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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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刺繍の完成と制服の仕立て 前編

 こんなにハイペースで進める必要はありますか?と聞きたくなるくらい毎日押しかけてくるクレア様に追い立てられるまま、数日で魔法陣の刺繍を終わらせたわたしは、まだ昼間だというのにテーブルにぐったりと突っ伏していた。

 完成した刺繍を撫でながら、クレア様は満足そうに頷いている。当分、刺繍もクレア様も遠慮したい……。


「リリマリア様。とても良い出来なのです!」

「ありがとうございます……クレア様のおかげです」


 わたしはテーブルに突っ伏したまま顔だけあげて、お礼を言った。


「完成したのですから、もっと喜びましょう!とても強そうですよ!そうです!エレノグレース様に見せて、褒めていただきましょう!」


 勢いよく椅子から降りたクレア様は、わたしの返事を待たず歩き出す。振り返ることなくスタスタと進むクレア様を、慌ててわたしは追いかけた。本当にマイペース過ぎるこの人……と思わず漏れたため息が気づかれませんように……。

 エレノグレース様が使う書斎や調合室は2階にある。普段わたしは2階を使うことがほとんどないので、慣れた様子で歩くクレア様は頼もしい。一番奥が調合室で、エレノグレース様が基本的にこもっている部屋だ。ここ数日は朝から晩までずっとで、よく信じられないような音がするので正直近づくのが怖い。


「エレノグレース様!刺繍が完成したのです!リリマリア様を存分に褒めてくださいませ!」


 そう言ってクレア様は扉を勢いよく開けた。

 開けはなたれた扉から見えた調合室はまさに巣窟。

 壁一面の引き出しにはぎゅうぎゅうに素材が詰め込まれ、ガラス棚には色とりどりの小瓶がびっしりと並べられている。床はところ狭しと本が積み上げられていて、人が通るスペースはほぼない。部屋の中心に大きなテーブルがあり、広げられたままの本に大量の紙、汚れた鍋が積み上がり、みつからないと思っていたティーセットがのっていた……。振り返ったエレノグレース様を呆然と見上げると、「ちょっと待っていてね」とゆっくりと扉が閉められる。

 ――数分後、「おまたせ」と、調合室から出てきたエレノグレース様は、背中で隠すように扉を閉め「お茶を飲みながら、刺繍をみましょうか」と1階へ繋がる階段へお淑やかに歩き出した。殊更、優雅に動くあたり動揺しているのがまるわかりです、エレノグレース様。

 とりあえず後でティーセットは回収しなきゃ。


 テーブルを囲んでお茶を飲みながら、エレノグレース様は完成した刺繍を褒めてくれた。


「本当にいい出来ね。リリマリア、お疲れ様。これでなにが襲ってきても大丈夫だわ」


 いったい何に襲われるというのか不安に駆られないこともないが、刺繍から解放されるならもうなんでもいい。とても大変だったので、労わってほしい。頭を撫でてほしいと所望すると、クレア様が撫でてくれた。違う。


「早速だけど、刺繍も完成したことだし制服の仕立てをお願いしに行こうかしら?どう、リリマリア」


 ぐったりとクレア様にされるがままになっていたわたしは、エレノグレース様の提案に疲れが吹っ飛んだ。制服の注文!魔法学院の制服の注文!それはもう魔法使いの制服と呼んでもいい代物ではございませんか!?ローブをまとった自分の姿を想像して、顔に熱がどんどん集まってくるのがわかる。心臓が音を立てて高鳴り、息が苦しくなってきた。


「リリマリア様は大興奮のご様子ですね!」

「久しぶりに真っ赤なリリマリアをみたわね」


 わたしの状態を見て目を輝かせているクレア様と、口元に手をあてて笑いを堪えているエレノグレース様に、わたしは何度も頷いて「行きます!」と返事をした。


 扉の間を使って、クレア様のお店から仕立て屋さんに行くことになった。エレノグレース様がクレア様のお店で欲しいものがあるらしい。

 いつもほうきで最果てのお屋敷まで飛んで来ていたらしいクレア様は「忘れたら困りますから」とほうきを持って扉の間に入った。ほうき!?魔法使いといえば、ほうきで飛ぶのが定番!定番よね!?あまりのスパルタ具合にクレア様が魔法使いだったことがすっかり頭から抜けていたわたしは、再び顔に熱が上がってくるのを感じながら、尊敬の眼差しでクレア様をみた。


「魔法使いは基本的にほうきに乗って移動するのですよ!エレノグレース様はすごいのです!こんな高度で魔力を使う魔法をぽんぽん使う魔法使いは滅多にいません!」


 そう言ったクレア様は、エレノグレース様をキラッキラに輝いた尊敬の眼差しで見ている。


「エレノグレース様の扉の間も素敵ですが、ほうきで飛ぶクレア様も素敵です!ぜひ、飛んでるところを拝見したいです!」


 ほうきで空を飛ぶ魔法使い!憧れの姿を少しでもいいからみたい!と欲望に駆られてクレア様におねだりをすると、エレノグレース様はわたしが打ち震えるような提案をしてくれた。


