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恋物語

「栞、海って知ってるか」

「ナメてんの?」

インターホンが鳴ったので、ドアを開けたらシェ厶がいた。

「知らないわけなくない?」

「上がるぞ」

「…別にいいけどさぁ」

私は招かれざる客を受け入れた。

すると、シェ厶は当然のようにソファに座った。

「海は、いいぞ」

「そう」

私は家主なのに地べたに座った。

「そんなとこに座るな、隣に来ればいい」

しぶしぶシェムの隣に座った、別に嫌じゃないんだけど、なんか居づらいというか…。

「いいか、海は恋の為にあるんだ」

「石田純○みたいな事言って…」

「誰だそれは。石原軍○か?」

「そっちは知ってるんだ」

「今日は海に行く。」

「まだ6月なんだけど」

「恋と言えば海、海と言えば恋だ」

「話聞いてねぇな」

確かにリエちゃんから無理やり見せられた恋愛リアリティショーでも必ず皆で海に行く回はあった。シェ厶の言ってる事は間違ってないのかもしれない。

「栞、水着は持ってるのか」

「持ってないよ、無駄だもん。あれさー、高い割にそんなに使わないし、勿体ないんだよね。」

「も、持ってないのか…」

「うん」

「なら買いに行くしかないな…」

「そうだね」

「水着って、試着するのか?その場合、確認するのは俺か?店員さんか?」

シェ厶は頭を抱えてウロウロし始めた、人の家に来てなにやってんのこいつ。

「シェ厶でいいんじゃない?」

「だ、ダメだろう…」

歩き回ったかと思えば、すとんとまた私の隣に座った。

「え、なんでダメなの」

「水着は…ほとんど下着のようなものだろ」

「でもそれ着て皆遊んでんじゃん」

「…そうだな、しかし、あんなに肌を出した格好はコンプライアンス上」

「そんな事考えてるの逆にスケベじゃない?」

「はっ、そうだ」

シェ厶は指をパチンと鳴らした。

「これならいいだろ」

私の膝の上に何かが降ってきた。

「…スク水?」

「サイズは丁度いいはずだ」

「なんで私のサイズ知ってんの?」

「…天使だからだ」

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「スケベ天使」

服の下に水着を着て駐車場で皆を待つ間、シェ厶を責め続けた。

「お前が倒れそうになるのが悪い」

どうやら私のサイズはこの前事故でハグした時の感触で測ったらしい。

「別に助けてくれなくていいもん」

「言ったな」

「…やっぱ今のなし」

「お待たせ〜」

今日のヤズ瑛さんはthe・海の男だ。白いTシャツに海パンにサングラス。サーファーのお手本だ。

「栞ちゃんってどんな水着着るの?」

「開口一番にそれですか」

「いやー、ずっと考えてたんだよね、イメージ湧かなくてさ」

「スク水です」

「え?」

「スク水です」

「…いつの?」

「今日シェ厶から貰いました、私水着持ってないんで」

「…ちょっと運転手さんヤバいんじゃないの」

ヤズ瑛さんが腰をかがめて私の耳元で囁いた。

「ロリコンなんじゃ…」

「えっそうなんですか」

「だって、普通成人女性にスク水渡さないでしょ…」

私は隣に立っていたシェ厶から距離をとった。確かにヤバいのかもしれない。

「こっちおいで、危ないよ」

さっと肩を抱かれて引き寄せられた。成程。こうやって軽々と波に乗るサーファーのように女の上に乗るのか…そんな馬鹿な事を考えているといつの間にか全員揃っていた。

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お父さん車の窓を開けて潮風を味わっていると、

「まだ6月だよね、海閉まってんじゃね?」

私の隣で海太君が言った。

「そうだよ、でもお構い無し」

「クラゲヤバそう」

「刺されたらパチンカスもなおるんじゃない?」

「お前絶対海に突き落としてやるからな」

海太君が私のおでこをつついた、結構痛い。

「栞ちゃんの言う通り。海は水虫も治るからね、パチンカスも治るよ」

後ろで話を聞いていた河野さんが言った、センター分けを撫でながら。あぁ、このやり取りもいつもの光景だ。

「河野さんも一緒に落とすんで。そしたらそのセンター分けも治るっしょ」

「これは病じゃねぇよ!」

「運転手さん、どうして栞ちゃんにスク水を…」

ヤズ瑛さんはシェ厶に尋問をしている、しかしシェ厶は黙秘を貫いている、これもいつの間にか、いつもの光景になった。

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「海、それは、恋の舞台…」

更衣室で着替えを終えて、全員が揃うと、サングラスをつけた天使が何か語り出した。

「恋の舞台…それは成増の舞台…」

天使の後ろでシェ厶がマッチを持って何かしている。

「やってきました、成増・恋物語!」

バーン!と打ち上げ花火のような音がした。

「もっと暗い時にやらないと意味無いでしょ」

「さぁ皆さん、海ですよ!盛り上がっていきましょう!」

誰かがパチン、と手を叩いた。人間の習性に倣って私達はパチ、パチと拍手をした。なんの時間だこれは。

「栞さんをご覧下さい」

「見なくていい」

4人の視線が一気にこっちに集まった、シェ厶の後ろに隠れたいけど生憎彼は天使の後ろで花火の処理をしている。

「見なくていいから…」

「栞ちゃん…それ罰ゲーム?大丈夫?」

河野さんが眉をひそめて言った。

「スク水ってそんなにヤバいんですか?」

「うーん…まぁ栞ちゃんだからスク水でも別におかしくないか…水着とかわざわざ買わなそうだもんね」

「これはシェ厶から貰ったんです、水着が無いって言ったらくれました」

「な、やべーだろ」

ヤズ瑛さんが河野さんの肩を叩いて言った。

「やべーよ、変な趣味あんだろ…」

「…栞さん…」

私達の様子を黙って見ていた藤原さんが、白いラッシュガードを脱いだ。

「…これ、僕ので申し訳ないんですけど…」

「え?」

「着ててください…日焼けとか…心配なんで…」

「あ、ありがとうございます」

有難くラッシュガードを受け取り羽織った。

「ちょっと…ブカブカですね…」

「袖折れば大丈夫ですよ、ありがとうございます」

「おっ、早速!」

天使がピンポンピンポーンと100均で買えそうなクイズで正解した時に出すアレを鳴らした。

「今回は海での振る舞いに応じてインセンティブが与えられます。ちなみに、相応しくない振る舞いをしたら、こっち!」

今度はクイズで間違えた時のアレを出して、ブー!と鳴らした。

「これが鳴ると、10000円ずつ引かれていきますのでご注意を!」

海での相応しくない振る舞いってなんだ、そもそもあまり海に行ったことがないからそんな事分からない。

「結構な額引かれるねぇー」

そうだ、海の男・ヤズ瑛さんなら何かわかるかもしれない。

「海での相応しくない振る舞いって、なんでしょうね」

「…なんだろ、あ、やっぱ、アレじゃない?ほらー、アレ、アレ!みがつくやつ!」

この人も海に入れば記憶力が良くなるのかな。

「み?」

「あ、思い出した!」

「なんですか?」

「密漁」

多分そういうことじゃないと思うので無視した。

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「イベントの準備をします、終わったら声をかけるのでそれまでお好きに過ごしてください」

