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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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布と刺繍糸の染色

「うちの子になりましょうよ」と言い続けるクレア様を振り切り、エレノグレース様を引っ張って扉の間に逃げ込んだわたしは「早く早く」と急かして屋敷に帰ってきた。


「疲れました……とんでもなく疲れました。天空の国に行くより、国王陛下へご挨拶するよりも、クレア様がとにかく一番怖かった。疲れました。怖すぎました。怖くて疲れました……」


 キラキラと宝石が輝く扉を背に立ち尽くし、訴える。見慣れた部屋に安心すると力が抜けて、ずるりと座り込んだ。はあぁと大きなため息を吐く。


「ふふ、ぐったりね。クレアはあなたに会いたがっていたし、光の魔力が珍しくてはしゃいじゃっただけよ」

「はしゃぐにしても程があります!本当に本当に怖かったのです!」


 どう考えてもはしゃぎ過ぎだし、まさぐったり、くすぐったりする必要もないと思う!


「でも、今日は本当に疲れたわ。ご飯を食べたら早めに休みましょう。明日は、買ってきた布と刺繍糸を染めたいから忙しいわよ!」




 クレア様が追いかけてくるという悪夢で飛び起きた翌朝、朝ご飯を食べたわたしはエレノグレース様に向き直った。


「エレノグレース様。突然の弟子発言ついて教えてくださいませ」


 いつも通りの少し困った顔で微笑んだエレノグレース様は、「あなたを守るといったじゃない」と言って、お茶を一口飲んだ。


「私に関りがあると伝えるのが大切だといったでしょう?いろいろ説明するより、弟子と言ってしまうのが早かったの。昨日から、リリマリアは私の弟子よ。ビシバシいくわよ!」


 そう言ったエレノグレース様をじとっと見上げるが、素知らぬ顔だ。その表情に、これ以上話すつもりがないことがわかるので諦めて布について聞くことにする。


「布と刺繍糸を染めるのですか?」

「魔法学院で必要なのよ。魔法学院の制服は黒なのだけど、ローブの裏地をそれぞれの国の色にすることになっているの。風の国は緑色だから、リリマリアのローブの裏地は緑。昨日買った布を染めて裏地にするのよ。刺繍糸はその裏地に刺繍するためのものよ。魔法学院に入学する子達は、7歳で親元を離れることになるでしょう?少しでも身を守るために、ローブの裏地に魔法陣を刺繍して保護魔法をかけることが伝統になっているの。私がついていってあげることはできないから、私の知りうる知識すべてでとにかく強い魔法陣を刺繍しましょう!」


 ぐっと拳を握って頷くエレノグレース様の優しさに感動……していたら、次の言葉で台無しになった。


「本当は、親が子供にしてあげるのだけどね。私、刺繍は苦手なの……ごめんね」


 ……わたしは、思わず大きなため息を吐いた。


 午後から早速、ローブの刺繍のための準備をすることになった。

お屋敷の庭には、わたしの身長を超える大きな寸胴鍋が出され、たっぷりのお湯を沸かすために火が起こされていた。

 作業台として出されたテーブルには布に刺繍糸、片手鍋、色とりどりの小さな宝石に、液体が入った小瓶が並べられている。エレノグレース様は、なんだか張り切っていて滅多にかけない眼鏡姿だ。


「この宝石は、魔石と言って魔力をもったものなの。私の杖に埋め込まれているのも魔石なのよ」


 魔石……なんてすてきな響き……!手渡された魔石を、光にかざしてみたり、指で撫でてみたりしながら観察した。魔石という響きだけで、輝いている気がする。魔石は5つあって、それぞれ、白、赤、青、緑、黄色だ。


「エレノグレース様、色には何か意味があるのですか?」

「良い質問です!」


 眼鏡をくいっと指先でなおすと、説明をはじめるエレノグレース様は楽しそうだ。

 白は、天空の国の色であり、魔石も天空の国で採れるものだそうだ。白の魔石は、光の魔力を持っていて、すごく貴重なものらしい。

 火の国では火の魔力を持った赤い魔石が、水の国では水の魔力を持った青い魔石、土の国では土の魔力を持った黄色い魔石が採れるそうだ。そして、風の国で採れるのは緑色の風の魔力を持った魔石だ。

 それぞれの国で採れる魔石は、それぞれの国が象徴する魔法具を作るための素材としても使われるそうで、象徴する魔法具は各国の旗の由来にもなっているそうだ。

 火の国はワンド(棒)、水の国はカップ(聖杯)、風の国はソード(剣)、土の国はコイン(金貨)がデザインされている。


「白の魔石の魔法具は何なのですか?」

「白い魔石の魔法具は、世界地図よ。昨日、国王陛下にご挨拶したときに大きな世界地図がみえたでしょう?」


 ああ。あれか!淡く光っていた世界地図!


