運命論者の恋
私のこの凄い猫背のワケは、奨学金を背負っているから。
今の時代、大学に行かないとまともな就職先が無いって母が言ってたの。
今でもハッキリ思い出せるわ、いつだっけ…あぁ、高2の春!
電気毛布を家族3人で被りながら、あ、1枚だよ。そう、1枚を奪い合ってたの。貧困。うん、貧困。そこはいいから。んでね、
「進路は?どうすんの?」
「卒業したら働く」
「あんたね、ほんと大学行かんとどうしようもないよ」
「でも学費どーすんの、明日の生活費も怪しいのに」
そしたら父が
「お前な、奨学金を知らんのか奨学金を」
って。
「いや知らない訳じゃないけど、借金してまで勉強したくないよ、もう働く。ビンボーは勘弁」
私がそう言ったら父の変なスイッチを押しちゃったみたいで、あーだのこーだのよく分からない説法が始まっちゃって…。世の中のお坊さんの説法が全部これだったら、寺は全て焼き討ちにされていて、邪教として扱われていたんだろうなってくらい酷かった。お坊さんって、やっぱすげーわ。そんな事を考えながら聞いてたんだよ。
仕舞いには、
「お前な、国から借りられる借金なんて中々ないぞ、このチャンスを逃すなよ」
って。どういう事?って思ったよ。
でも私は結局確かにそれってなんか凄いかも…って思っちゃって、バカ正直に奨学金を借りて…猫背になったの。そんで俺が肩代わりするって言ってた父が2年後、ガンで死んだ。しかもその時気づいたんだけど、私が借りてたのは民間会社だったの。国でもなんでもないの。
しかも、私の名前で契約してたから、肩代わりもクソも無い。
そんでね、父の火葬中に母がポロッと
「あの人ね、借金癖があってさ。訳分からんとこから金借りて来てはそれでギャンブル、上手く行ったら返す、負けたらまた別のとこから借りる…そういうのを繰り返してたの。まぁアンタが産まれてからはやめたけどね。」
ここで私と母が貧乏生活を強いられていた理由と、父の葬式に誰も来なかった理由が分かったの。
んで
「なんでそんなバカと結婚なんかしちゃったの?」
って聞いたんだよ。この時の母の一言は忘れられないね。
…なんだっけ。あぁ、
「運命。」
って!
そしたら丁度焼き上がりの合図が…。
「なーんか参考にならんなぁ」
「えっ、そう?」
「んー、なんか、栞ちゃんのとこは特殊って言うか…うーん…」
長年付き合った彼氏と結婚か?別れるか?で揉めていて上手くいっていないリエちゃんは、何故か私の元へ救い求めてやって来た。結婚ってなんなの?ってリエちゃんが言うから思い出したくもない忌々しい記憶を掘り起こしてまで話していたのに…。
相談する相手間違ってるよと何度も言ったものの、聞く耳を持たない。本当に解決する気はあるのか。
「リエちゃん、私恋愛すらした事ないんだから相談する相手間違ってるんだって…」
「相談じゃないよ」
「じゃあなんだったの今までの時間は」
「ただ愚痴を聞いて欲しいだけ…」
「んじゃ猫背になったのは〜のとこらへんで止めてよ」
「だってノリノリだったから…」
「はぁ、んじゃお酒買いに行こ、昼だけど」
「やったー!飲むぞ飲むぞ飲むぞ」
私はお酒飲めないけど、リエちゃんは酒豪だ。何かあると飲みたがる。いつもはふんわりしているのに酔っ払うと口調が強くなる、私はこれを酔拳と呼んでいる。
部屋を出て、今にも壊れそうな階段を降りる。3階建て築45年のボロアパートが私の城。奨学金を返済したら、背を正して、もっと広くて新しい所に住みたい。贅沢は言わない、床がきしまなければ、雨漏りしなければ、シロアリが出なければなんでもいい。
「今日も酔拳見れるかな」
「もちろん、ホワタァ!」
リエちゃんは勢い良く正拳突きをした、もう何もかも間違っている。
「あっ、こんにちは…」
タイミングが悪く、ジャージの男が私たちの目の前に現れた。私が挨拶すると、矢継ぎ早に
「…こんにちは…」
と言った。気まずいのか、私達の横をすぐ通り抜け、そそくさと部屋に入っていった。近くの部屋だ。あんな人が住んでいたんだ。
身長が高くて細っこい、押したら倒れてしまいそうな男の人だった。あと部屋にこもって人には言えないモノを作っていそう。爆弾とか。
「…早く行こ、なんか気まずい」
「もうこれに懲りたら正拳突きやめてね」
少し歩いてコンビニに着くと、リエちゃんはカゴにどんどんどんどんお酒を入れていった。
私はリエちゃんと違ってあまり飲めない、度数の弱いカシオレを取ろうとした、その時
「あ、すみませんっ」
随分身長の高い男の人と、指と指が触れ合ってしまった。
「ごめんなさいね」
