トキメキ・ファッション・コレクション
「栞」
誰かが私を呼んでいる、辞めて、平日5連勤8時間労働明けはいつも体がおかしいの。
「ね、寝かせて…」
「終わればまた寝れるだろ」
聞き覚えのある声を頼りにパッと目を開けると、シェムが枕元に立っていた。
「…はぁ」
「アプリをちゃんと見ろ。」
彼は私の布団をめくって、近くにあったスマホを私の手の上に置いてきた。
「シェムってなんか…」
「なんだ」
「面倒見のいいお兄ちゃんみたい」
「…いいから早く」
はいはいと返事してスマホの電源をつけアプリを開くと、トキメキファッションショーと書かれていた。それを見て私はスマホを捨てるように布団の上に置いた。
「また変なのやるんだ」
「俺が、三日三晩睡眠もろくにとらずに考えたんだぞ…」
「でも変」
「ま、まぁいい。早く身支度を終わらせろ、2時にはここを出る」
「え?今何時?」
「12時だ」
「寝すぎた」
「いつもの事だろ」
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お父さん車に乗り込むと、いつものメンツがいた。
「おー、銭ゲバの皆さん、おはようございます」
「栞ちゃんに言われたくないよ…」
河野さんがカエルを踏んづけたような顔で言った。また性懲りも無くヤズ瑛さんはシェムに話しかけてる、塩コショウのコショウだけ抜き取るにはどうしたらいいかって。
そんなの運転中じゃなくても無視したくなるでしょ。
海太君はスマホで何かしてて、藤原さんは本を読んでる、各々好きに過ごしてる、私はと言うとやることもないので仕方なく窓を見た。
花も咲かない都会から緑だらけの田舎へ進んでいって、1時間も経つ頃には周りには田んぼだらけだった。どこに行くのか、予想もできない。
「さぁ着きましたよ」
駐車場に降りると、天使がいた。
着いた場所は、地方のスーパーや100均、雑貨屋などを乱雑に押し込めた小さなショッピングモールだった。
「さぁさぁ中に」
天使に促されて中へ入った、貸切らしく、店内には誰もいない。
「お、古のマク〇ナルド」
「あれ…珍しいんですよね…」
「私凄い好きなんですよ、古のマク〇ナルド」
「僕もです…」
「気が合いますね」
藤原さんと話しながら歩いていると、2Fの誰かに買われている所を見た事がない服屋にたどり着いた。
「あるよね、こういう服屋。レジがどこにあんのか微妙に分かんなくてさぁ」
ヤズ瑛さんが懐かしそうに目を細めた。
「ですよねぇ、大体離れた場所にあるっていう」
「そうそう」
「ノスタルジーに浸っている暇はありませんよ、これから、栞さんを巡る熱い戦いが始まるのです…」
「んで、今回は何をされんの?」
「トキメキファッション!春の服祭り!」
「どっかで聞いたことあんだよな」
海太君が言った、私も同じ事を考えていた。
「パ○祭りじゃない?」
私が言うと、海太君はそれだわ!と頷いた。
「あれで貰える皿って屋根に使えるくらい硬いよね」
「ん?屋根?」
大学を2回も留年できるボンボンにはパ○祭りで貰える皿の硬さなんてわかんないか。
「ここのコーナーから栞さんの魅力を充分に引き出してくれるファッションを探しだしてください!栞さんの履いてる靴にも気をつけてコーデを組んでくださいね。制限時間は1時間です。」
疑問に思って聞こうとしたけど、天使に遮られた。
「…また私だけ得しないパターン?」
「いえ。気に入った服があれば栞さんが持ち帰ってもいいんですよ」
「マジ?!」
奨学金に追われている身からすれば、とても魅力的な言葉に聞こえる。
「やっすいうっすい布を着回してるから助かるわ」
「栞さん…」
天使が哀れみを込めた目でこちらを見てきた。
「では、よーいスタート!」
天使の掛け声と同時に一斉に4人が駆け出した、貸切で人がいないからやりたい放題だ。
「待ってる間暇だろ」
シェムがベンチに座わる私に本を差し出した、タイトルは「お金に左右されない人生」と書いてある。ナメてんのか。
「いい、読まないそれは」
「暇だろ」
ん、と押し付けるように本を寄越してきた、そんなファイナンシャルプランナーがお小遣い欲しさに書いた本なんていらない!
