第65話ー帰路ー
今でこそまともに意思疎通が可能なネロではあるが、ヒナキにゲートキーを移植されるまでは精神に異常をきたし暴走状態になってしまうことが多々あった。
その際緊急措置として鎮静剤などが使用されるのだが、それでも止まらない場合はステイシスに対し鎮圧部隊が編成され対応される。
その緊急時に編成される部隊のリーダーがRB軍曹、彼だったのだ。
「正直どんな任務より面倒だったからなァ。方舟のお姫様の緊急制圧はよ。誰もやりたがらねェんで金がよかったから請け負ってたが」
たまーに割に合わないんだよなと文句を垂れる。
方舟内でも右に出るものはいないと噂される程の強さを持つRB軍曹ですらステイシスという存在を危険視しているのだ。
「方舟都市最高の戦力が今や走り出しのPMCの一社員だ。わからないものだね。君のことだから口外することはないだろうが、くれぐれも気をつけ給えよ」
「わかってンよ、先生。こんな面白ェこと他に言うわけねェだろ……。ってことだ、シドー。もしなんか相談事あったら聞くぜ。気軽に連絡してくれ、所属が違ェからって遠慮すンなよ」
そう言うとヒナキの通信端末にRB軍曹の連絡先が送られてきた。
承認ボタンを押し、端末に連絡先が登録される。
「ああ、心強いよRB軍曹」
「しどぉ、はやくぅ」
ヒナキはぐいぐいと袖を引っ張ってきたネロを気遣いながらもRB軍曹とクオンに挨拶をし、その場を後にしようとした。
「シドウくん、これを持っていきたまえ」
そう声をかけられ投げ渡されたのは小さな円筒状のものが2本入ったケースだった。
「これは?」
「鎮静剤だ。今は安定しているとはいえ、またいつ彼女の精神が崩れるかわかないからね。保険だよ」
ヒナキはそれを懐にしまい込みながら言う。
「使うときが来ないように祈っててくれよ」
「当然。それは強力に作用するものだから体にかかる負担が大きい。本当に緊急時に限り……というやつさ」
そんなやり取りをし、帰路につくとネロがボソリと言う。
「……使うときは躊躇っちゃだめよぉ」
「ばーか、使わせんなこんなモン。頼むぜ相棒」
そう言って懐から出した鎮静剤の入ったケースを通りかかった水路に放り捨てた。
……が、放物線を描いていたケースをすんでのところでネロがキャッチする。
「しどぉ、これ2本で数十万する薬ぃ」
「な……ナイスキャッチ」
そもそもが暴走したステイシスに対し効果が出るように精製されたもので他に需要がなく製造方法も確立されていないクオン特性の鎮静剤である。
ちなみにだが常人に使用すると即死する。
そのまま歩を進めるヒナキだったが少し後ろをついてきているネロの足取りは必要以上に軽かった。
相棒。
そう言われたことがどこかむず痒く、そして嬉しかったのだ。
いつも一人孤独に戦地へ駆り出されていた自分と肩を並べて立つ人間が現れたその事実にまだ慣れない。
「ねえ、しどぉ」
「んー?」
「顔、悪くないわよぉ」
「そうかぁ? あんま自分の顔の造形を気にすることなかったからなぁ。まあでもそう言ってくれるならこの忌々しい帯、頭だけでも取れてよかったよ」
「調子のらないことぉ」
「乗ってないが!?」
そんなことを言い合いつつ、事務所件住居に到着する頃には朝方になっていた。




