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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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扉の間

 なんと、わたしはあれから三日も寝ていたらしい。

 いつものように困った顔で「五日後にすればよかったのだけど……」と笑うエレノグレース様に揺り起こされて、目を覚ました。

 眠っている間にたくさんの夢を見た。それはたぶん前世の記憶で、経験したことや学んだ知識、思い出が、彼女の記憶であり、わたしの記憶でもあることをぼんやりと理解していった。

 6歳のわたしに22年分の記憶があるのは、とても不思議な感覚だが、とりあえずわかるのは、魔法使いになりたかったってこと。

 異世界に転生してまで魔法使いになりたかった前世のわたしの執念に、恥ずかしいやら、誇らしいやら、なんとも言えない気持ちになる。


「気分はどう?記憶はちゃんと繋がったかしら?」

「はい。エレノグレース様。前世のわたしは日本で大学生をしていました。……魔法使いになりたくて、転生したみたいです。そのとき、魔力を授けてもらったのですが。まさか、7歳から魔法学院に入学しなければならないとは思わなかったです」


 その魔法学院に入学するにあたり、挨拶をしなければならない場所があるらしい。これから出掛けることになるので、準備のために浴室に向かっている。

 すたすたと前を歩くエレノグレース様に遅れないように、小さい体を必死に動かす。


「そう!あと1年しかないの。やることがいっぱいあるわ!……でも、そうね。リリマリアはとても運がいいのかもしれないわね!」


 浴室に入ったエレノグレース様は袖を捲り始める。

 4歳から一人でお風呂に入っているわたしは彼女の行動に首を傾げる。


 まさか、わたしを洗うつもりですか!?エレノグレース様!


 焦ったわたしは、エレノグレース様に駆け寄って声を掛けようと……彼女の手に握られているものに動きを止めた。

 エレノグレース様の手に握られている、その杖はまさか!


「魔法使いの杖!」


 なんと、エレノグレース様のその手には、わたしが憧れてやまない転生した最大の理由である、魔法使いが魔法を使い際に使う、定番のあれ!

 魔法使いの杖が握られていたのだ。


「エ、エレノグレース様は魔法使いだったのですか!?」


 彼女に駆け寄ったわたしは、その手に握られる魔法使いの杖を上から下まで、それはもう舐めるかのようにじっくりと見た。目に焼き付けた。記憶に刻み込んだ。

 22年と6年、生きてきて、これまで感じたこともないくらいの興奮が身体中から湧き上がる。心臓は煩いくらいに高鳴っているし、息は上がって苦しい。はあはあと必死に呼吸を繰り返しながら、目の前の魔法使いの杖に心を鷲掴みにされる。

 だって!どうしたらいいのこの感動!

 魔法使いの杖!魔法使いの杖だよ!?

 この世界に、魔法が存在している証拠。証拠なんだよ!?


「はっ!エレノグレース様!も、もしかして!もしかして、今まさに、わたし!魔法をかけてもらえるということなのでしょうか!?」

「ふふ。大興奮ねリリマリア。でも、落ち着かなきゃだめよ。ちゃんとみてないと見逃しちゃうわ!」


 エレノグレース様は得意そうに微笑んで胸を張ると、魔法使いの杖を掲げる。すいっと杖の先が動き出したかと思えば、くるくると魔法陣が描かれていく。


 ま、魔法陣!それは、間違いなく魔法陣!


 描かれる魔法陣に目を奪われるわたしは、高鳴り過ぎて痛いくらいの胸をぎゅうっと抑えながら、魔法陣から放たれる金色の光の美しさに魅入る。

 神々しいほどに淡く輝き星屑みたいにキラキラした光の粒が舞う。それはもうこの世のものとは思えない光景だ。

 あまりにも感動的な場面に釘付けられたように固まっていたわたしは、突然、堰を切ったように溢れ流れ出した水にざぶんっと飲み込まれた。


「がぼっ!?」


 どこから現れたのか、信じられないほど大量の水がとてつもない勢いで、上下左右から流れてくる。ざぶざぶと流れる激流はわたしの体の隅々を、頭の先から足の先、それこそ、髪の毛の一本に至るまで洗浄するかの如く洗い流していく。

 飲み込まれているわたしは溺れる寸前、両手を伸ばして脱出を試みた瞬間、大量の水がすっと消えた。

 びっしょりと濡れた体でほっと息を吐く……間もなく、今度はごうっと音を立てた熱風に煽られて、天井まで体が浮き上がる。


「うわわっ!わあっ!」


 びゅうびゅう勢いよく吹きすさぶ熱風に、びしょびしょだった体が乾燥していく。髪も体も着ている服まで乾かした熱風は、ゆっくりと地面にわたしを誘導した。すとんと着地する寸前に近寄ってきた椅子はわたしを乗せると大きな姿見の前に移動する。


