第六章(10) 私の決断
「さて、どうする?」
あの人は私に問いかけた。
「帰ります」
そう言うと、彼は満足そうに笑った。
ああ、私の好きなあの人の笑顔だ。
この人の笑顔が、私に生きてていいって、教えてくれた。
「波ちゃん!」
私が過去を思い出していた時、私の名前を呼んだ人がいました。
「波ちゃん!僕、波ちゃんが好きだ!僕はまだ、山田さんみたいに、君を自然と笑顔にすることはできていないけど!でも、これから努力する!僕と一緒に、こっちの世界で暮らさない?」
湊様は、私が驚くことをよくおっしゃいます。
私が、好き。
その、好き、が、わからないのです。
愛してる、と比較することを、拒む私がいました。
「中宮波!」
そんな時、こちらの世界での名前を呼ばれました。
名前を呼んでくださったのは大宮様でした。
「僕はお前の過去なんか知らない!」
ええ。私もつい先程まで、実家のことなんて忘れていましたから。
「でも実家にいた時よりもこの男といた時のほうがいいんだよな?」
なぜ大宮様にはわかるんでしょう?お話した記憶はないのに。
「実家とこの男といた時を比べて、この男の所に帰るって言ってんだろ?」
ええ、そうです。
私は救われましたから。
私は、愛してる、にこたえなければいけないから。
「なら、この男といた時とこっちの世界で過ごした日々、どっちの方が幸せなんだよ?」
その言葉は私が避けていた比較を突きつけていました。
分かってるんです。
ここにいたら、壁についたご飯は食べなくてもいい。
美味しいものがたくさんあって、それは自由に食べられる。
それに、人がいる。
こうやって迎えに来てくれる人がいる。心配してくれる人がいる。本当は寂しいのに、笑顔で送り出そうと思ってくれた人がいる。
そんな世界で、この世界以外に帰りたい場所なんてない。
私のせいで、被害が出ているかもしれない。
あの人がずっと私に注意していたから。
その人達の為にも、私は帰るべきなのは、わかってます。
きっとこんな贅沢は許して頂けない。
それなら、私は・・・
「で?早く立て。帰るぞ」
私はあの人に腕を捕まれ、立たされました。
「私、帰れません」
言うだけ、言ってみようと思ったのです。
きっと神様にも許して頂けない、この決断が、無かったことにならないように。
この世界の人へ、どうか、伝われば、と。
次の瞬間、お腹に痛みが走って、頭がクラクラして、全身に痛みが走って、私は自分が倒れたことを知りました。
そして、私は目を閉じたのでした。




