第五章(5) 急な出来事
私が目を覚ましたのは、廊下がとても騒がしかったからでした。
騒がしい事自体は、慣れています。いつも、奥様のご機嫌が悪くなる度、私のところへ騒ぎながら来られていましたから。
騒がしい事に、あの人が来たのかと思ったことも、否定できません。床から起きて、ドアの前に、移動しましたから。
「波様、安在です。入ってもよろしいですか?」
しかし、聞こえてきた声は、あの人の物ではなく、安在さんの物で、私はまた、悲しくなるのでした。
「あの、私は学校へは・・・・」
「行きたくないのはわかります。けれど、ひとまず今日だけは、行って下さいませ」
安在さんは、私の部屋に入ると私の身支度をして、制服を着せたのでした。そして、制服姿の私に玄関で靴を履かせて、外に出しました。
「波ちゃん!待ってたよ〜!」
「・・・・岸、様」
「一緒に学校行こ!」
「え、いえ、私は・・・・」
「岸様、何卒宜しくお願い致します」
そう言ったのは、私の後ろに居た陽子さんだった。
「はい、もちろんです」
岸様は、そう言うと、私の手をとって、そのまま車の後ろの席に乗り込んでしまったのでした。
「波ちゃん、学校、そんなに嫌?」
「いえ、そういうわけでは・・・・」
「なら、なんで学校行きたくないの?」
岸様の質問にこたえないわけにはいきません。
まだあの人は来てくださらないのだから。
「私には、不相応だと、思うのです」
「それは、養子だから?」
「はい。学校は、私の居て良い場所ではないのです」
「そっか・・・」
養子、その言葉が、私を守ってくれていたのだと思いました。私が学校に行っているなんて、あの人はきっと許してくださらない。だから、学校に行けない、なんて、言ってはならない気がするのでした。
「でも、今日からは、波ちゃんは学校に居て良い、いや、居るべき人なんだよ?」
「へ?」
「だって、波ちゃんは、僕の婚約者だから」
婚約者・・・・
その言葉に、思うことが沢山あって、複雑な気持ちになりました。
岸様が、あの人と違うことは良くわかっています。
それでも・・・
「だから、湊様、じゃなくて、湊って呼び捨てでいいよ?」
「い、いえ、それは・・・」
「今日は、朝から、岸様、だしさ。先ずは湊様、って呼んでよ」
これは、断ってはいけない。
あの人が迎えに来てくれるまでの間だけ。
あの人が来たら、もちろん私はあの人の所に帰る。
だから、
「はい。湊様」
「うん、かわいい!」
身分不相応でも、ここで耐えて、待つしかない。




