出張!成増・ファム・ファタ〜ルSP4
事件の後、夕飯を食べ終え、温泉に浸かって旅館をしゃぶり尽くし、ゆっくり過ごしていると、また放送がかかった。
今度は何だ。
ため息を吐きながら広間の襖を開けると、真っ暗だった。
「…あれ、広間って…ギャァァァア!!」
真っ暗闇の中に浮かび上がる青白い顔が…!
「…なんだシェムか」
「この懐中電灯とやらは便利だな」
広間に電気が着いた、まだ皆来てないらしい。
「んで、また何すんの」
「肝試しでトラブルがあったからな。撮れ高が少ないんだ。ということで、急遽怖い話大会を開催する事にした。」
「えー、怖い話?」
「嫌いか?」
「いやー別に嫌いじゃないけど…」
「嘘つけ、怖いんだろ」
「…まぁ」
「吊り橋効果って知ってるか」
「恐怖のドキドキと、恋のドキドキを間違えて好きになっちゃうみたいなやつでしょ?」
「そうだ、お前は今回それを狙うんだ。」
「無茶言うなよ」
「ゲストに稲○淳一を呼べば良かったな…」
「来るわけないし、1つ少ないよ」
「奴らが来る前に、少し練習するぞ」
シェ厶が畳の上に座った、横に座れと指さすので言う通りにした。
「いいか、今から俺が怖い話をするから、お前はリアクションをとれ。なるべく可愛くな。」
「わ、分かった…」
「むかーしむかし…ある所に」
シェ厶の怖い話が始まった。でも全く怖くない。ここからどうにか怖くなるのかな…。
「腰痛持ちのお婆さんがいたんだ」
「その設定、いる?」
「そしてそのお婆さんが山に芝刈に行った時…」
「逞しいね、腰痛持ちなのに…」
「…怖がれよ。」
「どこをどうやって怖がんの」
「いいか、まずな怖い話ってのは怖くなくても怖がってるフリをして、男の庇護欲を擽るんだよ」
「怖がるって…怖くないもん。どうやってやればいいの?」
「可愛くやればいいんだ」
「可愛くって?お手本見せてよ」
「…はぁ」
シェ厶はため息を履いて、胡座をかいていた足を女の子座りにして、ぶりっ子のポーズをとった。
「え〜怖ァ〜い」
シェ厶が裏声を出し、クネクネと、腰を揺らしている。
私はその動きの方が怖い。
「…運転手さん?」
— — — — — — — — — — — — — — —
「凄いもん見ちゃったな」
「え〜怖ァ〜い」
「おいヤズ、真似すんなって」
河野さんとヤズ瑛さんが早速シェ厶を玩具にして遊んでいる。
当の本人はと言うと、部屋の隅っこで頭を抱えている。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
あの時、襖が開いていた事にもっと早く気づくべきだった…。
しばらくして全員が揃った。寝ようとしていたのか、皆寝巻きだ。
勿論、私も。
だっさい館内着にさっきのタオルを首に巻いているし、すっぴんだ。
「藤原さんもあのタオル使ってるんですね」
「…結構、吸水性あるんで…」
「ですよね」
「いいなぁ、栞ちゃんとお揃っち。俺も館内着だけでも着てくれば良かった」
「ヤズ、お前はデカ過ぎて館内着パツパツだろ」
「まぁな」
スウェットを着ているヤズ瑛さんはオフの日のオダギリジ○ーにしか見えない。
「…オフノヒジョー」
私がボソッと言うと、ヤズ瑛さんは、ん?と言って耳を寄せてきた。
2度言うつもりは、無い。
黙っていたら天使が現れた。
「ヒュ〜ドロドロドロ〜…」
頑張って雰囲気を出そうとしているがあまり出ていない、見た目のせいだろう。うさぎのぬいぐるみが目出し帽みたいな布を被っただけじゃなんにも怖くない。まだ社会保険料の方が怖い。
「え〜怖ァ〜い」
今度は河野さんがシェ厶をからかうように真似をした。シェ厶は頭を抱えながら苦しみだした。ヤズ瑛さんはそれを見て大笑いしている。
なんてこった…。
