1-2 聖女の聖女
「しょ そんなことで私がユリカを嫌いになるわけがない!」
はあい、カーテンの陰から殿下登場。
でもちょっとここで噛んで残念。
「っひ!アルヴィン様!」
「よっ 殿下降臨。」
「降臨じゃないわよ!ズズ!嵌めたわね。」
「まぁまぁ。そんで殿下はどうですか?マユタの体術は興味深くて面白かったでしょう?」
ここでがっくりする様なら幻滅だ。
「驚きはした。我が妃は…強かったのだな。」
「聖女が、王子妃が強いのは何か問題が?守ってやれない女性がダメなら 私はマユタを遠慮なく元の世界に連れて帰りますよ。」
マユタがこっちを見て睨む。
「私は本気だよ?別に元世界じゃなくてもこの世界の他の国々に2人で行っても良いし。それも楽し」
「ダメだ!!!!」
「アルヴィン様…」
「行ってはダメだ!強くても君は素敵だ、側に居てくれ、ユリカが居なくては私が耐えられないんだ…!」
殿下はマユタを抱き締めに駆け寄る。おっとそろそろ私は退場かな。
そろりそろりとその場から移動する。友達のラブシーンを見る趣味はないのだ。
さて、なんちゃって空手道着のままで部屋まで戻る途中 私を後ろから殴り、尋問したあの男がやってきた。未だに名前を知らない。なので柱と柱の陰に隠れて過ごす様にささっと移動する。
「おい、隠れても無駄だぞ。気配は隠せてない。」
「それは失礼しました。こんにちは、ごきげんよう。」
「なんだ つまらないな、いつもの威勢はどうした?」
それはこの姿を見られると怒られる様な気がしたから。簡単なマントを羽織ってるが、さほど長くない丈の内側が見える。
「いえいえ とんでもございません、ワタクシなんぞ無視してどうぞお進みください。ほほほ」
「何を隠してるんだか、いつもならしょうもない奇襲をかけてくるくせに。」
そう、私は殴られた腹いせに毎回この男に「膝カックン」等々を仕掛けたりしている。だが今は分が悪い。
「そのマントの中はなん…おいっ!何という格好をしてる!!!」
「あーもーだから行ってくれればいいのですよー。我が国の運動着です。下着じゃありませんー。」
「だからって!そのまま帰るやつがあるか!」
尋問男は自分のマントを私に巻いて荷物の様に肩に担ぎ上げた。簀巻き状態でミノムシになってもーた。
「ちょっ!荷物扱い!せめて縦抱っこくらい」
「うるさい、すぐそこまでだから我慢しろ!」
「…耳まで真っ赤」
「黙れ!」
その後は部屋で説教のオンパレード。お父さんよりうるさい。
「すみませんでしたー、郷に入りては郷に従え、ちょっとうっかりしてました。
私にとっては運動着でも此処では破廉恥下着、見たくもないものを見せるのはセクハラに値しますものね。」
「みっ 見たくもないものではないが、風紀を乱すと言っている!襲われても知らんぞ!」
「そうですね、おっしゃる通り。以後気を付けます。でもまぁ此処に居るのも残り少ないだろうし。」
尋問男は剣呑な顔をする。
「…どういう事だ?まさか帰るとか言わんだろうな。」
「そのまさかですよ。マユタの精神が安定して、王子殿下との関係が彼女にとって心地良くなっていくはずですので
私はお役御免になるのです。」
そして私は日本に帰してもらうつもりでいる。
「この国に住めば良いだろう。人は穏やかだ、親友もいる。大きな不自由は無いはずだ。」
「たしかに不自由はありませんが、親友は家族ではありませんしね。いつか離れるのは致し方ないですよ。それに私の家族はあちらに居るので。」
「向こうに恋人が居るのか…?それでそいつと家族になる予定があるのか。」
尋問さんは何故切ない顔をして言うのだ。
困った、私とあなたはそんな関係じゃ無いはずだ。強いて言えば○ムとジェリーの様な関係だろう。まぁ虐げられる猫君もネズミ君が居なければ寂しく感じるからでしょうか。
「恋人はいませんけどね。いつかは作るつもりです。」
尋問さんは考え込むように下を向き、またこちらを真っ直ぐに向き直すと
「…………俺じゃ駄目か。」
と漏れ出すように言葉を吐き出した。
「は・・・へ?」
しまった。頭の中がフリーズしている。
ええと
オレジャ駄目?
