2-1 聖女の誘拐
幸せだったんだけどな。
でも今のこの状況は全くもって幸せなんぞでは無い。
「何でお前がここに居る?」
先だって思いを交わした恋人がベッドの上で女と一緒に居る。
乱れてはいるがかろうじて服は着てるな。
「そりゃ失礼しました。偶然にも呼ばれたもんで。
ところでこの世界の浮気は文化のひとつでしたかね?それでもひと言あって然るべきかと思うけど。」
「後で話そうと」
「そりゃありがたいこってす。気を使っていただきまして恐悦至極に存じますー。
まあ先ずはそこのお姉さんの乳は閉まっていただいて良いでしょうかね?」
「きゃあっ!」
わざとらしい声だが、男にはグッとくるのだろうな。うん、ミトさんの好みのタイプの王道のカワイイ娘。
「とりあえずここに居ても不愉快な顔しか無いので 王宮に戻ります。」
「ユズル!話せばわかるから!」
「だといいですねー、パンツ見えてますけど!じゃ。」
嘘です。パンツは見えてません。だが少しはオロオロするがいい。
わかっちゃいる。どこの世界に居てもこういうことは起こり得るのだ。
しかしながら自分が寝取られ体質とは思いたくない。
「チクショう。仕返ししてやるう。」
今のところノープランだが
私はミトさんへの復讐を心に決めた。
ーーーーーーーーーー
「ズズ!ユリカを!ユリカを見なかったか!!?」
「傷心の私になんですか殿下。マユタは今日一日公務じゃなかったですか?」
「支度部屋から突然居なくなったんだ!状況から見てまた誘拐されたに違いない…!」
アルヴィン王子殿下は真っ青だ。
「いえ…今日は朝に会ったっきりで
誘拐って…誰に…?」
「分からないが、転移魔法を使われた可能性がある。直ぐに追跡しているが、転移先を確定するには時間がかかる…!」
「わ 私も探します!」
「頼む!!!」
王子は悲壮な顔で痛々しい。そのまま走り去る様に居なくなった。
ここまで一途な彼の爪の垢をバターペーストにしてミトさんに食わせたらちょっとは私の腹も治まるだろうか。
「いかんいかん、それどころじゃない」
城中が現在進行形で大騒ぎだ。誰もが王太子妃ユリカを探している。
私も思いつくところを探し回る事にした。
「マユーマユタ〜、ご飯あるから出ておいで〜」
「ズズ様…猫じゃないんですから。」
侍女のエリーさんは残念そうな顔を向ける。
「いや、マユタは昔家出した時にこれで出て来たんだよ。
案外と食い意地張ってるから上手くいけば釣れるかもしれないし。」
マユタの好物ってなんだったっけ?過去の記憶を手繰りながら
「マユタ〜 お好み焼きだよ〜
マユタ〜 鮭茶漬けもあるよ〜」
そんな独特な探し方をしていた。
そして背後からバサバサバサッと何かが飛んできた。
「ブヘッ!!!」
紙だ。デカい紙が顔面に飛んできたよ。
この動きは物理の法則に逆らって来た。横に移動って普通はあり得ない。
「ってことは、重要なことかなっと」
ピンポーン♪
「はい、異世界ご都合パターンですな。居たよ、マユタ居場所らしきものの手掛かり発見。」
手元の地図は光が点滅して居る。だが光がいくつかあるもんで、どれが正解なのかが分からない。
これは判断し辛い情報だなぁ。正直、マユタの居場所かどうかも自信無くなって来た。
全部で7つかー。ドラ○ンボールかよ。
私はその地図を壁に張り付けて おもむろに手近にあったダーツの矢を部屋の端っこから投げつけた。ダスン!
「当たった場所のいちばん近いとこに行くか。おーおー ただの案内板のくせに怒っとる。」
漫画のような怒りマークが浮き出ていた。
「じゃあとりあえず出かけますか。一応書き置きはしておいてと、まぁこれだけ大騒ぎだと誰も気づかないかもしれないけどね」
城の転移門の兵隊さんに頼んで行き先を指定する。兵隊さんはユリカ捜索の一環と察してくれてすぐに手配してくれた。
他の転移待ちの人達もマユタ捜索の人は優先的に通してくれる。
そして私は目的の場所に転移した。
「あっズズーーー!!!ここ、此処ーー!」
「居たか。一発目で当たるとは何ともご都合パターン」
「もーやだー!もー魅了スキル要らない!!」
「じゃあやっぱり誘拐だったんだね。毎度毎度 おつ」
マユタは手脚に鎖をつけられてふわふわの絨毯に座っていた。まぁ怪我は無さそうだし、諸々無事なようだ。
「んで、鎖どーすんの?誰か呼ぶ?
