58話ー嫌疑ー
ヒナキ自身も彼女に対し少しばかり過保護気味になっていたのは自覚していた。
なにせ見てくれだけで言えばとんでもなく華奢で、浮世離れした見目麗しい少女なのだ。
いくら方舟の最高戦力だと言われたところで意識的に保護対象となってしまうのは仕方ないことであろう。
「なんかぁ、しどぉ変な勘違いしてるぅ?」
「いや、〜のものって言い方がされるとさぁ」
「ちゃんと扱ってってことよぅ。銃とかと一緒ぉ。自分で言うのもおかしいけどぉ、性能的に尖りすぎててあたしの扱い難しいわよぉ?」
あくまでも自分は人に使役される兵器であると、そういうことだろう。
扱いに関しては……まあ、銃やナイフは己から意思表示などをしないため意志のあるネロの扱いにはそれ相応の難しさがあるのは当然だが。
「俺が君を兵器扱いする前提で話進めんなって」
「なんでぇ? そっちのほうがお互い楽でしょぉ。そもそもあたしからすれば今までずっとそうだったんだしぃ」
「だったら新しい扱われ方に慣れていこうや。人間関係ってのは難しいぜ、色々とさ」
「んー……そーゆーのめんどくさぁい」
……と、落ち着いた雰囲気の中話していたところだったのだが、ネロが上半身を起こしこの事務所入口である扉の方に視線を移した。
ヒナキもそれに合わせて扉の方を向く。
その直後、こんこんと扉をノックする音。
「お客さんか?」
「しどぉ、あんまり良い気配じゃないかもぉ」
「そんなのわかるのか? すごい感知能力だな……」
「GNCの連中よぉ」
「へぇ、思ってもみないお客さんだな。挨拶かなんかか?」
ヒナキ自身、不穏な空気を感じ取ってはいたが訝しんでいても仕方ない。
都市を代表する大企業の社員が来ているのなら無視することのほうがリスキーだ。
ネロは吹き抜け2階に跳んで身を隠したが、ヒナキは扉に近づいていき取っ手に手をかけ、ゆっくりと開けた。
「お疲れちゃん〜! その不審者感溢れる見た目、ノアNPCの祠堂ちゃんね?」
「は……はぁ」
扉の前に居たのは角刈りの巨漢。
ゴツい見た目にそぐわないオネェ口調のGNC所属軍のメイソン大佐だった。
なんの御用でしょうか、そう聞く前に口が動かなくなった。
眼の前にいるのはその大男だけなのだが……おそらく1や2ですまない程の意識が自分に向けられていることに気がついたからだ。
周囲に確認できるだけでも3ポイントの狙撃地点からこちらを狙っている銃口が確認できた。
「突然訪問してごめんなさいね、少しお手を拝借させてもらうわ」
「……ッ」
板状のなにか手錠のようなものをおもむろに取り出し、突然拘束してこようとしたため後方に下がって逃れようとした。
だが下がった先で背中に突きつけられる銃口。
ヒナキは黙って両手を上に掲げた。
「おかしな動き見せっとズドンといっちまうぞ、死体漁り。」
「こぉら、伊庭ちゃん。あまり乱暴な言葉は使わないの」
「大佐、そんな甘いこと言ってられないでしょう。今回のドミネーターテロ幇助の嫌疑がかけられてる相手に」
おいおいまずったな。
ヒナキは心中でそう呟いていた。
なぜならそういった嫌疑がかけられる理由は思い当たるだけでもそこそこ考えられるからだ。
粒子砲のハッキングに対する対処、人型特殊ドミネーターに対する知見や関係性の露呈。
特に共闘していたセンチュリオンテクノロジー社所属の結月少尉やGNCのRBなどに対してはヒナキと本土軍……いや、特殊人型ドミネーター黒鎧との関係性を怪しむ可能性は大きかったはず。
「乱暴するつもりはないの。少しお話を聞きたいだけだから大人しくついてきて頂戴な」
「おい死体漁りその1、あのちびすけはどうしたんだよ。もう一人ハゲワシがいたろ」
ライフルの銃口でヒナキの後頭部を小突き、伊庭少尉がそう言った直後。
「おいおいよせ、ネロ……!!」
刈った。
音もなく2階から降り着地と同時に伊庭少尉の足を。
2,3回転ほど宙で回転し床に強く身体を打ち付けすっ転んだが受け身を取りすぐに体勢を立て直そうとするも、ライフルをネロに奪われ口腔内に銃口を突っ込まれてしまった。
一連の動作が鮮やかすぎたため、メイソンは微動だにできないでいたくらいだ。
「ふぃるひゃねぇ……か」
口に銃口を突っ込まれながらも、いるじゃねぇかと言う伊庭の言葉はしりすぼみに小さくなっていた。
それは少女の容姿に対し呆気に取られたからだ。
まるで現実離れした妖精のようなその少女の容姿に。
「ネロ……やめとけ、まじで……大人しくしたほうがいい、ややこしくなるからこういう時って、話が!」
「どしてぇ? ネロのことハゲワシって言ったこいつも、そこのおっきいのも外にいるのもすぐに黙らせれるけどぉ?」