「よし。じゃあ、お手入れをしましょう!」


 衝撃に呆然と固まるわたしの間抜けな顔が鏡に映る。淡いブラウンの長い髪に明るい金色の瞳。記憶が戻って、改めて認識すれば、美幼女と言って間違いない外見だ。

 その後ろに映るエレノグレース様は、わたしの髪を手に取り、楽しそうに櫛で髪を梳かしている。

 オイルを手に取ってわたしの髪をツヤツヤに仕上げていく彼女は、細かく髪を分けると、今度は編み込みハーフアップに結い上げていく。


「どこへ挨拶に行くのですか?」

「私の古い知り合いのところ。私と関りがあることを伝えたいの」

「エレノグレース様の知り合い……」


 今まで、こんな風にお手入れされた記憶はほぼない。一体どこへ挨拶に行くというのか。不安がじわりと浮かんでくる。


「さあさ。できたわ、リリマリア。とっても可愛いわよ。お洋服は出しておくから、着替えたらお茶を淹れてくれるかしら?その間に私も準備をしてくるわね」


 そう言ってさっと立ち上がったエレノグレース様は、軽い足取りで浴室を出ていった。


 支度を整えたわたしは、エレノグレース様の言う通りお茶を淹れながら待っていると、彼女がリビングに入ってきた。

 いつもはおろしている淡い緑色の髪は、複雑な編み模様とともに綺麗に結い上げられている。細工の美しい金色の髪飾りで留められ、すらりと細く伸びる首筋はハイネックのように高い襟に隠される。小さなクルミボタンが胸下まで並ぶ、紺色のロングドレス。上半身はぴったりと体に添い、腰から緩やかに広がるスカートは床に付くほどの長さだ。その上には同じ色のローブを羽織っている。それを留めるブローチは髪飾りと同じ細工が施され、紺色のローブに金色が美しく映える。

 首筋から足元まで隙なく隠されているのに、エレノグレース様の女性らしいラインは際立ち、上品な色香が醸し出される。思わず声が零れた。


「すてき…」

「ありがとう。ちょっと気合を入れないとね!リリマリアも素敵よ。さすが私の見立てたワンピース」


 凛とした姿にまるで別人のようなエレノグレース様は、いつも通りの顔で微笑むと椅子に座ってティーカップを手に取った。

 湯気が上がる温かいお茶を一口飲んで、ばたばたと済ませた準備の疲れを吐き出すように息をついた。


「忙しくて悪いのだけど、お茶を飲んだら向かいましょう。国境を超えるからちょっと時間がかかるの」

「え!違う国まで行くのですか!?」

「そう。天空の国の城よ。ここは最果てだから、風の国の中央まで行くのも大変なのよ。そこまでは扉の間を使うからあっとゆう間なのだけどね!」


 ここは風の国の最果てと呼ばれる森にポツンと建てられたお屋敷だ。エレノグレース様と二人で暮らしている。近くの村に行くのだって、子供の足で二時間かかる。

 今日はまず、扉の間から中央と呼ばれる風の国の城へと向かい、そこから、転移陣を使って天空の国の城へ行くことになるようだ。

 その天空の国の城にエレノグレース様の古い知り合いがいて、その人に挨拶をする必要があるらしい。魔法学院は天空の国にあるし、転移の経験は必要だとエレノグレース様は微笑んだ。

 天空の国の城なんて、とんでもないところに挨拶に行かなければならないようだが、わたしは正直それどころではない。

 扉の間?

 転移陣?

 ときめくフレーズに心臓の高鳴りが止まらない!いっそ、痛いくらいだ。


「エレノグレース様!は、早く!早く行きましょう!わたし、扉の間が気になります!とても、気になります!」


 優雅にお茶を飲んでいるエレノグレース様をはやくはやくと急かす。「顔が真っ赤よ」と笑いながら、彼女はゆっくりと立ち上がった。


 そして、気になって仕方のない扉の間は、わたしが「ご飯の扉」と呼んでいる扉だった。

 宝石がたくさん埋め込まれていて、美しい装飾が施された扉はとても特別に見えるのだけど、どきどきわくわくしていたわたしは、見慣れた扉にしょんっと肩を落とす。


「ご飯の扉ですか……?」


 思わず漏れたわたしの言葉にエレノグレース様は目を見開く。

 そろりとわたしに視線を向けた彼女は、女性あるまじき勢いで、思いっきり吹き出した。


 ぐっ。


「いつも、この扉から戻ってくるエレノグレース様は、パンやお惣菜を持って帰っていらっしゃるからじゃないですか!美味しそうないい匂いを漂わせて!……お腹が空くと浮かぶのはこの扉なのです!エレノグレース様の帰りを待ちわびてしまうのです!美味しいご飯を待ちわびてしまうのです!……だから、その……ご飯の扉です」