「そんなに見たいなら帰りはクレアにほうきで送ってもらえばどう?荷物もあるし、クレアがいいなら私は助かるのだけど、お願いできるかしら?」

「かしこまりました!エレノグレース様のお願いとあれば、喜んで引き受けますよ!」


 快く引き受けてくれたクレア様が神様に見えたわたしは、クレア様の手を掴んでぎゅっと握った。憧れの姿を見れるどころか、わたしもほうきに乗って空を飛べるなんて……!心臓は痛いくらいに高鳴り、息苦しい。顔も頭も熱くて、目尻に涙が溜まっていくのがわかる。エレノグレース様とクレア様、二人と手を繋いでいる所為で拭えない涙をぼたぼたと零しながらお礼を言った。


「うぅ……ぐすっ……ありが…とう、ござ…います……ずびっ……」


 鼻水が垂れてきたようだけど、そんなことを気にする余裕はない。エレノグレース様はいつものように困った笑顔で右側から、クレア様がふにゃりと笑って左側からわたしを見て、揃って頭を撫でてくれた。


 扉の間を抜けると、クレア様のお店だ。先日と変わらず乱雑で埃っぽい店内には、暗い夜色の髪を長く伸ばした背の高い人が立っていた。つやつやで光の粒が舞うように輝く髪に目を奪われる。すごく綺麗な髪……女性かしら?

その奥には、髪が短いクレア様そっくりの人がいて、接客中だ。あまりのそっくり具合にクレア様を確認するように見上げると、クレア様は手を離して歩き出した。


「アルファータ様!こんにちは!こんにちは!お久しぶりではございませんか!相変わらず鬱陶しい髪ですね!」

「うるさい」

「姉さん!お客様に失礼なこと言わないで!アルファータ様申し訳ありません」


 クレア様とアルファータと呼ばれる方の後ろ姿しか見えないけれど、聞こえてくる声で二人が男性だと判断する。クレア様を姉さんと呼ぶなら弟さんってことかな?そっくり過ぎて気になる。

 気になるけど、アルファータと呼ばれる人がわからなくて近づけない。光の魔力保持者は危険だと教えてもらっているから油断はしちゃだめだという気持ちになる。わたしはエレノグレース様に隠れるように後ろにさがって、話す三人の様子をうかがった。


「あら……?アルファータ様!講師就任なのですね!おめでとうございます」

「無断で視るのはやめろと言ったはずだが。はあ……来年から講師になった」

「エレノグレース様!リリマリア様!先生をご紹介いたしますよ!」


 アルファータ様の言葉に被せるようにエレノグレース様とわたしを呼んだクレア様は、弟さんとアルファータ様の腕を掴んで引っ張ってきた。そして「さ!アルファータ様、アレク自己紹介をどうぞ!」と二人を並ばせるとアレク様の背中をバンッと叩いた。


「痛いよ姉さん!もう!……エレノグレース様お久しぶりです。えっと、リリマリア様初めまして。クレア姉さんの双子の弟で、アレクと申します。よろしくお願いしますね」


 双子の弟さんだったのか!道理で似ているわけだ!間違いなく一卵性と断言できるくらい瓜二つだ。赤茶色のくせ毛が軽く爆発気味だけど、クレア様と同じ淡い緑色の瞳は優しく細められいて、大きな銀色の丸眼鏡越しの顔立ちはとても可愛らしい。クレア様よりも優しそう……。


「お初にお目にかかります。リリマリア様と申します。アレク様、どうぞよろしくお願いいたします」


 わたしはアレク様の自己紹介にご挨拶を返すと、アルファータ様を見た。うわ……。

 アルファータ様はわたしの言葉では表せないくらいに綺麗な顔立ちをしていた。肌は白く透き通っていて、はっきりとした目鼻立ち、細い顎、大きすぎない目には明るい金色の瞳が揺れている。髪と同じ夜色のまつげは影を落とすほど長く、薄い唇は男性とは思えないくらい赤く色づいている。

 長い髪がわたしを見降ろすように見ているアルファータ様の肩からさらりと流れた。同じ世界に生きている人とは思えない美しさに、わたしはぽかんと口を開けて固まってしまった。

 アルファータ様はわたしから視線をエレノグレース様にうつすと、跪いて首を垂れた。


「お初にお目にかかります。アルファータと申します。最果ての魔法使いと名高いエレノグレース様にお会いできて光栄です。どうぞお見知りおきを」


 エレノグレース様は、恭しくご挨拶をしたアルファータ様をいつものように困った笑顔で見ると「立ち上がってくださる?」と促した。アルファータ様が立ち上がったのを確認してから、声を掛ける。


「はじめまして、エレノグレースと申しますわ。アルファータ様、私の弟子が魔法学院に入学いたしますので、ご指導をお願いいたします」


 その言葉にゆっくりと微笑んだアルファータ様は、未だ固まっているわたしと視線を合わせるように膝を折った。


「リリマリア様、初めまして。アルファータと申します。立派な魔法使いになるため指導させていただきます。頑張りましょう」


 笑みを深めたアルファータ様はとても美しい。確かに綺麗で美しくて、素敵かもしれないけれど、わたしにとって大事なのは魔法学院の講義だ。この人が講師ならきちんとご挨拶をして少しでも覚えてもらわなくては!立派な魔法使いになるためには講師と仲良くできる方がいい!


「お初にお目にかかります。リリマリアと申します。立派な魔法使いになるために、精一杯頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」


 大きな声で挨拶をして、勢いよく頭を下げた。


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