「じゃあシェムと話したい」
「…俺でよければ」
意外とすんなり折れてくれた。
「シェムってこんなの読むの…?」
私は行き場を無くしていた本を受け取り、パラパラとめくった。
「見てほら、胡散臭いよ。こんなのに騙されちゃダメ。お金が無くても、愛があれば幸せなんて馬鹿げてるわ」
「そうなのか」
「ほらここ読んで、私はお金には恵まれませんでしたが…ってとこ」
「ん?」
シェムが無意識に体を寄せてきた、近い近い。
「シェム…」
声をかけたら顔を上げたシェムと目が合ってしまった、目の中に私がいるのが分かるほど近い距離で、思わずビックリして後ずさった。
「す、すまん、悪気は無い」
「分かってるよ、ビックリしただけ」
「…様子を見てくる」
そう言ってシェムは去ってしまった、私は1人残されて、胡散臭い本の表紙をただ眺めた。
後書きに書かれてるファイナンシャルプランナーの華々しい経歴を見て反吐が出た、そんな奴がお金に左右されない人生なんて語ってもなんとも思わない。まず奨学金を背負ってから語って欲しい。
— — — — — — — — — — — — — — —
「あー服ってなんだっけ」
私も様子を見に行くと、ヤズ瑛さんが頭を抱えていた。それにしても、服ってなんだっけは無いだろ。
「服は服ですよ」
「うーんそれはそうなんだけどさぁ…」
ヤズ瑛さんは腕を組んで私を上から下まで舐めまわすように見たあと、ハンガーに掛けられている服をこれでもないあれでもないと合わせてきた。
「いやー違うな…」
「そりゃそうですよだってそれ、子供服ですもん」
「あ…」
ヤズ瑛さんは気まずそうに服を戻した。
「あーいたいた」
後ろから海太君の声がする。
「ちょっとサイズ感分かんないからこっち来て」
「待って、私に何を着させる気…?」
「何って…」
海太君は自分が持っている服を覗き込んだ。
「嫌だ、そんなTheおばあちゃんな服着たくない…!」
水色のストール、白いシャツに茶色いチノパン、どう見てもおばあちゃんだ、ちょっと子綺麗なおばあちゃんだ。
「そんな事ないって、似合うよ」
「イヤッ!」
私は早歩きで海太君から逃げた、あれは年金暮らしに到達した時の制服だ。
そんなこんなで、気づけば衣料品コーナーの奥の奥に来ていた。
「あ…栞さん…」
「藤原さん」
「ちょっと…いいですか…」
藤原さんの手には、花柄のワンピースやフワッとしたスカートなどフェミニンなタイプの服があった。
「サイズが…見たいので…」
「どうぞ」
私は手を広げて、お好きにどうぞのポーズを取った。すると、藤原さんがおずおずと服を合わせてきた。
「…」
長い、熟考している。
「ふ、藤原さん…?」
「あっ…あ、すみません…」
藤原さんは顔を赤くしながら服をハンガーに戻した、かけているメガネをクイッとして、私に向き直り、
「栞さんは…なんでも似合いますね」
と言った。
「ありがとうございます、コスパいい体って事ですよね」
すると、いつの間にか後ろにいたシェムから小突かれた。
「栞、ちょっと来い」
シェ厶に腕を捕まれ、スタッフルームの近くまで連行された。
「いいか、男の前で自分を下げるような事を言うな」
「別に下げてないよ、本当の事言っただけ」
「はぁ…お前は…もう…あぁ…」
シェ厶が頭を抱えて苦しみだした、今だ逃げろ!
