った瞬間、私の目の前が真っ暗になった。

「皆さん目覚めましたか?10秒後にゲームを開始します」

放送と同時に目が覚め、辺りを見回すと、誰もおらず、古びたピアノと特徴的な壁だけがあった。

「…どうしよ」


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