「今から皆さんに1人ずつ怖い話をしてもらいます。怖い!と感じたら、どんどんお金が減りますよ。そして1番怖がらせたベストオブ怪談師にはインセンティブを差し上げます!さぁ、円になって座ってください…」
言われた通りに円を作り、座ると、シェムが広間の電気を消して懐中電灯を真ん中に置いた。
「では、我々は別室で皆さんを監視していますね」
その言葉を最後に2人は消えた。
「…怖い話かー、なんかあったかな」
ヤズ瑛さんが言った。
「ヤズはあっても思い出せねぇだろ」
「誰かが先に話してくれたらそれきっかけで思い出せるかも」
「よし、じゃあ俺がとっておきのやつ話してやるよ」
最初の語り手は、河野さんに決まった。
「…これは、俺が小学生の時の話なんだけど。近所に川があってさ、そこで釣りしてたんだよ、父親と。そしたら、どんぶらこ…どんぶらこ…」
「要ります?それ」
「魚が流れてきたんだ…。釣ろう!と思って釣り竿を振ったら、声をかけられたんだよ、知らないおじさんに。どこから来たの?って言われて、でも知らない人とは話すなって言われてたから無視を決め込んでたんだ、そしたらそのおじさん、服を脱いで川に飛び込んで…どっか行っちゃった。」
「え、オチはそれですか?」
私は拍子抜けして、思わず聞いた。
「うん…それで、父親がこっち来たから今あったこと話したら、服なんか何処にも無くって、結局あのおじさんはなんだったんだって言う話」
「怖いというよりかは、不思議な話なんすよね」
海太君が不満げに言った。
河野さんが肩を竦めてその2つ、何か違うの?とでも言いたげな顔をした。
「俺、思い出した!話すわ!」
ヤズ瑛さんが手を挙げた。正直嫌な予感しかしない。
「これね、えっとね、あのー…あ、中学生の時の話しなんだと思うんだけど」
「んな遠回しな…」
「教室に、えっとあれ誰待ってたんだっけ、お前?お前か?」
「知らねぇよ」
「え?俺誰待ってた?」
「そこいいから、次いけよ」
「んでとりあえず誰かを待ってて、夏休みの補習だったのかな、補習終わりの、教室、んでうわ俺そん時何してたんだっけ、課題?課題してたんだっけ?いや、終わってた気もするんだよな、じゃあ何してたんだって話なんだけど、んで、教室のドアが、前だっけ後ろだっけ」
「私もう限界です、怖さよりイライラの方が勝ちます」
「オレも。台パンしそう」
「言われてるぞヤズ」
「もうここまで来てるんだよ」
ヤズ瑛さんは自分のおへそあたりを指さした。全然来てない、喉元まで来て言え。
「次行きましょ、藤原さんなんかあります?」
私はヤズ瑛さんの話を切り上げて、藤原さんに振ってみた。
「…ひとつだけ、あります」
「お、良いですね、話してくださいよ」
「…小学生の女の子が下校中に、封筒を拾ったんです…その中には指輪が入っていて…綺麗だったからその子は思わず持って帰ってしまったんです…」
「盗人じゃん」
「ヤズ黙れ」
「…それから日にちがたって…持って帰った指輪のことなんて忘れて過ごしていたんです…そんなある日の夕方、両親が帰ってくるのを待っていたら…インターホンが鳴ったんです…その子は1人の時はインターホンが鳴っても無視しなさいという親のいいつけを守って…居留守を使おうと思い、見ていたテレビを消したんです…。インターホンが…3回ぐらい鳴った後、静かになったかと思えば今度は…リビングの窓がガタガタ!と…」
「ひっ」
しまった、ビビってしまった。
「ちょっとすみません、稲川淳三みたいな事しないでください!」
「栞ちゃん、1つ多いよ…」
河野さんが困ったように笑った。
「すみません…気をつけます…。それで。その子は怖くなって…ソファの上に座って両親が帰ってくるのを待とうとしたんです…すると窓の外からこの世のものとは思えない声で…返せーッ!…と聞こえたそうです…」