「あー待て!」
私の腕がシェムに捕まってしまった。
「逃げるな」
「別に逃げたつもりないもん」
「俺の話を聞け」
「…はーい」
「まずな、褒められたら可愛く笑顔でありがとうございます、これでいいんだ、変に自分を下げるな。自分を丁寧に扱わない奴を誰が丁寧に扱うんだ」
それは、一理あるかもしれない。
「見た?藤原さんが持ってた服」
「あぁ」
「…あんなフリフリな可愛いワンピース、私には似合わないよ。ああ言うのは嫌いじゃないけど、流石に、お世辞が酷すぎるって言うか」
「それで、あんな余計な事を?」
「結局、皆の言ってる事が本当か分かんないじゃん、私を褒めてときめかせて…そういうゲームじゃん」
「栞、確かにそれがゲームの趣旨だが」
「あれー?栞ちゃんお説教タイム?」
声のする方を見ると、ヤズ瑛さんが壁に寄りかかって私達の話を聞いていた。
「ヤズ瑛さん」
「まあまあ、運転手さんもそんな怒んないで。ほら、面白いもの見せてあげるからこっちおいで」
私達は顔を見合せて、面白いものとやらを見に行くことにした。
「あれ」
ヤズ瑛さんが指さす先には…
「海太君、なにしてんの」
「逆立ち」
壁に向かって逆立ちをしている海太君がいた。
「ちゃんと靴脱いでるんだね」
私が言うと海太君は頷いて
「育ちいいからな」
と言った。
そういえば、河野さんはどこに行ったんだろう。ズルをしようと目論んでいるのかな、こすい大人だ。
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「時間になりました」
私は天使により試着室へ案内され、1着目を手渡された。
「これは河野さんが選んだコーデですね」
試着室が狭い、安心感を覚える程の狭さだ。
肝心の河野さんが選んだコーデはと言うと、白の薄手のカーディガンにジーンズ、中は青ボーダーのシャツ。
私はペラッペラの布切れの服を脱いで、代わりに可もなく不可もない服を着た。
シャッと勢いよく試着室のカーテンを開けた。
「どうですか?」
「うーん、休日のお母さん」
ヤズ瑛さんがそう言うと、河野さんがヤズ瑛さんの肩を軽く小突いた。
「このタイプのお母さんは大体子供が2人いて、どっちも男の子。毎月習い事代を捻出するのに苦労してるけど息子に好きな事をやらせてあげたいから頑張ってるんだよな」
海太君が顎に手を当てて話を膨らませ始めた。
「次、藤原さんです」
私は2着目を受け取りまた中へ入った。
めちゃくちゃ微妙な反応だったな。この1つ結びが悪いのかもしれない。ゴムから髪の毛を外して、手櫛で溶かした。
試着室を開けたら、藤原さんがグッとガッツポーズをしていた。
「似合ってますよ…花柄…」
「ありがとうございます」
さっきに比べたらこっちの方がマシだ。
「藤原さんって感じだわ」
海太君が頭の後ろに両手を回して言った。
「藤原さんって、ロリコン?」
ヤズ瑛さんがまた河野さんに肩を小突かれた。
「そ、そんな事は…」
「藤原さんをいじめないでくださいよ」
「し、栞さん…」
「これはヤズ瑛さんです」
私は3着目を受け取って、また試着室に籠った。
「え、こ、これは…」
有り得ない数の服がある、どれをどこから着ればいいの。
5分くらい経って、やっと試着室から出れた。
「めちゃくちゃ疲れたんですけど…」
重ね着に重ね着を重ねた変なコーデ、フワフワのスカートの下にデニムって、どういう事…?上も赤色の長袖の上に黒のレースがかったタンクトップ、その上からグレーのジャケット。
「凄いよ、vogu〇みたい」
何よりこれを考えたヤズ瑛さん本人が手を叩いてブラボーと言ってるのが腹立たしい。
「うーん…栞ちゃんがもっと憂いを帯びた表情をすればvogu〇に見えない事もないかな」
海太君が無茶を言ってる、奨学金のせいで常に憂いは帯びてるはずなんだけど。
言われた通り、手探りで憂いを帯びてみた。
「どっちかと言うと、気苦労の顔じゃね」
「白目剥きそう」
「徹夜明け?」
海太君が言うとそれに続いてグチグチとヤズ瑛さんと河野さんも順に文句を言い始めた。
こういう時に黙っている藤原さんだけが信用できる。
「ヤズ、お前レイヤードの事なんか勘違いしてるだろ」
「いやしてねぇよ、着れば着るほどオシャレって事だろ」
「はぁ…」
思わずため息が出た、どうしたの栞ちゃんと何も分かっていないヤズ瑛さんが聞いてきたので、もう無視することにした。
「最後、海太さんのコーデです」
試着室に篭もり、手渡された服を見て、首を傾げた。
「皆、私の事ナメてる?」
適当にポンポン脱いで、数秒で着替えは終わった。
「お、いいじゃーん」
「緑のジャージってどういう事よ」