少しチャラそうで、クリエイターとかやってそうな髪型。通称、クリエイターズヘアと私は呼んでいる。
ウェーブかかった髪の毛で、左右どちらかを耳にかけている。全盛期のオダギリジョーみたいな…。
「…あれ。」
オダギリジョーは頭をポリポリとかいて
「俺今何取ろうとしたんだっけ…」
とボソボソ呟いてその場を離れて、あろうことかコンビニを出て行ってしまった。
「どしたの栞ちゃん」
「あの人、ほら、オダギリジョーみたいな、今店出て行った人」
「うん、けっこーイケメンじゃん」
「…ううん、いや、なんもない」
私は怪異に出くわしたような気持ちになったので、今起きたことは忘れることにした。
「なによ、恋の始まり?」
リエちゃんがそう呟いたので、軽くホワタッと小突いてやった。
「こんなダル着の時に始まってもね」
会計を終わらせて外に出ると、
「てかさ、さっきの人、結構カッコよかったよね」
リエちゃんが何故か興奮していた。
「んー、まぁ身長高けりゃ男の人は大体かっこよく見えるでしょ」
「アレずるいよね、女は一芸秀でても大して評価なんかされないのにさ結局顔じゃん」
リエちゃんの愚痴が激しい。もしかして、
「あら、もう飲んでる」
「我慢できない」
あともう一個、角を曲がると、私の城、欠陥住宅。
「ねぇ、見て」
「ん?」
「あんたんとこのボロ、高級車止まってない?」
「うわほんとだ、何?潰れんの?」
「もしそうなったらうちおいでよ」
「やだよ、リエちゃんの彼氏裸族じゃん」
「ちょ、隠れて!」
リエちゃんが勢いよく私を押した。
「なんで!?」
私達は何故か真昼間、角に隠れて、あの高級車から一体どんな人が出てくるのか想像を膨らませた。
「何が出るかな、何が出るかな」
私は懐かしいあのリズムを口ずさんだ。
「栞ちゃん、どんな人が出てくると思う?」
「んー、闇金業者じゃね?ポロアパートだし、どうせ皆借金持ちでしょ。」
じゃないとわざわざあんな所住まない。雨漏りシロアリ床のシミ…。
「降りてきたッ」
「リエちゃん興味津々だね…」
「あっ、あれは…!」
リエちゃんが体をふるわせている、やっぱり闇金業者か?
「何?」
「多分港区男子だよ!」
「なにそれ?漁師?」
「港区男子ってのはね…」
リエちゃんがこちらに向き直り説明を始めた、拳は強く握られていて、もう片方に握られたビールが若干悲鳴をあげている。
「体力・知力・行動力・財力・見た目全てを兼ね備え、港区で女遊びを繰り返す男の事を言うのよ」
「四捨五入したら漁師じゃん」
「マジモン初めて見た…」
「あーでも確かに言われてみれば、ツーブロックのセンター分けに、青スーツ、鋭利な革靴、見れば見る程、営業マン。ほら、腕時計とかゴツかったよね!人殺せるよ」
「存在しない商品でも売ってきそうね…」
「お姉さん達」
「うわぁあ!」
私とリエちゃんは2人で驚いてしまった、会話に夢中になるあまり、近づいてくる港区男子の存在に気が付かなかった。
「ごめんね驚かせて、ここに住んでるこう…髪型が全盛期のオダギリジョーみたいな奴の部屋って分かる?」
「…すみません、住人とはあんまり会った事ないんで」
「そっか、ありがとう」
私が答えると、港区男子はそそくさと踵を返し、アパートへ行き、ボロい階段を上り…
「うわ、手当たり次第ピンポン押しだしたよリエちゃん!」
「港区男子は人慣れしてるから」
「そんな犬みたいな。ってか、全盛期のオダギリジョー…ってさ、あのコンビニの人かな」
「えー?同じアパート?運命じゃん、でもなんで栞ちゃん住人分かんないの?」
「人の顔あんま覚えられないんだよね…」
「そうだよね、小学生の時私に5回も自己紹介してきたもんね」
「…なんか気まずいからさぁ、土手行こ土手!リエちゃんも酒飲みたいでしょ」
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「はー、土手はいいね、ほら、ゲートボール勢が見えるよ」
私達は2人で土手に座り込んで、背中に暖かい日を受けながら酒を煽った。
「栞ちゃんって、ほんと土手好きだよね」
「うん、何となーく落ち着くから」
「…ねぇ待って、なんか聞こえない?」
「何も?」
「うおーー!みたいな、さ…」
「ゲートボールの歓声じゃね?」
「そんな盛り上がるスボーツだっけ?」
「ゲートボールに失礼」
私が言うと、
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
上半身裸の男が、叫び声を上げながら私達の前を突っ切って言った。
「リエちゃん、やばいよ、逃げよ!」
「待って、ゲートボール勢が…!」
酒なんて飲んでる場合じゃねぇ!