オレジャって誰だ、あ、この人か?
背中にこっそり超ラブリーリボンを付けておいたら 半日そのままだったこの人か?
そしてその報復とばかりに激渋キャンディを私の口に突っ込んできたこの尋問男が 私と恋人になると言うのか?
「な、何か言え。駄目と言わないなら肯定と受け取るぞ。」
尋問さんがにじり寄って来る。汗が浮き出てます。え、何無駄にフェロモン垂れ流してるのさ。
「あの その」
「うん。…触っても、いいか?」
「いや、ちょっと待って」
この人どんどん接近して来る!
「名を呼んでくれ」
「いやいやいやいや 名前すら知らない人から言われても困りますーー!!」
困りますー
りますー
ますー
すー
「何で知らないんだよ!!?」
盛大なツッコミありがとうございます、それでちょっとは正気に戻りました!
「だって、名乗られてないし!こっちの名前、覚えにくいし!あなた目立つから見た目ですぐ分かって困らなかったし!」
「今まで俺をどう呼んでたんだ?」
「分かり易く、尋問さんと呼んでます。」
「尋問…」尋問さん、がっくり。
「背後殴打さんの方が良かったですか?」
「良いわけないだろう!!いいか俺はヴァルミトール・ディーノだ、その小さな頭の脳髄にまで叩き込んどけ!!」
「ヴァルミトール・ディーノ」
「ダァルミトール・ディーノ」
「ヴァルミトール・ディーノ」
「ヴァルミトール・ブィーノ」
「ヴァルミトール・ディーノ」
「ヴァルミトール・ディーノ」
おかしい。何故異世界にまで来て10回単語繰り返しゲームの様な事をしてるんだ。そしてそれを言わせてる体育教師の様な人が腕組みをして睨んでる。
「ディーノ様」
「堅苦しい、名前で良い」
「えー、呼びづらい」
「じゃあヴァルでいい。」
「舌の短い東洋人はVの発音は苦手範囲なのです。まるで本人そのものを表してますね。」
「お前の得意なあだ名を付ければいいだろう。…お前の呼びやすい名をつけろ。」
「じゃあ ミト」
「そこ!?」
「じい」
「ジジイ扱いか!!!」
「冗談ですがミト爺と言う名は私の国の尊敬する存在です。爺だけど空飛ぶ戦闘機の操縦もできる、働き者の手を持つ人なのです。」
「…ならいい。これで名前は覚えたな。その、それで、返事はどうなんだ。」
「うーんとですね。正直言って戸惑って何も考えられてないんです。
この世界の事分かってないし、気軽にお付き合いという事で誘われてるんだったら即お断り
「俺はそんなつもりはない」
「そ ソデスカ。かと言って真剣交際であってもミトさんの事、人格が捻れてる揶揄いがいのある赤面症の人という認識でしかなかったし。」
「ぐっ、おまえ俺の事酷い認識だな。確かに最初の頃は酷い扱いをしたから悪かったとは思ってるが、反省はしてる…。」
「いえいえ マユタを護衛する兵士としては問題ないと思いますよ?なのでそこは気にしないでいいですから。
なんですか急にしおらしくなると やりにくいですね。もっと負け犬の如く吠えてもいいんですよ。
どうぞキャンキャン泣いてください。」
「そんな泣き方するかっ!しかもまだ負けてないだろ!だが性急に迫ったのは戦略間違いだったのは認める。」
「なら」
「ならこれから絡め取ればいいわけだな。」
「それちが」
「言い方を変えるか。叩き落とす、いや屈伏させて征服すれば良いわけだな。」
「発言が魔王になってる!」
「異世界の聖女に挑む勇者と言って欲しい。」
ミトさんはミノムシ状態の隙間から私の手を取り、口付けた。
「ちょっ!急激な異文化コミュニケーションは心臓に悪い!お控えなすって!!」
「大丈夫だ いずれ慣れる。ユリカ様を見ていれば分かる。っていうか慣れろ。ズズ…」
ぞわわわわ!
