落ちていた手帳
ある日。マンションの入り口で、手帳を拾った。黒一色のシンプルな手帳。最近はスマホでスケジュール管理している人もいる中、手帳を使っているなんて、社会人かメモを取ることが多い人なのかと思い、中を見る前に集合ポストの下に置いておく。
「一応個人情報だしな」
だが、翌日の夜。
「あー疲れた」
仕事を終え、昨日のようにマンションに入ろうと入口の前に立つ。と。
「あれ」
再び、黒い手帳が落ちていた。昨日と同じものに見える。昨日置いていた手帳は……無い。じゃあ、誰かがあそこから移動させて、目につくように入口の前に置いたのか?
「誰がそんなこと……」
いや、もしかしたら偶然同じような手帳が落ちていただけかもしれない。とりあえず昨日と同じように開くことはせず、ポストの下に投げる。だが、それからも毎日のようにあの手帳は同じ場所に落ちており。
「何なんだよ……」
始めのうちは拾っていたが、段々めんどくさくなってきた。誰が何の目的でこんなことをしているのか。もしかしたら、俺が場所を変えるせいでこうなっているのかもしれない。そう思い、今日は拾わずにマンションに入ると。
「どうして開かないの?」
「!?」
耳元で、女性の声。振り返るが、誰もいない。
「え……え……!?」
今、確かに声が聞こえたのに。
「開くって……」
手帳を見る。まさか、これの事を言っているのか?
「………」
手帳を拾い、意を決して開く。そこには。
「なんだよこれ……」
人の名前と、怨念めいた言葉の羅列。ひたすらに死を、惨たらしい結末を迎えることを望んでいる。そして、それは一人ではない。同じ会社の人だろうか、数ページめくっただけでも数人の名前が見受けられる。
「開くんじゃなかった」
周囲を見渡すも、誰もいない。再びポストの下に投げておこうと思い、手帳を閉じかけたその時。
「え?」
閉じる直前。信じられないものを見た。再度開くと、そこには俺の名前。
「何で、俺の名前が……」
他の人たちとは違い、まだ何か罵詈雑言が書いてあるわけではない。しかし、名前が知られていることは怖い。何かまずいことに巻き込まれているのではないかと思っていると。
「もう遅いよ」
再び声がして、顔を上げる。そこには、真っ黒な長い髪を垂らし、その隙間からこちらを見る女性。その目は真っ白で、こちらを見ているようでもあれば、全く違うところを見ているようにも見える。
「あ……」
その目を見ていると、徐々に目の前が暗くなっていき、やがて真っ暗になる。
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「ねぇ、最近この辺で変な噂があるの知ってる?」
「噂?」
「黒い手帳の女」
「何それ、怖い話?」
「うん。黒い手帳を見つけたら、絶対に開いたらダメなんだって」
「何が書いてあるの?」
「中身は知らない。けど、開いたら手帳の持ち主の女に呪われるんだってさ」
「ありがちな話ね」
「まぁそうなんだけどさ。けど、実際にこのマンションでも手帳を見たって人もいれば、行方不明になった人もいるらしいよ」
「その女の人って生きてるの?」
「さぁ……噂だから」
黒い手帳の女性が何者なのかは、誰も知らない。だが、その手帳の中を見た人で、生きている者はいない。全員、女に呪い殺されたからだ。そして、黒い手帳は今もどこかで、誰かに拾われることを待っている。
完