そう言うと天使は消えた。好きに過ごせって言ったって、海でやることなんてあまりない。

私は隣にいた河野さんにちょっかいをかけることにした。

「河野さんって、泳げるんですか?」

「栞ちゃん、運動できないんだから泳げるわけないだろ?あと俺海嫌い、塩くせぇしなんか怖い」

「港区男子なのに…」

「そう言う栞ちゃんは?」

いつの間にか私の隣にいた海太君が言った。

「私?私は別に」

「別にってなんだよ」

「別には別にだよ」

「分かった、泳げねンだろ」

「別に…それがなにか?悪い?」

「海に入ることすら無理そうだもんな」

ケラケラと笑う海太のバカが気に入らない、ナメられたらナメられたまま終わることなど性に合わないタイプなんだよこちとら。

「おい、見とけよパチンカス」

私は海へと一目散にかけていった。

久々に入る海は冷たい、だいたい太ももまで水が来たところで1回止まって後ろを振り向いた。

「バカ海太!見たか!」

私は自信満々に言った、けど、砂浜にいる海太君が何か叫んでいる。

「く…げー…」

「公家?!」

「く…げーが…いる…から」

「公家がいるの!?」

「だから、ク・ラ・ゲ!クラゲいるから戻って来い!刺されるぞ!」

「…え?」

思わず海を見ると、白い布のようなものがフワフワと浮かんでいた。これは…

「囲まれた!」

私は頭を抱えた、売り言葉に買い言葉で馬鹿正直に煽りに乗るからこうなるんだ、海太の野郎覚えとけよ…。

「どうしよ…」

白いふよふよは着々と私の元へ近づいてくる、1回刺されることは覚悟で砂浜に戻るしかない。

そう思い歩を進めようとしたその瞬間、

「動くな!」

「こ、河野さん!」

あんなに海が嫌いだと語っていた河野さんが、何故かすぐ近くまで来ていた、

「俺が行くから、栞ちゃんはそこから動かないで」

「河野さん、刺されますよ!」

「ちょっとくらい大丈夫」

気丈に振舞ってはいるものの、河野さんの顔は真っ青だ。

「俺が水を掻き分けてクラゲを退かすからその隙に」

「こ、河野さん…」

「俺は大丈夫だから、安心して」

「河野さんこれ…」

「何も怖くないよ」

「クラゲじゃなくてビニール袋です」

私はクラゲだと思っていたビニール袋をつまんで河野さんに見せた。

「…SDGS!!」

河野さんはヤケになって海を叩いた、ピシャ!とビニール袋が音を立てた。


「2人とも、無事で良かったよ」

海から上がるとヤズ瑛さんがふはは〜と笑っていた、朗らかな顔だ。

「ピンピンポーン!栞さん、河野さん、素晴らしい!10000円GETです!」

天使が○と書かれた札を持って現れた。

「え!?やったー!」

「ちゃんとビニール袋を拾って戻って来ましたね、素晴らしいです、これは我々が処分します。そして、河野さんは自分の身を顧みず、栞さんの元に向かいました、素晴らしい勇気です!」

「まぁ…それほどでも」

河野さんが照れくさそうに頭をかいている。

「センター分けが乱れますよ」

「まぁ…それほどでも」

「褒めてないって」

「海太さんは減点!」

ブーっと音が鳴って、天使が×の札を出した、私と河野さんはハイタッチをした。


「さぁイベントの準備が出来ましたよ、題して、ドギマギ!掴み取れフラッグー!」

天使が言うとシェ厶がパチパチと手を叩いた。

「ルールは単純です、こちらの線がスタートライン。合図と同時に走って、一番最初にフラッグを掴み取った人に1万円が入ります。」

「俺ら不利だな」

河野さんと藤原さんが顔を見合わせて、頷いた。

「ご安心を。今回はなんと、目隠しをした状態で走って貰います!栞さんが出すヒントを上手く利用してフラッグを取ってください。ちなみに栞さんは最初に予想した方が優勝すれば1万円を貰う事ができます。ヒントを出す際は個人の特定をせずに。誰に賭けたのか分からないようにお願いしますね。」

「誰にしよっかな〜」

「栞ちゃん、俺しかいないでしょ」

河野さんが自信ありげにセンター分けをかきあげた、ずるができる見込みがあると知った途端これだ。

「まず河野はナシ。有り得るなら俺か、海太君か」

ヤズ瑛さんが冷静に分析してる、珍しいなぁ。でも数秒後には自分が何考えたなんか忘れてるんだろうな。

「栞、1万円を誰に賭けるか決めたか?」

「いやまだ。ねえ、シェ厶って未来は見えないの?」

「ズルをしようとするな、天使とて未来は分からん」

「なんでも出来るのかと思ってた」

「限度はある。さぁ、誰にかけるんだ?」

「えっとね…」

私はシェ厶に耳打ちをした。

「…そう来たか。」

「うん」

「今回だけだぞ」

「スク水なんか着せた罰だよ」

「なっ…」


「皆さん、目隠しはしましたか?」

天使の手には銃が握られている、合図用のものだと分かっていても物騒だ。

「よーい、ドン!」

レースが始まった、勿論皆わちゃわちゃとしている、真っ直ぐ歩くこともままならないようだ。ゾンビみたいで面白い。

「左進んでください!回って!回って!」

私が言うと、藤原さんがその場でクルクルと回り、海がある方向へ走っていった、それはフラッグとは逆方向…。

「あー!もっと右!右!」

「前が見えねぇ!」

海太君が四つん這いになって叫んだ、かと思えばハイハイで進みだした。進んだ先にあるのは、ヤズ瑛さんの大きく開かれた足だ、コンパスのようになっている彼は未だにビクともしていない。