いやコレ精神汚染されてしまうう!
「まままままてぇえ!私の名前も知らない人に言われても困りますーー!!」
りますー
ますー
すー
「だから!何でそういう重要な事を先に言わないんだよ!!!!」
ガミガミガミがみがみ
ああ目の前にはカミナリさんが居る。
土管に潜り込んで避難したいい。
「…で 本当の名前はなんだ」
目の前に竹刀が見えるかのよう。
「鈴木柚留 スズキユズルです。」
「何故ズズなんだ?」
「誰かが揶揄って「ズズキズズル」って訛って呼び始めたんですよ。それが段々省略されて「ズズ」にシンプルでワイルドに変化していきました。
まぁ気に入ってたので特に此処でもそれでいいかなって。
でも尋問時にちゃんと「鈴木」って名乗ったじゃないですか。」
「そうだったな。じゃスズキ。これから俺はそう呼ぶぞ。」
内心、苗字を呼ばれた事に爆笑しつつもにへらっと笑い頷く。きっと彼はファーストネームを呼んでいると思ってるんだろうな。
異世界あるある。
面白いから訂正しない。
「はい、良いですよ。」
満面の笑みで答えた。
後日、マユタに真実を指摘されたミト爺いやミトさんは烈火の如くお怒りの状態で私の部屋に殴り込み、いえ、説教しにきた。
お札でも貼っときゃ良かったなぁ。
ーーーーーーーー
「…で、ディーノ兵団長とはどうなのよ?好きなんでしょ?」
流石親友なだけあって、鋭い。
「ええまあ両足の靴紐をこっそり縛って転ばして後ろから笑って差し上げるくらいは愛しいですが?」
「ズズは照れ隠しが独特過ぎる!ディーノ兵長、顔良し・家柄良し・仕事できるし、少し堅物だけどズズの相手として私はオススメだけどなぁ。」
「オォウ、人妻の余裕な発言、ご馳走様。まぁ正直なところですな」
「うん」
「こっちで生活も出来る気がするし
日本の家族にも連絡して事情が説明できたからずいぶん落ち着いてこの世界に居られる。」
そうなのだ!実は私のスキルとマユタのスキルの合わせ技で日本の家族達へ電話する事ができたのだ。
ただし1日に5分の通話が限界なのだが、詳しくはWebで(嘘)
「大事な人がここに居れば
やってやれないことはないとは思ってる。それがミトさんだといいなと思うよ。」
「ならもういいじゃない!」
「でもあと一歩 踏切れないんだよね。」
マユタは少し悲しそうな顔で
「私の立場で言うと命令になっちゃうから言えないけど、ズズにはずっといて欲しい。ディーノ兵長がズズを留めてくれるなら何だって協力したいって思ってる。
でもズズの気持ちがどうしても此処に無いのならば止める事もできないって思ってる。」
「・・・・・」
「ズズの今の気持ちは?どうしたいって思ってるの?何を困ってるのかを私達にも共有させて?」
私は はふーと長い溜息を吐きながら言う。
「・・・怖いんだよ。恋愛でのめり込みそうで。ちょっとした事でバランスを崩してしまいそうなの。自分が馬鹿になりそうで、いや、もうなりかけてるのかな。」
「もし目も当てられない状態になったら 今度は私がズズを助けるよ。聖女の約束でも何でもする。
しかも、ズズには城内に沢山の味方が居るって知ってる?それは私の友達だからって理由じゃないんだからね。」
「…ありがと。何かマユタが聖女っぽくて笑える。」
「ドウイタマシテ。一応、ジブン聖女デス」
「いやでもミトさんはここのところ会う事が少なくて、もしかしたら飽きられたかもしれんのよね。」
「いや?そんなわけないわよね?」
部屋奥からデカい図体がニョイっと
「無論です。一旦引くのも兵法のひとつで。ユリカ様 ご協力感謝致します。」
モンスター《ミトさん》があらわれた!
