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魔法使いになりたかったわたしの魔法学院生活  作者: 工藤 奈央
第一章 最果ての魔法使いとわたし
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二日目のこと 後編

 しんっと静まり返る空気。アライナティアス様が、珍しくため息を吐いた。その気持ち、わかります。


「アルファータ、お前……。リリマリアの話を聞いていたのか?エレノグレースの言わないことは他人から聞きたくないと言ったばかりだぞ」

「今回、エレノグレース様が国王陛下のところに行ったことで、ある程度の話が纏まるだろう。リリマリアに接触する者も出るはずだ。最果てにいる間は問題ないにしても、何者かわからないような人間から聞くよりマシだと思ったが」

「お前の言うこともわかるが……」


 上を向いたアライナティアス様は顔を両手で覆うと「このばか」と呟いた。親切心から教えてくれたようで、窘められたアルファータ様は不満そうに眉間に皺を刻む。もう、聞いちゃったことは仕方ないからいいのだけど、ちょっと気になることが……


「あ、あの……話が纏まるとは……?」

「それは、エレノグレース様から聞きなさい」


 そこは教えてくれないんかー!!

 国王陛下の元婚約者って……国王陛下と元婚約者が纏める話ってなによ。

 え?ちょっと待って。そういうこと?……もう一回、婚約するってこと?

 昨日、アルファータ様が言った国王陛下の様子。アライナティアス様はエレノグレース様を送り出しにきたって言ったよね。ヒースグレイさんの耳打ちで真っ赤になったエレノグレース様……。それもう両想いなんじゃないの!?


「……わたし、あの、エレノグレース様への手紙を書き直してきます。えっと、戻ったら手紙の送り方を教えてくださいませ」


 がたがたと椅子から立ち上がると、窓から小鳥が入ってきた。キラキラと光る粉を散らしながら飛ぶ白い小鳥は、エレノグレース様の手紙で間違いない。

 ……どうしよう。受け取りたくない。これ以上の情報は遠慮したい。

 天井をくるくる回って止まるところを探すように、わたしに近づいては離れてと繰り返す。

 わたし宛ですね。エレノグレース様。

 小さくため息を吐いて、手を広げると小鳥に向かって差し出す。小鳥は降下するとわたしの手のひらに止まった。ゆらりと輪郭が揺らぎ、手紙に姿を変えていく。きちんと封蝋された手紙。見覚えのないシーリングスタンプ……。

 二人は椅子から立ち上がると、わたしに近づいて手紙を覗き込むように見た。


「間違いないような気がします……」

「封蝋に使われているのは、国王陛下のシグネットリングだ」


 ほら、やっぱり。これもう絶対、婚約するって話じゃん!


「開けないのか、リリマリア」


 アライナティアス様にとって、いい報告となるのだろう。目が輝いている。わざわざ送り出しに来たわけだし。あの時、ちょっと気になるフレーズはあったけれど……。

 わたしは、ゆっくりと息を吸い込んで全身の力を抜くようにその息を吐いた。手紙をきっと睨みつけると、慎重に封筒を開ける。手紙を取り出して広げるとそこには、大きなハートが描かれていた。その真ん中にエレノグレース様の綺麗な文字が並んでいる。


『リリマリア、私の子供になってくれる?』


 ……婚約の話は?


「わたしの子供になってくれるかって書いてあるのですが……」


 意味が分からず、二人に助けを求めるように手紙の内容を伝えると、アライナティアス様が盛大に笑い出した。


「あははは!国王陛下は今もエレノグレースに振り回されるのか!」

「どういうことですか?アライナティアス様」


 わたしの頭がぐわんぐわんと揺れるほど撫でたアライナティアス様は、びっくりするくらい嬉しそうに笑うとわたしをぐっと抱き上げた。


「リリマリアが養女になることを承諾しないなら婚約しないとエレノグレースが言ったのだろう。今のエレノグレースにとって、リリマリアは生き甲斐だ。最優先事項なのだな!」

「アライナティアス様はなんでそんなに嬉しそうなのですか?」

「エレノグレースが変わってないことが嬉しい。こんなにも嬉しいことはない」


 わたしを抱き上げたまま、アライナティアス様はくるくる回り出した。赤い髪がふわふわと揺れる。細められた目元に上がった口角、頬がほんのり赤く染まり、男勝りだと思えたアライナティアス様は可愛らしく美しい。キラキラと赤い光の粒が体から溢れるようにアライナティアス様の姿を彩っていく。アライナティアス様のブラウンの瞳が少しずつ赤みを帯びて……いやいや瞳の色が赤くなったよ!

なに!どうゆうこと!?


