第一章(9) 私の思い (by 波)と僕の思い (by 学)
私はお出かけまでの一週間で漢字というものをある程度覚えました。私の名前は中宮波と書くらしいです。さらに、言葉を覚えました。少しづつ、学さんたちと会話というものができるようになりました。皆さんに、沢山褒めていただきました。
けれど、まだ、ベットで寝ることは出来ていません。
ベットで寝る事が出来ないと学さんたちがわかってくれて、私のためにふわふわ、な、ふとん、というものを、買ってくれたのですが、実はそれでも寝れていません。冷たい床でないと寝れないのです。
さらに、ドアの前で人が来るのを待つことも続けています。
あの感覚を、忘れたくないのです。忘れてしまっては、私はもう戻れないのではないか、と思えてしまうのです。私は戻りたいのです。あの人のところへ、すぐにでも。それでも、それでも、私がもし、あの人のところへ戻らないとなれば、どうなるでしょう。私を迎えに来るわけがない。私のかわりはいくらでもいます。それでも私よりも役に立っていない人間はいないでしょう。だから、私は戻りたい。
そして、あの人に来てほしい。私にいつも向けていた笑顔で、私をいつも褒めてくれた声で、ご褒美をくれたあの人のところへ、早く、早く戻りたい。
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僕は流石に波さんの様子がおかしいことに気づいていた。彼女は最近夜寝ていないのではないか、と思うくらい眠そうな顔をしていて、悲しそうな目をしていることが、増えた。私は妻と安在さんに相談した。
「波さんは本当に帰りたいのね」
と妻は悲しさと悔しさが混ざったように言った。
安在さんからこの間買ってあげた布団がきれいなままだということを聞いて、ベットで寝るようになってくれたのか、まだ床で寝ているのか、今度波さんに聞いてみようと思った。
本当に波さんを返さないべきなのか、最近、そう何度も思う。けれど、波さんの傷は間違いなく、元の場所に返してはならないと私達に訴えている。波さんの辛そうな顔は私の心を何度も打ち、悩ませている。しかし波さんに幸せになってもらうために僕は今、心を鬼にして波さんに勉強させ、私達に、この世界に、慣れてもらえたらいいなと思っている。波さんがどうか幸せに暮らせますように、と毎日神様にお願いしてから寝るのが私の最近の週間である。