私の大切な(エレノグレース)
エレノグレース視点の話です。
私は、エレノグレース。
この世界では、最果ての魔法使いと呼ばれています。
以前の私は、魔法使いの頂点に君臨していました。
私が、リリマリアを引き取ったのは自分のためでした。
天空の国の城、国王陛下、自分の肩書、そういった私を縛るすべてのものから逃げ出し、最果てのお屋敷で途方にくれたとき、捨てられていたと届けられた子供。それが、リリマリアでした。自分には何もなくなってしまったと思ったわたしは、誰かがいなければ生きられない子供に縋りついたのです。生きていてもいい理由が欲しかったのです。
私は転生者です。前世の記憶を持って生まれました。子供ながらにたくさんの知識を持ち、様々な功績を上げました。それによって、魔法使いの頂点まで上り詰めたのです。ですが、子供を育てたことはありませんでした。必死でした。赤ん坊は、少し目を離すだけで死んでもおかしくないような生き物です。
リリマリアを育てるうちに、私はきちんと生きられるようになりました。昨日のことのように思い出せます。はじめて立った日や名前を呼んでくれた日、リリマリアは私にたくさんのものをくれたのでした。
リリマリアは、唐突に前世の記憶が戻りました。まさか、私と同じ転生者だなんて……。そして、魔力を持つものとなるなんて……。
魔力を持つものは7歳になると魔法学院へ入学することが義務とされています。今まで、リリマリアのことは伝えずにいましたが、魔法学院に入学するとなれば隠すことはできません。リリマリアを守るために迷っている場合ではありませんでした。
何年もお会いしてなかった国王陛下に弟子として紹介することを決めました。私が天空の国を離れるとき、何年でも待つから戻ってきてほしいと何度も言ってくれたのは国王陛下でした。二度と会ってはいけないと思っていました。でも、孤児であるリリマリアを守るためなら、私の矜持などどうでもよかったのです。
私が最果てのお屋敷で生活するようになって、近くの街には私を追いかけてきてくれた人がたくさんいます。仕立て屋のロアンとターニエ、特殊な視る力を持つクレアに双子の弟のアレクも。皆、天空の国で重宝された人たちでしたが、私を慕って一人にしておけないと移り住んでくれたのです。皆にもリリマリアを紹介することに決めました。彼らから少しでも学び、身を守る術を得てもらうために。
そうした準備を整えていく中で、リリマリアが光の魔力保持者という危険な立場であることがわかり、私は焦りました。光の魔力は王族独占魔力です。他国で光の魔力保持者が生まれた前例はあるにしても、危険であることはかわらないのです。
王族は干渉するでしょう。リリマリアを利用しようとする他国のものも出てくるはずです。私が側にいれば守れたとしても魔法学院に行っている間、側にいることは叶いません。
ただ、魔法学院に私の伝手はありません。あと1年の間に伝手を作りリリマリアの味方を作りたかった。作らなければならなかったのです。
「エレノグレース様、お話とはいったい……?」
先ほど、ご挨拶をしたばかりのアルファータ様は不審な表情で私を見ています。声音も少し警戒しているようですね。
「突然、ごめんなさいね。アルファータ様。貴方が来年から学院の講師に就任すると聞いていてもたってもいられなくて」
私は、考えます。先ほど不器用なやり方ですが、魔法学院のことをリリマリアに教えていたこの人を信じて正直に話すか。魔力にものを言わせて脅すか。脅すにしても、この若さで講師に就任となれば、生ぬるい脅しは意味をなさないでしょう。殺す覚悟でいくしかありません。ただ、万が一死んでしまっては困りますし、ここはクレアのお店です。迷惑はかけられませんわね……。
まずは正直に話して反応を見てみましょうか。
「リリマリアのことで、ご相談がありますの。講師就任直後は不安定な立ち位置でしょうが、重大な内容です。ご協力いただきたいのです」
「エレノグレース様の頼みとあれば興味は覚えますが、私はあまり面倒なことは遠慮させていただきたいと思っております。おっしゃる通り、就任直後は不安定です。努力の結果だと自負しておりますが、この年齢なので不服に思う者も少なくありません」
「光の魔力に関するお話です」
彼の言葉を聞いて、正直に話すことが一番いいと思った私は、彼が途中で聞くことをやめられないように一番重大な内容を伝えました。彼はきっと、この言葉を聞いて聞かなかったことにできる人ではありません。
案の定、顔色を変えたアルファータ様は私を見て深く眉間に皺を刻み、重いため息を吐きました。
「それはリリマリア様が光の魔力保持者であるということですか。エレノグレース様、まさか……いえ。失礼いたしました。それは、有り得ない」
「アルファータ様は事情をご存じのようですね。リリマリアは捨てられていたと届けられた子供でした。今の私にとって何よりも大切な子です……」
私をまっすぐ見て話を聞くアルファータ様の眼差しは真剣で、それは信用に値するものでした。