土手を降りて、ゲートボール勢達の元へ走った。何かあって見殺しにしたら後味が悪い。
「栞ちゃん!危ない!」
上からリエちゃんの声がした、振り向くと、そこには上裸の男が立っていた。
「終わった…」
私はせめてゲートボール勢達を逃がさなくては、と震える足を動かし、近くにいたおじいちゃんの肩を叩いた。
「逃げてください!不審者がいるんです!」
「ふ、不審者?」
「あら、海太君、また負けたの?」
おじいちゃんの近くにいたおばあちゃんが、上裸の男に親しげに声をかけた。
「え…?知り合い?」
すると、おじいちゃんとおばあちゃんは顔を見合せて笑いあった。
「こいつな、パチンコに負けると叫びながら走るんだよ」
「今日は5万負けた…」
男は近くに捨ててあった服を着た、
「あー…お姉さんごめんね、勘違いさせちゃった」
「お前いつか捕まるぞ!」
さらに別のおじいちゃんが言った、正直もう捕まってもいいと思う。
「気をつけるよ…今度は夜中にする」
「そっちの方が逮捕されるでしょ〜」
また別のおばあちゃんが言うと、あはははと土手は笑いに包まれた。
私はなんのこっちゃ分からず、首を傾げたままリエちゃんの元に戻った。
「な、何があったの?」
「分かんない、首も戻んない…」
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少し日が落ちて、私達は土手から離れ、ボロアパートに戻った。港区男子はいなかったけど、車はまだあった。
「オダギリジョーの部屋は見つかったぽいね」
「栞ちゃん、この階段きしみエグくない?」
「今頃ボコボコにされてるかも、オダギリジョー。」
「ねぇ引っ越しなよ、いわく付きでしょここ」
「ネタキリジョー、なんちゃって、ふふ」
お互い会話が一方通行だけど、大丈夫。通じ合える時通じ合えるのが親友のいい所だ。
部屋に入ったらもうそこからのリエちゃんは早かった。そそくさとテーブルにおつまみを置いて新たに酒を開けて愚痴を吐く体制を整えた。
「でさでさ、ハヤト君酷いんだよ…」
リエちゃんはお得意の酔拳のせいで彼氏の愚痴が止まらないようだ。
「うん、そうだねぇ」
リエちゃんの隣に座って私もカシオレを開けた。
「しかも、トイレの蓋は閉めん、麦茶は少し残す、それに裸族!」
「ねぇ、常に…ブラブラさせてんの?」
「そうだよ、目に毒。」
「毒どころじゃないよ、核だよ」
「うははなにそれ。てか、ごめんね、さっきから私ばっか話してさ。栞ちゃんは恋バナ無いの?私ら華の24歳なんだよ」
「無いなぁ、会社もリモート、外出らんから出会いも無し。」
「私とハヤト君は街コンで出会ったんだよ、栞ちゃんも行こうよ!」
「いや…私はいいよ」
そこで出会ったのが邪悪な裸族なんでしょ?と言いかけたが、ここは堪えた。
「なんでー?」
「んー、あんま恋愛に興味無いんだよね、誰かを好きになった事も無いし」
「街コン行こうよー、運が良かったら医者とか経営者に出会えるよ。玉の輿に乗れるチャンスだよ!」
「マジ?街コン行こうかな…」
それなら話は変わってくる。
「食い付きいいね。栞ちゃんは普通にもっと恋愛した方がいいよ。引きこもってないで、外に出な!さっきみたいに運命の出会いが…」
「ない」
「そっかぁ…でも、恋愛もしないまま適齢期すぎる前にそれなりの人と結婚なんて。虚しくない?」
「恋愛なんかより、まず金!金!金が無いと始まんない!恋心じゃ飯は食えない!」
「それそう!それはそうだけどさ、1回は運命的で刺激的な恋をしてみたいって言うかさ…」
「なにそれ、韓国ドラマのタイトル?」
私達はそれから少し暗くなるまで愛より金だいや運命だ何だと、お互い語り合った。
愛より金を選ぶリエちゃんの彼氏はよく稼ぐんだろうなと思って聞いてみたら、バンドマンを目指すフリーター。しかも35歳らしい。人間って矛盾の生き物だ。
「あ、そろそろ帰んないと」
「リエちゃん、最後に聞きたい事があるんだけど」
「ん?」
「どうしてそんな将来が見えない邪悪でアホの裸族なんかと一緒にいるの?もっと幸せにしてくれる人はいるんじゃないの?」
「ひ、人の彼氏に失礼な…てか、いつかはちゃんと売れるようになるんだよ!今は…確かに、ライブもしてないけど…」
「申し訳ないけど、リエちゃんならもっと良い人いるよ!」
「でも運命だと思うの、私達好きな物がなんでもかんでも一緒なんだよ?あ、あと電話番号の下4桁、一緒なの。しかも、誕生日も同じでさ!」
「うーん…」
「ね、数字は運命につきものでしょ」
「いや待って、納得できない!」
私はリエちゃんの腕を掴んだ。
「そんな男の元に帰す訳にはいかない!」
「え!?帰るよ!私の帰りを待ってんの!」
「そりゃそうだろ!ヒモなんだからー!嫌だー!!あー!!」
以外に力が強いリエちゃんに引きずられながら私も玄関まで来てしまった、仕方なく手を離すと
「栞ちゃんも1回くらい恋しな!じゃあね!」
とキラッキラの笑顔で運命論者は去っていった。
「…街コンなんて絶対行かない」