第五章(1) 涙の流れ方 By 龍也
僕はおじさんたちからあいつの秘密を話されて、色々考えながら、家に着いた。
いつも通り、無言でドアを開けて、誰もいない廊下を進む。
「龍也、帰ってきたなら挨拶をなさい」
後ろから声がした。
振り返ると、そこにはお母さんがいた。
「え、なんで、いるの?」
「何でって、少し時間があったからよ」
「え・・・・」
今までこんな事無かったのに、何で急に・・・
「私がいないほうが良かったわね。私は部屋に・・・」
「違う!驚いただけ!だから、時間があるなら、一緒に、ご飯、食べたい!」
お母さんの言葉に反論したくて、つい勢いで言った。
言ってから、言ってしまったと思った。
こんな口調、子供っぽくて、誰も好かない。
高校生なのに。次期大宮家当主なのに・・・。
「ご、ごめんなさい。今の忘れ・・・・」
「謝るのは私の方よ」
何も言わないお母さんが怖くて、嫌われたと、思って、うつむきながら言った言葉はお母さんに抱きしめられたことで途中で途切れた。
「私ね、最近親に駆け寄る子供達を見ていて思ったの。私は、駆け寄られた記憶がないって」
ご飯を食べ終えて、ゆっくりお茶を飲んでいる時、急にお母さんが話しだした。
「ご、ごめんなさい」
「謝らないで。静かに、聞いていてほしいわ」
僕はもちろん、お母さんに駆け寄った記憶がない。
なぜかは分からないけど。
「それでね、理由が分かったの。私が、貴方と一緒に外に出ていないの。公園や買い物、遊園地、いろんな子供達が親に連れて行ってもらっている場所に、私は全く連れていけなかった」
・・・確かにそうだった。
物心ついたときには親はあんまり僕に会ってくれなくて、始めのうちは泣いていたかもしれない。その度に使用人は困った顔をして、僕の機嫌を取ろうとしていた。
それに気がついてから、僕は泣かなくなった気がする。
色々なしんどいことも、やりたくないことも、使用人が、出来たら親に褒められるって言ったから、必死に努力してた。けど、それでも両親は僕の所にあんまり来なくて、ゆっくりお話が出来なくて、褒めてもらえなくて。それから、もう、信じなくなった。
「私、もっと、何か、小さかった貴方に、してあげられることがあったんじゃないかって、今になって思って、それで、それで・・・・」
もう遅いよ、お母さん。
僕はもう、人を愛せそうにないんだ。
時間はそこまで迫ってるんだよ。もう、今更
「私、今日、これから仕事を減らしてもらうことにしたの。仕事に行かなくてもいい、家で作業する仕事にしたの。だから、これからは・・・・・」
「何で今なの!?」
僕は聞いていられなかった。
「遅いよ!何で今なの?今更、今更、何で?僕はもう、慣れたのに。これが普通だって信じて生きてきたのに!全部諦めてきたのに!何で?なんで?何でもっと早く、気が付かなかったの?僕、ずっと、ずっとっ・・・・」
「龍也・・・・」
「寂しかったのに!!!!」
「龍也!」
今まで貯めてきた感情が、急に溢れ出して止まらなかった。
涙は、こんなふうに流れるんだ。
久しぶりに流した涙に、そんな事を思った。
僕は結局、その後、長いこと泣いていた。