「おーこわっ…」
ヤズ瑛さんも今引かれたな、ルール忘れて楽しんでるんだろうな、呑気な奴。
「ちなみにこの話を4人に回さないと今夜貴方の家にもこの女が…」
「チェーンメールか」
「…すみません、ネットで拾ったやつです…」
「ですよね…地味に怖かった」
「家に来んのか、やべぇな、だったら俺まず河野に話すわ」
「一緒に聞いてるからダメだろ」
「そうか…あ、栞ちゃんは?なんかある?」
ヤズ瑛さんが思い出したように私に声をかけた。
なんかあったかな怖い話…。あぁ、とっておきのがあった。
「ついこの前の話なんですけど…、友達と土手でゲートボールしてるお年寄りを見ながらお酒を飲んでたんです。そしたら、叫び声が聞こえてきて…声のする方向を見たら、半裸の男性が走り回っていたんです!土手を!」
「こっわ、ヤベー奴じゃん」
河野さんがドン引きしている。
「警察に通報した?春先は変なの多いからね、気をつけないと…」
ヤズ瑛さんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「それが怖くて出来なかったんですよ」
「そりゃ怖いよね、もうその土手には近づかない方がいいよ、俺も仕事柄酔っ払ってダル絡みしてくる奴によく会うけど本当にめんどくさいからね」
「ヤズ瑛さん、バーテンダーですもんね。」
「うん、でも走り回って叫ぶやつはあんま見た事無いなぁ、レアだよレア」
海太君が斜め上を見て知らん振りをしている、お前の事なのに。
「…じゃあ最後はオレかな」
「どうせパチンコ関連でしょー」
「悪いけどオレのはガチだよ。これは割と最近の話なんだけど。」
そこから海太君がいつもより静かな声で一人語りを始めた。
「寝てる時とかにドアノブがガチャガチャうるさい時があったんすよ、ガチャガチャガチャガチャ…でもそれは老朽化のせいだと思ってたんすよね、そしたらある日、家帰ってきた時に、誰もいないのにドアノブがガチャガチャ動いてるの見ちゃったんすよ。でもそれも老朽化のせいだとそん時は思ってて」
「無理があるよ」
「今思えばな。んでそれから、ポルターガイストって言うんすかね、例えば、カレンダーが勝手に落ちたりとか、歯磨いてる時にコップに入ってる歯ブラシが勝手に落ちたりだとか、洗濯物が落ちてたりとか、そんな事が起きるようになったんすよ。でも老朽化のせいだと思ってて。またしばらく経ったある日、パチンコ行って帰ってきたらスマホが無い事に気づいたんすよね。パチンコしか行ってないし、明日同じ道通ったらあるだろと思ってその日は何もしないで寝たんすよ。
次の日になって、昨日と同じ道を歩いてスマホ探してたら無くって、あーこりゃパクられたンだわと思って一旦帰って警察に行こうと思ってたら、スマホが家にあったんすよ。あーなんだ、家かよと思って、何の気なしにスマホいじってたら、アルバムに見覚えのない動画があったんすよね。なんだこれと思って、再生してみたら最初は真っ暗だったんすよ。でも、だんだん何かがぼんやりうつりだして、よく見てみたらそれ、オレが寝てるとこだったンすよね。」
「エ…」
河野さんが軽い悲鳴を上げそうになった、よく抑えたほうだと思う。よく見て見たらヤズ瑛さんが河野さんの腕をガッシリ掴んでいる、本当に仲良いんだな。
「気味悪いけど、気になるじゃないっすか。続き見てたら、今度は歯磨いてる自分がうつったんすよ、なんだこれと思ってたら画面の中で歯ブラシが落ちて…。あの時撮られてたんだって気づいたら流石のオレでも怖くなっちゃって、見るのやめて動画を消そうと思ったんすよ、そしたらドアノブが、ガチャガチャ!んでドアもドンドンドン!って叩かれて。オレそこで限界きちゃって、壁殴って怒鳴ったんすよ。…んでもうそっからはなにもないっていう話です。」