タイミングを伺っているのだろうか。

「栞ちゃん、こっちで合ってる!?」

海太君がそう言いながらヤズ瑛さんの足の下を通り抜けた。どんだけ足長いんだ。

「そっちじゃない!もっと…あー!」

私もなんて言っていいのか分からず、ヤケになる。

野生の勘が働いたのか知らないけど、今までビクともしなかったヤズ瑛さんが砂浜に向かってしゃがみ、手を右往左往させている。

「フラッグ…あったー!」

ヤズ瑛さんが今力強く握っているのはさっき河野さんがスタートと同時に埋めていた木の棒。多分隠し持っていたんだと思う。

「違いますよー!」

「エー!」

ヤズ瑛さんの悲痛な叫びが聞こえた。

「…フゥー」

さっきまで四つん這いになってハイハイしていた海太君が今は諦めてヨガをしている。もうこいつもヤケなんだ。

「ちょっと!ヨガらないで!」

「おい誰だヨガってるのは!真剣にやれ!」

河野さんが変な勘違いをして怒っている。

「あーそっちそっち!」

今1番フラッグに近いのはヤズ瑛さん、目と鼻の先にあるのに、木の棒で惑わされたせいか気づいていない。

早く終わらせたい、もっとヒントを出さないと…。

「少し前に進んで!そのまま!そこ、しゃがんで!」

「おっしゃー!フラッグゲットー!」

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「おめでとうございます、優勝はヤズ瑛さんです!1万円ゲット〜!栞さんも見事予想を当てたようなので、1万円ゲットです!」

「ヤズかよ。面白くねぇな」

河野さんが分かりやすく不貞腐れている。

「やったな栞ちゃん、1万円ゲット」

「やりましたね!」

私達はハイタッチをした。

「俺に賭けてくれてありがとう」

「どういたしまして。ヤズ瑛さんなら絶対勝ってくれると思って…」

「はぁ、おい負け犬共、城でも作ろうぜ」

河野さんが海太君と藤原さんに声をかけた。

「バケツだ」

シェ厶が気を利かせて、3人に渡した。バケツの中にはスコップなどのお砂場セットも入っている。


「栞ちゃん、マジの話さ、なんで俺が勝つって思ったの?」

私とヤズ瑛さんは負け犬共の築城を見ていた、チームワーク最悪でもう2度目の失敗だ。

「…知りたいですか?」

「…勿論」

「耳貸してください」

「おう」

背の高いヤズ瑛さんが大袈裟に屈んでくれた。

「私が賭けたのは、ヤズ瑛さんじゃないです」

「…え?」

ヤズ瑛さんが私を2度見した。

「私が賭けたのは、最初にフラッグを掴んだ人、なんですよ」

「…それはどういう」

「個人名を言えなんてルールなかったから、私はシェ厶に、フラッグを最初に掴んだ人に1万円を賭ける、と言いました」

「やっべ、全然わかんねぇ、ちょっと河野に聞いてくるわ」

「ダメダメダメ」

私は慌ててヤズ瑛さんの腕を掴んだ。

「天使にバレたらまずいですよ」

「もうバレてんじゃないの?」

「私が賭けた人を伝えたのはシェムだけです、天使が知ってたら止めてるはず」

「…やっべ、頭いてぇ、なにこれ、IQテスト?」

「とにかく黙っててくださいね」

「う、うん…とにかく、黙る…」

ヤズ瑛さんの傾けた首は数秒したら元に戻った。

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「いい感じに日が沈んできましたねぇ、シェ厶、そろそろあれの用意を…」

