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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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みずうみの泳ぎ方 前編

 昨日はあれから、まったくタイミングが掴めず、聞きたくて聞きたくて仕方ない気持ちを抱えて、そわそわそわそわと落ち着かないまま過ごした。

 王宮魔法士団。なんてときめくフレーズ!エレノグレース様が元団長だなんて!

 詳細を聞くため、アルファータ様のご機嫌取りは最優先事項だ。朝食のリクエストを伺ったところパンケーキだったので、2日連続で焼く羽目になった。

 アライナティアス様の熱は夜のうちに下がり、エプロンをつけて準備万端だ。アルファータ様もエプロンをつけて、準備万端といきたいところだが……。


「アルファータ様。その髪は料理をするには不清潔です。束ねるなどしていただけませんか?」


 アルファータ様の髪は長い。とにかく長くて立っていても膝の下くらいまである。すっごく綺麗な髪だけど、今は許せない。料理をするときだけは、クレア様の言葉を借りて言いたい。鬱陶しい髪だと!


「束ね方を知らぬ」


 なるほど。


「いっそ切ってしまえばどうだ?」


 アライナティアス様からはカットの提案だ。朝食前にやることでもないけれど。


「髪に魔力を溜めている。切ることはできない」

「……わたしが束ねますから、椅子に座ってください」


 なんで、髪に魔力なんて溜めているのか。束ねられないなら仕方ない。わたしがやりますよ!

 椅子に座ったアルファータ様の後ろに踏み台を置いて、その上に登る。絡まないように軽く指で梳かそうとその髪に触れた。うっわぁ。触り心地が!

 なにこれ。どんなトリートメント。いや。トリートメントなんてないか。

 アルファータ様の髪はまったく絡まず、指の間をさらさらと零れていく。やだ、気持ちいい。思わず、何度も梳かしてしまう。


「なにをしている。早く束ねてくれないか?」


 ああ!いけない。いけない。こんなことに時間を掛けている場合ではないのだ!

 何食わぬ顔で首元から髪を集めて、三つに分けた。束ねたところでこの長さじゃ、邪魔だ。面倒だけど三つ編みにする。黙々と編み上げて残り20cmほど残して紐で括った。


「できました!手を洗ってパンケーキを準備いたしましょう」

「ああ。すまない。……これは楽だな」


 アルファータ様は、編まれたおかげで下を向いても零れてこない髪にちょっと感動しているようだ。


「うむ。似合うじゃないか、アルファータ」


 立ち上がったアルファータ様の新鮮な姿にアライナティアス様も明るく言うと、二人は手を洗った。わたしも手を洗うとテキパキと材料を出して、軽量していく。アライナティアス様に卵黄と牛乳の入ったボウルを、アルファータ様には卵白と砂糖の入ったボウルを渡す。その間にわたしは小麦粉を篩いにかけた。

 アライナティアス様は豪快な手つきでガシガシと材料を混ぜ、アルファータ様は丁寧にメレンゲを立てていった。空気がたっぷりと含まれたメレンゲのおかげで、ふんわりしたスフレパンケーキになりそうだ。

お料理はアライナティアス様よりアルファータ様の方が上手な気がする。

 隙をみて鉄板に火を入れると、温まるのを待って、生地を手早く生地を鉄板にのせた。厚みが出るようにこんもりと積み上げる。

バターにシロップ、カットフルーツ。鉄板の隙間でハムエッグも焼いて、甘いもしょっぱいも用意した。抜かりはない!


「そろそろ焼き上がります!」


 料理中は二人ともフォローに徹してくれるおかげで、朝食の準備はあっという間に整った。

 エプロンを外すときには、テーブルにはあつあつパンケーキとカトラリーがセットされ、片付けまでされていた。アルファータ様、アライナティアス様が席に着き、最後にわたしが椅子に腰掛けると、3人でお祈りをする。「いただきます」と声を揃えて食べ始めた。

 ここでやっとチャンスが訪れる。国王陛下との再婚約の可能性に気を取られてすっかり忘れてしまった。

 もう昨日からそわそわしっぱなしだ!