 言い募れば、言い募るほど、頬に熱が上がり恥ずかしさが増す。ぶるぶると震えながらご飯の扉を指さしたわたしは、エレノグレース様をじっとりを睨む。彼女は肩を震わせて笑っている。

 し、仕方ないじゃないですか!今まで、魔法に興味がなかったのだもの!まさか、魔法がかかっている扉だなんて思っていなかったのだもの!ぐう。反省します!


「ふ……くっ……、この先には……ふふっ……何があると、思っていたの?」


 笑いを堪えながら苦しそうに問いかけてくるエレノグレース様から顔を背けたわたしは、小さな声でぼそぼそ質問に答える。


「……ご飯屋さんです。扉を開けるとなんでも作ってくれるご飯屋さんがあると思っていました」

「あ!あは!あはははは!」


 とうとう、エレノグレース様はお腹を抱えて大声で笑い出した。

 かあっと顔が真っ赤になっていくのがわかる。

 恥ずかしいけど、そんなに笑わなくたっていいじゃない。そりゃあ女の子ならもっと可愛らしい呼び名をつけてもいいかもしれないけど!わたしの最優先はご飯だったのだ。

 そ、そんなに笑うと素敵なドレス姿が台無しですよ!エレノグレース様!


 いい加減に笑い終わってくれませんか?と泣きたくなるくらいの間、笑い続けたエレノグレース様は、目尻に溜まった涙を指で拭うと「気を取りなおして、行きましょうか」と手を差し伸べた。頬を膨らませて、その手を取る。

 わたしは怒っていますからね!


「笑いすぎてごめんなさい。……離れてしまうと探すのが大変だから、私の手を離さないでね」


 深呼吸をして、気持ちを引き締める。ご飯の扉、改め、扉の間に突入だ。

 わたしは繋いだエレノグレース様の手を、ぎゅっと握った。


 開けられた扉のゆっくりと足を踏み入れると、がらんとした空間が広がっている。

 あれ?お店もないの?

 引かれる手に遅れないようにエレノグレース様に合わせながら進んでいく。

 きょろきょろと周りを見回しても何もない空間に、首を傾げたわたしの後ろでぱたりと扉の閉まる音がした。

 その瞬間、空間が淡い緑と金色に光り輝きだした。

 眩しいほどの光の中、上下左右の壁から扉がぼんぼんと出現する。


「うっわああああぁ!」


 茶色い木の見慣れた扉に、白い扉。

 銀色のシンプルな扉に、金色の細工が美しい扉。

 すごく高い扉や、人は通れないような小さな扉まである。

 それぞれがくるくる回りながら一列に整列していく。時々、順番が入れ替わって、後ろにいったり、前に来たり。新しい扉が出てきたり、扉が消えていったり。

 いくつかの扉が一緒になったかと思えば、分裂したりもした。


 そして、わたしたちの前にはひとつの扉が残る。

 淡い緑色で、白い装飾が施されている扉だ。

美しい装飾と埋め込まれた緑色の宝石がキラキラと輝き、扉の隙間からは淡い光が漏れていた。


 「リリマリア、感動しているのはわかるのだけど……、なんていうか。すごいわね」


 あまりの光景に、わたしはエレノグレース様の手をぎゅうぎゅうと握りながら感動に打ち震えていた。

 相変わらず心臓は痛いくらいに高鳴ったまま、息は上がって苦しいし、涙が止めどなくぼたぼたと溢れてくる。

 目が覚めてから感動してばかりで、こんな状態でこれから先、大丈夫なのか。

 いつもよりも、眉尻を下げて困ったように笑ったエレノグレース様は、わたしの手を引きながら目の前の扉に近づいていく。

 両開きの扉がわたしたちを招き入れるようにゆっくりと開いた。

 自然と開いた扉にますます感動するわたしは、これから魔法と触れ合って生活していける異世界に期待を募らせる。


 はあ。目の前に魔法が存在する。これから、魔法使いを目指せる。

 転生できて本当に嬉しい。わたしは絶対に夢を叶える。

 必ず魔法使いになるわ!


 止まることなく流れる涙に頭痛を覚えながら、新たな決意を胸に緑色の扉の中へ足を踏み入れていった。


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