サグラダファミリアのような築城を見守っていたらいつの間にか夕暮れ時になっていた、太陽が沈み始めてからは早い、とっくに夜になる。

「このままもう少し暗くなったら花火をしましょう」

「うわー花火!?」

「栞ちゃん、花火好きなの?」

河野さんが聞いてきた。

「はい、あんまやった事ないんで楽しみです」

そう、全ては奨学金のせい…。

「港区においでよ。港区では誕生日ケーキに花火が刺さってんだよ。」

「あはは、え、遠慮しときます…」


辺りはすっかり暗くなった、それを確認したシェ厶が花火に火をつけた。

「栞ちゃん、花火綺麗だね、あれ言いたくなるよね、あのーなんだっけ、掛け声みたいなやつ

あのー」

「…」

「…でも栞ちゃんの方が綺麗だよ」

「諦めんな」

河野さんが突っ込んだ、たまやーを思い出せずヤケクソで褒められても嬉しくない。

「ヤズ、手持ち花火の時あんまあれ言わねぇから」

「言うのは打ち上げ花火の時っすよね」

「…僕達は花火、できないんでしょうか…」

「ですよね、私達見てるだけ」

火花がしゅっと落ち着いた、シェ厶は次の花火をいそいそと袋から取り出してまた火をつけた。

「え、これの繰り返し?オレらの花火は?」

「予算の都合上、打ち上げることは厳しい。だからこうやって少しでも花火を楽しんで貰おうと…」

シェ厶が花火片手に言い訳を始めた。

「シェム…よく分かんないよ」

シェ厶の顔は至って真剣だ、やっぱり、人間と天使って違うんだな。今度天使の常識でも聞いてみよう。


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「本日のイベントは終了です、更衣室で着替えてまた駐車場に集まってください」