「……アライナティアス、興奮しすぎだ。魔力が漏れ始めている」

「アルファータ、無理をいうな!興奮せずにいられるものか!」


 にこにこと笑いながら回り続けるアライナティアス様のスピードが上がってきて、だんだん気持ち悪くなってきた。そろそろ止まってほしくて彼女を見ると、彼女の顔がのぼせる様に赤くなっている。熱が出たように瞳が潤み、呼吸が荒い。ふらふらと重心がブレて揺れ始める。


「まったく」


 このままじゃ倒れる!と衝撃を覚悟した瞬間、アルファータ様がアライナティアス様を抱きとめるように捕まえた。ぐらりとその腕からこぼれそうになったわたしを担ぐとアライナティアス様を支えながら床におろしてくれる。


「興奮して熱を出している。君の発光と同じようなものだ。アライナティアスを寝かせてくるから、手紙を書き直してきなさい。送り方を教えよう」


 アライナティアス様を抱き上げるとアルファータ様はそう言って、階段に向かう。アルファータ様、結構力持ちなのですね。

 その背中を見送ったわたしは、エレノグレース様からの手紙を持ってお屋敷の自室へ急いだ。


 エレノグレース様への手紙には、アルファータ様とアライナティアス様がいてくれるからゆっくりしても大丈夫なこと、二人に魔法を教えてもらえること、そして、エレノグレース様の子供になりたいことを書いた。

 わたしにとって、エレノグレース様は育ての親だ。今までそんなこと考えたことなんてなかった。ただ、アライナティアス様の言う通りならば、養女になるに決まっている。

 わたしは、エレノグレース様にちゃんと自分の幸せを選んでほしい。国王陛下に対してあんな顔ができるのだもの。結婚したくないわけない。

 そう思いつつも、エレノグレース様がわたしを優先してくれたことがすごく嬉しい。幸せになってほしいのは本当だけど、わたしを置いて婚約しちゃったら悲しくて辛かったはずだ。

 これからも一緒にいられることが嬉しい。わたしを忘れないでいてくれて嬉しい。

 ありがとう、エレノグレース様。

 けど……、養女になってエレノグレース様が国王陛下と結婚したら、最果てのお屋敷を出ることになるのかな。

 いつかは出なきゃいけないとしても、もう少しここで過ごしたい。

 天空の国の城に住むことになるのかしら。貴族的な暮らしなんてできる気がしない。


 書き終えた手紙を前に、思わずため息を吐く。嬉しい気持ちと不安が綯い交ぜになって変な気分。顔を上げれば、窓から見える見慣れた庭と森。4歳から過ごしている自室には、慣れ親しんだ家具が並んでいる。

 手紙を封筒にいれて立ち上がった。


「アルファータ様、手紙を持ってまいりました」


 住処の扉を開けると、今朝、アルファータ様が寝ていたベッドは片付けられていた。暖炉の側に低めのテーブルと座り心地の良さそうなソファー、奥に本棚と大きな執務机が置いてある。部屋を見回そうと首を動かすと、ティーカップを持ったアルファータ様が目に入った。


「きたか。手紙は書けたのか?」

「書けました。あの…、封蝋の道具をお借りできませんか?」

「こちらへ来なさい」


 アルファータ様は立ったままお茶を飲むと執務机に向かいながら言った。

 背筋が伸びそうな椅子に腰掛けたアルファータ様に手紙を差し出すと、封蝋の道具を出してくれた。なにも言わず、蝋燭に火をつけたアルファータ様の髪がさらりと肩から零れる。窓から入り込む光で夜色の髪は星屑が散らばるように輝いて、まるで魔法がかかっているようだ。うっとりと眺めているうちに封蝋は終わっていたようで、眉間に皺を寄せたアルファータ様に手紙を返された。


「方法を説明するから集中しなさい」


 ぼんやりしていてすみませんでしたっ。

 アルファータ様の言葉に内心で少しだけ悪態をつきつつ、彼の手に握られた杖を見て焦って声を掛けた。


「アルファータ様!わたし、杖を持っておりませんっ!」


 昨日はアライナティアス様が貸してくれたけれど、アルファータ様は貸すものではないと言っていたし、どうやって魔法を使うのだろうか。


「ああ。これは、正式にはワンドと言う。ワンドは魔力を扱いやすくするための魔法具だ」


 魔法使いの杖の正式名称はワンドなんだ。ということは、火の魔石を使った魔法具ってことになるのか?


「ワンドということは火の国を象徴する魔法具になりますか?」

「……エレノグレース様はそんなことも教えているのか?」

「制服のローブの裏地と刺繍糸を染めるときに魔石を使ったので、その時に……」


 話を聞いているアルファータ様の眉間に皺がぎゅうっと寄る。

 えっと、何か、変なこと言いましたか?


