3 覚醒者
前方から走ってくる男性の目は、焦点が合っていない。
――あの人、なんか様子がおかしい。
突然、男性の右手に水の塊が生成される。
ズガン!
雪奈から数メートル離れたところの地面がえぐれる。
――え、ウソでしょ?
えぐれた地面の周辺は水浸しになっている。
どうやら彼が水の塊を撃ち込んだようだ。
雪奈は足を止め、彼の様子を観察する。
――あの能力、ランクX相当のはず。目の焦点が合ってないし、たぶん正気じゃない。
男性から再び、水の塊が発射される。
今度は雪奈の方ではなく、住宅地に向かって飛んでいく。
カキン!
雪奈は氷の盾を作る。
右手を振って、それを水の塊の方に飛ばす。
ドバシャン!
氷の盾が、水を受け止める。
「な、何をする・・・」
男性がうつろな目を雪奈に向ける。
雪奈は一瞬ひるむが、すぐに冷静になる。
――大丈夫、たぶん私の能力の方が上のはず。
雪奈が深呼吸していると、水の塊が次々と飛んでくる。
「ちょ、ちょっと、不意打ちで攻撃するのは反則だって!」
カキン、カキン!
雪奈は慌てて氷の盾を複数作る。
バシャシャン!
攻撃を全て受け止める雪奈。
「お、お前・・・何者?」
男性は意識もうろうとしている様子。
「あなたこそ何者?能力の濫用は違法行為よ」
「うっ、い、違法行為・・・?」
雪奈に指摘を受け、男性は頭をおさえてうずくまる。
「あの人、様子がおかしいです。あまり刺激しない方がいいですね」
後ろから少女の声が聞こえ、雪奈は振り返る。
「飛真理ちゃん!どうしてここに?」
「普通に帰り道の近くだからです。歩いてたら衝撃音が聞こえてきたので様子を見に来たんですよ。そんなことより・・・」
飛真理が男性に視線を移す。
「彼、相当な能力者みたいですね。心神喪失の兆候が見られますし、周りに被害が出るおそれがあります」
この辺りはベッドタウンで、住宅地が広がっている。
もし彼が暴れたら、甚大な被害が出るのは容易に想像できる。
雪奈の頬を汗がつたう。
「となると、あの人を取り押さえるしかないのかな?」
「一応、警察にはもう連絡しました。二十分もすれば守護隊がやってくるでしょう。それまで彼が暴れないように・・・」
飛真理が全てを言い終わる前に、水の塊が二つ飛んでくる。
カキン!
雪奈は再び氷の盾を生成して受け止める。
「ふっ!」
飛真理は足で地面を強く蹴り、水の塊をかわす。
斜め上にとんだ彼女は、ふわりと電柱に飛び移る。
「へぇ、なかなかの能力だね。自身に念力をかけてる感じかな」
「それはこっちのセリフです。私の能力よりすごいじゃないですか」
水の塊がさらに数を増やして、飛んでくる。
カキキン!
雪奈はこれまでより大きな氷の盾を作って受け止める。
飛真理も別の電柱に飛び移って攻撃をかわす・・・
ことができなかった。
次の電柱に着地する直前、もう一発の攻撃が飛真理に向かって飛んできたのだ。
「しまった!」
ズバシャ!
ぶつかる直前、水の塊ははじけて分散したが、飛真理は衝撃で上に吹っ飛ばされる。
「くっ!」
ドサッ!
飛真理は地面にたたきつけられる瞬間、能力を使って落ちる速度を殺したようだ。
「飛真理ちゃん!」
雪奈は飛真理にかけよろうとする。
それを阻止するように水の塊が雪奈をおそう。
氷の盾でその攻撃を防ぎつつ、雪奈は飛真理に近づく。
「待て!」
男性が右手に水の塊を生成する。
その手を飛真理に向ける。
「こ、こいつを助けたければ、俺に近づくな!」
「うっ。ま、まずい」
今、三人の位置関係は
雪奈―男性―飛真理
となっている。
雪奈が生成する氷は、雪奈から離れすぎると操ることができない。
――しまった、この位置から氷の盾を投げても、攻撃の勢いを殺せない。
そのことに気づいているのかは分からないが、男性はニヤリと笑う。
「い、いいぞ。そ、そのまま大人しくしてろよ」
男性はジリジリと飛真理の方に下がっていく。
飛真理は顔を上げる。
「わ、私のことはいいから、こいつをなんとか・・・」
「そういうわけにはいかないよ!」
飛真理の言葉に、雪奈は首を横に振る。
氷をぶつけて男性を無力化するのが最適なのだが、雪奈はみねうちが苦手だった。
――私の技術だと、下手したらケガさせるだけじゃすまない。い、一体どうしたら。
唇をかむ雪奈。
男性が飛真理のそばまで近づく。
「よ、よし。これで誰も俺に攻撃できない」
男性が飛真理に手を伸ばす。
――飛真理ちゃん!くっ、リスクはあるけど。
雪奈は右手を背中に隠し、氷の結晶を生成する。
そして右手を男性に向かって振ろうとしたその瞬間
ビシャン!
激しい電流が男性の体を貫く。
ドサッ!
男性は気を失い、その場に倒れこむ。
「ふー、危なかったね!」
覚えのある少年の声が聞こえてくる。
振り返る雪奈。
「由雷くん、どうしてここに⁉」
雪奈の言葉に対し、髪をかき上げる由雷。
「普通に帰り道の近くだったからね。歩いてたら衝撃音が聞こえてきたから様子を見に来たんだよ。そんなことより・・・」
「そ、そうだ。飛真理ちゃん!」
雪奈と由雷は、飛真理のもとにかけよる。