各々別れて更衣室へ向かった、女は私一人だけなので悠々と着替えていた、外には見張りのシェムが立ってくれている。

「ねぇーシェ厶ー?」

「なんだ」

「聞こえるー?」

「あぁ、そんなに声をはりあげなくても」

「分かった。今日さ、私あんま稼げてないんだよね」

「1万円、譲ってやったろ」

「あれだけじゃ足んないよ、奨学金いくらあると思ってんの」

「たまには一人で踏ん張れ」

「でも明らかに男性陣有利にイベントが進んでんじゃん」

水着と同時に貰ったビーチバックに全て押し込み外へ出た。

「お前の言い分は分かった、着いてこい。」

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「誰か〜!!誰か〜!助けて〜!」

私はドンドンとボロいトイレのドアを叩いた、何度叩いてもビクともしない、ボロい癖に頑丈で腹が立つ。ここに閉じ込められてはや数分は経っている。

「なんでよ…」

「…栞、さん?」

「はっ、藤原さんですか!?」

「栞さん…どうしたんですか…?」

トイレの外から藤原さんがの声が聞こえる。

「出られなくなっちゃったんです、このトイレボロくて!」

「あっあぁ、分かりました…お、お邪魔します…」

藤原さんが辺りを気にしながら女子トイレに入ってくる様子が見なくてもはっきり分かる。

「栞さん…ここですか?」

トントン、とノックが聞こえた。

「藤原さん…扉、蹴破れたりします?」

「これくらいなら…でも…栞さんが怪我するかもしれないので…」

「私は大丈夫です、早くここから出たいんで…、あー怖い…」

「ど、どうしようかな…」

「なんか…面白い話とかないですか?今凄く怖くて」

「お、面白い…話…」

うーんと藤原さんが考え込んでしまった。

「怖い怖い、沈黙怖い!」

「わ、分かりました…とにかく…なんか喋っておきます…」

「あ、それなら藤原さんの事教えてください、好きな食べ物とか」

「ぼ、僕のこと…ですか」

「はい、良い機会ですし」

「…僕は…せんべいが好きで…あと…うーん、仕事はプログラマーで…あと…視力が悪くて…」

それは見れば分かる。

「あ、そうだ海に関する思い出話とかないんですか?」

「海…おじいちゃんとよく海に来てました…」

「おじいちゃんっ子なんですか?可愛いですね」

「あ、あは、あはは…栞さんは海の思い出とかありますか…?」

「私は海無し県出身なのでそんなに。でも川はよく行ってましたよ父親と。お金かからずに遊べるし」

「川…良いですよ、ね…」

婚活パーティーってこんな感じかも、この絶妙に盛り上がらない感じ。

「栞さん…あ、そういえば…」

「おっ、なんですか?」

「僕、トイレットペーパーの芯を使って、トイレから脱出する方法をネットで見たことがあります…」

「どんなやり方でした?」

「えっと確か…トイレットペーパーの芯を取り出して、フラットな形にして…」

「分かりました!」

私はトイレットペーパーをホルダーから引きずり出した、運のいいことにトイレットペーパーは数人が用を足したらなくなるぐらいの量だった。

「よし…!」

グルグルと巻きとった、そして、絶望した。

「…SDGS!!」

「し、栞さん…どうしたんですか…」

「トイレットペーパーの芯が…無いタイプのトイレットペーパーでした…」

「あ、時々ありますよね、そういうトイレ…」

「はぁ…もう最悪、一生このまま…?」

「それは、絶対ないですよ…シェ厶さん達呼んできますから…」

「それは…ダメ!」

「ど、どうしてですか…?」

「トイレに閉じ込められたなんて恥ずかしくて…2人だけの秘密にしましょう」

「…そうですか…分かりました…あ、そうだ…要はその、ドアのラッチ部分を下げればいい話なので…」

「ラッチ?」

「栞さん、これ受け取ってください」

私はスマホを取りだしてライトをつけた、上の僅かな隙間からなにやらカードのようなものが降ってきた、落とさないようにキャッチすると、それは藤原さんの保険証だった。

「え、これ大事なものですよね?」