「栞ちゃんはそのまんまが1番可愛いからさ、何着ても似合うよ。そういう意味でオレはジャージを…」
「言い訳が長い!どんだけ綺麗に言おうとジャージはジャージ!」
私は試着室のカーテンを勢い良く閉めてすぐに脱いだ。
「あちゃー、海太君やっちまったな」
ヤズ瑛さんの惚けた声が聞こえてきた。
「ヤズ瑛さんよかマシっすよ」
「栞さん、着替え終わったら出てきてくださいね。選考を始めますから」
「はーい」
とりあえず、ジャージは無い。
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「さぁ、栞さん。今回の優勝は」
「藤原さん!藤原さん!」
「い、言うのが早いですよ…こういうのはもっと、ジャララララドン!みたいな」
天使がアタフタしているがお構いない、なぜなら藤原さん以外有り得ないからだ。
「ぼ、僕でいいんですか…」
「藤原さんが1番まともでしたよ」
納得いかないという表情で河野さんが腕を組んでいる。
「河野さん、なんですかその顔」
「いやぁ…マネキンの通りにやれば間違いは無いと思ったんだけどね」
「え、マネキンのパクったんですか…?」
やはり、何処までもこすい男だ。
「いや、正確には少しずつ追い剥ぎしたんだよ。色んなマネキンから。」
うわぁ、更にこすい。
「なーんか味気ねぇな、あ、そうだ」
海太君が後ろにいたシェムに声をかけた。
「運転手さん、アンタだったらどうする?」
「俺か…?」
腕を組んで壁に背を預けていたシェムが驚いた表情をした。
「もしアンタがオレ達の立場だったら、栞ちゃんにどんなの着せたいんだろうなって思って」
「それ、凄い気になる!面白そう!」
私はシェムの元へ行った。
「ね、選んで来てよ」
「俺が?プレイヤーじゃないんだぞ」
「いいじゃんたまには、この前だって」
するとシェ厶が勢いよく私の口を塞いだ。黙れという事だろう、それなりに大人の私は空気を読んで、
「…センス悪いのバレたくないんだー」
と言った。
「…俺は天界のファッショニスタと呼ばれた男だぞ、移動型パリコレクションだぞ」
「5分あげる。腕前見せてよ!」
「たまにはこういうのもいいでしょう、シェム。行きなさい。」
「…」
天使がシェムの近くに現れて言った。するとシェムは返事もせず走ってコーナーを駆け巡り始めた。
「では終わるまで皆さんで談笑でも」
「河野さんはその姑息な精神がダメなんですよ」
私は試着室近くの壁にもたれかかり、vogu○JAPANみたいな顔をして言った。
「だって、オシャレな方がいいじゃん」
「それで出来上がったのは、休日のお母さんですよ」
「マネキンが悪い」
「藤原さんみたいに、本当に私の事を考えて選んでくれる方が嬉しいです」
「俺も栞ちゃんの事考えたよ」
「考えたのは私の事じゃなくてどうやってズルするかでしょ」
「手厳しいなぁ」
あははと笑って髪を撫で付けるその腕に生えてる高級腕時計をぶち壊したくなる。
「河野のは酷かったよなぁ」
「お前が言うな!」
「ヤズ瑛さんが言わないでください!」
珍しく河野さんと意見が合致して、顔を見合せて笑った。
「なんなんですかそもそも、重ね着に重ね着をすればオシャレって認識」
「オシャレな人は皆レイヤードしてんじゃん」
「引き算が肝心なんですよオシャレは!」
「え、じゃあオレ完璧じゃん」
「海太君は引き算しすぎてマイナスなの」
少しすると、汗だくのシェムが戻ってきた。
「ほら、着てこい」
シェムから服を渡され、試着室に入った。
渡された服を見て、まぁ天界のファッショニスタだの移動型パリコレクションだのの異名はあながち間違ってはないかもと思った。この前のワンピースも可愛かったし。
「あれ。靴がある」
河野さんの声がカーテンの向こうから聞こえる。
「少し遠くに靴のコーナーがあった」
「ちょっと待った、靴は栞ちゃんの靴のままって言って無かった?だからオレ、サンダル選ぶのやめたんだけど」
「…靴に気をつけろと言っただけで、選ぶなとは言ってない」
「お?んだそれ!?」
海太君がヒートアップしてる、
「ズルだ、ズル!」
河野さんは人のことを言えた口では無い。
「おっと〜いいのかな運転手さん」
ヤズ瑛さんの声は心做しかどこか楽しそうだ。
着替え終わったけど、外からやいのやいの聞こえて出ていきづらい、おそらく今シェムは擽られている、聞いたことない笑い声が轟いている。
どこからかポトッと、口紅が落ちてきた。
「もしかして…」
私はスマホを鏡代わりにして口紅を塗ってみた、どキツイ赤だ、自分では絶対選ばないような何処まで行っても赤の赤。
それにしてもなんだか自信が着いたので、試着室のカーテンを開けた。
