第六章(3) 待ち合わせの場所へ
次の日、私は美保様のお誘いを断りました。美保様は不服そうでしたが、今日は家の用事があるので、と言うと美保様は快く、許して下さいました。
学校が終わると、私は目立たないように学校を出て、近くのトイレで服を着替えて、メモの通りの場所に行きました。
ホテルのエントランスで声をかけると、受付のお姉さんがお部屋まで案内して下さいました。
お部屋に着くまでの間、私は今までのことを振り返っていました。
学さんに拾われ、あの人の下に帰るためにと思いながらたくさんお勉強をして、こちらの世界を学びました。
学校というものに通って、湊様や大宮様と親しくなれて、湊様とは 婚約までさせていただいた。美保様というお友達にも出会えました。美味しいものを、甘い物を食べるとこんなに笑顔になれるのだと知りました。
感謝してもしきれないほどの日々でした。
けれど、私はその感謝を伝えられずに帰ることにしました。
皆さん、私のことを大切にしてくれました。あの人がしてくれていたように。だから、私があの人のもとに帰ると知ると帰らないでと言ってくださる気がしたのです。
だからこそ、私は今日、一人であの人に会いに来ました。
「お客様がいらっしゃいました」
お姉さんが部屋のドアをノックしてそう言うと、
「分かった。ありがとう」
とお部屋中からあの人の声がしました。
お姉さんは声を聞いて、エントランスに戻られました。
「さっさと入れ」
あの人の声がドア越しにしました。私はドアをノックして、部屋の中に入りました。
「その服しか、お前には似合わねえな、やっぱり」
「ありがとうございます」
あの人が私に下さった服。これが一番、私に似合っていると私自身もそう思える。
「だけどお前、肥えたから服のサイズがちょっとあってねーよな」
「も、申し訳ございません」
最近、美保様と美味しいものを食べるようになった。それを学さん達は喜んで下さった。だから、食べることをやめられなかったのだった。
「今度、お前に見合う、新しいやつ買ってやる」
「あ、ありがとうございます」
あの人が私に服を買ってくださる。それだけで、胸がいっぱいになった。
「なあ」
その低い声に私は恐怖を感じました。それと同時に、痛みが頭を襲った。あの人に髪の毛を引っ張られていました。
「ありがとうございます?」
「も、申し訳ございません」
何がいけなかったのでしょう?感謝を伝えるときは、ありがとう、ではないのでしょうか?
「俺に対してありがとう?違うよなぁ!」
「は、はい」
そうだった。ありがとう、なんて、私はずっと、知らなかったではないですか。
「正しくはぁ?」
「もったいないお言葉、感謝してもしきれません」
「それでいい」
あの人はそう言うと、私をそのまま床に投げ捨てた。
いつものこと。
これが、とても懐かしくて安心した。
私のいる場所はここ。そう思えた。
プルプルプル
その時、電話が鳴りました。あの人が電話を取ると、案内しろ、と電話越しに伝えていた。もう一人、この部屋に来るのでしょうか?だとしたら、来るのはきっとあの女の人でしょう。
私はやっと、あの人たちのもとに帰れる。
そう思ったのに、ドアが開いて部屋に入ってきたのは、私の想像していた人と、こちらの世界で私に関わってくれた人たちでした。