「魔力があることも、それが光の魔力だとわかったのもつい最近です。それまで、私は表に出るつもりも国王陛下に会うつもりもありませんでした。魔法学院に通うことになるなんて思っていなかったのです。あの子を守る術が足りません。アルファータ様、どうか……」
思わず言葉に熱がこもります。困惑した表情を浮かべているアルファータ様にはこのまま協力すると言ってほしいものですが、どのような答えをくれるのでしょうか。
アルファータ様は、目を閉じて深く椅子に座り直しました。再び重いため息吐くと、姿勢を正し私を真っ直ぐに見据えます。
「私の事情も話さなくてはならないようです。エレノグレース様、私の講師就任にはリリマリア様の護衛という任務が含まれています」
その言葉に、私は口元が緩むのを感じます。アルファータ様は私の顔を見て額に手をあてると横に頭を振りました。
「貴女は貴女のことを利用したいと思う人間が少なからずいることを理解していますね?そして、それを国王陛下が憂いていることも。リリマリア様が狙われることは間違いないでしょう。隠せないのであれば、弟子として宣言することで国王陛下が動くことはわかっていたはずです」
「国王陛下が動いてくれればと思っていたことは確かです。でも、確信はありませんでした。……そう。護衛をつけてくださるのね」
私はゆっくりと息を吐きます。強張っていた身体から力が抜けていきました。
「光の魔力保持者とわかってしまえば護衛は必須です。国王陛下の判断は正しかったということでしょう。学院での教育、護衛を一手に引き受けます。できる限りですが、連絡もいれましょう。エレノグレース様。リリマリア様が入学するまでの間、可能な限りの準備をお願いいたします」
「アルファータ様……ありがとうございます。国王陛下にもお礼をお伝えください」
「国王陛下へのお礼は、エレノグレース様から直接お願いいたします」
アルファータ様はそう言って立ち上がると「近いうちに、また」と扉の奥に消えていきました。私はその背中を見送りながら、椅子にぐったりともたれ掛かります。
国王陛下には感謝しかありません。こんな私をずっと助けてくれるのですから……。
その夜、私はリリマリアに魔石を染めるように伝えることにしました。クレアのお店で少し前に魔石を用意してはいましたが、光の魔力保持者だとはっきりさせることが怖くて、渡せずにいたのです。国王陛下のおかげで心配事が少しですが減らせることができましたし、魔石はたくさん染めておきたいので時間が必要です。
「リリマリア、混ぜ棒の補助具で魔力の流れを確認したでしょう?魔石を持って手のひらに魔力を集めるの。魔石に向かって流し込むことで染まるわ。説明を聞くより、やってみる方が早いと思うからやってごらんなさい」
「はい。わかりました!」
リリマリアは素直で、前世の記憶が戻っても変わらずにいてくれます。
拳ほどもある透明な魔石を両手で持ったリリマリアは、目を閉じて集中するように深呼吸を繰り返しました。手の中にある魔石の中に白い靄が揺らめき始め、ゆっくりと広がっていきます。光の魔力で間違いありません。
私は、護衛を付けてくださる国王陛下に改めて感謝をしました。他国ではもう50年以上、前国王陛下の時代から生まれてないはずの光の魔力保持者。王族も他国もきっと干渉してくるでしょう。私にこの子を守り切れるのでしょうか……。
「……グレース様。…エレノグレース様。エレノグレース様!」
「えっ!?…な、なにかしら、リリマリア?」
「これ……!一気に、染めなければならないものですかっ?」
リリマリアは魔石を握りしめ、ぜぇぜぇと肩で息をしながら額に汗を浮かべていました。
考えに集中してしまって、魔石を染めているリリマリアを放置してしまったようです。リリマリアの持っている魔石はほぼ染まっていて、一度に子供が染められる量の倍以上魔力を使わせてしまっていました。魔力量は多いと思っていましたが、ここまで染めても立っていられるなんて。
「ごめんなさいね。もう充分よ!……リリマリアは本当に魔力量が多いわね。数日掛けて良い大きさなのよ」
「エレノグレース様がぼーっとして、止めてくださらないからです!もう、倒れるかと思ったのですよ!」
私は、汗でしっとりと湿ったリリマリアの額を拭いました。頬を赤くして、涙ぐみながら怒る私の大切な支え。目頭が熱くなるような気がします。しゃがんで目線を合わせるとリリマリアは目を見開いて、慌てています。
「なぜ、泣くのですか!怒ってません!もう怒ってませんから!泣かないでください!……エレノグレース様ぁ」
涙で滲んでうまく見えませんが、リリマリアも泣き始めてしまいました。驚かせてしまったようですね。私は涙を拭って、そっとリリマリアを抱き寄せました。
「私は絶対にリリマリアを守るわ。一緒に頑張りましょうね」
頭を撫でながらそう言うと、リリマリアは私の腕の中で小さく頷きました。
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