勇者、初恋相手なので魔王を殺せない
今回は少年編です。
俺の名はルアン、平民の俺は貴族様のように秀でたところは一切なく普通の人生を送ってきた。
とある日を迎えるまでは、
成人の儀と呼ばれ平民貴族関係なく皆平等に16歳で行われる行事、個人の持つ魔力量を確認するものである。
そこで俺はすごい記録を叩き出したらしい。
あれよあれよという間に王城へ連れてこられた俺はとある人と出会う。
大輪の薔薇のように美しい髪色を持つ美少女だった。
心臓は高鳴り頰は熱くなる、これが恋なのか?
自覚するとさらに心臓の音はうるさくなった。
恥ずかしさのあまり下を向く。
彼女は俺に気づいたのかゆっくりとした足取りで近寄ってくる。
「ああ、殿下ここにいたのですね。手を離されるとどこへいるのか分からなくなってしまいますわ。早く案内してくださいまし」
そう言って差し出された手を俺は取るかどうか悩んだ。
俺へと差し出された手なら喜んで繋ぐだろう。
しかしそれは殿下、この国の王子へ向けられたものだった。
「殿下?」
首を傾げ不思議そうな顔をする彼女に俺は意を決して声を出す。
「お、俺は、殿下じゃない、……です。」
格好からして貴族様なので俺はできるだけ丁寧な感じで話しかける。
失敗した。
恥ずかしいが彼女からの返事を待つ。
いくら待っても帰ってこない返事に疑問に思いつつ彼女の顔を見ると、間違えたことがよほど恥ずかしかったのだろ、顔を真っ赤にして固まってしまっていた。
動き出した体はぎこちなく
「はしたないところをお見せしましたわね。申し訳ございませんわ。」
そう言って彼女はこの場を立ち去ろうとするが壁にぶつかったり柱へぶつかったりと大変そうだ。
「あの、俺でよければ目的地まで案内しますよ。」
そういうとやはり恥ずかしそうに小声で
「お願いしますわ。」
と言って俺に手を差し出す。
その手を握り話を聞く。
「どこまで案内する……ればいいでしょうか?」
「ふふ、敬語は大変そうね。タメ口でいいわ。陛下の所へ会いにきたのだけれど部屋がどこか分からなくて、貴方は分かる?」
「あ、ありがと。えっと俺も王様に会いに来たんだ。ちょうどいいから一緒に行こう?」
手汗とか大丈夫かな?
俺は彼女の手を握っている手を見つめる。
「案内、よろしくお願いしますわ。」
そう言って微笑む彼女も綺麗だった。
歩きながら思う。
僕は彼女にこの短い時間の間に何度惚れ直せばいいのだろうか、と。
悲しいこともあるものだ。
彼女を連れて歩くこと数分、もう目的の場所へついてしまったのだ。
名残惜しいが着いたと報告すると彼女の手がスルリと俺の手から離れていき扉をノックする。
部屋の中から
「入れ」
という声がすると彼女は扉を開け礼をすると中へ入っていった。
「陛下、失礼します………、……。」
人の話を盗み聞きするのもあれなので俺は部屋から少し距離のある所に立つ。
数十分後ぐらいに彼女が部屋から出てきた。
俺は彼女にもう一度声をかけようと思ったがそれは出来なかった。
「おい!こっちだ!来い!」
そう叫ぶ声のする方へ彼女は歩いていく。
「殿下お探ししましたのよ?今までどちらへいらしていたの?」
「貴様には関係ないだろう!いいから早く来るんだ!」
そう言って彼女の腰を強引に抱き寄せる男へ苛立つ。
そんな乱暴に扱うな!
叫びたいが相手は一国の王子、問題を起こせばタダでは済まないだろう。
それに俺といるよりも王子と一緒にいたほうが彼女は幸せなんだと、自分に言い聞かせた。
王様のいる部屋の扉をノックする。
返事を待たずに俺は部屋の中へ入った。
2人が一緒に歩くところをこれ以上見ていたくなかったからだ。
「ああ、君か。」
王様は俺が部屋へ入ると笑顔で出迎えフカフカのソファへ案内してくれる。
「もしかしてあの2人を見たのかい?」
優しそうな顔をした王様は冷たい言葉を吐く。
「あの2人は婚約者同士でね。まあ、形だけのものなんだけどね。」
婚約者、平民の俺には全くではないがほとんど縁のないもの。
「そうですか。」
それは要するに彼女は王子のものだという事だった。
俺に勝ち目はない。
「まああの2人の事はあの2人同士で何とかなるだろう。それよりも勇者よ。ここへ来たということはいいのだな?」
「構いません。俺は勇者になってこの国を救います。」
「ありがとう、心やさしき勇者よ。君には女神様の加護がついているとはいえ油断してはならぬ。必ずやいきて帰れ。」
「はい。」
その日、俺は勇者になった。
それから3年、やっとの事で魔王城の前まで到達することができた。
最初は俺1人だけだったが旅の途中でたくさんの仲間と出会った。
一流の魔法使い、最恐の武闘家、癒しの聖女様、俺の後ろには心強い味方がたくさんいた。
やっとここまでこれた。
魔王城へ足を踏み入れようとした時、聖女様が呼び止める。
「待って、この中へ入ってしまったら魔王を倒すまで外へ出ることはできないわ。だからもっと慎重に行動して、これが最期になるかもしれないから。」
その言葉にはやる気持ちを抑え指示に従う。
1週間、自分の時間を過ごそう、と約束し俺は持っている瞬間移動の魔法を使い、全員の行きたいところへと送ってやる。
全員を送り終わると俺はすることがなくなった。
「どうしようかな?」
悩んだ。悩んだ末に俺は王都へ戻ることにした。
久々の王都に俺は気分が上がる。
一通り市場を見回ってから王城へ向かう。
「ねえ、聞いた?」
「ええ、聞いたわよ。」
「本当に驚いたわ。嫉妬したとしてもあんな酷い事するなんて。」
「目が見えないからって何をしてもいいと思ってるのかしら?」
「本当よ、さっきも彼女は泣いていたわ。」
「また何か酷い事をしたのね。最低。」
王城の中を歩いていると3人のご令嬢の話し声が聞こえた。
その話の内容が気になり話しかけてみることにした。
「こんにちは、美しいお嬢さんたち、先ほどまでどんなお話をしていたのか聞かせてくれないかい?」
顔に笑顔を浮かべるとご令嬢はペラペラと話をしてくれる。
とある光の魔力を持つ平民の少女がこの王城に今いる事、殿下と少女が話していると殿下の婚約者である公爵令嬢は嫌味を周りの人たちに言いふらしていたらしい事。
最近では少女の服にインクを零したり、破いたり、叩いたり、最終的に階段から突き落とすような事をしているらしい。
一通り話を聞き終えると俺は適当な理由を作り、その場から離れた。
平民だからとそんな酷い事をする人間がいるとは、俺は悲しくなった。
今では勇者として各地を回っているが本来なら俺は平民なのだから。
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