「裏地と刺繍糸を魔石で染めたのか?」

「はぁ、染めました……」


 額に手をあてたアルファータ様は「クレアの言っていたのはこれか……」と頭を横に振る。わたしに視線を向けじいっと見つめた後、ため息を吐いたアルファータ様はローブの裏地について教えてくれた。


「一般的には、ただ染色された布と刺繍糸を使う。魔法陣を刺繍することで防御力は高くなる。学院は隔離されているし、生活するのは寮だ。旅の間も護衛が付く。魔石で染めた布など、戦争に向かう騎士が使うようなものだ」


 とんでもないね、それ。


「もういい。エレノグレース様に手紙を送ってしまおう」


 アルファータ様、考えるのを放棄したように見えるのですが気のせいですか?

 裏地のことから切り替えるようにアルファータ様はワンドを出した。


「手紙を送る際だが、ワンドがなければ指でいい」

「え。指でいいのですか?」

「かまわない。魔力を流しながら魔法陣が描ければいいのだから」


 なるほど!魔力で描かれた魔方陣が必要ってことか。じゃあ、杖がなくても魔力と知識があれば魔法は使い放題!?

 あれ?呪文を使う魔法もあるよね?何が違うの?


「運搬魔法は呪文でしたよね?呪文と魔法陣、どのような基準で使い分けているのですか?」

「簡単な魔法や鮮明に想像できるものは呪文を使う。複雑な……例えば、いくつかの魔法を組み合わせたものや、鮮明に想像できないものは魔法陣を使う。手紙を送る魔法は一見単純に見えるが、相手の居場所や道のりを想像するのは簡単ではないだろう?」

「そういうことなのですね!呪文と魔法陣の使い分け、覚えました!」


 想像力があれば呪文で使える。でも、魔法陣を使えば、想像できなくても使うことができるってことか!ああ。魔法ってすごい!早くもっともっと勉強したい!学院が楽しみで堪らない!


「では、よく見ておくように」


 そう言ってアルファータ様は、ワンドで魔法陣を描き出す。几帳面でお手本みたいな魔法陣だ。エレノグレース様の魔法陣とはやっぱり違う。

 エレノグレース様以外の魔法陣をみて、彼女の魔法はとても複雑だと納得してしまった。確かにこれは、癖が強いのかも。

 魔法陣を書き終えたアルファータ様はいつの間に用意したのかエレノグレース様宛の手紙を出して、その上に置いた。手紙はぽぉっと光るとふわりと浮き上がり飛んでいった。


「この魔法陣は複雑なものではない。やってみなさい」

「はい。アルファータ様」


 目を閉じて、魔力に集中する。中心から人差し指に集めるようしていく。試しに指から魔力を流しながらまっすぐ執務机をなぞると白く光る線が浮かび上がった。よしよし、できそう!

 魔法陣を描いていく。

 アルファータ様の魔法陣は無駄がない。単純明快。手紙を届けたいなら手紙を飛ばせばいい。エレノグレース様の魔法陣は装飾が多い。でも、その方が好きだと思ってしまうのは、エレノグレース様に育てられたからなのかな。

 エレノグレース様の魔法陣は、この部分に「小鳥」と書かれている。わたしは、小鳥じゃなくて……「星」にしよう!


「おい、リリマリア、勝手なことは……」


 アルファータ様から教えてもらった魔法陣ではなく、エレノグレース様の魔法陣を描き上げたわたしは手紙を置いた。魔法陣と手紙が膨れ上がるように白い光に包まれる。ふわりと輪郭が揺らいで、星の形に変化した。くるくると星が回ってキラキラと白い粒を振りまくとひゅーんと流れ星みたいに飛んでいった。


「うんっ。可愛い!」


 エレノグレース様にちゃんと届きますように。帰ってきたら、わたしのお母さんってことになるわけよね。今更、気恥ずかしくて呼べないかも!

 ほわほわと温かくなる気持ちで頬を緩めていたら、すぐそばから、地を這うような声が響いた。


「リリマリア、いい度胸だな。あの魔法陣を教えたのはエレノグレース様か?」


 いいえ。教えてもらっていません!勝手に覚えただけで!

 真っ黒なオーラを背負ったアルファータ様はたいそうご立腹で、正しい魔法陣を練習するための紙をどさりと手渡された。


「あんなに複雑な魔法陣が描けるのであれば簡単であろう」


 あ。アルファータ様は怒らせちゃいけない人だったみたい。

 両手を塞ぐ紙の束の上にインクとペンを置いたアルファータ様は、びしっとテーブルを指さす。わたしは、大人しくテーブルに向かった。

 小さく吐いたため息が聞こえてませんように……。


 魔法陣をガリガリと描きながら気づいた。元王宮魔法士団団長ってどういうこと!?


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