「え…引っ越しとか、お祓いとかしてないの?」
「してないよ、てかこれ今のアパートの話だし」
「ええええええええ!?」
私達は驚きのあまりルールを忘れて叫んだ。
— — — — — — — — — — — — — — —
「ベストオブ怪談師発表のお時間です!」
もう言わなくても分かる、優勝は海太君だ。
さっきまでとはうってかわって、明明とした蛍光灯が主に彼を強く照らしている、部屋全体を照らす明かりはそのお零れのように思える。
あぁ、いいな、1万円。
「意外な才能でしたね、海太さんには1万円のインセンティブが入ります」
「もう一声!」
「海太さん…」
天使がジトッーとした目で海太君を睨んだ。
真似して私も睨んでみると、海太君から笑われてしまった。
「なんだよその顔」
「天使の真似」
「似てねー」
「うっせパチンカス!」
「なんとでも言えよ、悔しいんだろインセンティブ取られたの」
「べっつにー、たかが1万じゃん」
「たかが1万ならくれよ、パチンコ行くから」
「海太君にあげる1万は無い!」
「ケチ女!」
「黙れパチンカス!」
「銭ゲバケチ女!」
「留年パチンカス野郎!」
やたら静かだと思ったら、言い争いをしている間に皆帰ったようだ。
「オレらも帰るぞ、1万の争いに付き合う暇ねぇし」
「私もだよ」
同時に部屋を出ようとすると、辺りが暗闇に包まれた。
「…え?」
さっきまでの明かりはどこへやら…。もしかして、停電?
「暗くて何も見えねぇー」
「海太君、どこ?」
「オレはここ」
すぐ隣で声がした。
「電気つくまで待っとくわ、栞ちゃんは?」
隣で服同士が擦れる音がした、座ったようだ、私も後を追うように座った。
「私も」
「おけ」
しばらく待ってみても中々電気がつかない。
もしかしてずっとこのまま?
それは嫌だ勘弁。静かで暗くて、なんだか怖くなってきた、さっきの海太君の話もついつい思い出して、恐怖に拍車をかけてしまった。
「栞ちゃん、震えてる?」
「…いや別に」
「めっちゃ伝わってくんだけど」
そんなに近い距離にいたの?それとも私が自分の予想をはるかに超えて震えてるの?
「怖いんだ〜」
見えなくても分かる、こいつ私をバカにしてる。
「別に」
「別に別にって、沢尻エリ○か」
私は体育座りを支える手に力を込めた。
「ね、手どこ?」
「ここ」
「暗くて分かんねぇって」
「別にどこでもいいじゃん」
「手、繋いであげよっか」
「は?!何言ってんの!?」
「そんなビビることないじゃん、手ぐらい繋ぐでしょ誰でも」
「え…?え?」
大人ってそんなにフランクに手を繋ぐの…?
「…もしかして、手繋いだ事ない?誰とも?」
「…いや親とはある」
「そりゃオレもあるよ。男とは?」
「…お父さんとなら」
「そりゃオレもあるって…。」
爪のようなもので手をつつかれた、不思議に思ってその先を追って行くと、少し硬く、暖かい手があった。本当にこれが海太君の手なのか確かめるように指先だけで触れてみると、呆気なく包み込まれてしまった。
「電気つかないねー」
なんでこいつは平然と話せるんだ…。
いや、たかが手じゃん!パチンカスの手じゃん!と自分に言い聞かせてみるも意味が無い、心臓が走るのをやめない、いや、やめられたら困るんだけども。
「ね、聞きたいことあるんだけどさ」
「…なに?」
「栞ちゃんはなんでこのゲームに参加したの?」
「奨学金返すためだよ」
「例えば、奨学金返してもお釣りが来るレベルの額を貰ったら何したい?」
「んー…贅沢するかな。その為にまず仕事辞めて残った金を投資とか株にぶち込むの」
私は貧しかった子供の頃を思い出した。
「お金の余裕って心の余裕って言うじゃん」
「贅沢出来る余裕が欲しいの?」
