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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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変人のお店

 突然、弟子と言われたわたしは、エレノグレース様の後ろを追いかけながら、しゃがみ込んで頭を抱えたい衝動を必死に抑えていた。

 ぐうっ。と、とにかく帰ってから考えよう!落ち着けわたし!

 エレノグレース様は、わたしを守ると言ってくれた。最果ての魔法使いの弟子という肩書も、彼女の権力も、わからないことだらけだけど、守るために必要なことのはずだ。

 わたしはただ、頑張るしかない。

 あと一年の間にやれることを全部やる。やるしかない!

 湧いてくる不安を打ち消すように決意したわたしは、前を歩くエレノグレース様を追いかける。城を出てから彼女の歩く速度が心なしか早い。

 天空の国の城から転移陣で中央の城まで戻った。来た道を辿るように扉の間に入ると、それまで必要最低限しか話さなかったエレノグレース様がはあっと大きくため息を吐いた。肩を落とした彼女はずるずると座り込み、わたしを引き寄せぎゅうっと抱きしめた。


「エレノグレース様……どうしたのですか、急に」

「陛下にお会いしたのは、本当に久しぶりだったのよ。ねえ、リリマリア。不思議に思うかもしれないけど、お礼を言わせて。……ありがとう」


 そう言って、腕に力を入れたエレノグレース様は少しだけ震えていた。なんだか苦しく感じて、そっと手を伸ばしたわたしは、彼女を抱きしめる。

 あんなにばっさりと国王陛下の言葉を切り捨てたエレノグレース様が、なぜこんなに辛そうなのか。

 二人の間がとても複雑に思えて気軽には聞けない雰囲気になってしまった。


 切り替えるように立ち上がったエレノグレース様は「さて、リリマリア」とわたしを覗き込む。


「疲れてなければ、ちょっと買い物をして帰りたいのだけどどうかしら?発散もしたいし、付き合ってくれる?」


 いつもの表情で微笑みながら言った彼女に、安心したわたしは「存分にお付き合いします」と笑って答える。新しく現れた茶色い素朴な木でできた扉へ、わたしたちは手を繋いで進んだ。


 扉を出れば、そこはもうお店だった。こじんまりとした店内は薄暗くて埃っぽい。わたしの身長より少し低いくらいの棚には、雑多に商品が並べられているが、何に使う物か見当もつかないものばかりだ。天井にはドライフラワーのように乾いた植物と、理由を聞きたくなるような豪華なシャンデリアが吊るされている。

 奥はカウンターのようになっていて、大きな銀色の丸眼鏡をかけた女性が熱心に本を読みながら座っていた。その女性に向かってエレノグレース様が声を掛ける。


「こんにちは、クレア。……聞こえているかしら?」

「はいはい。聞こえてますよ。いらっしゃいませ!今、本を読んでるからちょっと待っ……エレノグレース様!?」


 クレアと呼ばれた女性は、本から目を離すことなく生返事をしたかと思えば、途中でエレノグレース様を認識したのか顔をあげ勢いよく立ち上がった。その勢いで読んでいたものから積みあがっていた本まで、ばさばさと崩れるように床に落ちていく。


「ああ!本があ!……もう、驚かさないでくださいっていつも言っているじゃないですか!」

「私は驚かしてないわ。クレアがいつも自分の世界に入りすぎなの」


 床に落ちた本をわたわたと拾いながらクレア様が文句を言うと、エレノグレース様はクスクスと笑いながら答える。三人で本を拾い集めて、カウンターの上に積み上げた。

 彼女は女性というより少女と呼ぶ年齢のようで、丸眼鏡の奥に淡い緑色の瞳と可愛らしい顔立ちが見える。髪は赤茶色でくせ毛なのか広がらないようにおさげにしていた。


「それで、今日は……えっと。丈夫な染物用の布に刺繍糸、透明な魔石でいいのですか?あと、エレノグレース様の隣で所在なさげな美幼女を紹介してください!天空の国で宣言された最果ての魔法使いの弟子ですね!わかっているのですが、紹介してください!」

「クレアには説明しなくて済むから簡単ね」


 クレア様が早口で言った言葉に思わず固まる。

 なんで、言い当てるの!?この人何者なの!?……ええ!こわいっ!

 エレノグレース様のドレスを掴んだわたしは、自分を隠すように引き寄せる。

 か、隠れたい。クレア様からできる限り隠れたい。逃げたいっ!


