漬物
斬った斬られたが日常茶飯事だった。
路傍では食い詰めた野盗や牢人がその日を生き延びるため、さらに弱い者たちを斬り伏せていたような、そんな時代の話。
奉行所では日々罪人が裁かれ散っていったが、例外があった。
現代でいうところの “被疑者死亡” の場合、罪人は塩漬けで樽に保管され、裁きのあと改めて首を刎ねられたのだ。
しかし気温が高くては、いくら塩漬けでも腐敗してしまう。
そこで少しでも『持つ』ように、冷えた室に入れておくわけだ。
信州のある町に金貸しで財を成した商人がいた。
贅を尽くした食事が趣味だった彼は特に漬物を好み、朝夕と必ず趣向を凝らしたものを膳に並べさせていた。
だが、しばらくして戦が起きると、物流が止まった。
海に面していないこの国では特に塩が不足したのだ。
男はいつもの漬物が出てこないことに腹を立てると、丁稚を薪雑棒で打ち据えた挙句、木に吊るしてしまった。この大旦那の乱行に驚いた別の小僧は、塩の保管場所を思い出し慌てて漬物を作った。
翌朝、膳に盛られた漬物を嬉しそうに食べた男は珍しく小僧を褒めた。
「よく塩を手に入れた。お前に比べて、あの丁稚ときたら……」
小僧は畏まってこう答えた。
「塩ならたくさんございました。お奉行様も室にある物は持っていってよい、と」
(具合が悪いシリーズ『漬物』 おわり)