 さあ、アライナティアス様、アルファータ様。詳細をうかがいましょうか!


「あの!エレノグレース様が元王宮魔法士団団長だったことについて教えてくださいませ!」

「……あの頃のエレノグレースは女の私でも憧れてしまうくらい格好よかったぞ」


 わたしに顔を近づけるように頬杖をついたアライナティアス様が、自慢するように目を輝かせて、口角を上げた。エレノグレース様のわたしは知らない姿に思わず胸が高鳴る。


「アライナティアス様!ぜひ、教えてくださいませ!」

「うん?エレノグレースから聞かなくていいのか?」


 ちょっとだけ意地の悪い顔をしたアライナティアス様がわたしに問いかける。

 ず、ずるい!わたしがエレノグレース様から話を聞きたいと思っていることをわかっていて、そんなことを言うなんて!いじわるだ!アライナティアス様め!


「くぅっ!それでしたら、王宮魔法士団のことを教えてくださいませ!」

「それならアルファータに聞く方がよかろう」


 んん?なぜアルファータ様?

 にやにやとアライナティアス様はアルファータ様を見ながら、いたずらっ子みたいな顔をして、もったいぶるように首を傾げる。


「……アルファータは王宮魔法士団の現副団長だからな」

「ええ!本当ですか!アルファータ様!」


 アライナティアス様の言葉に、胸を高鳴らせたわたしは尊敬の眼差しでアルファータ様を見つめる。アルファータ様が王宮魔法士団の現副団長。

はあ。もう、エレノグレース様といいアルファータ様といいすごい方しか周りにいないわたしって恵まれすぎじゃない?贅沢すぎない?


「王宮魔法士団のことなど、とくに語ることもない。天空の国の王宮に属する魔法士団。それだけだ」


 アルファータ様は鬱陶しそうに手をぱたぱた振って、わたしの尊敬の眼差しを散らすと、パンケーキを頬張る。いろいろ教えてくれてもいいのに、しゅわりと溶けるスフレパンケーキに夢中なようだ。


「お前……その魔法士団に入団するのがどれだけ大変だと思っているんだ」


 アライナティアス様は呆れ顔で、ハムエッグを頬張る。アルファータ様は甘党だけど、アライナティアス様はしょっぱいものの方が好ましいみたい。


「王宮魔法士団に任命されるのは、名誉あることだ。アルファータはもっと誇りを持つべきだろう」


 眉間に皺をぐぐっと寄せたアルファータ様は、パンケーキをごくんと飲み込むと盛大にため息を吐いた。次の1枚に手をつけようとするが、少し迷ってそっとナイフとフォークを置く。真っ直ぐわたしを見た彼は、ゆっくり口を開いた。


「私の話はもういい。それよりもリリマリア、聞きたいことがある」

「え。王宮魔法士団より大事なことなんてありますか?」


 きょとんと目を瞬いたわたしは、アルファータ様が思いのほか真剣な顔をしていることに疑問を抱きつつ、続く言葉を待つ。


「君は泳げるか?」


 アルファータ様の唐突な質問に思わず固まってしまった。怪訝な目で彼をみる。突然、なんだというのか。

正直、泳げるかと聞かれると迷う。前世は泳げた。それも結構得意で200m位ならさくっと泳いだ。

 しかし、転生してから泳いだことがない。前世の記憶が役に立つなら泳げるかもしれないが……。


「泳いだことがないので、わかりません。……どういうことですか?」

「……アルファータが気にしているのは水の国のことか?」


 わたしの疑問に答えるでもなく、質問を重ねるアライナティアス様。


「そうだ。1カ国目は水の国と決まっている。泳げないと話にならない」

「お前は泳げなかったじゃないか」

「アライナティアスっ!」


 アルファータ様が声を荒げた瞬間、突風が巻き起こった。熱くて強い風に髪が舞い上がり、部屋中の家具がガタガタと音を立てる。アルファータ様は光の粒に包まれ、瞳の色が緑色に……。

 これ、昨日のアライナティアス様と同じやつ!