少し遠くで藤原さんがまぁまぁとその場を収めようとしているが肝心の4人はもみくちゃになっている。
男の人っていつまで経っても子供だよな、なんかシェムも普通に楽しそうだし。
下を見ると、赤いハイヒールがあった。海太君が言ってたのはこれか。
カツカツと音を鳴らして皆の元へ。
擽られて立つ気力も無いのか地べたに座ってへたりとしているシェムに目線を合わせようと屈んでみた。
「どう?」
シェムは私を見て、目を見開いてあと、困ったように少し笑った。うんうんと頷きながら
「似合ってる」
と一言。胸から滲んでくる恥ずかしさを誤魔化すために髪の毛を耳にかけた。
「でもズルだろ、おらおら」
海太君が性懲りも無くシェムの脇腹を擽った。
「や、やめろ!ズルじゃない!」
「それ可愛いけど、もしかして喪服?」
ヤズ瑛さんは変なとこ鋭いな。
「多分そうです、でも可愛いですよね。喪服にしては」
私は猫背を正すように胸を張った。せっかくの可愛い服が勿体ない。
「喪服のコーナーに行ってもいいルールとかあったっけ」
ヤズ瑛さんが悩み出した、多分彼の脳では今日以内に答えに巡り会うことは無いだろう。
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「あー!いい買いもんした!」
私は結局全ての服を持ち帰る事にした。ワンピースは可愛いし、重ね着した服は何かしらに使えるだろうし、ジャージはパジャマ。喪服は誰かが死んだら使える、1着持っておいて損は無い。
「俺持つよ、重たいでしょ」
「あ、ありがとうございます」
荷物を渡して車に乗りこんだ。
うんざりするほどの緑から、あっという間にビルが建ち並ぶ都会へ。そして、少し地味な成増へ…。
「藤原さんって、ああいう格好が好きなんですか?」
私は右隣にいた藤原さんに聞いてみた。
「え、あ…まぁ…」
「じゃあ今度あれ着て来ますね」
「えっ…!」
「栞ちゃ〜ん上手いねぇ…」
河野さんが自分の顎を撫でながら言った、シバキ回したい。
「天使でも車校って通うんですか?」
ヤズ瑛さんは学習ができないのでまたシェムに話しかけている。彼はいつ学ぶんだろうか。
— — — — — — — — — — — — — — —
海太君と河野さんは予定があるらしく、早々に部屋に戻っていった。
車を降りると、ヤズ瑛さんが私の荷物を持っていた。
「栞ちゃんの部屋まで運ぶよ、大半俺が選んだやつだしね」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えると、ヤズ瑛さんがボロい階段を軽々と駆け上がった、ギシギシと悲鳴を上げているがお構い無しだ。
私も部屋に戻ろうと階段を登った。
「…あっ」
気づいた時にはもう遅い、階段を踏み外してしまった、心配そうな顔でこちらを見るヤズ瑛さんと目が合った。重力に負けて倒れていく上体、空が近くに見えたその時、
「おおおお大丈夫ですか!?」
私の体丸ごと、藤原さんが受け止めてくれた。
あんな細っこい体のどこにそんな力が、なんて考えてる間に、藤原さんの意外にもゴツゴツとした手により私の体は元通りに戻され、空はまた遠くなった。
「貧血ですか…?」
藤原さんの手は真っ白な癖に強引に私の手を引っ張って行った。心配だからと、階段を登りきるまで私の手を離さなかった。
「栞ちゃん、大丈夫?」
「あ、だ、大丈夫です…」
先に登っていたヤズ瑛さんが私の顔を見つめた、
「顔。真っ赤か」
「あっ…す、すみません勝手に…手を…」
さっきの悠々とした余裕はどこに行ったのか、藤原さんは焦って手を挙げて降参のポーズをとった。
「気にしないでください!手ぐらいなんて事ないですよ」
私が言うと、藤原さんは、安心したように微笑み、それでは…と言って部屋にそそくさと戻って行った。
「ヤズ瑛さんも、ありがとうございました。では…」
荷物を受け取って、部屋へ戻ろうとしたら、ヤズ瑛さんの大きな手が私の手を包み込んだ。
「え、え?」
「だって、手ぐらいなんて事ないんでしょ?」
「や、え、あ、あの…」
自分の手が見えない、なんだか視界もぼやけてきた。
「これってどうなってますか…」
「新人バイトみたいな事言うね」
「あ、あ、はい…」
「今ね、俺が栞ちゃんの手を握ってんの」
「何故…」
「特に理由は無いよ。てか、いっぱい服選んだからさー、今度どれか着てきてよ」
「もしかして、その為に…」
「ははは、どうだろう。」
そうやって笑うと、ヤズ瑛さんはあっけなく手を離して、じゃあねーと部屋に戻っていった。
私はと言うと、大量に服が入った荷物をそのまま下に落として、自分の部屋のドアに項垂れた。