「ぬお!コマンド選択は!」
たたかう
にげる
まもる
あいてむ
どれを選択だ!?
マユタが
「ズズ。この場合逃げるは悪手よ。潔く討ち死にされるがヨシ!」
「この性悪聖女め…!覚えてろよ。」
「いやコレ前回のお返しなので。謹んでのし付けてご返却しました。」
ミトさんは
「ユリカ様 直ぐに代わりの護衛が来ますのでこのじゃじゃ馬を連れて離れても宜しいでしょうか?」
「不許可で!」
「ズズ、だまらっしゃい。許可します。今日は2人とも もう帰っても良いですよ。」
「待て待て、まだ就業中 ふぶっ!」
ミトさん、持ち上げるにしたって背面脇の下持ち上げはいかがなものかと。そして腹に手が!胃液があーがーるー!!
「ディーノ兵長、私の大切な聖女を頼みますね。」
「承知しました。さあユズル、何処で話そうか?お前の部屋か?それとも誰もいない場所か?」
「どっちも危険ーー!!」
「そうか。じゃあ城下の俺の家だな。」ミトさんは楽しそうに話す。
「危険率、更に倍!!?」
そして結局連れ込まれました。所謂彼部屋ってやつ。驚きなのが部屋っていうか、小さな屋敷っていうか。
今私は誰もいないフカフカのソファーの上で手を握られて拘束されている。
「ぬおお エリートめ」
「貧乏で恋人も寄り付けない部屋だったら嫌だろう?」
「まだ恋人じゃない!」
「まだ?」ニヤリと笑う。
「あっ」
失言だ。まだっていう事は未来ならありと言ってしまってるのも同然。
「ならたった今から恋人だ。」
「いやちょっ待ち」
「大事な人が居ればって言ったな。俺だったらいいと。」
「ううっ」
「ユリカ様との会話で俺がどれだけ舞い上がったと思う。ずっと欲しくてたまらなかったお前の気持ちを聞いて止められるものか。」
ミトさんは私の両手をミトさんの口元に寄せた。
「だから 幸せにするから、俺が大事な人になるから、一緒に居てくれ。」
真っ直ぐに私を見る。それはもうガン付けかっていうくらい見てくる。
ある意味威圧的なそれは私に効果的でガン付け返しをしようと試みるが、・・・ダメだ眼力で軍人には勝てない。キャウン。
負けたと感じたそこから眉毛が下がる。あるはずのない尻尾が丸くなってしまう。
ああもう ずるいなぁ。カッコいいって思ってるのがバレちゃうよ。
「NOが無いのは肯定・同意と見做すぞ。」
ミトさんは真っ直ぐだ。
その目に弱いんだよ。
「ああもう・・・負けました!お手上げです。」
「っよし!」
ミトさんたら超破顔、そんなん初めて見た。いつもやや顰めっ面なのにね。彼は膝上に私を抱き上げて、私はお手上げの手をそのまま彼に巻き付かせる。
「やっと負けを認めたな。」
「負けましたが、捕虜待遇はきちんとしてくださいよ?」
「任せろ。貴族士官以上の高待遇だ。」
「じゃあ拷問なんてもっての外ですね。」
「・・・拷問というか、ちょっとは泣かせるというか、むしろちょっとではなくて大いに泣き顔見たい…イヤイヤ、兎に角お前なら耐えられるはず。まぁ覚悟はしておいてくれ。」
「やです。逃げます。」
ジタバタする私を押さえつけながらミトさんは嬉しそうに甘く囁いた。
「逃がさないし、逃げて捕まると更に酷いことになるからな?」
言ってる事は物騒なのに顔は赤くなってしまう。ああもう、そんなに私を籠絡させないで!想いが溢れてコントロールできなくなるんだから。恥ずかしくてぎゅうっと抱きついてその気持ちを伝える。
心がふわふわして、くすぐったくて、でもどこか未来が楽しみでウキウキする。
これが多幸感てやつなのかな。
私は巻き込まれて異世界に来ちゃったけど、今たぶん幸せ。
ズズもミトも「好き」とは何故か言わない。でも恋愛小説。