第62話-クゥちゃん先生
その言葉に対しヒナキが何かを言おうとしたところで、その女性は右手の平を前に突き出し静止した。
「誤解しないでくれたまえ。別に好き好んであの子の体を弄ったわけではないのだよ」
「……」
どうにも人を食ったような怪しさのある女性だが、言葉ひとつひとつに偽りの色は見えなかったためそれ以上何かを言うことはなく、何故あの子の設計を行ったのかと質問を投げかけた。
「元々あの子は重度の因子汚染を受けて方舟に運び込まれた子だったのだよ。通常ならばすでに因子の影響で細胞が変異し異形化しているような状態だったのだが、彼女は異形化せず人の形を長らく保っていてね。企業連研究機関で調査及び研究が行われたことが事の発端だよ」
どうも聞く話によるとクオンと呼ばれるその兵器設計開発者がステイシスと接点を持つ前から、その少女はドミネーター因子に適合した素体として兵器運用へ向け研究されていたという。
だがある一定の成果を出したところで素体であるステイシスの体が限界を迎え、死に瀕する事態が起こった。
その際に少女の命を救い、そして根本から少女の兵器としての設計図を書き直したのが目の前のクオンという女性だったらしい。
「いや本当にあの時は流石の私でも死ぬかと思ったよ。5日6日も寝ずに対応していたからね。とにかく無茶な因子適合実験と常軌を逸する量の投薬による調整を行っていて少女の体はボロボロだったから……はあ。その時だよ私がこれをやめられなくなったのは」
そう言って彼女は指に挟んだ紙タバコをヒナキに見せつけるように持ち上げた。
「良いものだねこれは、アウトサイドにはなかったものだ」
「あんたは少なくともネロの敵じゃないって認識で良いのか?」
「ん……ああ、当然だろう。苦労はさせられたが彼女のことは自分の子供のように思っているよ。そして同じく君の敵でもない」
そこまで話した直後、強烈な殺気を孕んだ気配を外から感じた。
その気配はヒナキのみが気づいており、クオンは気づいていなかったが……。
その気配を感じた次の瞬間、電子ロックが掛かっていたはずの扉が無理矢理スライドされて開け放たれ……。
「しどぉみっけぇ」
「うお、なんだどうしてこんなとこに!」
ネロがしかめっ面でこの尋問室へ入ってきていた。
そしてそのしかめっ面をヒナキではなくクオンに向けたかと思うと……。
「あ、クゥちゃんせんせぇ」
「や、久しいねステイシス。保護者を迎えに来たのかな?」
「しどぉがきもいおっさんに連れてかれたから連れ帰りにきたぁ」
「ふふ……祠堂君、君随分この子に懐かれてるようだね」
「懐いてないからぁ。しどぉが近くにいないとしんどくなるしぃ」
「ああ、ゲートキーとやらの稼働影響のせいだね。本当にチートのようなデバイスじゃないか、ゲートキー。ついぞ私はそのデバイスの解析ができなかったからね」
ヒナキがどうやってここまで来たのかネロに問う。
ここに来るまでには相当な数のセキュリティドアを通ってこなければならなかったはずだ。
「お父様がGNC軍施設のセキュリティシステムにあたしを登録してくれてるからぁ。別に乱暴なことはしてないわよぉ」
「なにがあるかわからないからね、高部総一朗の判断で彼女がいつでも戻ってこれるようにそうしているようなのだよ。この部屋は別のセキュリティシステムでロックされていたから開けられなかったみたいだがね」
あーあー壊しちゃって、修理しないとなあとクオンはぼやいていたが特段落胆した様子ではない。
むしろネロの元気な様子を見れて安心しているような様子さえ見て取れていた。
「クゥちゃんせんせぇ、デト壊しちゃってごめんねぇ」
「ん? ああ、そんなことかい。ひどい有様ではあったがまあそれに見合った戦果を上げてくれたからね。気にしなくても結構だよ。むしろアップデートできる予算を他の案件から無理矢理引っ張り出せてありがたいくらいだ。デトネーターの修理はこの都市の中でも最優先に行われるべき事項だからね」
まあ、中身が伴わなくなったことは残念だがとクオンは言う。
ネロがノアNPCへ行ったことでデトネーターと呼ばれる、ステイシス専用の特殊二脚機甲兵器への搭乗ができなくなったからだろう。