「アルファータ、悪かった。落ち着け」


 アライナティアス様を睨んだアルファータ様は、目を閉じて漏れた魔力を抑えるように深呼吸をする。ゆっくりと目を開けたアルファータ様の瞳はいつもの明るい金色に戻っていた。彼は不機嫌な表情のままそっと息を吐く。


「泳げないと水の国の講義は困難を極める。泳いだことがないのであれば、本日は水泳をする」


 再びナイフとフォークを手に取ったアルファータ様は、黙々とパンケーキを食べ始めた。アライナティアス様はちょっとだけ困った顔で小さく「すまない」と言うと、静かに食事を続ける。急に重くなった空気に戸惑いつつ、わたしは少し冷めてしまったパンケーキを口に入れた。


 ……アルファータ様に泳げない話は禁句!




 アルファータ様の決定で水泳をすることになり、最果ての森の中にある湖に行く準備をしているのだけど。

 なぜ、ここにクレア様が……?


「アライナティアス先生!お久しぶりです!お久しぶりです!」


アライナティアス様の周りをぴょこぴょこと飛び回り、はしゃぎ回るクレア様は、今日も今日とてマイペース。


「あははは!クレアは相変わらずだな。元気そうでなによりだ」


 アライナティアス様は、簡易的な鎧をつけて動きやすそうな騎士スタイルだ。すらりと背筋を伸ばし腰に手をあて、くるくる動きまわるクレア様を見ながら笑っている。そこへアルファータ様が、近づいていく。気に入ったのか、髪は束ねたままだ。


「お前は本当にうるさいな。私はアレクを呼んだはずだが?」

「あんな姉不幸の弟は店番の刑です!さぁさ、湖へいきましょう!わたしが案内します!」

「アライナティアス様は、クレア様の先生なのですか?」


 3人の会話に入り込むように声をかけたわたしは、アルファータ様の後ろから顔を覗かせた。途端、「リリマリア様!」とクレア様に確保されるが逃げるだけ無駄なのでされるがままだ。はあ。


「アルファータ、クレア、アレクは私の自慢の教え子だ。この3人が卒業したのはほんの数ヶ月前だがな」


 アライナティアス様はガシッとアルファータ様を捕まえると後ろから抱きしめる。アライナティアス様ってスキンシップ過多よね。

 って、……ちょっと待って。数ヶ月前?卒業するのって15歳よね?待って、待って。

 クレア様を振り返り見上げる。ちょっと幼くみえるけど可愛らしい顔立ちをにこにこ緩めながらわたしのいたるところを触っている。うんうん。アライナティアス様の教え子なのか。

 前を向くとアルファータ様が目に入る。アライナティアス様にされるがままの妙に偉そうで尊大な態度の彼。

 いやいや。まさか。そんな。


「アルファータは在学中に王宮魔法士団に入団したのだ。最年少記録だぞ!」


 自分のことのように嬉しそうなアライナティアス様はアルファータ様をがしがし撫でる。


「アルファータ様。つかぬ事をお聞きしますが……おいくつですか?」


 アルファータ様の眉間に皺がぐっと寄る。


「15だが」


 前世のわたしより年下のアルファータ様を見上げ、若さがかけらも見つけられない彼が心配になった。偉そうな人だと思っていたけれど、すごく苦労をしているのかもしれない。表情が乏しく、いつも眉間に皺を寄せるアルファータ様。

 ……きっといろんなことを乗り越えてきたんだわ!

 じゃなきゃ、こんなに老けちゃうはずがない!

 思わず目頭が熱くなる。


「アルファータ様……っ!」


 涙ぐんだわたしに目線を合わせたアルファータ様は、あろうことかわたしの両頬をつねった。ぎゅうぎゅう力を入れて抓ってくる。


「ふぁにふるのでふかっ!」

「失礼なことを考えただろう。憎らしい」


 うう。アルファータ様に抓られた両頬が痛い。

 わたしはまったく離してくれない彼の手首を掴んで睨みつけた。


「はなひてくだふぁいまふぇっ!」


泳ぐところまでたどりつけませんでした。

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