「大丈夫です、ただの保険証なんで…それを、ドアノブの横の隙間に差し込んでください、差し込んだら少し下に下ろして、上に勢いよくあげてみてください」

「…分かりました」

私は言われた通りに保険証を差し込んだ。

「よっと!」

カチャン、ドアが開く時の音がした、私はすぐにドアノブを回して外に出た。


そして、藤原さんに抱きついた。

「藤原さん…!」

「し、栞、さん…」

「私、怖かったんです…」

私は父の葬式を思い出して、少し瞳に膜を張らせた。

「…そそそ、そうですよね、こんな…暗い所に一人で…」

「藤原さんが来てくれて良かった…」

ガッツリ男の人の体、って感じはあまりしない、細くて、あともう少し力を入れたら壊してしまいそうだ。シェ厶とだいぶ違う。

「し、栞さん…」

「藤原さん、ずっと話してくれてあり」

「女子トイレでなにしてんの!?」

海太君の声がした、パッと声がする方を見ると少しだけ顔を覗かせた3人がいた。

「ずっと来ないから怪しいと思ったら…こんなとこで駆け抜けかよ〜、藤原さんそれはないわぁ」

河野さんがセンターを撫で付けた。

「違いますよ、藤原さんは助けてくれたんです!私トイレに閉じこめられてたんですよ」

「…栞さん」

私は藤原さんから離れた、いつまでも抱きついていたら逆に印象が悪くなる。

「僕は… 運動神経も良くないし、コミュニケーション能力があるわけでもありません…でも、頭を使うことなら得意です、何かあったら一番に呼んでください…」

心做しか髪に少し隠されている藤原さんの耳が赤く染っているように見える、暗さに目が慣れたせいで、わりとはっきり見えてしまう。

「…ありがとうございます、頼りにします」

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帰りはほとんど全員寝ていた、いつの間にかボロアパートについていた。ボロアパートのボロボロで今にも壊れそうな階段をなんとか上がり、今にも壊れそうなドアノブを回そうとしたその時、

「栞ちゃん」

後ろから海太君の声がした。

「ん?」

「トイレの話ってマジ?」

「マジって?」

「いやだから、なんか泣いてたじゃん、抱きついて、藤原さ〜んって」

「私だって暗闇は怖いの、じゃあねー」

「待って」

私の手の上に重ねるように海太君が手を置いた、お、男の、手…!

「アレ、演技?」

「は?」

後ろを向くと、信じられない近さに海太君の顔があった、パーソナルスペースもクソもない。

「オレの目見て」

「え…」

シェ、シェ厶助けて、コンプライアンスが…!

「ほら」

不意に海太君の目からツーっと涙がこぼれ落ちた。

「まだ出るよ、ほらほら」

「…え?」

「嘘泣きってこうやるんだよ、栞ちゃん下手すぎ」

「あ、うん…」

「オレ、泣き落としで母親から金借りてるからさぁ上手いんだよ演技、栞ちゃんのは下手くそ過ぎて笑ったわ」

がははと笑っている海太君の顎ら辺を殴りたい気持ちがある、これではコンプライアンス上良くない、別の意味で。

「そうやって一生スネかじってんのね」

「いやもうスネはかじり終わった、次は腕いくから」

「はいはい…じゃあね」

「おう、じゃあな」



海太君の手が離れた瞬間素早くドアノブを回し、部屋に入りソファにドスン、と勢いよく座るとシェ厶が隣に現れた。

「…ねーほんとに良かったのかな」

「お前が言い出したんだろうが」

「嘘つくってこんなに罪悪感あるんだ…」

海太君の言う通り、トイレに閉じ込められていたのは私のお芝居。男連中ばっかり1万円のチャンスがあるのはズルいと言う私をシェ厶が女子トイレに連れていき、あれよあれよという間に中に押し込まれて…あんな感じになった。トイレから出て藤原さんに抱きついたのも、全部シェムのアドバイス。

「だが気をつけろよ、栞」

「へ?」

「お前は眠れる獅子を起こしたかもしれないんだ」

「…なんだそれ」



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