「あの世界地図はとても特別で、誰でも作れるものじゃないの。王の器と呼ばれる魔力を持った限られた人しか作れないし、使えない。……今は、国王陛下だけよ」


 一瞬、エレノグレース様が寂しそうにみえた気がした。「さて、そろそろ調合に入りましょうか」そう言って、片手鍋を取り出して微笑んだ。

 調合!魔石を調合するの!?ああ、ときめく響きだわ!魔法使いっぽい!調合というフレーズに、心臓が高鳴りだした。顔に熱が集中してくるのがわかるけども、息は苦しくない!慣れてきたってことかしら!


「リリマリア、またお顔が真っ赤よ」


 クスクスと笑いながらエレノグレース様は、ぽんぽんと片手鍋に魔石を入れていく。


「魔石を調合するのですね?興奮しないわけありません!とても、とても魔法使いっぽいです!」

「楽しそうでなによりだわ。ではリリマリア、片手鍋とこの混ぜ棒を持って」


 片手鍋を手渡されたわたしは、わくわくと片手鍋とエレノグレース様を交互に見て、次の言葉を待つ。


「その混ぜ棒は、リリマリアの魔力を通す補助をするわ。ゆっくり魔石をかき混ぜれば大丈夫。休まず、魔石を混ぜ続けてね。ついでに、魔力の流れも意識してみて」

「はい!」


 言われたとおりに、片手鍋の中を混ぜ棒で混ぜ始める。ぐるぐるとかき混ぜると、ずるっと体から何かが抜かれるような感覚に鳥肌が立つ。取り落としそうになった混ぜ棒を、なんとか離さずに混ぜ続けた。


「何かが抜けるような感覚がしてびっくりしました。これが……魔力なのですか?」

「そう、それが魔力よ。補助具を使うと自分の意思とは関係なく必要な魔力を抜かれることになるの。もう少し説明すればよかったわね」


 ぐるぐるぐるぐるとひたすら混ぜ続ける。魔石は、鍋の中でカラコロと音を立てて転がっている。魔力の抜かれ具合は、はじめよりも緩やかになりするりするりと定量が流れていくような感覚だ。腕が疲れてきたような気がしたところで、混ぜ棒が急に重くなった。魔石がどろりと溶けだしたのだ。


「魔石って溶けるのですか!?」

「いいかんじよ。溶けだせば早いから、もう少し頑張って」


 エレノグレース様の言葉に「よーし!」と気合を入れたわたしは、溶けだした魔石を休まずぐるぐると混ぜ続けた。中を覗き込んだエレノグレース様は取り出した小瓶から、緑色の液体を数滴片手鍋に入れると「さぁ、がんばって!」と応援してくれた。

 魔石は全部が溶け切り、何とも言えない濁った色になっていたが、加えられた緑色の液体が全体に混ざると金色に輝き、鮮やかな緑色に変化した。


「よし!もうお湯も沸いているから寸胴鍋に入れるわよ!」


 わたしは慌てて寸胴鍋に駆け寄るが身長的に届かない。エレノグレース様を振り返ると、魔法使いの杖がわたしに向けられていた。ふわふわと体が浮いていき、寸胴鍋を覗き込める高さで止る。慎重に片手鍋の中身を流し入れると、ぐつぐつ沸いていたお湯が金色に輝いて緑色に変わった。わたしの隣からエレノグレース様は鍋の中身を確認すると布と刺繍糸を放り込んだ。

 寸胴鍋の中を覗き込むとキラキラ輝きながら布が染まっていくのがわかる。布が色を吸い込むように膨らんで緑色の液体の中で揺れている。それから1時間ほど煮て、流水で洗って干した。

 エレノグレース様は鮮やかな緑色に染まった布を満足そうに眺めて「大成功ね」と微笑んだ。

 わたしは、風をはらんで大きくはためく布に目を向ける。見る角度に寄って色が変わるようにキラキラと輝く緑色の布。わたしがはじめて調合した、魔石で染めたもの。


「感動です!」


 落ち着いていたはずの心臓が高鳴りはじめ、顔に熱が集まってくる。息も苦しくなってきた。目じりに涙が溜まってくるのがわかる。「ああ、また……」そう言って、エレノグレース様はいつもの困った顔で笑った。


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