そういえば私、帰り方考えてなかったかも。」
「この鎖、魔力封印する術だから 外せれば私の転移魔法で帰れるよ。
ただ、この子が持って来てくれた鍵で外せないのー。」
「この子とは?」
どうやらふわふわの絨毯はモコっと起きあがって伸びをした。
「…こいつは○ンキッキのムックか?それとも○グモンなのか?」
「いいとこ突いてるが、ピアノは弾けません。都市破壊もしません。そして色が違います。
でもとても良い子ではあります。」
そのふわふわ生命体は腹の中から宝箱のようなものを出してきた。
「その中に鍵があるからズズ、頼むわねー」
「なんだ鍵があるなら簡単に外せそうじゃないか。まったく人騒がせ…な…。」
じゃらじゃらじゃら
そこには何百個という鍵が。そしてこのふわふわくんのでかい手では持つもの大変だろう。
私は思わずorzの形になった。
「わかったかね?ワトソン君」
「oh…理解した。」
かちゃ、ぐり、かちゃかちゃ、ぐり
かちゃ、ぐり、かちゃかちゃ、ぐり
「凄い地味な救出・・・」
「帰ったらズズは聖女救出の英雄扱いだと思うよ?何か欲しいもの考えといたら?」
「えー?特に無いなぁ。」
「いい機会だと思うけど。この間泳ぎたいとか言ってたじゃない。
王家の別荘とか貸して貰えば?湖あったと思うよ。」
「水着無いじゃん。私は本気モードで泳ぎたいからこの世界のちょうちん水着は好かぬのだが。」
マユタは可愛い顔をニヤリと歪め
「それがですな、今私が開発中の人工繊維が完成しそうなの。競泳用とまではいかないけど、レジャーに使うくらいのレベルには出来そうですわよ。」
「なんと ではビキニもいけちゃうという事か!」
「この国ではウェットスーツでも体のラインが見えちゃうのはアウトだけどね〜」
「では 男子禁制ならば…!」
「いいわね。名付けるならば、」
「「ドキッ!女だらけの水泳大会」」
「だね。」
「そうね。」
…カッチャン。
「おおおおお!外れたぞ!」
「ええ 右手はね。この調子で左手と両足をよろー。」
「魔法で何とかならんのかいっ!」
「魔法は万能ではないのよーん。」
という事で、地味な救出劇は3時間ほどで終わりました。
ーーーーーーーーー
「ユリカっ!!!!」
「アルヴィン様、心配かけてごめんなさい!ズズが助けてくれたの。」
「ズズ、感謝する。褒賞としてできるだけのことをさせてもらう。だが今日はもう遅い。明日改めさせてくれ。」
本当は私が助けたかったよ、なんて甘い事を言って王子殿下はマユタを抱き込んだ。ひゅーひゅー。
ふと思ったんだけど
「そういえば元凶の誘拐犯ってどうなったんだろか?」
マユタは綺麗な笑顔で
「たぶん今頃すごい困った事になってると思うけど、反省してるだろうし、死ぬ事は無いと思うわ。」
・・・親友の黒い部分を覗いてしまったようだ。ぶるぶる、くわばらくわばら。
部屋に戻ったらもうおやすみの時間です。そういえば あ奴はどうしたんだろうか。探されると思って待ち構えていたんだが。
「戻ったか」
「うわっ!!」
「王宮内を探し回ったが居なくて心配した。」
「だから前から言いますが、暗闇で気配を消して突然現れるなと!」
「すまん。」
「そう素直に謝られるとは。不気味を通り越して鼻から胃液が逆流しそうです。」
「すまん。」
「はいはい。じゃ私はもう寝ますんでどうぞお帰りください。
今日私は王太子妃救出のヒーローでしたのでそこの顔色の悪いおっさんの相手する程元気がないのです。」
「オッサン…まだ20代半ばなんだが。」
「そうですね、下半身がお元気そうなのでオッサン呼ばわりは失礼でしたね。」
「ご、誤解だ!話を聞いてくれ!あれはー
「任務なんでしょ!分かってらあ!!!」
「え なんで」
「そもそもあれだけ兵士団員が周辺で覗きか?ってくらい隠れてるのが分かってて堂々と浮気する馬鹿はないでしょう。
しかも私が呼ばれたのも敵側の策略っぽいし、ベッドの乱れも違和感あるし。」
「そこまで…分かってて…」
「マユタの誘拐と関係してたってのも教えてもらってるもん。
だが任務と分かっていても胸糞悪い!だからとっとと安心しやがれ、わかったか!!」
ミトさんは はぁぁぁと長い息を吐いた。そしておもむろに手を広げる。
「ユズル、おいで。」
と言って抱き寄ってくる。
「おいでの意味がわかっとらん。安心しすぎて言語中枢がイカれましたか。」
「ああ。イカれてるかもな。でもどう思われてもお前に触れたいんだ。」
「エロ男め」
「エロいのは許してくれ 他ではしないから。」
「…あの娘、可愛くて 胸大きいかった。」
「そうかもな。でもお前がいい。」
「そこは嘘でもお前の方が可愛いくて胸はでかくてサイコーと言うべきでは?」
「どっちも触ってもいないのに比べられるか、阿呆め。それにその場で誤魔化す言葉はお前は嫌いだろ。」
「…わかったような恋人面しやがって。」
「こら、恋人だろ。最愛のな。」
ちゅ、と口付けされる。
涙腺が緩んでひぐひぐと小さな声で泣いてしまった。
「ごめん。ごめんな?後でいくら怒ってもいいから。帰るとは言わないでくれよ?」
「怒りませんが、仕返しはさせていただきます。」
ミトさんの顔が大きく歪み
「当て付けで他の男となんてだめだ!」
「そんな面倒くさい事しない。私の仕返しはもっと高尚でワンダホーなものなので。乞うご期待ください。」
「怖いが、甘んじて受けよう。ところで気になったんだが」
「はい」
「机の上にあった俺宛のメッセージの意味がわからん。」
「あれは私の国の呪いの言葉です。とある条件下で空飛ぶ青い石にあの言葉を唱えると建造物と兵器が破壊されます。」
ミトさんは血の気が抜けていく様子
「読み方は簡単3文字 バル…ズガフッ!」
「待て待て待て待て!!そんな恐ろしいもの唱えるな!」
ミトさんたら簡単に騙されますね。こういうところが楽し…可愛らしくてたまりません。
後にやっぱりマユタに真実を暴露されてミトさんに叱られる事になった。っち。
全部で6話で終わる予定です!