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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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刺繍の先生

 布と刺繍糸の染色が終わって、数日。

エレノグレース様からは5つも魔法陣を渡されて、わたしは途方に暮れていた。刺繍なんて家庭科の授業でやったきりなんだけど……こんな複雑な模様、刺繍できるとは思えない!

何度か、針に糸を通しては意気込んでみるが一針も進まない。あまりの進まなさに、今日は一度も布を広げていない。


「はあぁ……無理……」


 重たいため息が零れる。テーブルに突っ伏して、畳まれた布と刺繍糸を睨んだ。とりあえず、お茶でも淹れようかな。今日は朝からエレノグレース様は出掛けていて、ひとりだ。そろそろお昼だし、なにか食べてから考えるのもいいかもしれない。それか、刺繍の本でもないものか。このままじゃ一生はじめられる気がしない。

 エレノグレース様は刺繍が苦手だと言っていたし、教えてもらえるとは思えない。


「むーん。むんむん。むむむむ……」

「なにを思い悩んでいるの?」


 いつの間に帰ってきていたのか、エレノグレース様がリビングに顔を出した。手を口元に笑いを堪えている。


「エ、エレノグレース様!おかえりなさいませ!」


 ひえぇ!むんむん言っていたのを聞かれているよ!恥ずかしい!

 慌てて椅子から降りるとエレノグレース様に駆け寄ろうとしたが、その後ろに人影をみつけて身構えた。

 エレノグレース様以外に人がいたなんて!顔に熱が上がってきて、思わず両手で顔を隠すように覆った。恥ずかしさ倍増だよ!来客があるなら先に言ってくれればいいのに!

そっと、指の隙間から盗み見ればそこにはなんとクレア様が立っていた。


「リリマリア様。またお会いできました!嬉しいです嬉しいです!」

「うわわ!クレア様!」


 クレア様が小走りで近づいてくるので、わたしは慌てて逃げ出す。「待ってください!待ってください!」と追いかけてくるクレア様を振り返りながら、テーブルをぐるぐる回る。ちょっと、なんでここにいるの!エレノグレース様!なんで連れてきちゃったの!


「ほらほら、二人とも落ち着いて。リリマリアもクレアもストップよ」


 エレノグレース様の言葉に急ブレーキをかけて止まると、追いついてきたクレア様がわたしをガシッと後ろから抱きしめる。何故!抱きしめる必要はないでしょ!腕を掴んでも身をよじっても逃げられない。


「リリマリアが刺繍に行き詰っていたから刺繍の先生として連れてきたのよ」

「そうなのです。わたし、刺繍の先生なのです。だから逃げられませんよ!」


 わたしをがっちりと抱きしめたままクレア様はそう言うと、わたしの頭を撫で始めた。その手は思いのほか優しい。逃げることを諦めたわたしは勝手にしてとばかりになすがままだ。刺繍の先生ってことは、できあがるまで来るのよね?もう…逃げるだけ無駄だわ……。

 エレノグレース様に教えてもらうのは期待できないと思っていたけれど、まさかクレア様をつれてくるなんて……。エレノグレース様にじっとりと目線を向けると、いつもの困った顔で微笑んだ。


「では、クレア。早速だけどリリマリアに刺繍を教えてあげてくれる?私は調合室で片づけたいことがあるから夕方までお願い。リリマリア、頑張って」

「はいはい。お任せくださいませ!」

「はい……。頑張ります」


 わたしとクレア様の声のトーンの違いに、エレノグレース様は苦く笑って部屋を出ていった。エレノグレース様を二人で見送ってテーブルに腰掛けると、クレア様が布を広げ始めた。わたしも針や刺繍糸を並べていく。クレア様は始終笑顔で、鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だ。


「さてさて、リリマリア様。完全に警戒されていますが、先生からは逃げられませんよ!エレノグレース様の用意した刺繍するには複雑すぎる魔法陣をやっつけますよ!」

「……やっぱり、複雑すぎますか?」

「もちろん!複雑すぎるし、強すぎます。見ただけで逃げたくなるような魔法陣ですよ!」


 え!そんな魔法陣を刺繍するの!?クレア様の言葉に思わず固まる。逃げたくなるような魔法陣って……


「でも、ローブの裏地ですから見えませんし強くて困ることはないのです!」


 クレア様は、それは根気よく丁寧に教えてくれた。前世のわたしと違ってリリマリアは器用なようだけど、如何せんエレノグレース様が用意した魔法陣は複雑すぎた。書き写すだけでも一苦労だ。

縫い方もいくつか決まりがあるようで、数種類の縫い方を組み合わせていく。布も刺繍糸も同じ色であまりにも見づらい。細かい部分も多くて、集中力が続かない……エレノグレース様!あまりにもハードルが高くはありませんか!?泣きそうになりながら、ちくちくと縫い進めた。

 そして、途中で気づいたのだけどクレア様もなかなかのスパルタ具合だ。まっさらな状態から刺繍を縫い進められるようになるまで、休むことが許されていないのだ。休憩を入れる気配がない。まったくない。どうしよう。集中力が続かない!続かないよ!

 昼食は食べそこなっているし、お茶の時間も取れてない。まさか、完成するまでってことはないよね……?ちらりとクレア様を盗み見る。クレア様は実に楽しそうにわたしを見ている。刺繍している間、ずっと見ているのでさすがのわたしも慣れてきた。


「リリマリア様。大事なお話ですが、光の魔力はすごく貴重なのですよ」

「先日もそうおっしゃっていましたよね」


 刺繍する手をとめて、応える。「手は止めなくて大丈夫です」といいながら、クレア様は言葉を続けた。


「魔力は親と育つ土地に影響されます。母親のお腹の中でその土地の魔力も吸収しながら育つのです。そして、天空の国には王族以外の民はいません」

「光の魔力は王族だけということですか?」

「そのとおりです。そして、王族以外に光の魔力が生まれないよう徹底されています。天空の国に勤めるものは、妊娠すると自国へ返されるのです。その土地で子供を育てることは禁止されています。それは、光の魔力保持者が王の器という魔力を持つ可能性が高いことに由来します」

「王の器……世界地図の魔法具……」


 天空の国でみた大きな世界地図。真っ白な世界地図は淡く金色に光っていた。あの魔法具でいったい何ができるというのか。


「そうです。世界地図の魔法具です。あの魔法具は、世界を、一瞬で書き換えます。消そうと思えば、人がいようがいまいが関係ないのです」


 クレア様の言葉に、手が止まる。世界を一瞬で書き換える……?それは、簡単に国を、民を消せるということ?想像に手が震え始める。布と針をテーブルに置いて、クレア様を見た。


「あの魔法具を使える人間が増えてしまうのはとても危険なことです。だから、光の魔力保持者が増えないように王族が独占するような制度があるのです」


 まっすぐわたしを見返すクレア様の表情は真剣だ。テーブルの下でぎゅっと手を握ると、次の言葉を待った。


「とても少ないのですが、他の国でも光の魔力保持者が生まれている前例はあります。でも、危険が多いことも確かなのです。エレノグレース様もわたしも全力でリリマリア様を守ります。入学するまでに身を守る術をたくさん用意しましょう。さあ!刺繍を進めましょう、リリマリア様!」


 クレア様は「身を守るために張り切って縫いましょう!」と言うと5つの魔法陣のうち2つを縫い終わるまで休憩も夕食も許してくれず、椅子の背もたれにぐったりと寄りかかるわたしをエレノグレース様がいつもよりさらに困った笑顔で見守っていた。


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