「リリマリア様!隠れても無駄です!全部お見通しです!全部お見通しです!出てこないと、もっともっと怖いですよ!」


 ドレスに隠れながら聞こえてくる声と、近づく足音にわたしの心臓は跳ね上がる。ぞくっと悪寒が走ってドレスを握る手が震えてしまう。がしっとドレス越しに抱きしめられたわたしは「ひえっ!」と小さく悲鳴をあげた。


「捕まえました!」

「クレア、あんまりリリマリアを驚かさないであげて」


 クスクス笑いながらエレノグレース様が咎めるけれど、クレア様に抱きしめられた体が解放される気配はない。それどころか、彼女の手はわたしの体をまさぐり始めた。

 なになになに!なんでまさぐるの!

 ちょっと、そんなところ触らなっ……やだ、くすぐったい!


「ふ、ふふ……くすぐった…いです……や、やめっ……!」


 「えいえい!このこの!」とわたしの体をくすぐり始めたクレア様。彼女はとにかくしつこくて、身を捩っても振り払っても逃げられない。逃げきれず陥落したわたしは床に座り込んではあはあと荒い息を吐く羽目になった。


「美幼女の体はふにふにでふにゃふにゃです!はじめまして、リリマリア様。わたしはクレアです」


 わたしの真正面に座り込んだクレア様は、そう言ってふにゃりと笑った。

 この人、間違いなく変人!

 どう考えても、変人!

 クレア様は再び手を伸ばしてくるので、わたしは逃げるように自分の肩を抱いてきっと彼女を睨んだ。すうっと息を吸って、不審感満載の声音で自己紹介をする。


「はじめまして、クレア様。リリマリアと申します。とりあえず、近づかないでください」


 初対面で失礼だろうがなんだろうが、身を守るためにはやむを得ない。なにより、この人が失礼すぎる。

 人で遊んではいけません!いけませんよ、クレア様!

 「完全に警戒されてますが、まだ続きます」と懲りずに手を伸ばしてきたクレア様に、やっとエレノグレース様からの救助が入った。


「クレア、商品を用意してちょうだい」


 エレノグレース様の言葉に、立ち上がり動き出したクレア様。しかし、その目はわたしを捉えたままだ。ごそごそとそこら中の棚や引き出しを漁りながら、カウンターの上に商品を並べていくが、視線を逸らされることがない。

 例え、無理な体勢になろうと絶対に逸らされない。その視線にわたしの恐怖心がむくむくと膨れ上がっていく。

 こ、こわい!本当に怖い!なんで、ずっとこっちを見てるのっ!か、帰りたいっ!

 商品が揃ったのか、クレア様の動きが止まる。でも、視線は逸らされない。真っ直ぐわたしを見たままだ。

 ぐ。うう。だんだん泣きたくなってきた。

 目尻に涙が溜まってくるような気さえする。それでも、クレア様の目は逸らされないのだ。


「エレノグレース様!お待たせしました!ご希望の品です!リリマリア様は、光の魔力で間違いないと思います!魔石はすぐに染まるはずなので、大きめのものをいくつか用意しておきます。必要であれば、いつでもどうぞ!……どうですか?これでいいですか?」


 クレア様はそう言うと、エレノグレース様の方を見た。

 やっと彼女の視線から解放されたわたしは安堵の息を吐く。ゆっくり立ち上がって、エレノグレース様のドレスに隠れるように身を寄せると、エレノグレース様がぽんぽんっと頭を撫でてくれた。


「ごめんなさいね、リリマリア。あなたを視てもらっていたの。だから、クレアを怖がらないで」


 その言葉に、じとりとエレノグレース様を見上げる。


「……共犯ですか」


 ふにゃりと笑ったクレア様が「共犯です」と嬉しそうに言った。


 クレア様はお店をやりながら、時々人を視る仕事をする魔法使いだそうだ。

 エレノグレース様を視て、依頼を把握し、わたしを視ていたらしい。

 そういうことはちゃんと会話してくれませんか!エレノグレース様、クレア様!

 なにも言わずに進められるとわたしばっかり怖いじゃない!

 二人にとってはいつものことで、何も言わなくても考えていることが伝わるので、簡単でとてもいいらしい。


「ところで、エレノグレース様。わたしは光の魔力なのですか?」

「ええ。クレアが視てくれたから間違いないと思うわ。魔石を染めてみればはっきりするから、数日でわかるのだけどね」


 光の魔力、か。


「リリマリア様!光の魔力は貴重なのですよ!滅多にいません。エレノグレース様の弟子じゃなかったら、誘拐していますね」


 クレア様の発言に固まるわたし。

 どうしたら、この人を怖がらないでいられるのか。

呆然としていると「うちの子になりますか?」と嬉しそうに言ったクレア様はふにゃりと笑った。


 クレア様には近づきたくありません!エレノグレース様あっ!




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