「んー、そう、なのかな、それに余裕が無いと誰かを傷つけるかもしれないし」
「それは経験談?」
私の頭の中にあの時の事が鮮明に再生される、謝りたくても謝れなかった。
悔やんでも悔やみきれない、あの時の事が。
するとパチ、と音がして電気がついた。
私は壁に手を付きながら立ち上がった、さっきの事は墓場まで持って行きたい…。
「ね、さっきの事誰にも言わないでよ」
「何が?」
「だから…私とアンタが手繋いだ事。」
「…え?俺、栞ちゃんの手なんか握ってないよ」
「は?じゃ、じゃあさっきのは…」
全身が寒気立ち、ワサビを擦れるほどの鳥肌が出た。
「…ウッソー、オレの手だよ」
「海太ァァァ!!」
「栞ちゃーん、大丈夫?」
河野さんや藤原さん、ヤズ瑛さん達が扉から顔を覗かせていた。
「あれ、皆さんどうしたんですか?」
「停電になって心配で見に来た」
ヤズ瑛さんがズカズカと部屋に入ってきて、海太君の脇をくすぐった。
「駆け抜けしたな!」
「いやー!なんもしてないっすよ!」
笑いながら逃げる海太君と追いかけるヤズ瑛さん、それを見て微笑む河野さん。
藤原さんはただ私の事をじっと見ていた。
「…大丈夫、でしたか?」
「えぇ。海太君もいたんで」
「…あの」
「栞ちゃんもさー、真っ暗な中で男と2人きりになっちゃダメだよ」
いつのまにか横にいたヤズ瑛さんが声をかけてきた。
「明るいとこでもダメかもね」
ヤズ瑛さんは私ではなく何故か藤原さんを見て言った。
「ヤズ、牽制すんなよ」
河野さんがヤズ瑛さんの頭を叩いた。
「栞ちゃん、何かあったら俺を呼んでよ。すぐ駆けつけるから…」
「お前100m走15秒だろ」
「ヤズッてめぇ!」
藤原さんが部屋中を走り回る2人を見てワタワタしている。
「なぁ、またどっかで2人になろ」
私は耳元で囁いた海太君にyesとは言わず、空手チョップをお見舞してやった。
— — — — — — — — — — — — — — —
「って事があったんだよ!」
私は自分の部屋に戻ったら突然ムシャクシャしたのでシェムの部屋に押しかけて缶ジュース片手に愚痴った。
なんやかんや言いながらもこうして隣に座って静かに話を聞いてくれるシェムは良い奴だと思う。
「そうか、ついに男と手を繋いだのか」
「でも海太君だよ…」
「何がダメなんだ?」
「やっぱり…本当に好きな人と、手を繋ぎたかったって言うか…初めてだし…」
「乙女か」
シェムが鼻で笑った。
「うるさ!うるさ!」
私は頭をブンブン振り回した。
「お前は少し純情が過ぎるな」
シェムが缶を握る私の手に、自分の片手を添えた。
「え?」
別にいやらしい雰囲気でもなく、ただ重ね合わせてるだけ。
エイエイオーってやる時となんら変わりはないはずなのに、なぜか頭がぼーっとする。
「慣れればいい。その為に俺を利用しても構わない。そしたらこのくらいの接触、なんて事ないと分かるはずだ。」
なんて事ないと、私が思えないのはズバリ、男性経験が無いから。缶を握る手に力が入る。
「う、うん…でも」
「でも?」
「これから先、本当に好きな人と手を繋いだとして、なんて事ないじゃん!で終わるのはなんか嫌って言うか…分かる?この気持ち」
「さぁ。人間の考える事は天使には到底理解出来ない。」
シェムの手はお父さんよりも、海太君よりも大きい。けど、とても冷たい。
「シェムの手、冷たいね」
「そうか?」
「手が冷たい人は心が暖かいんだって、お母さんがよく言ってた。」
「因果関係があるのか、面白いな。…時に栞」
「ん?」
「お前の手、めちゃくちゃ熱いぞ」
「私の心は冷たいって言いたいの!?」
「冗談だ」
「そういえば」
「何だ」
「海太君の手は少し湿ってて熱かったんだけど、それは陰湿な性格をしてるって事かな」
「知るか…」
「絶対そうだよ」